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神風VS  作者: 梶野カメムシ
【一幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京
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【前幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京




 ──《陸亀オカガメ》。

 聞き慣れぬその言葉に、少なからぬ候補者が首を傾げる。

「……オカガメって、なに?」

 単刀直入に訊いたのは宮山みやまたつきだ。奥ゆかしい巫女姿にそぐわぬストレートな物言いだが、こんな時はありがたい性格である。

 少女の瞳が烏京を、次いで洋を映す。

 黒装束の糾弾者は、獲物の動きを待つ猛禽の沈黙。

 対する洋は苦笑いを浮かべ、反論の口火を切らない。

 これは、暗黙の了解と見るべきか。

 一同の見守る中、ようやく洋が口を開いた。

「……さっすがニンジャ。前調べは済んでるってか」

「オレはしのびではない──暗殺者だ。

 松羽流は忍術より派生し、暗殺術に特化している」

「外注かよ。道理で情報がずさんなわけだ」 

「この情報は間違いない。裏も取れている」

 洋の声に含まれるごまかしの響きに、烏京は口当ての下でほくそ笑んだ。

 まずは否定から──想定通りだ。

「舌先の否定など、誰も認めん。

 もう一度言うぞ──《野試合》だ。真実は死合いにしかない」

 再び、畳みかける烏京。

 その目的は、ともがら二強の一角と謳われる魚々島の揺さぶりである。

 果たして、眼前の魚々島はどう出るか。

 《陸亀》である事実を否定するなら話が早い。

 烏京の知る《陸亀》の真実を語れば、メッキは容易に剥げ落ちる。棄損された武名が、《天覧試合》を不利にすることは言うまでもない。

 では、《陸亀》を認めたとすれば、どう出るか。

 もっとも有り得るのは、野試合を受けないことだ。

 衆人環視の場で行なう野試合にメリットはない。技を晒すデメリットだけが際立つ。現実的にはこれ一択だが、《陸亀》の事実を添えれば、怯懦による逃げを印象付けられる。

 残るは野試合を受けるという選択肢だが、この線は薄い。

 弱みを認めれば、野試合を受ける理由はない。逆上して受ける可能性もあるが、この程度の挑発に乗る程度ならば、魚々島の底が知れる。戦うまでもなく勝負は見えている。

 結論──どの選択でも、烏京の優位は揺るがない。

 沈黙を続ける洋に対して、烏京は用意した台詞を口にする。

「自信がなければ、ハンデをくれてやる。

 この野試合で、オレは用意した武器を使わん。

 ここにある石だけで闘ってやろう──《陸亀》相手なら、十分だ」

 篝火の周囲に、どよめきが広がった。

 死合いで自ら武器を封じるのは、大胆を通り越して無謀の域だ。石のみで戦うなど無手も同然、将棋の飛車角落ちにも等しい。

 逆に、この条件ですら洋が受けられないならば、烏京の言う《陸亀》──その内容はどうあれ、洋の弱みの信ぴょう性は格段に上がる。

「だーから、《陸亀》ってのは何なんだよ。

 てめーら二人だけで話進めてんじゃねーぞ?」

 焦れた表情で、浪馬が突っ込んでくる。

 ──豚を追い込むためにも、そろそろ頃合いか。

「《陸亀》というのは──」

「──魚々島からおかに逃げた連中のことさ」

 烏京の言葉を継いだのは、まさかの洋だった。

「魚々島に生まれても、海の生活に耐えられない奴がたまに出る。

 そういう奴は船から降りて、陸で生きる道を選ぶ。

 たいていは浜辺で暮らして、魚々島の物資補給を手助けする。

 だが、こいつが言いたいのは、そういうことじゃない」

 苦笑いを浮かべたまま、洋は続ける。

「《陸亀》には、もう一つの意味がある。

 泳げない者……平たく言や、カナヅチって意味がな」

 一同が瞠目する。候補者は勿論、蓮葉や忍野までも。

「貴様が言い及ぶとは思わなかったが、その通り。

 他ならぬ《陸亀》の証言を得た──おまえが泳げない《オカガメ》だと」

「ま、嘘は言ってねぇよ。

 確かにオレは泳げねえ。ガキの頃に溺れて以来な」

「泳げない魚々島ってよォ……ハハ!

 オメーそれ、飛べない鳥と同じじゃねーの?」

 浪馬の揶揄に、押し黙る洋。

 自白は意外だったが、この展開も想定内だ。

 もはや野試合の線はないだろう。あとは浪馬に便乗し、最大限に洋を煽ればよい。弱みを見せた者が狙われるのは戦いの常である。総当たりの長丁場において、この情報は大きく流れを変える。魚々島を追い詰める流れへと。

「その通り──人を鍛えるのは環境だ。

 魚々島の強みは素手で魚を捕り、水中で鮫と渡り合う身体能力に尽きる。

 海という過酷な環境あらばこそ、魚々島になれるのだ。

 故にオレは指摘した──こいつは《陸亀》の出来損ないだと。

 このだらしない腹を見れば、誰でも一目瞭然だろうがな」

 浪馬を中心に、再び笑い声が上がる。

 篝火に丸い影を残し立ち尽くす洋は、今や舞台リングに躍り出た道化と化した──誰もがそう思った。

「で……条件はそれだけか?」

 嘲笑の声を断ち切ったのは、その道化の一言だった。

「条件?」 

「何言ってやがる。野試合だよ。やるんだろ? オレと」

 烏京は、まじまじと洋を見つめた。

 笑っている。苦笑いから苦みを取り除いた、鍛鉄のような顔で笑っている。

 怒りも焦りも混じっていない──挑発を受けたとは思えない。

 ならば何故、野試合を受ける? メリットは何もないはずだ。

 未知の物体が迫るような戦慄を烏京は覚えた。

 なんだこの男は。何を考えている? ただの馬鹿なのか、それとも……

「ああ。ハンデつけたこと、後悔してんのか?

 何なら撤回してもいいぜ。流石に無理あんだろ、あの縛りは」

「──ふざけるな」

 一喝し、烏京は洋を睨み据えた。

 加熱する血を抑えながら、思考を巡らせる。

 そうだ。この豚が何を考えていようと、野試合はこちらの思うつぼ。状況はオレの想定通りだ。

 迷いを振り払うように烏京は腕を伸ばした。袖から現れ出た長い指先が、洋の額を指さして、止まる。

「今宵、魚々島を踏み台に、松羽は闇の高みへ翔ぶ」

「鳥を喰う魚もいるんだぜ。

 バクリといかれねーよう、気をつけな」 

 不敵な表情のまま、洋はおどけるように片目を閉じた。




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