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箱庭異世界の観察日記  作者: えろいむえっさいむ
ファイル3【極小世界の管理、及び外敵の駆除】
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5月23日(水) SD15年:商売談義

 売れた。1㎝サイズの両手持ち用ランス、5000円也。しかも出品してわずか30分で。


 朝起きて確認してかなり驚いた。まさか本当に売れるとは思っていなかったので。

 慌てて発送の準備をし、大学に行くついでにコンビニによって配達を頼み、大学の講義中ずっとニヤニヤしながら出品サイトの売約済みマークを眺めつつ、澤田と顔を合わせた時に自慢したい気持ちを抑えきれず喜び勇んで詳細を報告したら、なぜかめっちゃ怒られた。


「あんた、昆虫観察はかなりこだわるのに、人間観察はホント下手だよね……」


 一言でまとめるとこんな感じで怒られた。とにかくずっと詰られ続けた。


 曰く、異世界の品物を売ること自体は良い着眼点だと褒められたけど、品物は厳選しないと異世界のことがバレるぞと何度も脅された。

 それに売り方が雑だと何度も注意された。曰く、この手のネット販売で異世界産のミニチュア物品なら、品質次第では10万は行くと言われて度肝を抜かれた。少なくとも、この槍のクオリティなら1万円は最低でも値付けるべきだと怒られた。

 また競売形式ではなかったことも語気強めに指摘された。一通り苦言を呈した澤田から、僕は「商才は全くない」と太鼓判を押されてしまった。

 悔しいが何も言い返せなかった。ぐうの音も出ないとはまさにこのことだと思う。


「というわけで、今日は私も行くから」


 何がというわけなのか理解できなかったが、言い返すと10倍にして言い返されるのでやめておいた。僕は賢明なのである。

 とにかく今日のゲストは澤田だった。抱っこしなくても二本足で歩けるようになった赤ん坊に2人してしばらくキャーキャー騒ぎつつ、澤田はリュウと商談を始めた。家主のことをそっちのけで。


 なんとなく寂しい気持ちになりつつも、仕方ないので今日はセルゲイネス氏の相手をする。本当はしたくなかったけど。


「……というわけで、この虚数平面上の-iは、乗数すると-1になるわけですが、この虚数の図を三角関数を用いた場合、もっと細かく表現できるはずなのですな。例えばCos45度ずつ乗算していくと、こうやって8乗すると一周するようになり……」


 この調子である。まだぎりぎり高校数学だから図解入りなら何とか理解できるけれど、はっきりいって質問されているこっちが質問したい状況が多々あった。どれだけ勉学に勤しんだんだこのオッサンは。

 1年に1回しか勉強する機会がなくとも、本気で勉強する人間はここまでできるのか、というのを目の当たりにしている。おかげで僕が素のまま答えられる質問も少なく、「受験生向け! 高校数学のわかりやすい解説」サイトを利用(カンニング)したり、高校の教科書をひっくり返したりしてなんとか凌いでいた。正直、授業中に先生にあてられたときより苦痛の時間である。


 僕が頭を抱えながらセルゲイネス氏とお勉強会をしている横で、澤田とリュウが楽しそうに商い相談をしているのが何度も横目に入った。2人が楽しそうにああでもないこうでもないとやっていたのだ。

 意思疎通の魔法を介していないので、リュウが何を発言しているのかわからないのだけど、澤田が「いや、タンスみたいな家具もいいけど、売り物としては正直地味だよね……」とか「馬車はミニチュアでも見栄えいいね! でも馬がいないから本当にただのミニチュアになっちゃうのが難点かなぁ」とか「さすがに食器のようなものは小さすぎるよ、この小ささで飾り食器はめちゃくちゃ高く売れそうだけど」などと、何を売れば最も高額で売れるか相談していた。実に楽しそうである。

 僕もできればそっちと混ざりたい、そう思いながらセルゲイネス()()の難しい質問に苦戦しながら応対していた。


 澤田が急に僕の背中を叩いてきた。「何を売ればいいか決まったよ」とのこと。僕はこれ幸いと、逃げるようにセルゲイネス氏に「今日はここら辺で終わりにしよう」と告げる。

 僕の財布事情が芳しくないことを聞いていたのだろう、セルゲイネス氏は「そちらも重要ですからな」と笑顔で切り上げて、リュウたちの話し合いに混ざってきた。


 僕はリュウにとにかく結論を聞く。で、何を売ればいいことになったの?


「はい、サワダ様のご提案により、やはり武具の類がいいのではないかとご提案いただきました。私も相談した結果、それが良いと思いました」


「ダンジョンが整備されたおかげで、今サクラ国だと武器って手ごろな価格ですぐ揃えられるんだってさ。それに魔法を使う魔法武器じゃなくて単に装飾を凝った物にするだけだったら、それほど高価じゃないから費用対効果もいいでしょうって話になったの」


 本当は魔法武器って凄く見てみたいんだけど、と澤田がこっそり本音を漏らす。僕も同じ意見なので否定はできなかったが、ネットで転売することを考えるとリスキーすぎる。

 2人が武器の類がいいと提案しているのを聞きながら、セルゲイネス氏も同意してくる。


「ふむ、そういえば以前すまーとふぉんからの情報で、神様の世界の武具について少しだけ調べたことがありますぞ。その研究した結果、なんだかよくわからないものや画期的だと思われたもの、改造したら使いやすくてよくなったものなどいくつかありますな。もしよかったらそちらを提供しましょうぞ」


「うーん、できればこっちの世界にあるモノと同じ形の武器の方がいいかな。リアルな出来で異様に小さい、ってのが売りになるわけだし。むしろ装飾とかをこだわってほしいかもしれない」


 あ、あとは刃の部分は潰しておいてね。怪我したら危ないし。ほしいのは見た目だけで、実用するためにほしいわけじゃないから。


「飾り用なんですよね? それならなるべく大型の方がいいかもしれませんね。隊長さんの巨大な剣でも、人神様の指ほどの大きさもないそうですし……」


「大きすぎると逆に価値が下がるから、難しいところだね。どのくらいの大きさがいいかなぁ……?」


 と、4人で盛り上がる。

 もう一人歩きできるようになった赤ん坊だけが仲間外れになっていたが、赤ん坊は赤ん坊だけで二重蓋の下に広がる景色に目を奪われていたり、澤田の猫のキーホルダーと戯れていたりと楽しそうではあった。


 最終的に、大きさは2㎝程度(リュウの身長より少し大きいくらい)で、武器として使える見た目をしつつ装飾はゴテゴテに、という注文で成り立った。澤田が「よし、これなら高く売れるぞ!」と大満足していた。


「そういえば、昨日用意されていた槍は売れたのですか? 昔用意したものとはいえ一級品ですので、それなりの金額になったと思いたいのですが……」


 リュウが不安そうにそう聞いてくる。そういえばいくらで売れたか言ってなかった。僕は5,000円だよと答える。


「5,000円、ですか……。それは人神様の役には立てたのでしょうか?」


 うん、立った立った。すごい高く売れたと思ってる。おかげでしばらくの生活費に困らないよ。助かった。


「……そうなのですか。良かった、です」


「それがね、聞いてよリュウちゃん。5,000円って言うけど、これ私が売ったらその倍、いや、3倍の金額で売れるよ間違いなく。なのにこんな安い値段で妥協しちゃって、こいつバカだよねぇ」


 安堵するリュウに対して横から澤田が僕をバカにしてくる。ムッとしたが言い返せない。確かに要領の良いこいつなら高値で売りさばけそうだ。

 僕は「初めてだったし、しかも売れるかわからなかったからしょうがないじゃないか……」と言い訳するも、澤田は聞く耳持たずだった。そしてリュウが眉根を寄せながら質問をしてきた。


「ええと、もっと高く売れたのですか……? あのすみません、そもそも神様の世界の値段の相場がよくわかりません。5000円ってどれくらいなんですか? それに円、とはなんですか? 金貨みたいなものですか?」


 あー、と僕はすぐ理解する。そういえば今まで日本円を見せたことがない。

 好奇心旺盛なセルゲイネス氏も「興味がありますな」とワクワクしながら聞いてくる。僕は何と答えていいか返答に窮し、身近な物で例える。


 ええと、5000円だと僕のご飯代金10回分弱くらいかな? もしくはパーライト2㎏分くらい。


「わかりずらい例えやめなさいよ。ええと、サクラ国にいつもあげてるマシュマロあるじゃない? あれ2㎏分くらいかな? それくらいの値段でしょ?」


 マシュマロの袋を指さす澤田に質問され、僕は購入時の金額から暗算で逆算して「だいたいそれくらいかな?」と答えた。しかしまだリュウは理解できなかったみたいで、表情がいまいちである。

 代わりにセルゲイネス氏から質問があった。


「申し訳ありませんぞ、私も物理の勉学で㎏という単位を知ったのですが、それが重量の単位というのはわかったのですが、どれくらいなのかまだわかっておりませんぞ。いつももらってるマシューはどれくらいの重さなのですかな? マシュー1個が1㎏なのですかな?」


 なるほど、重さの単位がよくわかってなかったらしい。澤田の「マシューって何?」という質問を雑に答えつつ、僕はだいたいの数値を答えた。


 具体的な重さはわからないけど、マシュー1個は1gか2gくらいかな。だから1㎏はマシュー1,000個くらい? ちょっと大雑把な数字だけどね。


「……え? それって……」


「……なんと、なんとまぁ……」


 リュウとセルゲイネス氏、絶句。この時の顔は写真に撮っておきたかった。まあ面白いこと面白いこと。

 口をポカンと開けて2人はしばらく硬直していた。赤ん坊は2人の素っ頓狂な顔を見上げてきょろきょろしている。


 僕はアハハと笑いながら、答えを言った。


 だから5,000円だと、マシュー2,3千個くらいかな。って、ど、どうしたの?


「人神様、申し訳ありませんがもう少し詳しくお話をする必要がある気がします。サワダ様、お時間がありましたらもう少しお付き合い願えないでしょうか?」


「少々私も甘く見ておりましたぞ。ことは喫緊の課題であります。もう少し先ほどの販売計画、練りなおす必要がある気がしましたぞ」


 え、えと、はい。わかったけど、澤田は時間ある? もう結構遅いけど。


「え、うーん。まあ少しくらいはいいけど、ど、どしたのリュウちゃんとおじさん。顔怖いよ?」


 この後、赤ん坊がグズりだし、澤田が「さすがにもう帰らないと」と言い出すまで熱の入った商売談義が続いた。今までの遊びの雰囲気はそこにはなかった。マジだった。

 2人とも僕の意見はあまり聞かず、澤田に対してだけ「どうやったら異世界の品物を神の世界でより高く売るか」ということを質問し続けていた。そんなに日本円がほしいのだろうか。


 まあ、高く売れれば売れただけ、僕の生活費の足しになるからありがたいんだけどね。

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