5月27日(日) SD19年:食レポ
澤田、うるせぇ。
日曜日だからという理由であのバカ、朝一に僕の家に乗り込んできやがった。それも朝の7時半。
ノーアポで男の1人暮らしに突貫してくるなんてどうかしてる。
澤田、うぜぇ。
異世界が超加速状態になって何もできないよ、と説明すると文句を言ってきた。曰く「そういえばそんなこと日記に書いてあったような」とか「本当に全く手が出せないんだ」とか「なんとかしてよ」とかとか。
僕に言ったってどうしようもないのに。
澤田、マジ神様。
せっかく早く来たのにこれじゃ何もできないじゃないかとひとしきり文句を言い終えた後、「じゃあやっぱりバイトサボらないで行ってくるわ」と帰って行った。その際に簡単な煮付けとおひたしを置いてってくれた。
レトルトやデパートのお惣菜ばっかり1か月食べ続けてた僕には手作りの味が五臓六腑に染み渡る。思いのほか美味しくって軽く涙が出た。せめて感謝の証として蓋つきの容器は綺麗に洗っておく。
というわけで夕方に合流すると約束していた澤田が来たので、例のイベントをまた再開する。
「同じのばっかりだとつまらないと思ったから」
そう言って澤田は今回も虫を捕まえてきてくれた。と言っても帰り道にササッと捕まえた奴だったので、カナブンとミミズに妙にでっかい蛾だけだった。
毎回持ってきてもらうのは申し訳ない、と次からは僕が率先して捕まえることを明言しておく。あと蛾を素手で捕まえられる澤田に戦慄した。こいつ、強すぎる。
余談だが、昨日全滅していた虫たちの入った虫籠を見て、澤田も驚いていた。「なんで全員死んでるの!? せっかく捕まえてきたのに!!」と驚く澤田に、午前中ヒマだった僕がネットで調べた結果を教えておく。
カメムシのオナラって、結構強い殺虫成分があるって知らなかったよ……出した本人も死ねるオナラってなんだそれ……。
気を取り直してガラスケースの前でこの前やった演出を再度行う。
まず常光灯の電源を切り、部屋の電気も消す。演出でおどろおどろしいBGMをスマホの動画再生で流し、澤田がカナブンを握り拳の中に入れて一つ頷く。
僕が頷き返す。僕がソッと開けた二重蓋に澤田が握り拳を入れる。
この前とは違いマオウさんがいないけど、これで十分わかるはずだ。
「え、痛っ。なにこれ? 痛っ!」
澤田が急に小さく悲鳴を上げる。僕がどうしたのか聞いたところ、何か手に刺さってるとのこと。
明かりを点けたら台無しになってしまうので、僕は澤田に手を引くように指示を出しつつ何が起こったか見た。地面を見ると、小さすぎて何かよくわからないものが下から上に高速で飛び上がってるのが見えた。
……あ、これ弓だ。
中空に飛翔している小さなソレはなんだか全く分からなかったが、ソレが飛んでくる元を見ると弓を構えた異世界人がたくさんいるのが見えた。
弓がある、ということは飛んでくるのは矢だろうという推測をした。概ね正解だった。
澤田に大丈夫か聞いたところ、さすがに距離があったからだろう、血は出ていなかったが細かいトゲが刺さってるような跡がいくつも見られた。これはチクチクと痛かっただろう。
僕が「異世界人の魔神対策かな」というと、澤田も肯定した。
「そうじゃないかな。まさかこんなに嫌われてるとは……」
いや、まあ嫌われるでしょうそりゃ。と僕は思ったが言わないでおいた。立場が違えば意見は違うのだから。
それより今日のイベント戦をどうしようか悩んだ。先代リュウかカチさんと相談がしたい。澤田に続けるかどうか聞くと、奴は暗闇の中少し顔を引き締めた。
「痛かったけど我慢できる程度だから、無理やり降ろすことはできると思う。でもあんだけ高い位置でチクッとしたから、下の方まで降ろすのは正直怖いかな……」
高い位置から自由落下させることもできるが、それだと良いところにピンポイントで落下できない。
ダンジョン前の広場は2日前のボス戦の名残りか、かなり開けて戦いやすいようになっている。あそこに落とせればいいのだけど、うまく落とせないと周辺の家や住人に被害が出てしまう。
どうしようか、としばらく悩んだ後、僕は明暗を思いついた。最近使ってなかった観察用の道具箱をひっくり返す。
「あー、なるほど。天才」
でしょ。
僕は虫籠等を清掃したり、また昆虫の巣を掘り返したりする際に使う緑色のゴム手袋を取り出してそれを自分の右手に付けた。肘まで届く長さのピッチリした奴である。
安物ではなく結構良いゴム手袋のため、ゴム生地がそれなりに分厚い。これさえあればカチさんの槍すら防げたはずの代物である。異世界人の弓矢など恐るるに足らず。
ただサイズが僕のものしかないため、澤田からカナブンを受け取って僕が入れることになった。いつもとは違う感触で異世界に虫を送り届ける。
案の定、弓矢は全く効果なしだった。飛んでくるのもわかるし刺さってる感覚もあるのだけど、自分の手は全く痛くない。僕は余裕をもってカナブンをダンジョン前広場にゆっくり投入した。
その後、ダンジョン前の攻防戦をしばし観察する。この時の僕と澤田はテンションマックスで観戦していた。
だって人が有機的に動いて戦ってるんだぜ? しかもところどころに、おそらく先代リュウのものだろう、氷やら炎やらの魔法が飛び交っている。テンションが上がらないわけがないのだ。
暗い虫籠ケースに2人してへばりついてダンジョン前の戦闘を覗こうとしていた。お互い自前の鉛筆型ルーペを駆使して、小さくて見づらい異世界人たちの活躍を目にしようとする。
カナブンが終わり、その後はミミズ、蛾を順番に入れた。それで今日は終わりである。
常光灯を付け、部屋の電気も点灯し、細かい道具も片付けてからリュウを迎えようとする。
「その緑色の、外さないとまずくない?」
あ、そうだった。忘れてた。
僕は付けっぱなしで忘れていたゴム手袋を取ってから異世界に手を突っ込む。戦っていた皆を労う意味で先にマシュマロ等を送り、リュウちゃんとジェスくんを回収した。
「人神様、今年も魔神様からの使者に勝てました」
報告の最初はそう始まった。よほど初陣の勝利が嬉しかったのか、リュウちゃんはニコニコ笑顔だった。
リュウちゃんの記憶から察したが、あの緑色のゴム手袋は想像以上に禍々しく見えたらしく「今回の魔神様は怖かったです」とか「やはり神様を攻撃したのが良くなかったのでしょうか」と反省しているらしい。
あの緑色の手は僕のものですよーとは言えず、僕はうっかり思考が読まれないように注意するのが大変だった。
「今年もたくさんご報告があります」
そこからはいつもしてもらってるサクラ国の決算報告だった。簡単に一言でまとめると「大儲け」だった。
新しいリュウが選定されたこと、人神だけでなく魔神も見守ってくれているという二神の加護のある国として知名度が爆上がりしたこと、聖堂教会が今度は支部を置くのではなく正式に対等の立場で同盟してほしいと言ってきたこと、ダンジョンによる新しい魔物の素材の流通に目を付けた人が押し寄せてきたことなど、サクラ国の影響度が凄いことになったらしい。
国としてのキャパシティがオーバーしてしまったらしく、街道沿いに中継地点の街までできたそうだ。もはや新興の国とは思えないほどの影響力を多方面にまき散らしていて、ご意見番になったエルバードさんや先代リュウの夫であり、元王子の入り婿の父親(あまりに関りがないせいで存在を忘れかけていた)がてんてこ舞いしているそうだ。
リュウちゃんは記憶力がいいのだろう、そういった一年にあったたくさんの報告を一気に終わらせて、僕に教えてくれる。
すべて話し終えたあと、僕は素直にリュウちゃんをべた褒めした。
ちゃんとここまで覚えてるんだね。すごいよ、ホントしっかりしてるね。
「……はい、ありがとうございます」
リュウちゃんは誇らしげに胸を張った。褒められるのが嬉しいのだろうか。親戚のおじさんよろしくリップサービスで多めに褒めてあげた。
同じく話を聞いていた澤田も、親戚のおばさんよろしくベタ褒めしていた。
「うんうん、私でも話がわかりやすかったよ。国の運営って大変なんだねぇ」
と、ここで休めの姿勢でずっと無言でいたジェスくんが急に話に入ってきた。
「……あの、横から失礼します。人神様、先ほどから気になっていたのですが……」
ん、どうしたの?
「その、こちらのもう一つの手の方はどなた様ですか? これだけ大きいということは、神様のどなたかなのでしょうか……?」
ジェスくんは澤田の方を見て疑いの眼差しを向けていた。僕はどう答えたものか少し悩む。
素直に「ああ、こいつは2年前に虫を4匹も放った魔神役の人だよ」と言ったら、ヤンチャだった時代のカチさんよろしく攻撃しかけてくるかもしれない。かといって「全然無関係のただの友達だよ」と言っても説得力が欠片もない。他に上手い言い訳も思いつかない。
僕が悩んでると、澤田はあっけらかんと正体をバラしやがった。
「ええとね、魔神ロキっていうの? あれらしいよ。今日君たちが戦った魔物を持ってきたのは、何を隠そう私です」
「なっ!?」
「え、そうなんですか?」
露骨に警戒心を強めるジェスくんと、素直に驚くリュウちゃん。頭を抱える僕は即席で言い訳を考えた。
確かにこいつは魔神みたいな奴で、虫を異世界に送る案を持ってきたのもこいつだよ。だけど安心していいから、ここじゃ安全だよ。
「……ですが、魔神ロキは魔物の味方、私たち異世界人にとっては敵のようなものなんです。人神様、そのことをお分かりですか?」
ジェスくんは全力で澤田を警戒していた。さりげなくリュウちゃんを庇うような立ち位置に変え、僕を睨んでいる。
背後でおどおどするリュウちゃんを見ながら、僕はどう答えたものかと悩んだ。結論はストレートに答えることだった。
こいつも僕も、異世界を破壊しようとかは考えてないよ。ただ、お互いが良しとするものが少し違うだけなんだ。だからこいつは僕の友達だし、悪い奴じゃないんだ。そこをわかってほしい。
「……害はないと?」
ないよ。もしあったとしたら、僕が止めるから。
「……わかりました。人神様がおっしゃられるなら」
こっそり剣の鞘にあてていた手を降ろしてジェスくんは僕の言い分を認めてくれる。急に張りつめた空気が弛緩して、僕たち全員ホッと胸をなでおろした。
その後、少しギクシャクしながら雑談を交わした。
やはり女性同士は話があうのだろう、リュウちゃんと澤田はなんだかんだで意気投合し、女子トークを繰り広げていた。僕は途中から相槌を打つだけになっていた。
リュウちゃんはあまり警戒をしていないようだったけど、ジェスくんが無言で背後から見てくるからそれがギクシャクの原因だった。
とはいえ僕たち地球の文化に興味のあるリュウちゃんは澤田の話を聞きたがり、逆に異世界に興味津々の澤田はリュウの私生活を聞きたがった。話は途切れなかった。
雑談の後に解散したのだけど、興味深かったので一つだけ抜粋。食についての話題。
澤田が地球のスイーツ文化について自慢をしていた。異世界では甘い物がマシューとその加工品くらいしかなく、それでいて滅多に食べれないためリュウちゃんが凄く聞きたがったのだ。この点は先代リュウと似ている。
ただ、その中で話が思わぬ方向へと動いたのだ。
「……でね、ジュースや紅茶の中にその丸い玉がたくさん浮いてて、それごと飲むのが美味しいんだー。専門店とかたくさんあるんだよ」
「変わった飲み物があるんですね。私も飲んでみたいなー」
「あはは、玉の大きさがリュウちゃんより大きいから、飲めそうもないけどね。リュウちゃんのとこはなんかおいしい物ある?」
「あ、ありますよ。去年人神様に頂いたものがとてもおいしかったのです」
チョコの話かな? おいしかった?
「はい、甘くて少し苦くて、癖になる味でした。とっても美味しかったです。特にミミズ料理につけて食べると、味がまろやかになっておいし……」
え?
「え?」
「……はい? どうしました?」
いや、今ミミズにチョコを付けるとかいう話の流れだったように聞こえたんだけど……。
「はい、去年人神様にご教授いただいたように、ミミズの下処理をみんなでがんばりました。凄く大きかったので下茹でするのも大変だったんです。でも、土臭さを取ることができたら、普通に美味しいお肉になって、冬の乾燥肉しか食べれない時期に新鮮なお肉がたくさん手に入ってみんな喜んでました」
へ、へぇ、そうなんだ。それはよかったね……。
「はい! それで、誰かが『人神様から頂いたチョコを合わせて食べたら美味しいんじゃないか』って言いだしたんです。それで試してみたら……すごくおいしかったんです!」
……。
「ミミズのお肉ってたんぱくな味で、お塩をいっぱいかけないと美味しくならなかったんですけど、代わりに溶かしたチョコをかけると味がまろやかになって美味しくなったんです。量が少なくてたくさんはできなかったんですけど、街のみんなでわけて食べたら大好評でしたよ。ねぇ、騎士ジェス?」
「……はい、僕は塩焼きも好きだったのですが、女性はチョコを掛けた方が人気があるように思えました」
「……あんた、何変なこと教えてんの! ミミズの調理法って! しかもチョコをかけるとか何よ!」
し、知らないよ! 調理方法は教えたのは事実だけど、チョコ掛けは異世界人発案のアイディア! 僕じゃない! 僕はそんな変なこと言わないから!!
「でも喜んじゃってるじゃない! なにそれミミズのチョコ掛けって! ……うっ、想像しただけで気持ち悪く……」
僕も……。
「あの、どうかされたんですか、人神様、魔神様?」
なんでもない、大丈夫……。
「ちなみにできた料理はこんな感じなんですけど」
ここで脳内映像を見せられる。ピンク色が実に鮮やかだった。
澤田、我慢できず洗面所へダッシュ。僕、顔を歪めながら全力で精神統一して話題の転換を図る。
そ、そうなんだ、おいしそうだね。ところで、マシューの加工品もあるんだよね。どんな料理があるの?
「あ、はい。マシューは熱を加えるとすぐ形が変わるから、今いろんな料理が作られてますよ。例えば……」




