5月28日(月) SD20年:全知全能無知無能
自分が当事者じゃない知人同士の喧嘩って仲裁が難しいね。うん、凄く困った。
ことの発端はリュウちゃんの相談事だった。
ボス戦イベント(ミミズ・カマドウマ)を発生させてからリュウちゃんとジェス君を回収し、いつも通り事務報告が丁寧だったことを褒め、ミミズの食レポは即座に話題転換して防ぎ、スレイプニルの餌と転売用の武器(今回は大型の剣:某ハンティングゲームの大剣を参照して作ってもらった)をもらい、代わりにマシュマロ他チョコを追加で交換し、その後雑談していたら相談事をされた。
曰く、教育関係のことだった。なんとなく小学校の学級委員長みたいにキリッと引き締めた表情でリュウちゃんが相談してきた。
「セルゲイネス先生がもうお歳で、人神様の下へ行けなくなったのです。腰が痛いそうで……」
ああ、だから最近見かけなかったんだ。
いつもこっそりついてきて、「スマホだけ貸してもらえれば後は私のことは無視してくれていいですぞ!」と張り切って宣言し、慣れた様子で置きスマホの画面の上をシャカシャカ動き回っている小太りのオッサンが急に来なくなって少しだけ心配していたのだ。
……まあ正直、心配する気持ちより、また大学レベルの質問攻めされたら面倒だなぁという本音の方が強くて、「ああ、今日も来ないでくれたか……」と安堵する気持ちの方が強かったのは秘密である。
ホッと胸をなでおろす僕とは対照的に、リュウちゃんはキリッとした表情とは裏腹に心配する気持ちが伝わってくる。申し訳なくて少なくとも言葉上では心配しておいた。
腰が痛いならスマホ検索もできないしね、仕方ないよ。お体お大事にって伝えておいて。
「はい、ご心配ありがとうございます。必ず伝えておきます。ですが、セルゲイネス先生は『まだまだ知りたいことが山ほどあるのですぞ!』といつも申していて、どうにか人神様の下に来たいそうです」
へ、へぇ、そうなんだ。
意思疎通の魔法の弊害を初めて知った。心の中を直接伝えあう効果があるせいで、セルゲイネス氏のセリフ『まだまだ知りたいことが山ほどあるのですぞ!』が本人の声で脳内再生された。
リュウちゃんの可愛い声の途中で、急に聞きなれたオッサンのだみ声が響いてきてめっちゃビックリした。そしてかなり笑いそうになった。真剣な相談されてるのに爆笑するわけにもいかず、僕は頬をヒクヒクさせながら話を続けてもらった。
「先生は学校運営でも積極的にかかわってますし、私もおに……騎士ジェスもお世話になりました。できればそのお願いを叶えてあげたいのですけれど……人神様はどうにかできませんか?」
ん、僕?
「はい」
急に僕に話が飛んできたので、当初は結構驚いた(おかげで笑いの発作が収まった)。
聞いてみると、セルゲイネス氏はいわゆる教壇に自ら立つ校長先生的なポジションで、サクラ国の子供たちから尊敬されている人らしい。特にリュウちゃんは立場が立場なので、学校でも関わり合いが深いそうだ。
確かに、積極的に神様(自分で自分のことを神様と表現するのは未だに恥ずかしくて慣れない)と関わっている異世界人は数が限られている。その中で直接的な加護をもらっているリュウやカチさんを除けば、神の国の知識を授かったセルゲイネス氏はそれこそ宣教師的な立場なのだろう。
僕からするとスマホ大好きオジさんにしか見えないし、本人も知識欲だけで動いているような人だからあまり気づいていなかったが、何気に偉い人のようだ。国宝級というのにイメージが近いのだろうか。
だからこそ、もっと神の知識を得たいというセルゲイネス氏の望みを叶えてあげてほしいらしい。僕は首を捻った。
何とかしてほしいって言っても、どうすればいいんだろう? 潰さないように担架で運ぶとか?
「いえ、そういうのではなく……何か神の知識で人の老いをどうにかすることってできないのでしょうか?」
アンチエイジングってこと? 多少は対策があるけど……。
僕がインターネットで調べられる範囲の情報をリュウちゃんに教える。養命酒やお灸等いろいろあったので、それぞれについて質問されたけど、リュウちゃんの満足する答えはなかったようだ。
「……どれも素晴らしい効果があるようですね。ですが、その……」
うーん、確かに即効性が高くて確実に効くってものはないねぇ。というかそんな都合の良い物はないかな。
「……そうなのですか……」
リュウちゃんが澄ました表情のまま露骨に肩を落としたようだった。当てが外れたという考えが少し伝わってくる。
神様だから何でもできると思われたのだろうか。僕が老化対策の秘策を持っているとなんで思われたのか聞いてみた。
答えは結構意外なところから出てきた。
「……お母様が、他の人より若く見えるといつも聞かされていたのです。私もそう思ってました。神様の世界だと、若々しくいられる何か御力があるのかなと考えていたのです……」
リュウちゃん曰く、先代リュウである母親が同年代の女性に比べて若々しいそうだ。
ジェス君の母親であるレアさんが先代リュウと同じ年なのだけど、一緒にいると誰がどう見ても同輩ではなく姉妹に見えるらしい。実際、リュウちゃんもつい最近まで母親の方が年下だと思っていたそうだ。
だから神の国だと老化を止める秘策があると考えられており、サクラ国の住人もまことしやかに噂していたらしい。僕はその原因に心当たりがあった。
……2回ほど僕の家で過ごしたせいだ! 浦島太郎現象が起こってる!!
異世界での1年は僕たちの1日に相当する。それを2回過ごした先代リュウは、つまり数え年より2歳ほど肉体年齢が若いのは当然だった。
ここで、ずっと後ろで黙って話を聞いていたジェス君が追い打ちをかけてくる。
「……父も、神の国では老いがないようだと申しておりました。父の元愛馬であるスレイプニルがいつまでも若々しく元気なため、そう判断したようです。違っていたのですか?」
言われてみれば!
僕は背後の机の上にある虫籠を見た。スレイプニルはのほほんと水を飲み、ダイコンもどきを食べている。
馬(角あり)の寿命や現役期間がどれほどのものかわからないが、うちに来てちょうど30日経っている。現役時代の体力を持ったまま30年も活躍できる馬なんて常識で考えてあり得ない。
ならばリュウちゃんやジェス君の推測は筋は違っていないのだが、完全に勘違いだ。どう説明したものかと困惑する。
ええと、老化を遅らせたり、体が老いたからこそ出る不都合をある程度解消する方法ならいくつかあるけど、完璧に若い時と同じにするような方法はないんだ。ごめんね。
「そう、なんですか……」
とりあえず同意したものの、リュウちゃんは納得できないようだった。とはいえ僕にはどうしようもできない。
諦めきれなかったようで、リュウちゃんはさらに質問を繰り返す。
「どうしようもないんですよね? お母様は人神様は魔法をお使いにならないと申してましたけど、若返りの魔法やそういう薬の作り方とかもないんですよね?」
ないよ、さっき見せたネットの知識が限界。それ以上は本当にないよ。
「セルゲイネス先生は学校の先生だけじゃなく生徒にも慕われていて、できれば力になってあげたいんです。本当にどうしようもないですか?」
うーん、ごめん。本当にどうしようもないよ。
「……そうなんですか。うう、どうしよう……」
この時、思考の一片が紛れ込んできた。腰を痛めて横になっているセルゲイネス氏に「神様なら何とかしてくれますよ」と生真面目な表情で安請け合いしているリュウちゃんの姿が見えた。セルゲイネス氏は皺の増えた顔で「無理なら諦めますよ」と言っていた。
リュウちゃん現在8歳。僕にも同じ年齢くらいのときに似たような覚えがある。
小学生のとき、夏休みの宿題で蝶々の標本を作って見せると先生に豪語し、実際作ってみたら乾燥させるのが上手くできずに、お菓子の空き箱くらいの大きさのショボい標本しかできなかったことがあった。大人からの期待を勝手に背負って自爆する奴だ。
リュウちゃんが表情だけは平然としていたが、内心どうしようどうしようと困っていることダダ漏れ状態でいたときに、ジェス君が苦言を呈してきた。
「……リュウよ、あまり人神様を困らせちゃダメだろ。それくらいにしておけ」
「でも、先生が……」
「先生もダメなら諦めるって言ってただろ。無理を言うなよ。それに、さっき人神様に教えていただいたことも試してみたら効果があるかもしれないじゃないか。そっちを先に試すべきだ」
「でも、人神様が気分が良くなるだけだとか少し体が軽くなるだけとかそうおっしゃってたし……」
「それでも十分だろ。なんでも神様に頼ろうとするな。おばさ……先代のリュウ様がおっしゃってただろ、神様は私たちを見守ってくださるだけだって。お前は神に仕える巫女であって、神様を好きに使っていい存在じゃないぞ」
僕のことを忘れて、完全に2人だけで相談している。
幼い頃から意思疎通の魔法を使いこなしているからこそ、ごく普通に会話するように脳内会話できているようだ。しかし僕も手を繋いでいる以上、丸聞こえなのはいいのだろうか。
と、ここでリュウちゃん少し怒ったようだった。先ほどまでシュンとして説教を聞いていたのに、急に言い返しだす。
「……お兄ちゃんは先生のこと心配じゃないの? 最近足も悪くなって、凄く辛そうにしてるのに。どうにかしたいとは思わないの?」
「思うよ。思うけど、できることとできないことは分けないといけないだろ。先生だってわかってて仕事を息子さんたちに任せるようにしているじゃないか。分を弁えろ」
「でも先生いつも寂しそうにしてるよ。神様にまた会えたら聞きたいことが山ほどあったのに、って何度も言ってたし……」
(関係ないけど、この時僕が「山ほど聞きたいことがあるなら是非来ないでほしいなぁ」と思ったのは内緒である)
「だからと言って人神様に頼むのはおかしいだろ。マシューや塩だけじゃなく、国の危機に対応してもらったり神の知識を授けてくださったり、これ以上要求するのは烏滸がましいよ。それはお前だってわかってるだろ」
「でも……」
「だから……」
だんだんとヒートアップしていく2人の言い合い。僕と会話するときは事務報告するかのように堅苦しい言葉を使うけど、幼馴染同士では普通に気軽な口調で会話しているようだった。仲が良いのだろう。
何か気になる単語があった気もしたけど、それはともかく言い合いが始まってしまって僕の方が困ってしまった。どのタイミングで割って入るかタイミングを逃し続ける。
ジェス君の説教が一通り終わり、リュウちゃんが反論無しといった状態で固まったとき、僕は今しかないとばかりまとめに入った。
えーと、コホン。セルゲイネス氏の容体は気になるけど、過ぎた時間はもう戻らないんだ。だから悪いけど、諦めてね。
「……はい、わがまま言って申し訳ありませんでした」
「お騒がせしました、人神様。申し訳ありません」
リュウちゃんとジェス君はペコリと頭を下げて僕に謝る。僕は気にしないでいいよと2人を宥めた。
そして、つい余計なことを言ってしまった。場の雰囲気に流されてしまったのが全部悪い。
ああそうだ、じゃあ2人が質問事項をセルゲイネス氏に聞いて、僕のところに相談しにくればいいんじゃないかな。それなら間接的にではあるけど、セルゲイネス氏も質問できるでしょう?
「そうですね、そうします」
リュウちゃんにようやく笑顔が少し戻ってきて、僕は嬉しくなった。やはり説教されて項垂れているより、可愛い女の子は笑っている方が良い。
ただこの後の一言で、やっぱりやめとけば良かったと後悔した。
「先生がいつも悩んでいる問題、0の概念でしたっけ? 私にはまだ難しくて理解できないんですけど、なんとか頑張って覚えてきますね」
その後少し雑談をしてから時間となったので解散となった。2人を異世界に戻した後、僕は慌ててインターネットで検索する。
0の概念ってなんだよ! 明日来る質問が怖い!!




