【後幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京 其の三
「やろうじゃねーかって言われてもな」
浪馬の意気軒高に動じた風もなく、洋は苦笑する。
「《天覧試合》から二十四時間は野試合禁止だぜ?
忍野が説明してたろ」
「あァーん? メンッドくせえーな。
なら、試合関係ナシのケンカでどーヨ?
オマエでもいいゼ、松羽。あンな勝負じゃ消化不良だろ」
「──立会人の前での私闘は反則になる。
忍野にそう訊いたのは、おまえのはずだ」
「左様──浪馬殿。
この忍野、立会人として、これ以上の狼藉は見過ごせませぬ」
「おもしれェじゃねーか。
オマエら二人でオレの槍が止めれるか、試してみるか?」
四人の間で張りつめる、剣呑な空気。
そのさなかで、両手を広げたのは洋である。
「そう焦らなくてもいいだろ。
全員総当たりなんだ。嫌でも順番はまわってくる。
それに今、空木の治療を初めて受けてわかったんだがよ。
確かに傷は完治するが、疲労は回復しねえ。
《天覧試合》が連戦禁止なのも、多分これが理由だな」
思えば選抜戦にて、忍野が蓮葉に手もなく敗れた原因はこれかもしれない。忍野が認めることは決してないだろうが。
その蓮葉はといえば、治療が終わった後、洋の背中に被さるように抱きついたまま、離れる気配がない。
──ちょっと、不安にさせすぎたな。
「オレ的には《野試合》歓迎なんだが……今日はお開きにしようや」
「ケッ。カッコつけンじゃねーゾ、デブ公が」
憎まれ口を叩くも、浪馬は槍を引き、肩に担いだ。
「ところで、帰りはどうすンだ?
電車もバスももうねェだろ。オレのバイクで送ってやンよ。
京都観光してーなら、どッか寄り道してもいーゼ。
初日の出じゃねーが、綺麗な夜明けを見れるッてスポットも──」
「切り替え早すぎだろ、おまえ」
流れるような浪馬の台詞が、蓮葉一人に向けたものと気付き、洋は呆れた。
「兄貴の前で妹ナンパしてんじゃねーよ」
「テメーがベタベタ張り付いてるからだろ」
「張り付かれてるのは、どう見てもオレなんだが」
洋は首を回し、蓮葉を見やる。
大人びた美貌とはちぐはぐの、あどけない瞳。浪馬の誘いに髪一筋の反応もない。馬耳東風が真摯に思えるほどの無視ぶりである。
「こういう反応だから、こっちもあきらめとけ。
仏像でも口説いた方が、まだ可能性あると思うぞ」
「オレのナンパ流儀は、『しつこくしない、あきらめない』なんだヨ。
今日は引いてやンが、こんな上玉ゼッテーにあきらめねェ」
「他に三人いるだろうが。そっち行けよ」
「あッちのムネ全部足しても、こッち以下だろ」
「殺しとく?」「協力しよう」「治しません」
「しゃーねえ。帰りにオンナ拾っていくか」
御苑に新たな殺意が充満する中、若者は飄然と背を向ける。
「それじゃ帰ェんゼ。次はオレの試合組めよ、忍野」
「そのお約束は出来かねますが、ご足労ありがとうございました」
「ンだよ、クソが」
最後まで悪態を貫いて、八百万 浪馬は闇に姿を消した。
「もう解散でいいの?」
たつきの問いに忍野がうなずく。
《神風天覧試合》開催の儀から、思いがけぬ《第一試合》。
候補者が揃ってから30分と経たないが、濃密すぎる時間だった。
こんな試合が後十四回。毎週ごとに開催されるのだ。
或いは闘志を焚べ、或いは戦略を巡らせ、これより続く長い戦道に思いを馳せる──この巫女、宮山 たつきを除いては。
「君はどうするんだ」
「わたし?」
雁那に問われ、たつきは目を丸くした。
「そうだ。帰りの足は考えているのか?」
「電車だから、始発までどっかでヒマつぶすつもり。
京都だし、深夜営業の店あるでしょ」
「京都は閉店時間が早いと聞いたぞ。
あっても、未成年が入れない類の店だと思うが」
「ウッソ。そいやここに来る時、もう店閉まってたかも」
「私は車だ。よければ送っていこうか?」
「えっ、ホント?」
乗りかけたたつきだが、すぐに腕組みし、
「うーんでも遠いしなあ。やっぱいいよ」
「京都じゃないのか」
「うん、大阪。JRで来た」
「大阪は少し遠いな」
「だよね。いいよ大丈夫。
京都駅大きかったし、待つ場所あると思う。
そういうのも、ちょっと楽しそうだし」
「そうか」
「それじゃ、わたしも行くね」
「ああ。またいずれ」
雁那と別れ、預けた荷物を取りに行きかけたたつきは、ふと振り返った。
視線の先にあるのは蓮葉の長身だ。ようやく洋から離れ、兄妹で話している。OL風のビジネススーツは初めこそ似合って見えたが、今の無邪気な様子を重ねると、コスプレのような違和感がある。
もっとも、その笑顔は兄専用のものらしい。
浪馬は言うまでもなく、たつきの呼びかけにも応じなかった。今夜、彼女と言葉を交わせた者が兄以外でいただろうか。眼中に入ってもいなかったのではないか。
内向的という程度ではない。どこか壊れて見える。
「あのコと決着をつけて来い……ね。
まあ、いかにもテキって感じだけど」
上下に弾む蓮葉の胸を睨みつけ、たつきはその場を後にした。




