5月21日(月) SD13年:勉強会
今日のゲストはリュウとセルゲイネス氏と、あと極端に小さいお客さんと極端にデカイお客さんが1人ずつ。
とりあえず僕はリュウにおめでとうと言っておいた。
「……ありがとうございます」
リュウは何とも微妙な表情でお礼を言った。その腕の中には本日の小さいお客さん、砂粒と同じくらいの大きさしかない赤ん坊がいた。
その雰囲気が、嬉しいような不満なような不思議な感じだったので、僕は不安になった。やっぱりお見合い結婚は嫌だったのだろうか。昨日は帰すべきではなかったのだろうか。
「い、いえ、別に。そういうつもりでは、なくて……」
リュウは慌てて否定する。赤ん坊を撫でるその手は優しく、彼女の表情は完全に母親のそれだった。
先ほどまでの何か憂いを持った表情は幻か何かだったのかもしれない。僕はそれ以上詰問はせず、結婚後の生活について質問してみた。
お相手は隣国の王子様だそうだ。王位継承権第三位とはいえ、他国の王子を婿入りさせるということでサクラ国は盛大なお祭り騒ぎだったらしい。
その王子様は穏やかな性格で、良くしてくれるという。赤ん坊も生まれて今はとても幸せだそうだ。
子供のころから知ってるリュウを悲しませるような奴だったら僕が叩き潰してるところだった。そう嘯くとリュウは今日初めて笑ってくれた。
「やーん、可愛いね赤ちゃん。本当にこの小さい世界だと1日で1年経っちゃうだね。驚きだよ……」
でっかい方のお客さんである澤田が隣で騒いでいた。大声を出すとマズいということで、小声である。
赤ん坊を抱えているリュウが今日は片手しか使えないため、今日は一人ずつしか意思疎通の魔法が使えないため、澤田の言葉を僕が経由して伝えていた。
リュウは「ありがとうとお伝えください」と嬉しそうに伝言を頼まれたので、それを伝えつつついでにわざとらしくため息をついた。
「……あのさ、なんで二日連続でうち来てるんだよ。バイトやサークルが忙しくてあまり来れないって言ってたじゃん」
「いやー、気になりすぎちゃって、ついね。サークルの飲み会にも誘われてたけど、それより異世界の方が興味深いし」
澤田は嫌らしくニシシと笑う。僕は「迷惑な」と言いつつも、その気持ちは心底理解できた。
僕だって毎日自宅に走って帰ってきた記憶がまだ新しい。異世界を一度でも見たら、僕たちのような観察好きな人間でなくたって気になって仕方ないはずだ。
だから「なんで来た」とぼやきつつ追い返しはしなかった。逆の立場で追い返されたら辛すぎる。
とはいえ、いつもの報告会に隣に小声で騒いでいる澤田がいると邪魔で仕方ない。久しぶりに来たセルゲイネス氏のことも気になる。
どうしたものか、と考えていたらリュウから提案があった。
「その、本日は時代のリュウのお披露目も目的だったのですが、セルゲイネスさんがどうしても人神様とお話したいと申し上げております。お相手してもらってもよろしいでしょうか?」
あ、いいよ。確かに最近忙しくて、セルゲイネスさんと会えなかったしね。何か聞きたいことがあるのかな?
「はい、たぶん。それで、私はサワダ様とお話させてもらってもよろしいでしょうか? サワダ様は女神様なので、またお話したいなぁと思っていたのです」
昨日お互いに気が合っていたから、また話をしたかったのだろう。わかった、と了解して澤田に確認しつつ、少しだけ疑問に思っていた。
……あれ、確かリュウは「神様と話をしたかったら私を通してほしい」ってずっと言ってなかったっけ?
よくわからなかったが、確かにお互い別に話したいことがあるならそれぞれ話した方がいいだろう。
セルゲイネス氏もリュウほどではないにしろ魔法の才はあるそうなので、話すこと自体は問題ないそうだ。
赤ん坊を抱えながらでは大変だろうということで、リュウごと掌の上に乗っけて澤田が話をしているようだった。
僕はセルゲイネス氏と向き合う。さすがにお歳を召してきたのか、太っているというより恰幅が良い初老の紳士といった感じになっていた。
「おお、人神様! お久しぶりですぞ!! 私はずっと、ずーっとお会いしたかったのですぞ!!」
ただし、言動や性格は全く変わっていない模様。むしろテンションが高くてちょっと気持ち悪い。
その後、セルゲイネス氏は自分の身に降りかかった数々の不運と不遇について長々と嘆いていた。
曰く、スマホ目当てに神の世界に向かおうとしたら、クロオオアリ変種の襲撃やらダンジョンができたりやら問題が山積みすぎて、そちらの対応に右往左往していたこと。曰く、スマホに用があるだけだから連れてくだけ連れてけと我儘を言ってみるも、それよしサクラ国のことを相談する方が優先だと後回しにされていたこと。曰く、神の国の知識を一部分得られたとはいえ、知識の欠けている部分が多すぎて、自分なりに研究してみるも正解を一つ引き当てるだけでもかなり大変だったこと。
見た目がオッサンであるため、完全に飲み屋で冴えない窓際族の愚痴と同じだった。僕は途中までは相槌を打って聞いていたが、途中で辟易して話を切り上げた。
で、僕に聞きたいことってなに?
「おお! それでしたらこちらの回答をお願いします!!」
こういうとき、やはり意思疎通の魔法は便利である。セルゲイネス氏が聞きたいということが脳内に直接図解入りで伝えられる。
完全に日本語を己のものにしたようで、頭の中に送られている図は僕が普通に読める代物だった。ところどころ「思た」とか「過程わからぬ」など言葉が変なのはご愛敬である。
聞きたいことはおおむね中学生の物理学や数学が多かった。てこの原理、原子論、二次関数、確率論、電磁気学、平方関数などなど。中学生のとき苦手で散々勉強した科目ばかりなので逆に教えるのは簡単だった。
ところでいつの間にこんなに勉強したのかと聞いてみたところ、「大雑把に基本と概念だけを網羅的に調べておいて、残りの部分は研究しながら毎年少しずつ調べていけばよいと思っていたのですぞ」と辛そうに答えた。1年間自力で研究してから年に一回スマホで答え合わせしようと思ったところ、エルバードさんから神の国出禁を食らって嘆きまくったらしい。
また愚痴の嵐が始まる前に、僕は一つ一つに答え合わせをしていった。自分より年上の大人に物を教えるのは少しやりづらいが、気分が悪いわけではない。間違っているところを指摘しつつ、応用的な考えや定石をスマホでカンニングしながら教えていく。
「ええ、いやいやいや、それはないし!」
途中で、澤田が大きな声をあげた。僕は軽くビックリし、リュウとセルゲイネス氏は耳を塞いでいた。赤ん坊は突然の爆音に驚いて泣きだしはじめ、リュウは必至であやしていた。
「どうした? 何かあった?」
「い、いや、なんでもない。なんでもない、うん」
澤田は大声を出したのが恥ずかしかったのか、赤い顔で否定した。そして僕から見えないようにリュウを隠し背中を向ける。
何か話している雰囲気はわかるのだが、魔法で直接会話している2人の声は当然僕には聞こえない。普段僕がどういう風に異世界人たちと対話しているのかがこの時初めて分かった。何を話しているのか全くわからない。
リュウと澤田のガールズトークの内容がとても気になったが、仕方なくセルゲイネス氏との勉強会を続ける。
「人神様、本日は本当にありがとうございます。こんなにも素晴らしい時間を過ごせるとは思いませんでしたぞ!」
セルゲイネス氏はとても良い満足顔でお礼を言った。僕は力になれて何よりですと無難に答えておいた。
ただ、一つ気になることがあったので聞いてみた。こんな知識を得て何をするの?
「それはもちろん、勉学として生徒たちに教えるのですぞ! 我が校の生徒たちは優秀な者が多いのですぞ」
セルゲイネス氏は自慢げに答えた。確かリュウが作った学校の先生をやっていたはずだ。
聞いてみると、今までは魔法の使い方と大雑把な異世界の常識、簡単な算数と文字を教える程度だったそうだが、今はスマホから得た知識によって本格的な講義を行っているそうだ。
……初期の大学みたいなもの? 研究が捗るとか言ってたし……。
その時は自慢話ばかりでよくわからなかったけど、サクラ国の学校は大学のような専門教育機関と化していたらしい。
まあ勉強したい人がいるなら好きにやればいいんじゃないかな、とあまり勉強は好きではない僕は適当に考えていた。
僕が話し終わったのに合わせるようにして、澤田たちも雑談が終わったようだった。澤田が仏頂面で「ん」と、顔とは裏腹に丁寧にリュウを手渡す。
「セルゲイネスさんもずっと人神様に会いたい会いたいとおっしゃっていましたし、本日はお話しできてよかったです。ありがとうございました」
リュウはいつものようにお礼を言い、僕は大したことはしてないよと謙遜しておいた。今日は質問攻めだったため本当は結構疲れていた。
リュウは澤田の方をちらりと見てから、僕に帰りの挨拶をする。
「サワダ様とまた会えてよかったです。お2人とも、お幸せにお過ごしください」
うん、ありがとう。リュウもまたね。
いつもの御供え物の交換をして、リュウと赤ん坊とセルゲイネス氏を異世界に帰した。
「……リュウちゃん何か言ってた?」
3人を帰した後に澤田が後ろから質問してきた。僕は「特に何も。また来年にって言われただけ」と答えると、澤田は少ない荷物をまとめはじめた。
「そ。じゃあ帰るから。今日はいきなり来ちゃって悪かったね」
「ん、それはもういいけど、急にどうした? もう帰るの? お茶でも飲んでったら?」
「いいわ、また明日、大学で」
そう言って、澤田は足早に帰って行った。
どうしたんだろう、と少し疑問に思ったが、気にするのはやめた。アイツの気まぐれには付き合いきれない。
二日連続で泊まられたらその方が困る。一応あんなでも女だし。




