5月26日(土) SD18年:御代継ぎ(前編)
「……と、こんな感じでした」
僕はリュウから昨日のボス戦の様子を報告(映像付き)でしてもらう。僕と、映像付き記憶を見るのは初めての澤田が異世界人視点のボス戦を「おー」とか言いながら見させてもらった。
僕たちから見たらただのチッコイ虫ばかりだけど、異世界人視点で見ると巨大な化け物揃いになる。ゴジラもかくやというド迫力だった。
そしてダンジョン攻略者たちが群れをなしてその巨大な化け物に突っ込んでいく様はなかなか壮観だった。
ウルトラマン無しで怪獣退治をしようとする特捜隊とまったく同じ構図である。怖くないのだろうか。
僕はサクラ国の活躍を見て、大絶賛する。すごいね、思ってた以上に上手くいったじゃないか。
「……それはそうですけど、でも聞いてたお話と違って大変だったんですよ。その場でセリフ考えなきゃいけなかったですし」
リュウがわざとらしく拗ねて見せる。もう立派な大人の女性となったリュウが唇を尖らせる姿は、なんというか、とてもエロい。
頬をかきながら、目をそらして僕は言い訳をした。
あー、あれに関しては僕のせいではないっていうか。
「あはは、リュウちゃんごめんね。あれ私の発案なんだ」
今日も今日とて当たり前のように僕の家に乱入してきた澤田が笑いながら謝罪した。理由をきちんと説明する。
もともとリュウに聞かせていたシナリオはこうではなかったのだ。適当に昆虫を1匹降ろして「ボス戦」をして、その後マオウさんと天から遣わされたカチさんがデモンストレーションで戦い、勝ったら終わりというシナリオだったのだが、そこに澤田プロデューサーから急遽「待った」がかかったのだ。
曰く、どうせなら太陽を暗くしてド派手にプロモーションしよう。曰く、僕がやったら神として区別がつかないから細くてマニュキュアつきの私の手を使おう。曰く、最後にマオウと戦うのに守護モンスターが1匹じゃつまらないし四天王にしよう、などなど。
というわけでマオウさん投入直前に常夜灯のスイッチをオフにし、マオウさんに澤田プロデューサーの熱血演技指導が入り(意外とマオウさんがその演技指導にノリノリだったのが面白かった)、カナブン以外に無害そうな昆虫を4匹選んでからボス戦として投入されることとなったのだ。
ちなみにマオウさんに対して抵抗感がないことを指摘したら、「さすがに3日も見れば慣れる」とのこと。いい加減なものである。気が付いたらマオウさんと澤田が仲良く演出談義をしていたのが印象的だった。
つまるところ澤田が悪い。が、彼らの話を聞いていて楽しそうだったから止めなかった僕にも責任がある。
なのでリュウに素直に謝っておいた。ごめんね、リュウなら何とかしてくれると思ったんだよ。
「……それなら、いいですけど」
リュウは少し顔を逸らしながら、しかし急に機嫌が良くなってその後の報告を続けてくれた。特に「ボス戦」改め「四天王戦」について詳しく所感を述べてくれた。
ちなみに四天王はカナブン、ミミズ、バッタ、カマキリの順に投入した。本当はカマキリではなくゴカイを入れるつもりだったのだけど、前半3匹があまりにも弱くてあっさり倒されてしまったため、急遽高難易度のカマキリを選ぶこととなった。四天王の最後は絶対に強くなければいけない、という澤田の主張に僕が同意してしまったがゆえの判断であった。
しかしリュウからも報告で言われたが、カマキリはダメだった。体がでかくて背が高く、腕での攻撃が危なくてかなり危険な戦いになっていた。ミミズの大暴れやバッタ(後ろ足処理済み)の噛みつき攻撃もかなりヤバかったが、それ以上だった。死者は出なかったようだが怪我人は多数出ていた。
ボス連戦で前線に立ってた人数が減りすぎてたのもよくなかった。そのためリュウ他魔法部隊が全面的に足止めをせざるを得ない状態となり、かなり危険な状態になっていた。それを見ていた僕と澤田は「やりすぎた!」と肝を冷やしたものだ。
しかし、ここでカチさんナイスな戦況判断をしてくれた。予定を繰り上げて澤田の腕を引き上げさせ、代わりにカチさんを僕の手で降臨させることになった。
そして神の御使いのように登場したカチさんがカマキリを一刀のもとに切り伏せ、その後は演出通りにマオウさんと戦って太陽を取り戻したのだった。めでたしめでたし。
一通りの報告を受けて、僕と澤田はフンフンと頷いた。そして反省会を始める。
「うーん、イベントとしては盛り上がったけど、ちょっと急過ぎたかな。事前準備は必要そうだねぇ」
それね。2匹目の時点でかなり疲れてる人が多かったように見えたよ。さすがに4連戦はきつすぎたかな?
「はい、武器も黒い魔物対策に特化したものが多かったのも良くなかったみたいです。大型ボス相手だとすぐに折れてしまったり、弾き飛ばされたりしていました。黒い魔物限定だと怪我人もそれほど出ないため、医療関係の手が薄かったのも良くなかったと思いました」
そうだね、ミミズに何本も剣が刺さって抜けなくなっちゃってたしねぇ。3匹目のバッタあたりから魔法頼りだったしね。
「それにしても魔法ってすごいね。あんなビカーって光ったりドカーンってなったり、派手な戦いになってたね。まるで映画みたいだったよ。私も使ってみたいなぁ」
「フフフ、サワダ様も練習すれば使えるようになるかもしれませんよ」
「ほんと!? ちょっとやってみようかな……」
はいはい、手を振りかざしてアホな動きはやめなさい。どうせ何も出ないから。
3人で笑いあう。くだらない冗談を交えながら楽しく反省会を続けた。
とりあえず反省点を話し合った結果、「四天王戦」自体は大成功だったということがわかった。
攻略者たちも、ボスのような強力な存在が出ることを知ってより実力をつけなければと意識の向上に繋がり、ついでに新素材について皆で分け合うことで仲間意識も芽生えたそうだ。強大な敵を前にしたとき人は強く協力し合うのである。
また、街の形も少し様変わりをしたそうだ。ダンジョン前にボスが頻出したことから、誰もがダンジョン前の広場から離れるようになった。露天商や鍛冶屋は街の別の場所に移転し、ダンジョン前は攻略者たちが屯するただの広場になった。おかげで自治組織による管理がしやすくなり、トラブルも減ったらしい。
しかし異世界人に寄り添う神である人神サーティスだけでなく、魔物に与する人に害為す神・魔神ロキも現れることとなり、サクラ国への移住者が少し減ったそうだ。その点だけはマイナスだった。
とはいえ、新しい素材目当ての人の流れができたため経済の面では活気がついたこと、ボスは怖いけどリュウやカチさんのような最終兵器がいるために安全性は高いと判断できること、結果的に怪我人は多く出たけど死人は出なかったことなどが幸いして、人が流出するということは最小限に収まったという。
以上のことを聞き、僕は上手くいって良かったと安心する。リュウも喜んで同意していた。そこへ澤田が渾身のドヤ顔。
「ね、私の言った通り、やってよかったでしょ?」
ぶっつけ本番の思い付きがたまたま上手くいっただけだけど、まあ良かったんじゃない? 結果は間違いなく満点だし。
素直に褒めるのが嫌で少しだけ皮肉を混ぜたが、澤田は意に介さないようだった。べた褒めのリュウの言葉にだけ耳を傾けてる。
「はい、さすがサワダ様です。おかげさまでダンジョン攻略者の人たちもやる気が出たようですし、マオウさんも喜んでくれてるって隊長さんから伝言も預かってます」
「うむ、そうだろうそうだろうとも」
そう言って澤田は自慢げにドカッと今日の「お土産」を取り出した。中には、もう、なんていうか、ごちゃごちゃいた。
大量の虫がワシャワシャ蠢いている虫籠を指さしながら、澤田は楽しそうに話しかけていた。
「というわけで今日もたくさん用意したよ! 今回はどれにする? オススメはこのカメムシかな。まだ時期的に早いのにこんなに大きいのが見つかってね。あとは……」
僕はすかさずツッコミを入れる。お前、大学大丈夫なのかよ。心配されてた僕以上に実生活が侵されてるぞ……。
「だいじょうぶ、今日は2限のみだったし。それよりこっちのオニグモも良さそうじゃない? もういっそ全部投入するってのも……」
「あの、サワダ様。とても申し訳ないのですが、今日は無しでお願いできますか?」
あまりの衝撃に「へぁっ?」と変声をあげる澤田と、先ほどまでの楽しそうな雰囲気を一切消して消沈した様子のリュウ。僕はその急激な変化が気がかりで、どうしたのか質問した。
答えは簡単だった。
「あの……私は今年でリュウを代替わりしようと思うのです。娘に、リュウの名を継がせます」
急な宣言に対して動揺する。澤田が「代替わりってあのちっちゃい娘を次のリュウにするってこと?」と質問してくる。
僕は手短に澤田に説明した後、リュウに言葉をかける。
僕は別に止めないけど、いくらなんでもいきなり過ぎじゃない? どうしたの、急に。
「……理由はいくつかあるのですが、その方が良いというサクラ国の総意でした」
そうして訥々とリュウは事情を説明してくれた。
簡単にまとめると3つの理由からである。1つは、魔神からの侵攻がいつあるかわからず、最大戦力である今のリュウはできれば次代に引き継いで、常にサクラ国のどこかにいてほしいという要望が多かったそうだ。
リュウ自身は年に1回しかボスが来ないことを知っているけれど、他の国民はそのことを知らないのが原因である。国全体の不安解消のために必要な措置だそうだ。
また魔神と人神が裏で繋がっている、という事実を知る人は少ない方が良いという個人的な判断にも寄っている。リュウの代では裏事情を知る人は多いけれど、娘の代になればそのことは一切秘密となり、誰も知ることはできなくなるからだ。
そして、一番大事な理由が告げられた。娘のことである。
「私は、5歳のときに人神様に仕えるべくリュウとなる決意を固めました。娘もまた今年で5歳になります。もうリュウとして貴方様にお仕えすることも適うでしょう」
……でもあの時は仕方なくだったじゃない。無理して小さいうちからこんな大役任せなくても……。
「……いえ、私がいるうちに代を継いでおきたいのです。そうすれば娘が困ったときに相談を受けることもできます。忠告することもできます。支えてあげることもできます。だから今の方がいいんです」
……大丈夫なの? たしか背負った役が重すぎて、ずっと苦しんでたじゃない。
「正直、大変だと思います。ですが、今しないと私と比較されてしまいます。私はダンジョンができたときに神の協力を得てサクラ国に安寧をもたらすことができましたし、二度も神の国にお招きいただけました。娘が今以上の年齢になったときだと、誰も表立って言わないでしょうけど、おそらく他者によって比較されてしまいます。他ならぬ母親である私と。それは、たぶん、もっと苦しいことになるでしょう」
……リュウはそれでいいの? 何か、ずっと辛そうだけど。
「……良いわけでは、ないです」
ここでリュウの表情が崩れた。しかしサイズ差が大きいことと、顔を横に逸らされたことでどう表情が変わったかまではわからなかった。
ただ、悲しい気持ちだけは伝わってきた。
「人神様には、私はとても大切にしてもらったと思います。お母さんがいなくて辛かった私を受け入れてくれました。大人たちからの期待の大きさに緊張して息をするのも苦しかったときに、たくさん遊んでくれて緊張をほぐしてくれました。いつも私のことを気にかけてくださいました。いつもここでお話するの、楽しかったんです」
……。
「そんな人神様とお別れになるのは、嫌です。でも、人神様と離れたくないのと同じくらい、あの子のことが大事なんです。もうリュウとしての御勤めも果たせそうもないですし、私はリュウをやめるべきだと思ったのです。決めたことなんです」
……そう、ならいいけど。
「……すみません、人神様。いつも勝手なことばかり言ってしまって」
全然気にしないで。僕もすごくリュウには世話になったよ。いつもありがとう。楽しかったよ。
「はい、こちらこそ、ありがとうございます。お慕いしておりました、ずっと」
この後短く別れの挨拶をかわし、僕はリュウを地表へと戻した。
リュウに頼まれたため、その後しばらく手を伸ばしっぱなしにして待機していた。池の畔でリュウと、おそらくリュウの娘であろう小さな人影が何かをやっている。それを周囲に何十人もいる異世界人たちが静かに見守っていた。
おそらく代替わりの儀式をやっているのだろうと思う。詳細は後程リュウに……次代のリュウに聞こうと思う。
僕は結構長時間やっている代替わりの儀式を上からぼーっと眺めている。
2代目のリュウになってから、たった20日程度しか経っていないのだ。しかし、そのたった20日の短い間いろいろあったなぁと思い返す。
リュウは僕の前ではいつも笑顔だった。しかし、僕は彼女にちゃんとしてあげられたのか、よくわからない。リュウは感謝してくれていたけれど、僕は大したことができている自信がなかった。
あの子の母親とも約束したのに、今思うと酷い体たらくだと思う。もっとしっかりせねば、と決意しながら、僕はリュウと、次世代のリュウのことを上からずっと眺めていた。
澤田は何かを察したのか、いつの間にか離れていた。「もう帰るわ。これあげる」とだけ言い残し、さっさと帰ってしまった。
残された虫籠の中にギッチギチにつまった虫たちが、僕の部屋に取り残された。
時間がとれないので前後編。なるべく早く書きます。
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