5月24日(木) SD16年:ダンジョン経営
「誰、この格好いいおじさん?」
当然のように今日もやってきた澤田が僕に耳打ちをする。僕と違ってバイトやらサークルやら参加してたはずだけど、こいつは連日僕の家に来る余裕があるのだろうか。
生意気にも大学生になって香水でも付け始めたようで、耳打ちするときちょっといい匂いがしてビックリした。なんか悔しいので無表情を貫く。
カチくんのことをものすごく簡単に説明したら、「ああ、最初の時生意気だった男の子か」とすぐ納得してくれた。
澤田に言われて軽く衝撃を受けた。そういえばわずか40日程度で、異世界人ってここまで見た目変わるんだな。時間の流れが違うから当然なのだけど、いまさらながら違和感を覚えた。
「今日は少し話がある……あって来ました」
僕相手にはぶっきらぼうな口調しかしないカチくんも、歳を取って落ち着いたのか澤田がいるから気を使ったのか、一応敬語を使ってきた。
ヒゲが濃くなってオッサン化が始まっているが、元がイケメンなので恰好いいオジサマに進化しかけている。ここまで歳が離れると、容姿に嫉妬しなくなった。むしろその服の上からでもわかる腹筋にちょっと憧れる。
そんなことより、どうしても気になることがあった。僕の最初の質問は彼女の不在だ。
リュウは今日どうしたの? それに、この大荷物は……。
「見ればわか……ります」
そう言ってカチさん(もう”くん”付けでは呼べないよ、見た目的に)が一緒に持ってきた巨大な木箱を開ける。
相変わらず自分の身長より大きな物を一人で悠々と扱う。筋力どうなってるんだ。
そして中から出てきたモノを見て、僕の部屋は一時騒然となった。
主に騒がしくしたのは澤田だ。だが、仕方ないことだと思う。僕も何も知らないで急にコレを見せられたら絶対ビビる。
異世界人一人が入れそうな大きさの木箱の中から、大きな体を器用に折りたたんで詰め込んでいたマオウさんがのっそりと出てきたのだ。
二足歩行の昆虫が小さな箱からモソっと出てきたら、そりゃ澤田みたいに悲鳴をあげるし、後ろにすっ転んでしまうのも致し方ない。でも近所迷惑だから大声を出すのはできれば耐えてほしかった。
「ええと、お久しぶりでございます、神よ。何やら驚かせてしまったようですな。謝罪させていただきたい」
アリは聴覚がないとされている。
実際は微振動を感じる器官はあるそうだが、せいぜい「なんか揺れてるかも」程度の認識だそうだ。後にマオウさん本人から聞いたから間違いない。
僕の方でも不手際を謝る。いや、僕の友達がビックリしちゃったみたいでね。二足歩行する虫って初見だと結構インパクトあるからそのせいだと思う。
「おお、それはやはり私の不手際ですな。なにせこちらから連絡する術がなかったため突然の訪問と相成ってしまいました。申し訳ない」
あーいいですよ。僕も詳しく説明してなかったのが悪いし。それより久しぶり、でいいのかな? 記憶は引き継いでるんだっけ?
「はい、体は以前のものより数世代後のものですが、記憶は鮮明に引き継いでおります。お久しぶりでございます」
などと適当に時節の挨拶など交わしていると、衝撃から復帰したらしい澤田が後ろからやってきた。
さすがにクロオオアリ変種に触れるのは躊躇われるらしく、澤田は凄く嫌そうな顔をして口頭で質問してくる。
「なんで二本足で立ってるの? アリだよね、これ……気持ち悪……」
同じくささやき声でマオウさんの略歴を説明する。
以前僕が見せた観察日記でクロオオアリ変種のことは知っていたはずだけど、現物を見るとまた違うショックがあったのかもしれない。もしくは存在があまりに非現実的だから忘れかけていたのだろうか。
意外と紳士で話が分かる人だという認識のため、僕は触るのに躊躇はないのだけど、澤田は僕の後ろに隠れていた。僕の肩越しに嫌々見ている。
「……すまない、事情を説明してもいい、ですか?」
カチさんがマオウさんとは別の指に触れて僕に問いかける。澤田の大声でダメージを受けてしまったらしく、カチさんは頭を押さえながら渋い顔で説明をしてくれる。
誰にも見つからずにカチさんとマオウさんが連絡を取れるように作っておいた連絡手段があったらしい。そこに「緊急」という連絡が残っており、会って話を聞いてみたところ「どうしても神に会いたい」とマオウさんに相談されてしまったそうだ。
カチさんの方からも相談事があったため、ちょうど良いタイミングということで今回2人で来たそうだ。
と、ここで僕からの疑問。なんでリュウが今日来なかったの? 別にリュウはマオウさんのこと知ってるよね?
「それがちょうど良いタイミングだったからだ……です」
カチさんは心の底から敬語が苦手な人種のようだった。砕けた口調でいいよと僕が促すと、明らかにホッとした様子でカチさんは説明を続けた。
カチさんとレアさんのお子さんは男の子と女の子と2人いるそうだ。そして男の子は父親に似て戦闘の才能があると知ったカチさんは、自分が幼馴染にしたように、息子を次世代のリュウの護衛に仕立て上げようとしたそうだ。
カチさんの息子は6歳、リュウの娘は3歳。どっちもそろそろ自我が芽生えてくる頃で、あまりサクラ国の防衛の要になっているカチさんと、ダンジョンの最奥にいる元凶と教え込まれているマオウさんが裏で通じていることを知らせたくないという。
だから2人がいないうちに話を済ませてしまいたくて、今日は2人だけで来たそうだ。なるほど、と納得した後にさらに質問をする。
で、なんで今日は来なかったの? いつもリュウは無欠席だったのに。
「風邪だ」
敬語をやめると言葉が少なくなる癖は変わらないらしい。リュウが風邪なのかと聞いたら、風邪をひいたのは娘の方だということがわかった。
子供の風邪は命に係わる。親バカから爺バカに成長したエルバードさんが医者をつけているけど、どうせだからと親子で休ませたそうだ。
僕は話を聞いて納得すると同時に、お大事にと伝えてほしいとお願いした。カチくんが少し怪訝な表情をした。
「……それだけか?」
ん、何が?
「いや、いつものお前なら、余計なお節介をしようと慌てふためくと思ったが、今回は違うのだな。あの子には興味がないのか?」
いや、心配は心配だけどさ。僕からできることなんて何もないじゃない。元気になってほしいとは思うけどね。
僕は軽く笑う。幼児の高熱は本当に危険だが、だからといって僕からできることなど何もない。仮に僕が医者だったとしても、サイズ差がありすぎて病状を見ることも適切な診断をすることもできない。
解熱によく効く座薬の方が異世界人より大きいのだ。どうしようもない。
強いて言えば、温かくしてよく汗をかくこと、消化に良い温かい物を食べさせること、あとは塩水を飲ませることくらいかな。他に言えることもできることもないよ。
「それくらい知って……塩水?」
風邪って汗かくでしょ? 体中の塩分が不足すると逆に体調が悪くなったりするんだよ。だから薄めの塩水を病人に飲ませるといいんだ。スポーツドリンクでもいいんだけど。
「……ふむ、なるほど」
カチさんは何か納得したらしく一つ頷いた。そして話がそれすぎていたため、無理やりもとに戻した。
で、マオウさんは何の用なの?
「はい、実は神様にご相談したいことがありまして……」
困ったときの神頼みは異世界でも共通のようだ。とはいえ、相談する相手がこの僕であるのが難点である。答えられる相談は限られている。
マオウさんがアリの巣の現状を教えてくれた。
「神様により融通していただいているマシューのおかげで、女王の栄養管理も安定するようになりました。他の狩りは私一人いれば十分ですし、隊長殿の協力もあって魔物狩りには事欠きません。多すぎる同胞もダンジョン攻略者によって処分してもらっておりますし、我がクロオオアリ変種一族はかつてないほどの安寧した平穏の生活を営んでおります」
……話を聞いてるときは気づかなかったけど、今思うと凄い経験してるな僕。アリにアリの巣の生活の様子を直接聞けるなんて。こんな日が来るとは夢にも思わなかった。
細かいところの説明はよくわからなかったが、とにかく上手く行っているらしい。働きアリが殺されても女王アリが無事なら平穏という感性が実にアリっぽい。
で、疑問。問題なさそうなんだけど、何を相談したいの?
「……実は、労働個体の数が増えているのです。女王は生活環境が安定すると、巣をより拡大するために多くの個体を産み落とします」
うん、それはわかる。砂地のアリより花壇のアリの方が活発になるしね。
「はい、そのため女王は卵をより多く生んでいらっしゃるのですが……そのペースがここ数年で急激に上がっております。まだダンジョン攻略者たちのおかげでそれほど混乱は起きておりませんが、このままのペースで増え続けると以前のときのように、地上にあふれた労働個体が勝手に周囲を荒らし出すでしょう。数が増えすぎると私の制動が効き辛くなります。女王に出産ペースを落とすように進言申し上げているのですが、やはり本能には勝てず……」
どうやらサクラ国との共存関係がうまくいきすぎて、周囲に悪影響を及ぼす勢いで個体数が増えているということだった。思いもよらぬ弊害だった。
そんなことがあったのか、と僕が驚いていたところ、カチさんからも「それについて、こちらからも問題がある」と厄介事を追加された。
「確かに、黒い魔物の数が増えている、とダンジョン攻略者の間でも噂になっている。そのせいかわからないが、最近黒い魔物の素材の値段が下がってきている」
定期的に供給し続けていたクロオオアリ変種の素材が、とうとう値崩れを起こしてきたそうだ。しかし需要自体はまだ高いため、ダンジョンでの狩りを望む者は多い。
とはいえ、値段が下がってきたために実力の高い人たちはダンジョンを避けるようになってきたし、初心者たちもダンジョン攻略に対して以前ほどの熱狂はなくなってきたそうだ。薬液による難易度低下が悪い意味でマンネリを生んでしまったらしい。
「マオウから相談を受けて、俺も少し焦っている。今は元黒狼の仲間に協力してもらって、ダンジョンの掃除を頼んでいるのだが……」
老齢や怪我により引退した仲間もいるため、あまり功を奏していないようだ。
というわけで今回の相談の要点をまとめてみた。
・クロオオアリ変種の数が増えてきている。このままだと魔物騒乱が起こってしまう。
・ダンジョンの人気が落ちたため、以前ほど人数がいない(必要人員自体は安定している)
・カチさんとマオウさんなんか仲良すぎじゃね? 気が合うのかな……。
相談内容がシンプルなため、解決策はわかりやすい。
(1)クロオオアリ変種を減らすための策を考える。
(2)ダンジョン人気を取り戻す。
まず(1)に沿って考えてみた。
A、卵割っちゃえばいいんじゃないかな?
「たしかに、卵を処分してしまえば数を調整できるのですが……我儘を言うようで申し訳ない、できればそれは最終手段でお願いします」
別にいいけど、なんで?
「……女王のためならば同胞を処分することを厭う気持ちはありません。しかし、女王が命をかけて産んだばかりの卵を、率先して私が手掛けるというのは、さすがに拒否感が強いです。次世代の女王がいらっしゃるかもしれませんし、私にはできません」
じゃあダンジョン攻略者に卵を割らせるとか?
「それならまだ我慢できますが、やはり嫌悪感が強いです。それに卵はダンジョンの最奥にあります。奥であればあるほど労働個体の数も増えますし、よほどの実力者でなければ辿り着けないと思います」
「ダンジョンは広すぎる。まだ全体を整備できたわけではない。オレもまだ一番奥まで行ったことはない。それになにより、こいつらの卵は素材として使えるのか?」
……じゃあ卵じゃなくて、働きアリを殺しちゃうとか。マオウさんなら余裕で勝て……あ、ダメか。
「……はい、殺すだけなら文字通り赤子の手をひねるが如くですが、問題は縄張り意識の方にあります。私が同胞を直接殺しすぎると、同胞から私を危険対象とみなされて排除されてしまうでしょう。魔法が使える分私の方が強いですが、狭いダンジョン内で数を頼りに攻撃されてはさすがに抗しきれないと思われます」
「それに、仮に殺しつくすことができても、そうなるとダンジョン攻略者が奥にまで入ってきてしまうだろう。こいつらにはそれも問題じゃないか?」
……ダメか。
じゃあ(2)だ。
B、ダンジョンでイベントを行うとか。
「イベント、とはなんだ?」
なんかお祭りするとか。ダンジョン記念祭り! とか。
「……つまり何かしら楽しそうなことをして盛り上げるという意味か……」
ダメかな?
「検討はしようと思うが……うまくいくとは思えない」
なんで?
「……ダンジョン攻略者と言えば聞こえは良いが、言ってしまえば金目当ての根無し草だ。厳しく管理しているから問題は起こらなくなってきたが、祭りなどをして彼らを歓待する必要性がわからない」
え、でもイベントやれば盛り上がって、人が増える気がするんだけど……。
「奴らは基本的に利で動く。もちろん祭りを開催してやれば喜ばれるだろうが、それを求めてくる奴がいるとは思えない。実際、貴様をたたえる祭りは年に1回行われているが、攻略者での参加はあまり見かけない。せいぜい屋台の料理をつまみに酒を飲んでるだけだ」
じゃあメリットがあればいいんでしょ? えーと、黒い魔物を狩った数で勝負して優勝者にはマシューをあげるとか、国で役職がもらえるとか、リュウと握手券がもらえるとか……。
「……論外だな。ダンジョン攻略者にメリットはあっても、サクラ国側にメリットが少ないうえデメリットが大きい」
具体的にどんなデメリットがあるの?
「……マシューはサクラ国の特産品だ。それをダンジョン攻略者に渡したらどんな使われ方するかわからない。それに国の運営は力自慢のバカにはできない。オレも防衛に力を貸しているが、役職はもらっていないし着くべきではないと自分でも思っている。ましてや握手など論外だ、危険すぎる」
……はい、なんかごめんなさい。
すぐに思いつくのはこの程度だった。他にも時間をかけて3人で考えたけれど、「これだ!」という名案はなかった。
仕方ないので、本日は解散した。解決策は明日までに考える宿題ということになった。
余談だが、今回転売用に大剣をもらった。持ち手の部分がかなり細かい装飾のついた長細い大剣だった。カチさん曰く「こんなもの実戦では使えん」と太鼓判を押された飾り品である。
また木箱に入って送り返されるマオウさんと、木箱を軽く持ち上げて移動するカチさんを見送ってから、僕は背後に振り返った。
……そんなに気持ち悪かった?
「……アンタよく平気だよね。気持ち悪くない、二足歩行で歩いたり動いたりする羽アリとか」
話してみると良い人なんだけどねぇ……。
ようやく澤田が僕の背後から離れてくれた。気持ち悪がって距離を置きつつ、好奇心はあるようでずっとマオウさんのことを見ていたのを僕は知っている。
マンガ等ではよく見かける光景だけど、たしかに実物を見たら気持ち悪いと言うのが普通なのだろう。この場合は僕の方が少しおかしいのかもしれない。
リュウや小さい赤ん坊と遊べなくて不満たらたらの澤田だったが、僕が見せた装飾大剣を見せたら機嫌が直った。早速写メを撮ってネットにアップしようとしている。
値段は3万円也。さすがにそれは冒険しすぎだろと止める僕を無視して澤田はこの値段でゴリ押した。売れなかったら澤田のせいである。
比較で並べられた爪楊枝よりも小さい装飾大剣をなくさないようにきちんと閉まってから、僕は澤田に今日の相談内容を告げた。
こんなことを相談されたんだけど、澤田はなんか名案ある?
「……ある、かもしれない」
まさかの返答で僕は驚く。オッサンとオスと男子大学生が知恵を絞ってウンウン唸っていたのに、澤田はあっさり解決策があると言い出した。
僕は「本当か?」と疑いつつも、内容を聞こうとした。すると、澤田が実に嫌らしい笑みを浮かべやがった。
「んふふー、秘密」
そう言って澤田はウキウキしながら帰り支度をはじめやがった。僕が「いや、異世界側が嫌がるかもしれないし、内容教えてくれよ」と何度も言い募ってもダメだった。
クソー、何を思いついたんだろアイツ。気になって仕方ない!
いつも感想や評価、ブクマ等ありがとうございます。励みになってます。
次話では、ある方の感想を参考に話を書かせていただきたいと思っております。乞うご期待!




