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箱庭異世界の観察日記  作者: えろいむえっさいむ
ファイル3【極小世界の管理、及び外敵の駆除】
53/58

常陽の神国に訪れる夜

 空が急に暗くなった。国中にどよめきが広がっているのが、城の中からでもすぐに伝わってくる。


「お、お母さん。なに、これ?」


「……こっちに来なさい」


 私は震える娘を抱きかかえて膝の上に座らせる。娘は初めて見る「夜」の光景に怯え切っていた。

 太陽の恩恵を失ったサクラ国は、何もかもが見通せぬ闇に覆われていた。


「おい、これは! あ、し、失礼します!」


 国の重鎮である私たちの部屋に飛び込んでくることが許されている人は限られている。その中で一際高く若い声の持ち主はたった一人しかいなかった。

 ジェスくんはまだブカブカの軽装鎧に身を纏ったまま、私の娘の安否を気遣う。


「そっちは大丈夫だった……でしたか? それに、これはいったいなんなんでしょう、リュウ様」


「……これは」


「失礼いたします!!」


 私が何か言いかけると、今度は野太い声を響かせて初老の男性が入ってきた。最近腰が痛くて引退を考えていると嘆いていたリネさんが、体の不調をまるで感じさせない堂々たる歩き方で私の部屋に入ってくる。

 リネさんは兜を外し、私の前にスッと跪く。


「リュウ様、神様の御目通りお疲れ様でございます。お帰りになったばかりでとてもお疲れでしょうが、緊急の要件にて、申し訳ありませんがご相談したく存じます」


「いえ、わかっています。この闇のことでしょう?」


「はい、そうです」


 私は大きく開いた窓から空を見上げる。常に煌々と光り続けている常光の太陽が、今はなぜか隠されており、辺り一面が信じられないほど暗くなっていた。

 常に明るいため、サクラ国には照明の類が少ない。そのため人々の動揺する声や、何かをぶつけた衝撃音などが頻繁に響いている。国全体がパニックになっているのが手に取るようにわかった。


 リネさんも間違いなく動揺しているようで、いつもより口調が早く兜を持つ手が震えていた。リネさんが私の想定していた通りのことを説明しだす。


「まだ確認は取れていませんが、現在サクラ国の機能が停止しています。突然の暗闇に慌てた者が多く、神を祭るための祭儀は中断、ダンジョン攻略者たちもダンジョン周辺で困惑しておりましたし、行商人からの苦情も殺到しているようです。防衛部隊も黒い魔物対策は完璧に行っておりましたが、今回のような事態は想定しておらず、どうすれば良いのか質問が溢れています。どうかお知恵をお貸しください」


「……はい、わかりました。各方面に安心するように言ってください。私が外に出て警戒に努めます。何かあったときは私にすぐ連絡をください」


「……助かります。カチ隊長が不在の今、何かあったときに頼りになるのはリュウ様だけですから……」


「そうですね。隊長さんがいない以上、自警団の方々は警戒を強化してください。夜陰に紛れて不埒を働く者もいるかもしれませんから。攻略者の方々に協力を要請すると同時に、彼らの行動も監視してください」


「かしこまりました」


 リネさんはそれだけ言うと、一礼してすぐさま踵を返した。速足で退室しつつ一緒に来ていた部下たちに次々と指示を飛ばす。

 私はもう一度空を見上げ、ため息をついてから立ち上がった。その時娘を床に降ろし、頭をなでる。


「大丈夫、心配ないわ。お母さんはこれから少しお出かけしてくるから、ジェスくんと一緒に良い子で待っててね」


「……うん、お母さん、手」


 そういうと、娘が手を伸ばしてきた。私は記憶を読まれないように気を付けつつ、娘の手を両手で抱えて、魔法で「大丈夫だよ」と安心するように伝えた。

 昔から心の声を聴いていたからだろうか、口で言うより安心するようだった。娘は少しだけ強張りを残しつつも、笑顔で「もう大丈夫、行ってらっしゃい」と送り出してくれた。私は急いで外に出ようとする。


「……あの! リュウ様、質問があります!!」


 ジェスくんの幼い声にはまだ震えがあった。血は繋がらなくとも小さい頃から知っているジェスくんは、私にとって息子のようなものだ。彼の怯えも無視できない。

 私は振り返って「どうしたの?」と笑顔で聞く。ジェスくんは子供ながらも言いづらそうに質問してきた。


「……これは、こいつが一緒に行かなかったからですか?」


「え?」


 ジェスくんが言う「こいつ」とは、おそらく私の娘のことだろう。何を言ってるのかよくわからなかった。

 ジェスくんはどう言えばいいのか躊躇いつつも、口下手に質問を続けた。


「……去年は、リュウ様はこいつの看病で人神様の下に行けませんでした。今年は2人で行ったのに、途中でこいつだけ帰されて、父さんとリュウ様だけで行きました。……こいつは、次のリュウには、ダメってことなの、ですか?」


 ジェスくんはとても言いづらそうに娘の方をチラチラ見ながら、次世代のリュウとして失格なのかと聞いてきた。私は不思議そうに彼の不安そうな表情を見下ろす。

 隊長さんが自分の息子を護衛につけさせようと提案したのはもう3年も前のことだ。しかし、当初はすごく嫌そうに娘の面倒を見ていた姿を何度も見ている。遊びたい盛りの男の子だから当然だとそう理解していた。

 しかし、ここ最近妙に娘のことを気にする様子が見受けられる。何かあったのだろうか。外の暗闇より、むしろリュウとして失格の烙印を押されそうな娘のことを心配しているように見えた。


 私は、なぜ暗闇が訪れたのか事情を知っている。そのため、ジェスくんに本当のことを言えないことを申し訳なく思いながら、言い訳をした。


「そんなことはないわ。人神様はその程度のことで怒ったりなんてしないわよ。今日のことも、きっと何とかしてくださるわ。だから安心して」


「……はい、わかりました」


 ジェスくんは納得しきれてないけれど無理やり自分を安心させようとする複雑な表情で私を見上げていた。娘はジェスくんの様子に触発されたのか、とても不安そうに「どうしたの?」と聞いている。


 私は2人を柔らかく抱きしめると、その頭を軽く撫でた。


「とにかく安心して。お母さんが何とかするから。あなたたちはここで待っていてね。いいわね?」


 2人の返事を聞いたら、私は早歩きで外に出た。これから何が起こるかだいたい理解している、が、事前の説明になかったこの暗黒のせいで多少は動揺していた。何かあちら側で問題があったのだろうか。


 私はお祭りの中心に向かう。一番人通りが多く、声を響かせるのに都合が良いからだ。

 普段から人通りが多く、特に神と接見する今日はマシューをわけるためより賑わっているはずの場所に来た。しかし、今は誰もが不安そうにお互いの顔を見合わせていたり、慌てて家に逃げ帰る住民の姿も見えた。


「皆さん、落ち着いてください! 大丈夫です、人神サーティス様の加護は失われておりません! きっと常陽の灯をつけてくださいます!」


 私が台の上に乗って大声をあげる。セルゲイネス先生が「音は空気の振動であり、その波長が大きくなると音が大きくなるそうですな」と言っていたのを思い出し、風の魔法で自分の声を周囲に拡散するように振動させた。

 私の声が聞こえた人は多かった。誰もがこちらに振り返る。「リュウ様だ」「リュウ様が大丈夫だって」「暗くてせっかくの御姿が見えない」と話し声が聞こえてくる。

 私はみんながこちらに注目しているのを幸いとして、彼らに指示を出した。


「皆さん、私がまた神と交神を申してみます! なのでもう安心してください! ですが、暗闇は足元が不安になります! 住民の方々はご自宅で待機してください! 商人の方もです! マシューの分配は後日に行います!! 武器を持っている方は、自警団の指示に従って動いてください!」


 同じ指示をゆっくり2度繰り返す。不安に苛まれていたときに明確に指示を出されたことで、住人が明らかに安心した空気が流れた。私の指示通りに人の流れが動き出す。

 同じことを街道沿い、そしてダンジョン前で行う。3枚の透明な巨大な外壁に囲まれたダンジョン前の広場は緊迫した雰囲気に包まれており、攻略者たちのざわめきがいつまでもやまなかった。


「これは、大丈夫なのか?」


「日の光が落ちるとは聞いてないぞ? サクラ国は常に明るいから、黒い魔物以外の魔物がよりつかない安全な場所じゃなかったのか!?」


「確か、以前も2度暗闇に落ちたことがあったそうだ。前回はリュウ様が神の世界に行かれて帰ってこなかったときで、その前は……」


「確か神の逆鱗に触れたときじゃなかったっけ。ほら、神様のお気に入りの巫女であるリュウが連れ去られて……」


「ああ、確かあの頃辺りから黒い魔物が活発になったんだっけか。ってことはこれヤバイのか?」


「わからねぇ。リュウ様は大丈夫だっておっしゃってくださったけど……」


 みんなが不安になっているのがわかった。思っていたより動揺が大きく、士気が低くなっているように感じた。

 これは大丈夫だろうか、と私が心配になってきたときに、空に変化があった。


「あ、神様だ! 人神サーティス様の御手がいらっしゃったぞ!!」


「ほんとだ、きっと今回も何とかしてくれるのかな?」


「……いや、ちょっと待て。なんか変だぞ? あの黒い小さいのはなんだ?」


「それに、なんか、変? あの指細くないかな、いつもより……?」


 天空から巨大な手が降ってくることに、サクラ国に長く住んだ者は全く怯えなかった。むしろ街中に安堵の空気が流れていた。

 しかし一部の観察眼に優れた人たちは、何か違和感があることに気づいていた。


 私もソレに気づいていた。この後のこともよく理解しているため、一番目立つ場所へ向かおうとする。どこが目立つだろうか?


 しばらくして、天空からゆっくりと手が下りてきた。近づくにつれ、いつもとは明確に異なる様子が目立つようになってきた。

 なぜいつもより細くて小さい手なのだろうか? なぜいつもの平手とは違い、握り拳を作っているのだろうか? あの手の前にある黒い人影のようなものな何なのだろうか?


 目が良い人が「あれって、黒い魔物?」と気づき始めたとき、超広域で意識疎通の魔法が使われた。


『平伏せ、愚かなるニンゲンどもよ! 我はクロオオアリ変種の長、マオウなり!!』


 巨大な握り拳の前に4枚の翅を広げて滞空する黒い魔物の姿。その恰好はまるで私たち異世界人のようで、しかしその顔や4本の腕はまさしく異形のそれだった。

 マオウと名乗ったその黒い魔物の長は、怒りの波動を乗せてサクラ国に対して宣戦布告をした。


『貴様ら矮小な者どものせいで、数多にのぼる我らの仲間が犠牲となった。これ許せまじ。ゆえに我は我らの神と契約し、貴様らに地獄を与えんことを欲す!』


 私や隊長さんの下では意思疎通の魔法が普通に使われているが、一般の住人にはあまり使う人はいないという。

 そのためパニックが起こるかと思っていたが、発言内容が過激だからだろう、あまりのことに呆然としてしまい、逆に街は静かであった。

 パニックが起こったら怪我人が出るだろうと心配していたけれど、杞憂のようだった。


『我らが神は、貴様らに試練を与えることとした! 人神サーティスに愛されし傲慢なるニンゲンどもよ、我らが神・魔神ロキの眷属の怒りを思い知れ!!』


 そう一方的に宣言して、マオウは大仰に二本ある右腕を振った。それと同時に、握り拳を作っていたその腕がゆっくりと開き始める。


 禍々しい赤い爪を宿したその細い巨腕の拳から、とてつもなく巨大な銀色の何かが落下してきた。


 落下。衝撃音。舞い上がる土埃。


 まるでそこに狙ったかのように、ちょうど3枚の外壁の合間、6角形に囲まれたダンジョン前の大広場にソレが落下した。落下したソレは、最初は丸まっていたけれど、すぐにその足を伸ばしてその巨躯を動かし始めた。

 あまりにも巨大なソレは、まるで屋敷に足が生えて動き出したかのような異様な光景を生み出していた。体に似合わず小さな頭がキョロキョロと獲物を探すかのように周囲を見渡している。


 私はその威容を見せつけられて、()()()()()()をついた。


「最初はカナブンですか」


 私はノソノソと動き出したカナブンを見下ろして、大声を出す準備をした。そしてダンジョン攻略者や攻略者相手に商売をするために集まった商人たちに向かって精一杯声を張り上げた。


「皆さん! これは魔神ロキからの宣戦布告です! 剣を取りなさい! 彼の魔物を倒すことができるのは、あなたたちだけです!!」


 言葉を張り上げると同時に、私は炎の魔法を最大限発動させ、カナブンの背中をわずかにかすらせた。怯むカナブン。

 ド派手な攻撃とその明かりで照らされたカナブンの姿を垣間見た人たちのどよめき。カナブンは明らかに逃げ腰で炎の飛んできた方から離れようとする。

 カナブンがやってきた方は溜まったものではない。ダンジョン攻略者もまた逃げ腰で後ずさり、その先にいた商人たちは屋台を放り出してさっさと退避する。


 あわや屋台が潰される、というところで、今度は巨大な氷壁がカナブンの足元からそそり立った。カナブンは急激な足場の変化に対応できず、たたらを踏む。

 カナブンは黒い魔物と違い、壁を上ることが苦手なのは()()()()である。私は他に被害の出そうなところもまとめて氷壁を作ってカナブンの逃げ道を塞ぐ。同時に大声。


「見なさい! 彼の魔物は見かけだけで怯えているではないか! 逃げるばかりでそれほど強くない! 勇気ある者よ、これは好機である! この巨大な魔物を倒してサクラ国の武功を示しなさい! 私が援護します!!」


「う、うおおおおおーーーー!!」


 私の言葉にようやく触発されたようで、ダンジョン攻略者たちがだんだんとカナブンへと駆けつけていった。各々の武器を掲げて人々が突貫していく。

 剣が、斧が、槍が、魔法が、それぞれカナブンへと叩きつけられた。


 体が大きすぎるカナブンはその胴体に直接攻撃するには位置が高すぎる。そのため自然と足を切り落とそうと6本の足に攻略者たちが近寄っていくが、その足こそ一番危険であることを私は知っている。

 なのでこっそり土を操作して、後ろ足2本だけ地面に固着させて動けないようにしておいた。前足4本だけでも危険には違いないけど、これで危険性は大幅に減ったはずだ。

 外敵が回りに集まってきているのに後ろ足が動かないカナブンは焦りだしたようだった。逃げようともがく。4本脚を踏ん張って、地面から後ろ足を引き抜こうとする。

 しかし4本脚を踏ん張るということは、外敵を踏みつぶすことができないということだ。安全性がより高まったことに私は安堵し、攻略者たちのカナブン攻略をゆっくり眺める。


「足が切れたぞ!! 黒い魔物より太いが、関節が弱点なのは同じみたいだ! 関節を狙え!!」


 誰かが声をあげる。即席で情報の共有がなされ、足を狙う組と頭を狙う組にわかれだす。足が3本切り落とされた頃には、もはや動きがほとんど取れなくなっており、頭を直接狙う組の手によりカナブンの首が落とされた。

 首を落とすと同時に、すべてのダンジョン攻略者が1歩引いて様子を見始めていた。黒い魔物と同じだと考えているのがよくわかる。黒い魔物は首を切り落としてもしばらくの間動くのだ。同じ理由で首無しカナブンを警戒している。


 しばらくして、カナブンは動きを止めた。攻略者たちが何人か近づいて、カナブンをつついたりして生死を確認する。

 全く動かないことがわかって、広場に歓声が沸いた。誰もがその勝利に酔っている。


 私は思っていた以上に盛り上がったことに満足した。ただ難点が一つある。空を見上げる。

 そこには、まだマオウさんが女性の握り拳と一緒に中空に浮かんでいた。


 ……あれ、ボス1匹倒したらそれで終わって、太陽の光が戻るってシナリオじゃなかったっけ?


 私が疑問に思っていると、マオウさんがまた広域に意思疎通の魔法を使い、私たちに宣言をした。


『なかなかやるではないか、たかが愚物であるニンゲンのくせに。しかし、その銀の装甲を纏う者は四天王のうち最弱。その程度で満足するようでは困ることになるぞ』


 そう言ってまた大袈裟に腕を振るう。するとまた握り拳が開いて、中から細長い何かが落下してきた。


 それは薄い赤色をしていて、やたら太くて長く、弾力性のある体を持ち、どこに頭があるのかわからない不気味な見た目をしていた。


『次はその赤黒く蠢く肉塊を倒してみよ! さあ矮小なるニンゲンどもよ、愚かに舞い踊れ!!』


 次の強敵の出現にまた怯えた声が聞こえたが、血が滾っている人が多いのだろう、今度は最初から戦いの雄叫びが響き渡った。もともと血の気の多い人たちが多いのだ、連戦程度で怯むわけがない。

 私は「この予定は聞いてない」とこっそり文句を言いながら、また皆の戦意を高揚させるべく、急いでセリフを考えていた。

ご意見、ご感想のほどありがとうございます。いろいろ参考にさせてもらっています。

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[一言] 戦意のないカナブンがちゃんかわいそう
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