【序幕】選抜、魚々島 洋 其の二
廃スタンドから川沿いに西へ向かうこと、数分。
淀川が海と出会う場所に、広大な草原がある。
常吉臨港緑地の一角であるこの場所は、他の公園やグラウンドとは趣が異なる。人の手が感じられない奔放な草地が、見る者に強い異郷感を抱かせるほどだ。
武人が仕合うには、まさに絶好の環境である。
「念の為、《結界》を張らせていただきます」
「《結界》? 妖術でも使えんのか?」
「あ、いえ。こちらの手の者で人払いを行います」
「ああ、車で追って来てた連中な。
そのナリだから、呪いでも使えんのかと思ったぜ」
「……そのようなものとは無縁であります故。
もう一つ。洋殿にお断りする儀がございます」
忍野が手を上げると、四つの影が空から落ちた。
「ありゃあ、ドローンって奴か」
「然り。この仕合いを含め、《天覧試合》は全て録画対象となります。
厳正な管理を行い、関係者以外のいかなる第三者にも情報は漏らしません」
「つまりこの映像は、《天の方》も観るってことか?」
「それが第一義にございます」
「なーるほど」
洋は、離れて四囲を飛ぶドローンにニヤリと笑った。
「そりゃ盛り上がる話だ。録画でも盗撮でも好きにしな。
で、どうすりゃ合格なんだ。あんたに勝ちゃいいのか?」
海風に長髪を靡かせながら、忍野は洋を見つめた。
「立ち合いの上で、私に致命傷を負わせることが合格の条件となります」
しばしの沈黙が、草原に流れた。
「そりゃなんだ。オレにあんたを殺せってか?」
「如何様にお受け取りいただいても」
風の向こうの忍野の顔は平然たるものだ。
「あんたが死んだら、誰がオレの合格を決めるんだよ」
「ドローンを操る者が、代役として控えております」
「……思ったよりイカれてんだな、《神風天覧試合》てのは」
忌憚ない感想の後、洋は嘆息した。
「もう一つ質問がある。
《天覧試合》は日を置かずに始まるんだよな?」
「然り」
「つまり、この試合で怪我しても、癒えるまで待っちゃくれない。
重症でも食らや、勝てても棄権は必須。
ほとんど無傷でなきゃ実質不合格ってわけか?」
「ご明察です。
次の戦いを考えぬ者に、《神風》は務まりませぬ故」
「そりゃあどうも。心配性でよかったぜ」
「ご質問は以上で構いませんか? なければ始めたいと思いますが」
「ああ、いいぜ」
顎に触れた手が、丸い腹をなぞるように降り、太ももの上で止まった。両の掌はズボンポケットの前。いつもの洋の構えだ。
「納得はしてねえが、闘いながら考える。
どのみち、降りるって選択肢はねえんだからよ」
「それでは」
忍野が流れるように抜刀する。右で大刀を。次いで左に小刀を。
二刀流だ。
舞台は海辺の草原。障害物なし。彼我の距離5メートル。
「《神風選抜試合》、開始いたします」
吹き抜ける海風の中、忍野が厳かに宣言した。




