4月21日(土) 晴れ
なんか小屋が増えてる。
今日も今日とて変化が激しい。
家に飛びこむようにして帰宅し、滑り込むようにガラスケースに張り付き、速攻で中の様子を覗いた。楽しみすぎて荷物を置く時間も惜しかったくらいだ。
そうして急いでガラスケースの中を覗いたら、小屋が4つになっていた。
写真は撮ってあったので(参照ss20180421)変化はわかりやすかった。まず昨日あった小屋が若干綺麗になっている。
昨日は小屋というより、丸太がうまい具合に積み重なってなんとか人が住めるような状態という風体だったのだが、今日はちゃんと小屋っぽくなっている。
外壁に蔦が若干からまっているのを除けば、実に立派な丸太小屋だ。リュウが作ったのだろうか?
増えた3つの小屋のうち2つは全く似たような外見だった。サンドボックス型のクリエイトゲームで最初に造るようなシンプルな四角い丸太小屋が3つ。
そして残り1つは、馬小屋のようだった。屋根と柵だけで壁がない馬小屋に、馬らしき動物が2頭入っていた。
小さいうえ遠いため、鉛筆形ルーペでもよく見えないが、馬でいいんだよな? 形が馬っぽいし。なんか違和感があるけど……。
他の変化は、リュウ以外に人が増えているようだった。
リュウだと思われるミニ人間はすぐ見分けがついた。動きは相変わらず早送りモードだけど、たまに中央の池の畔で空を見上げている個体がいる。昨日と同じ行動であるためわかりやすい。
リュウは馬小屋へ頻繁に見に行ったり、綺麗になった最初の小屋に入ったり、何か他のミニ人間と会話しているようだった。小屋の煙突からは頻繁に煙が立っている。料理でもしているのだろうか。
気に入ったアリが今日も一生懸命働いているのを見た時と同じ感動があった。軽く手を振ってみたが、あまりに上空すぎて見えていないのだろう、リアクションは何もなかった。
問題は他にもミニ人間がいるようだった。きちんと見分けがついていないが、たぶん3人。
なんとなく服装がそれぞれ違うように思える。動きが早すぎて確信はもてないけど。
リュウはともかく、他の3人の意図が見えなかった。物見遊山にしては違う気がする。
恐らく生活を共同している仲間なんだろうけど、昨日はいなかった。小屋をたった1日で作ったのも彼らのおかげなのだろうか。よくわからない。
少なくともリュウと敵対行動をとっているようには見えなかったので安心する。友達か家族かなにかなのだろう、たぶん。
文字通り、手を出していいのかわからずしばらく様子見をする。リュウは常時池の周辺にいるみたいだが、他の3人は小屋に入ったり、馬に乗ってどこかへ行ったり移動が激しい。
どこへ向かうのか確かめてやろうと思ったが、中央の広場から森に入ると、木々が鬱蒼としていてすぐ見分けがつかなくなった。仕方ないので中央を眺める。
とりあえずリュウはまた僕が手を伸ばすのを望んでいるんだろうと勝手に解釈し、他の人間が居ない時期を見計らって手を伸ばした。
相変わらず妙な抵抗感があるが、いい加減慣れた。ぐいっと力と体重を込めて手を突っ込むと結構早く地面にまで辿りつく。それでリュウを迎えようとした。
リュウのもとに手が届くまでのわずか3秒ほどで、下の状況が結構かわっていた。まず、リュウ以外に二人いた。ちょっと注目する。
片っぽは大人なのだろうか、リュウより体が大きく見える。というのも、その大人らしきミニ人間は腰を抜かしていて、地面にへたり込んでいたから上から見ると体格が比較しやすかった。まあ巨大な手が上空から降りてくるのだ、気持ちはわかる。
もう片方はリュウと同じくらいの体格だった。友達だろうか? 僕の指に乗ろうとしているリュウを引っ張っていた。引き留めようとしているのだろうか? リュウと言い争いをしているように見えた。
リュウは引き留めようとしている方ではなく、へたり込んでいる方を手招きしていた。ただ、へたり込んでいる方は完全に腰が抜けているのか身じろぎ一つしない。気絶してるのだろうか。
少し待ってみたがあまりに動きがないので、まあいいやとリュウだけ引き上げる。引き留めようとしていた方はその拍子に後ろにすっころんだ。ちょっと申し訳ない。
腰が抜けた方と一緒に二人はいつまでも呆然と空を見上げていた。
新しい人たちのことがかなり気になったが、それよりリュウを安全に持ってくる方が優先だ。
ちょっと力を込めて潰してしまったり、少し揺らして落としてしまったりするだけでリュウは間違いなく死んでしまうだろうから。前日の野生の獣のように、プチッと。
それはさすがに嫌なので慎重に引き上げる。どこにもぶつからないように注意して手を引き上げ、二重蓋を閉じ、昨日と同じくそこにリュウを降ろした。そのあとまた会話できるように指を伸ばす。
今日は聞きたいことがたくさんあるのだ。時間は短い。こんな短時間に小屋を4つも作るなんてすごいな、とか。あの新しい人たちはなんなのか、とか。
「あ、あの人は商人のエルバードさんと、幼馴染のカチくんです」(※以降、メモ02を参照)
なるほど、たぶん引き留めていた方がカチくんで、腰抜かして倒れこんでいた方がエルバードさんだね。
「はい、そうです! よくわかりましたね」
なんとなくね、体格からの勝手な判断。
そんなことより、なんで商人がこんなところに、というか商人とかそういう職業があるような社会があるってこと? エルなんとかさんは何しにこんなところへ?
「はい、えっとエルバードさんについては少し話が長くなるんですけど、私たちの村はすぐ近くにあるんですよ。……歩くと2日くらいかかりますけど」
やっぱり村があるのか。昨日はリュウ一人しかミニ人間の姿を見てないから、他に人がいる可能性まで考えてなかった。
ガラスケースの内側しか見えていないけど、やっぱりこの外側にも何か世界があるのか。もしかしてこれは……とここまで考えたところでようやくあることに気付いた。
あれ、なんか会話がめっちゃ成立してない?
「はい! すごく練習しましたから!!」
昨日の壊れたラジオみたいなぼんやりした単語のやり取りではなく、今日はかなりはっきりとリュウの思考が読める。
風呂場の声みたいにボワボワ反響している感じがあるけど、普通に何を伝えたいのかがわかる。
リュウ曰く、小型の小動物や先程の馬小屋にいる生き物相手にこの意思疎通の魔法を使って練習したらしい。動物相手でも集中すればかなり会話をすることができると自慢げだった。
「この魔法が使えれば、人間以外の存在とも会話できるようになるって聞いていたんです。だからこの前、それでお話ししようと思ってたのですが、私の練習不足のせいで……申し訳ありませんでした」
僕の指先に手をちょこんと合わせながら、小さいリュウはさらに小さく項垂れた。僕は慌てて否定する。
いやいや、僕の方こそ勝手に連れてきたのにろくに相手できなくてごめんよ。むしろ、こういう便利な魔法っていうの? 使ってくれて助かるよ。会話できたらいいなーって思ってたところだから。
僕がそう感謝の気持ちを伝えると、リュウは照れたように笑った。
「いえ、私もお話したかっただけなので……えへへ」
その後、リュウの住まう世界についていろいろ説明を受けた。昨日とは違い対話がきちんと成立するため、濃密な情報のやり取りができたと思う。
・この大陸の名前はティムゾン大陸。そしてここはその西端に近い辺境の、さらに辺鄙な山奥だそうだ。
・リュウは山一つ越えたところにある小さな村に住んでいた。だけどいろいろあったのでこっちに引っ越して一人暮らしを始めたそうだ。引っ越しって簡単にいうけど、山奥に一人で生活ってできるのだろうか。
・また、この山は数年前からおかしくなっていて、周辺から恐れられているらしい。そこに住み着くってリュウって変わり者か?
・リュウは女の子!(ここ重要) ただ8歳らしいので手出しは厳禁(歳がよくてもサイズ的に無理だけどね)
とりあえず昨日の時点で疑問に思っていたことは一通り聞き出せた。
やはりというか、この昆虫用の巨大ガラスケースは異世界に通じてしまったらしい。薄々気づいてはいたことだけど、あまりの突拍子の無い話に笑ってしまう。
一方的にこちらから質問攻めにしてしまったけれど、リュウは喜んで答えてくれた。むしろ思考が横道にそれるせいか、余計な知識もいくつかいただいた。意思疎通の魔法とやらが完ぺきではないせいだろうと推測する。
ただしプライベートに関する話もあるので、これは記録には残さないでおく。
質問したいことのうち昨日の分は終わった、のだが、今日新たな疑問がいくつも生じている。なのでそちらも聞いてみた。
商人っていうのはどういうこと? こんな人のいないところで商売なんてできないでしょ……。
「それがそうでもないんです。この前も、その前もいただいたマシューがとても売れるんです」
マシュー? 初めて聞く単語なので聞き返すと、リュウも慌てたように聞き返した。
「あ、や、やっぱり聞き違いでしたか? す、すいません。昨日、マシューって言ってるように聞こえたので、てっきりそれがあの四角くて甘いやつの名前なのかと……」
しどろもどろに言い訳を始めるリュウ。僕はすぐに状況を理解した。
昨日話を聞かせてくれたお礼して渡したマシュマロのことだろう。それが中途半端に言葉が伝わって「マシュー」となってしまったのだ、きっと。
別に呼び名はなんでもいいよ、と僕は軽く流して話を続ける。なんでマシュマロが売れるの?
「え? だ、だってあんなに甘くておいしいんですよ? 売れるに決まってるじゃないですか!」
その後、10分近くかけてリュウのマシュマロ、もといマシュー談義が始まった。さすがに長すぎるのでここでは割愛(参照・食についてのメモ,1)。
簡単にまとめると、すごくおいしくて知人にわけたら大騒ぎになるほどだったため、商人を介して商売品として流通することに決めたらしい。
エルバード氏とすったもんだの末、商取引の交渉相手になったそうな。おかげで辺境の8歳児にしてはリュウはお金持ちだそうだ。
ご両親が喜びそうだねと言ったらそうですねと笑顔で返された。ただ、僕は余計なことをしてしまったかなとちょっとだけ後悔した。
意思疎通可能な人間っぽい生き物がいたので思わず嬉しくてマシュマロもといマシューを与えたけど、やりすぎだったかもしれない。
「あ、でもエルバードさんは信用できる方だから大丈夫ですよ! もともと私たち辺境の村までわざわざ商隊を動かしてくれる優しい人ですし、この山の噂を聞いても変わらず僻地の村にまで来てくれて……あ、その、すいません……」
ん? まあ信頼できる人ならまあいいけど、もう一人は? カチくんだっけ? さっきなんか揉めてたみたいだけど……。
「え、カチくんですか? 私の幼馴染です。エルバードさんに憧れてて、将来商人になるんだーって言ってたんです。私がマシューでエルバードさんと交易ができるようになったので、その関係でカチくんも商隊に入れてもらったんですよ。見習いですけど、すごく喜んでて……」
その後、カチくんの冒険譚を聞かされた。いくら信用のある相手とは言え、商人と幼子じゃカモにされかねないと思ったのだろう。カチくんが大人と折衝して、リュウが良いようにされないように走り回ったらしい。
リュウの話を聞きながら僕は苦笑した。リュウの思考が少し漏れていて、カチくんがどれほど一生懸命に走り回ってくれたかが垣間見えたからだ。さっきリュウとカチくんが揉めていたのも、彼女が心配だったからのようだった。
カチくん、どう考えても惚れてますやん。そして当の本人であるリュウちゃんは全然気づいていないようで、笑いを堪えるのに必死だった。
カチくんに幸あれ、と僕は適当に祈っておく。
「え、私もカチくんのこと好きですよ? よく意地悪してくるけど、いつも遊んでくれますし、お仕事手伝ってくれますし。よく意地悪してくるけど……」
考えが読まれるというのは実にやりづらい。僕の方の思考も読まれていたようだ。
しかし、それでもまだカチくんの気持ちに気づかないのはさすが8歳児と思えた。これ以上話を続けるとカチくんが可哀想なことになりそうなので話題をそらした。
で、その二人がこっちに移住してきたってこと? 周辺に街とかないから住むの大変そうだけど……。
「はい! 私一人で野宿は大変そうだってことで、エルバードさんが力を貸してくれたんです! おかげで最低限暮らしていける状態にはなりました。今は食料の輸送のために森の木を切って道を作ろうとしてるんですけど、それがなかなか難しくて……」
リュウの考えがほんのちょっとだけ漏れてきた。この山は本当に恐れられているらしい。近くに村はあっても、誰も手伝いに来てくれないそうだ。
理由まではわからなかったけど、協力者がいないというのはできたばかりの開拓村に住まうには辛いだろう。なるほど、と思った。
僕は気軽な気持ちで聞いてみた。何か手伝おうか? リュウの反応は劇的だった。
「え!? 手伝うって……」
今度はより多く思考が漏れてきた。手伝ってもらうのは恐れ多いという敬遠と、マシューはできれば頂きたいけどそれ以上は申し訳ないという遠慮と、こんな風に道を作ってくれたら嬉しいという本音が伝わってきた。
なので、どうせだから全部やってしまおうと思った。毒を食らわば皿までである。乗り掛かった舟には乗るべきだ。
「あ、うわ、すごーい……」
二重蓋から退いたリュウが足元に広がる世界を見て驚きの声をあげた。
僕は蓋から手を伸ばして一本の道を作る。リュウがこうやってくれたらうれしいなぁと思い描いた通りに、腕が届く限界まで遠くに伸ばしてそこから指で地面をガリガリと削り取る。
腕が動かしづらい上に地面が結構硬い。さらに木までビッシリ生えていてやりづらかった。でも指先に意識してかなり力を込めれば、なんとか道が作れそうだった。ガラスケースの中に縦に一本、指の痕跡を作っていく。
すでに開拓されている中央の家のところは避けて、さらに上の方までガリガリと一直線に線を引く。爪の間に土が入る感触がちょっと気持ち悪かった。
道ができたら、今度は倒れかかった木や邪魔な木を退かした。ミニチュアだからか、木なのに簡単に手折ることができた。これならば庭の雑草取りの方がよほど大変である。
むしろ腕全体に絡みつく妙な圧力の方が厄介だと思った。感覚としては砂場で道を作るのと同じである。
手で撫でるように3往復もすると、思いのほか立派な道ができあがった。ちょうど真横に長く伸びている川と十字を切っている形になる。
「たった一瞬で道が……すごいです! 神様!!」
手先より二の腕の方が疲れたが、リュウが喜んでくれてるようで良かった。下にできた道を指さして興奮した声をあげている。
「ありがとうございます! 本当に助かりま、あっ」
まるで電池が切れたおもちゃのように、リュウが急に倒れこむ。僕は慌てて彼女を支えようとしたが、手が大きすぎるので上手く支えられない。オロオロしながらリュウの様子を見る。
「……すいません、もう限界みたいです……」
最後の力を振り絞って、といった感じでリュウが僕の指に手を当てる。そういえば昨日も最後倒れていた。
動画を撮っていたビデオの時間を見たら、この時点で36分20秒ほどだった。うっかりしていた。
僕は謝ると、リュウをすぐに下に戻した。丁寧に指で抱えて、湖の近くまでゆっくり降ろす。
ついでにご希望通りにマシュマロを一つ置いておく。最後手を離す瞬間「ありがとうございます……」と言葉が聞こえた気がした。
僕が手を引っ込めて下を確認する。
恐らくカチくんと思しき子がリュウに近寄っていく。棒を持っているのを見ると、僕のことを警戒しているのだろうか。
大丈夫、キミの気持ちはなんとなく察したよ。だから余計なことはしないから安心してね。と伝わらないだろうけれど生暖かい目で見守った。
そしてこちらはエルワードさんと思しき人が一瞬だけリュウを気遣い、その後マシュマロに近寄って何か色々し始めた。たまに天に眺めている。
全員の反応は気になったが、それより記録をとる方が優先だった。メモや動画をまとめはじめる。
どうせ明日は日曜日。丸24時間観察できるのだ。こまけぇことは明日にすんべ、とここで僕はガラスケースを背にしてパソコンを開いた。
……あれ、なんか妙に引っかかることを言われた気がしたけど、なんだっけ。思い出せない。まあいっか。




