5月26日(土) SD18年:御代継ぎ(後編)
結構長時間、儀式が行われていた。
ずっとガラスケースの中に腕を突っ込んでいてちょっとしんどかった。腕しびれたし。
合図のようなものをもらって、「ようやくか」と1人で愚痴りながら腕を引き上げる。今や先代リュウとなった彼女が下から僕の手を見上げているのがわかる。少し寂しい。
そして今僕の手の中には小さい体にたくさんの布を巻かれてコンモリとしているリュウの娘、いや、新しくリュウに就任した娘がいた。小さい体をさらに小さくして頭を垂れている。
あとその斜め後ろにもう一人いた。男っぽい。体つきはあまり大きくないように思える。誰だろう、昨日見せてもらった記憶の男の子かな?
なんとなく僕から話しかけてあげるべきかなと思った。こっちのが大人だし。
えーと、初めまして、ではないよね。久しぶり。これからよろしくね。
「……えと、常陽をもたらす人神サーティスさま、わたしは先代のリュウさまから、そのお役目をいただきまし、お呼びにさんじょういたしました。人神様のごいこう賜る事よろこばしく、こうえいに存じます。……えっと、これからの神おわす国である、サクラ国を、私ともどもご加護たまわりますように、よろしくおねがいしたします。……えと、あ! ひ、人神さまには」
ぐあー、これかあああああ!
どこかで聞いたことのある異常に堅苦しい言い回し。幼い子供特有の舌っ足らずな言葉遣いと、たくさん練習して頑張って覚えましたという感じが満載の演劇台詞。
なんとなく覚えがあるこの展開に、僕はリュウに気づかれないように最近見ないあの人に文句を言った。
これ絶対エルバードさんが覚えさせただろ! こういうの良いからって言ってるのに!!
おそらくだが、立場的にお爺ちゃんになったエルバードさんが懇切丁寧に教え込ませたのだろう。しかも相手は可愛い盛りの孫娘だ、神様への御挨拶の練習にかこつけて孫娘を可能な限り構っていたに違いない。
そういえばエルバードさんって今どんな見た目になっているのだろう、と少し興味が湧いたが、それ以上に変わっていないところにちょっと安堵していた。異世界は変化が激しすぎる。
僕は、延々喋ってる当人も内容をよく理解してないだろう挨拶をずっと聞かされ続けていた。はっきり言って途中でやめさせたかったが、可愛くてちっちゃい女の子が必死に暗記した台詞を思い出しているのを邪魔することはできなかった。
しかもよりにもよって意思疎通の魔法はまだ完璧ではないようで、思考の端々が漏れてきている。「あれ、こうでいいんだっけ?」とか「かしこみ、ってどういう意味なんだろう?」とか子供らしい疑問の声がちらほら聞こえてくる。実に微笑ましい気持ちになってくる。
おそらく誰の記憶にも残らないだろう「神への挨拶」が終わり、僕は脳内で絶賛した。
実に7分20秒(途中で飽きてスマホでタイムを計ってた)にもわたる長広舌を完璧に成し遂げたのだ。お子様にしては素直に偉業だと思う。
はい、挨拶確かに受け取りました。よくできたね、たくさん練習したの?
「……えと、ふつうにしゃべってもいいのですか?」
うん、お母さんと一緒に来たことあるでしょ? あの時と同じ感じでいいよ。
「はい、わかりました。たくさん練習しました」
リュウはにへっと笑う。まだ緊張が残っているようだったが、その顔は大人に褒められて嬉しいという実に子供っぽい笑顔だった。
この時僕は、脳内で勝手に爺バカだろうと決めつけていたエルバードさんをバカにできないことに気づいた。なるほど、可愛いなこの子、純粋で。
僕は完全に親戚のおじさんポジションになって、「しっかりしてて偉いねぇ」と何度も褒めちぎった。
しばらく褒められてて喜んでいたリュウちゃんだが、ハッと途中で何かに気づいた顔をする。そしてまた急に顔を引き締めて(当社比)僕に難しい言葉で説明を開始した。
「その……神の世には今魔神ロキさまがいらっしゃるときいてます。ゆえにリュウたる私の護衛として、伴を1人つけることをご了承ねがいたいと……で、あれ? ……ねがいたいです!」
あー、はい。それで後ろの男の子に繋がるわけか。
この時、どうやら僕はちょっと失敗したらしい。リュウちゃんが「あう、えう……」と言葉に詰まっている。
まだ説明が途中だったところを僕が遮ってしまった形のようだ。これは申し訳ない。僕は素直に謝罪してから説明を再開してもらう。
この後の話は、回りくどい言い方の割に内容は簡単だった。ようするに初代リュウのとき、カチくんがやたら僕に噛みついてリュウの護衛をやりたがったけど、あれを伝統の一部として扱おうという魂胆のようだった。
つまり神の世に行けるのはリュウとその護衛1人のみ。おそらく昨日相談した「マオウとサクラ国が裏で繋がってる事実を隠す作戦」の一環だと思う。こっちに来る人数が少なければバレる確率も減る。
許可を求めるリュウちゃんに、僕は「いいよ」と軽く許可を出した。リュウちゃんはホッとしたようだった。
「よかったです。お……騎士ジェスはとても信頼できる人なので、一緒にいてくれるとありがたいです」
実はお母さんから君たちの様子を少しだけ見せてもらったことがあるんだけど、兄妹なの? でも君は一人っ子のはずだよね?
「えっと、き、騎士ジェスは黒狼討伐隊隊長の、カチ様の息子さんです。いつも私と遊んでくれるんです。それに優しいです。この前転んでケガしたときも、すぐに包帯をとってきてくれました」
……ほほぅ、なんかどっかで聞いたことある話だな。
「お爺ちゃんも騎士ジェスのことを信頼しています。彼ならきちんと家に帰るまで守ってくれるだろうって」
……あれ、護衛つけたのってもしかして、僕がリュウを誘拐するのを防止するため?
一応当人の許可を取ったとはいえ、前科2犯の僕は信用されていないのだろう。これに関しては文句が言えない。エルバードさんに次あったらちゃんと謝罪しておこう。
リュウちゃんの自分語りを割と興味深く聞いていたら、後ろからそのジェスくんが割り込んできた。両手を後ろに組んで小さい体を精一杯大きくさせながら、リュウの肩をツンツンとつつく。
しばらくリュウちゃんとジェスくんが話していた。その後、ジェスくんが僕の手に直接触れて魔法を起動する。
「……人神サーティス様、まだリュウは幼く他者の意識を介在させるのは苦手のようです。申し訳ありませんが、直接私から自己紹介をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
ものすごく丁寧かつわかりやすい口調で話しかけられた。たしかまだ8歳か9歳のはずなのに、ずいぶんとしっかりしている。
そして何より、父親であるカチさんと違って普通に話せている。やっぱりあのぶっきら棒な口調はカチさん特有だったのか、と今更ながら納得しつつ、ジェスくんの自己紹介を聞いた。
「私は、父よりリュウを害意あるものから守れと言われております。そのため帯剣をしておりますが、必要なためにご容赦ください。魔神から放たれた四天王はいずれも強力でしたため、警戒を怠るわけにはいかないんです」
そう言ってジェスくんは自己紹介を終えた。伝えるべきことをきちんと伝えるだけでなく、大人のような言葉遣いも使いこなしていて凄く驚いた。
僕は「わかりました、全然構わないですよ」と思わず敬語で応対しつつ、ジェスくんに個人的な話をしてみた。
ところで、ジェスくんはまだ、その、あれだよね? 10歳にはなってない、んでしょ?
「はい、数えで9つになります」
……そうなんだ。まだ子供なのに、すごいしっかりしてるね。とてもわかりやすかったよ。
「……恐れ入ります」
そう言うとジェスくんは、少しだけそっぽを向いた。照れてるのだろうか。こういうところは子供っぽいかもしれない。
しかし、同時に僕の手に触れていたリュウちゃんが少し不機嫌になった。あからさまに唇を尖らせている。
「でもお……騎士ジェスはまだまだ子供ですよ。だってこの前マシューの切れ端があるって聞いて、蚤の市に飛んでったし」
「……今は関係ないだろその話。それに、あのときはお前も半分食べて喜んでたじゃないか」
「……そうだけど。いつもおじさんに怒られてるし」
「父さんは顔と声が怖いけど、滅多に怒らないよ。あれはただの剣と魔法の訓練だ」
「……むぅ」
何か喧嘩腰に2人が言い合っている。不満たらたらといったリュウちゃんの視線を頭二つ分高いジェスくんはさらりと受け流していた。
あれ、仲が良いって話じゃなかったっけ、と僕は狼狽えた。いきなり雰囲気が悪くなった気がするけど、どうしたんだろう。僕がジェスくんを本気で凄いと思ってしまったのが伝わっちゃって、嫉妬したとか?
幼い子供同士だとよくあることなのか僕にはよくわからなかった。だから大人特有のなぁなぁな言い回しで2人を宥める。
ま、まあまあ落ち着いて。それよりサクラ国が今どういう状況か教えてほしいなぁ。あ、おやつにマシュー欲しかったらいる? いくつでもあるよー。
「……人神様、申し訳ありません。つい、いつもの軽口をたたいてしまいました」
「あ、その、ごめんなさい。すみません」
あ、いいよいいよ。あははー。
その後、気を取り直したリュウちゃんが、おそらくこちらも頑張って丸暗記したのだろう、サクラ国の報告をしてくれた。
毎年人口がどの程度増えたのかと街の規模や施設が変わったかを聞いていたが、今年は大幅に変えられていた。
母親からはダンジョンを中心に施設の変化を教えてもらったが、リュウちゃんからは単純な数字での変化を教えてもらった。どうやら居住者はほぼ横ばいだけど、攻略者の数が大幅に増加したらしい。
といっても、通年の人数は大したことなかったそうだ。問題はここ最近、また魔神が出るかもしれないということで年始と年度末は急激に旅行者が増えたのだ。おかげでお金の流れが激しくなり、サクラ国の生活がかなり潤ったという。
街の施設も、ダンジョン周りに露天商などがいなくなったため、場所の調整が必要になった。それだけでなく、またあの大型モンスターが現れた場合の対策として訓練場も整備されることになったとのこと。
話を聞いていて、最初は周辺の防衛だけを考えていたサクラ国だけど、今は各施設の特性を反映させた街づくりが行われているなぁと感じた。こういうのが文明の発展というやつなのだろうか。
これまたたくさんの報告を終えて、リュウちゃんが「以上です」というと僕が手放しで褒めた。すごくしっかりしてるしサクラ国のことよくわかってるね、と満点の評価を与える。
こっそり4度ほどジェスくんに助け舟を出されてたことは追及しないでおく。僕が絶賛すると、リュウちゃんはすごく嬉しそうに満面の笑顔になった。
「ありがとうございます」
ううん、こちらこそありがとうだよ。ええと、じゃあ堅苦しい報告会はこれで終わりにして、お話でもしようか。それとも何か聞きたいこととかある?
「はい、あります」
え、あるの?
僕は驚くと同時に「何か質問あるかなんて聞かなきゃよかった」と少し後悔した。異世界の問題はどれも答えるのが大変なのだ。
そもそも、僕は神様と言われているがただの一般人だ。全知全能どころか今頑張って勉強している学生である。セルゲイネス氏もそうだけど、異世界人の知能に僕が対応できるか否か。
結論から言ってしまえば、対応できる質問だった。しかし、とても嫌な質問だった。
「あの、去年魔神さまが強力な魔物を召喚したのを覚えておられますか?」
覚えているに決まっている。というかむしろその決定をしたうちの1人は僕だ。
そのことを察せられないように気を付けつつ、もちろん覚えていると答えた。リュウは「それなんですけど」と続ける。
「4匹の魔物たちの素材は、どれも優秀だったのです。最後に現れた『すべてを切り裂くモノ』のカマは剣の材料としてとんでもない金額で取引されましたし、他の『銀の装甲を纏うモノ』も『噛み砕くモノ』の足や甲殻はすごく、すごーく高かったって聞いてます」
具体的な金額は知らないのだろう、リュウちゃんが「とにかく高く売れた」というところを強調する。
僕はそれ以上に、四天王のネーミングセンスが恥ずかしくなっていた。ボス戦を提案したのは澤田だし、ノリノリで演技をしたのはマオウさんだ。だが、実は四天王の名前を考えたのは、実は僕です。
あの時は変なテンションになって恰好良いと思う名前をつけてしまったけど、冷静になって他人から聞かされると黒歴史でしかなかった。昔の反抗期スピリットが疼いたのが全て悪い。恥ずかしい。
リュウちゃんは大人が己のアホさ加減で傷ついていることに気づかず、質問を続けた。
「ただ、『赤黒く蠢くモノ』が困ってるんです。あまり固い部分がなくて素材として使いづらいですし、皮みたいのもすぐ破れちゃいますし……」
ちなみに『赤黒く蠢くモノ』はミミズのことである。確かに、ミミズは剣にも防具にも家庭の道具にも使えそうにない。
畑を耕すのには最適なんだけど、死んだら何にも使い道がなさそうだ。僕はふむふむと聞いていた。
そうしたら、リュウちゃんがとんでもないことを言いだした。
「あとはお肉を解体して食べてみたのですけど、土っぽい味がしてあまりおいしくなくて……。どうしたらいいかわからなくて乾燥させて非常食にしたのですけど、あまり人気がなくて……」
……え、た、食べたの。ミミズを?
「え、みみず? ……あの魔物のことだったら、食べましたよ? ね?」
「……はい、僕も食べました。あまり固くて噛みきりにくくて、正直おいしくはなかったです」
……おいしくなかったのか……。
僕はあまりの話に、しばし呆然としていた。まさかミミズを食べるとは想定外だった。
僕が急に無反応になったため、リュウちゃんが何か誤解したらしく不安そうに聞いてきた。
「……あの、なにか良くなかったですか? あの魔物は食べちゃいけなかったとかですか?」
ここで僕はその可能性に思い至る。ミミズに毒性はあるのか否か。
僕はリュウちゃんに「ちょっと待って」と言ってからインターネットを開く。
僕が検索画面を見ると、僕の脳内を覗き見していたリュウちゃんとジェスくんが「これがいんたーねっと……」「先生が言ってた通りだ」と面白がって画面を見ていたのが印象的だった。
検索結果によると、ミミズは住処の土質によって変わるそうだ。リン酸や銀硫黄がある場所だとその成分を蓄積して人体に悪影響があるそうだが、基本的にはそこまで害はないらしい。もちろん産地をきちんと確認しないと駄目だが、あまり量を食べていないとのことなので大丈夫だろう。
そういうことを調べたので、僕はリュウちゃんに「食べても問題ないよ」と伝えた。リュウちゃんは納得したようなしてないような表情をしながら、僕の話を聞いていた。
「えっと、大丈夫なんですね? ならよかったです」
「……人神様、申し訳ありませんが、そのいんたーねっとで『赤黒く蠢くモノ』の調理法などわかりますか? 調べたい文字を入れ込めばなんでもわかると聞いているので……」
えええっ? ちょ、調理法ですかい? 知りたいの?
「はい。あ、ダメでしたらいいです。申し訳ありません」
いや、ダメじゃないけど……。
僕はジェスくんの要請に応じて、嫌々ミミズの調理法について検索する。この時の僕の気持ちを想像してもらえるだろうか。
誰が好んで大量のミミズが蠢く画像を検索しなきゃならんというのか。しかもよりにもよって調理法である。気持ち悪いにもほどがある。
とはいえ、僕も興味自体はあったので調べた。水に浸して中の泥を抜き、外側をよーく丁寧に洗ってから煮沸するといいらしい、ということがわかった。あと乾燥したミミズは漢方にも使えるらしい。
ここに至るまでかなり顔をしかめていた。
「……ここまで詳細な調理法、ありがとうございます。参考にさせていただきます」
いえいえ、こちらこそ大丈夫ですよ。うん、何かためになるといいね。
「はい、いくら魔物とはいえ神の使者をただ捨てるわけにもいかず、エルバード様も困っていたのです。調理法がわかれば、むしろ冬の肉料理に使えて良いかもしれません」
そうね。まあうん、好きに使っていいよ……。
「……むぅ」
済まし顔のジェスくんと対照的にリュウちゃんがまた唇を尖らせていた。この子は感情が素直に出やすい子なのだろうか?
僕は絶対に食べたくないけど、異世界人が肉を欲しているというのなら上げるのは吝かではなかった。確か今日澤田が持ってきた虫籠にミミズがあったはずだ。僕はそれをプレゼントしようとし……やめた。
「ん? どうしたのですか、人神様?」
い、いや。その、なんでもないよ。
僕は虫籠を背後に押しやり、リュウちゃんとジェスくんに見えないようにしようとした。しかし僕の視界をジャックしたらしい2人は、その惨状を目の当たりにしていた。
「そ、そんなにたくさん魔物が!?」
「え、それ人神様が倒したのですか? す、すごい……」
いや、そういうわけじゃないんだけど……。
澤田が持ってきた虫籠の中にいた昆虫たちが、なぜか全滅していた。狭いところに押し込められたのがいけないのか、ほとんどの虫がひっくり返ってピクピク足を動かしていた。
変な刺激臭が虫籠から漂ってくる。動揺した僕は笑って誤魔化すことにした。
ええと、魔神の奴が持ってきたんだけどさ、なんか死んじゃって……。
「……こんな大量の魔物がサクラ国にやってきていたら、僕たちでは対処できなかったでしょう。僕も、リュウを守れるかどうか……」
「……お母さん1人だと、1匹ずつなら簡単だって言ってました。でも、こんなにたくさんいたら、さすがに無理です……人神様ありがとうございます、助かりました!」
ここで僕はリュウちゃんとジェスくんの勘違いに乗ることに決めた。ひきつった笑顔を作って自慢する。
ま、まあ僕の手にかかればこの程度造作もないよね。でも僕が倒しきれなかった奴は、来年から1匹か2匹くらいそっちに行っちゃうかもしれないから、気を付けてね。
「はい、わかりました!」
「……全力で対処します」
そう言うと、リュウちゃんとジェスくんは帰って行った。お土産に立派な槍とダイコンもどきを置いて行ってくれた。
今日はリュウちゃん初仕事ということで、僕からのお祝いも多めに出しておいた。調子に乗って一口サイズのチョコも置いていったけど、気に入ってもらえるだろうか?
とある読者様から「ミミズって食えるよね」というアドバイスをいただきました。今話でそのネタを参考にさせていただいております。
ありがとうございます!m(_ _)m




