【開幕】《神風天覧試合》、始まりの儀 其の五
道々の者、道々の輩とは、古来より日本に存在する漂泊民の総称である。
職人歌合に残された輩の職業とは、例えば鋳物師、鍛冶、巫覡、陰陽師。遊女、山人、猿楽、傀儡師。道々とは職人としての道、彼らの住まう路を意味する。いわば和製のジプシーである。
非農民の職能である彼らの起源は諸説あるが、封建社会において法の支配を拒み、時の権力に従わず在り続けたのは共通している。天皇のみを頂きと認め、法の届かぬ天領や市井と交差する辻端で商売を行う。政府に疎まれ、民には差別され、人外として扱われることも多かった。表の歴史に彼らの名が乏しい所以である。
明治以降、道々の輩は徐々に減った。戦後には加速度的に減った。社会構造が激変し、西洋文明が押し寄せ、輩はおろか武士すら姿を消した。文化も誇りも、魔法のような独自技術も、その多くが失われた。
忍野は思う──確かにそれは、歴史の必然ではあった。
しかし、彼らは絶滅などしなかった。
この数年、立会人として諸国を渡り歩いて、それを確信した。生き残り方は様々だ。山奥に潜むものがあれば、社会の闇で権勢を築くものもいる。海に山に、社会の裏側に彼らは隠れ住み、芸を継ぎ、研鑽を積んでいた。数が減った分、むしろ先鋭化した。
芸だけではない。武も同じだ。
世は平安になり、武は廃れた。現代戦の主役は近代兵器だ。個人の戦闘技術は軽視され、骨董品になり果てた。武を飛躍させるのは必要性である。日本における武の衰退は無理からぬことだ。
しかし、国に頼らぬ輩にとっては、武は必需品としてあり続けた。
魚々島と畔の両者に至っては、武を極めることを存在意義とする。開かずの蔵のように、社会と断絶されていたからこそ残された宝が存在するのだ。現代人には魔法のように映る超技術が。
そんな輩たちの末裔から、若き天才と呼ばれる者を選び、忍野は試し続けた。
不死の肉体を持つ自分を、たやすくあしらう俊英たちに舌を巻きながら、この日が来るのを待ちわびたのだ。
かくして、全国より集められたる強者六名。
紫宸殿の白洲に座したその面々を、篝火が照らし上げ、夜桜が彩る。どれも不敵で、精悍で、鬼火のような野望を宿し、得体も底も知れぬながら、同じ色が一つとてない。
忍野は万感を込めて、六つの影を見つめた。
道々の輩より選び抜いた、公界の怪物たちだ。
全員と手合わせした忍野ですら、誰が勝つか予想できない。神仏すら知り得ないと思うほどだ。
「《神風天覧試合》、今代の参加者は六名」
夜気に通る声に、全員の意識が向いた。
「──魚々島 洋」
「あいよっ」
片手をあげ応じたのは、風船のように太った小男だ。顔立ちはさておき人好きのする愛嬌がある。釣り人のような服装だが、年はまだ若い。両手はどちらも空だ。
「──畔 蓮葉」
モデルのような長身に深雪の肌。長い黒髪を備えた美女が、小男を振り返る。洋が頷くと、ようやく「はい」と返答した。大人びた風貌に反して反応は少女のようだ。足元には、大きなスポーツバッグが置かれている。
「──松羽 烏京」
「ここに」
黒衣をまとった痩躯が、襟巻の下でつぶやく。その手足はアンバランスな案山子のように長く、幅広の両袖がぶら下がっている。内に秘めた両手に何を握っているかは不明だ。
「──宮山 たつき」
「はーい」
小袖に緋袴の巫女装束。羽織った千早は白地に稲穂の文様。
うら若き乙女の髪は、黒でなく乾草色の金髪だ。神妙な態度に反し、大きな瞳には隠しきれぬ好奇心が窺える。手には何故か、大きな麦わら帽子がある。
「──最寄 荒楠」
「はい」
六名で最大、全人類でも上位に入るであろう巨人だが、返答したのは傍らの少女だった。熊革の鎧と熊の頭骨の仮面で覆われ、男の顔は窺えない。長い白髭が物語る老齢を、切り立つ筋肉が否定する。手には大槌。巌もかくやという超重の鈍器を提げている。
「──八百万 浪馬」
「気安く呼び捨てんじゃねーよ、ボケ」
悪態をついた唇を彩る複数のピアス。ショッキングピンクのポニーテールに蛍光色の落書きを施したライダースーツ。とにかく派手な若者だが、得物の長槍だけは古色蒼然だ。相手を問わず噛みつくさまは狂犬さながらだが、それだけの男がこの場に立てるはずもない。
「本戦は、以上六名の《総当たり戦》となります。
次に、ルールを説明させていただきます──」




