5月19日(土) SD11年:見合い
「人神様、とても重大な問題が発生しました」
エルバードさんが開口一番にそう告げた。あまりに重々しい雰囲気に、僕は息を飲んだ。
エルバードさんの前に、リュウとサクラ国の現状について報告してもらっていた。特にダンジョン関連の話が気になっていた。
昨日の話し合いの結果はちゃんと反映されているらしく、ダンジョン前は以前より大賑わいとなっているそうだ。
まず隊長であるカチくんの号令の下、ダンジョンの穴掘り作業は一時中断された。理由は、あまりに深部に行き過ぎると国の防衛力を分散しすぎてしまうということだった。
現に、その時点でかなり深くまで進んでいたらしく(具体的な大きさはガラスケースの外側からは見えなくてわからなかったが、数百人規模で入っても余裕があるほどだそうだ)これ以上深く掘りすぎるのは人員不足の観点からやめようと提言したそうだ。
野良の攻略者はあてにはできず、精鋭である黒狼のメンバーには限りがあるため受け入れられた。現在、ダンジョンは途中に空気穴と休憩施設となる空洞を作るために内部の拡張工事を行っているらしい。
また、ダンジョン内部でも変化があったそうだ。クロオオアリ変種の防衛線が上がったらしい。
比較的浅い場所にもクロオオアリ変種が頻発して出現するようになったそうだ。いくつもある横穴から湧いて出てくるらしい。
今までは進めるところまで進んで魔物を狩って持ち帰る、ということを繰り返していたそうだが、今では深いところは数が多く、浅い部分ではたまにクロオオアリ変種が出現するということで、異世界人たちは自分の腕の良し悪しによって侵入する深度を決めるようになったらしい。
間違いなくマオウさんの差配によるものだ。カチくんと直接会って相談しているのかもしれない。うまい事調整してくれているのだろう。
またサクラ国の住人の入れ替わりが今まで以上に激しいものになったそうだ。
ダンジョン攻略者と言えば聞こえがいいが、言ってしまえば職にあぶれた金目当ての人が今まで多かった。しかしダンジョンのクロオオアリ変種の素材の収入が安定するとなると、そこに人が集まってくるらしい。
ダンジョンを攻略するために意気揚々とやって来る者、攻略者たちを相手に商売をしようとする者、ダンジョンの賑わいと神がいると言われる新興国を物見遊山しに来る者、交易チャンスと見かけて押し寄せてくる者、人が集まれば仕事が何かしらあるはずだと集まって来る者、学校に通いたいと願い出る者、たくさんだ。
国の大きさをもう少し広げて、さらには警備も増やさないといけないんです、とリュウは楽しそうに教えてくれた。
と、ここまではいつもの報告会で、特に問題はなさそうだった。笑顔で僕に報告するリュウからはそんな緊迫した雰囲気は微塵も感じられなかった。
しかしリュウが報告するのを終えると、ゆらりと立ち上がったエルバードさんがリュウと手を繋ぎ、意思疎通の魔法で僕に訴えかけてくる。とても大きな大問題が起きた、と。
僕はその雰囲気に圧倒され、ゴクリと生唾を飲んだ。ダンジョンの運営はうまくいっているようなのに、何が問題なのだろう。僕は考える。
人が増えたから問題が増えたとか? それともまた聖堂教会がなんかしてきた? まさか最近ちょっと後退気味の頭髪のことじゃないよね?
「すべて違います。もっと深刻な問題です」
僕のちょっとしたボケに真顔で返すエルバードさん。歳をとって貫禄がついてきたのか、それとも国家運営が大変すぎて精神的に揉まれまくったからか、言葉遣いは丁寧なのに凄みを感じる。眼光がとかく鋭い。
大学生になったばかりのぺーぺー若造である僕の方が客観的に見ればどう考えても格下だった。
茶化すのはやめて僕は真剣な表情を作り、エルバードさんに先を促す。エルバードさんもまた一つ頷くと、重々しく話を続けた。
「……サクラ国の代表であり、人神様との交神を司る我が娘リュウのことなのですが」
え、リュウのこと? 何があったの?
僕は驚いてリュウを見下ろす。リュウはとても居心地が悪そうに視線を外していた。先ほどまで楽しそうにお話をしていたのに、一体何があったのだろうか。僕に何か秘密をしていたのか?
エルバードさんは厳しい表情で言葉を続ける。
「今年、我が娘は数え年で21歳になる予定なのですが、未だ独り身で相手がおりません。どうか人神様の御知恵をお貸し頂きたく存じます」
……ん? え、独り身って結婚ってこと?
説明を聞くと、割とすぐに納得する話だった。
地球でも次代を遡れば遡るほど、婚期は早まる傾向にある。また未開発の発展途上国などは、20歳前に結婚する地域はたくさんあった。
異世界でも御多聞にもれず、婚期は早い傾向にあるらしい。だいたい女性なら15,6で結婚をし、子を持ち、家庭を作るのが普通だと思われているそうで、20歳を超えると行き遅れ扱いらしい。
男の方は収入が安定する必要があるからか、割と自由が利くそうだが、女性は早く嫁ぐことを推奨されているそうな。そんな中で21歳独身の女性は完全に婚期を逃した扱いとなり、身の置き所がないそうな。
サクラ国の代表ということである程度は誤魔化しているものの、そろそろ限界だそうだ。
……そういえば、リュウのお母さんもそれくらいの年齢で結婚だったっけか。
「……はい、私の妻は16のときでした」
お互いもう会えない知人の話が出たため、少しだけしんみりする。そしてその娘であるリュウはより年上になっているのか、と思って改めて彼女の姿を確認した。
もうスラリとした綺麗な女性となっている。髪の毛はそれほど長くないのは彼女の好みだろうか、ショートボブの黒髪が肩にかかっていて美しく映える。
そして拡大鏡で注視すると、出るとこが出ていて引っ込むべきところが引っ込んでいることもわかる。僕がリュウのことを見ていることがバレると、リュウから「……見ないでください」と恥ずかし気な言葉が伝わってきた。セクハラにならないよう慌てて目をそらす。
わざとらしくコホンと咳ばらいを一つ。僕はエルバードさんに同意した。確かに、美しい女性になったのに所帯がないというのも悲しい話ですな、うんうん。
「……はい。ダンジョンができたときは一時どうなるかと焦りましたが、様々な問題が解決したため今は非常に安定しております。なればこそ、国の代表である我が娘リュウの婚儀を催し、サクラ国の威光を諸外国にも知らしめる必要があるでしょう」
他にもリュウが次代を生むことが国の繁栄に繋がるとか、黒狼の隊長であるカチくんが幸せそうに結婚生活をしているのに国の代表が独り身というのは立つ瀬がないとかいろいろ理由を述べていた。
が、行き遅れになりそうな娘を心配している親という雰囲気が隠せていなかった。あとは歳を取って孫の顔が見たいという欲求が強まったのか。堅苦しい言葉遣いも聞きなれてくると、ただの親バカの過保護に思えてくる。
ただ、リュウご本人はあまり乗り気ではないようだった。父親から目をそらしてずっと俯いている。
どうしたんだろう、と少し疑問に思ったが、エルバードさんの語気が強まってそちらに気を取られた。
「つまりですな、人神様にお仕えするサクラ国の国民として、リュウには誰よりも祝福されてほしいのです。そのために人神様にもお知恵を貸していただきたく存じます」
……といっても僕には異世界人ってどういう人がいるのかわからないし、何とも言えないよ。
「はい、そうおっしゃられると思いまして、何人か候補は絞ってあります」
そういってエルバードさんはたくさんの人を想像して僕に教えてくれた。いろいろな種類のイケメンが簡単な略歴とともに僕に教えられる。
異世界人ってやはり格好いい見た目の人が多いんだなぁと思いつつ、いろんなイケメンの顔のドアップを見せ続けられるという拷問を受ける。隣国の王子様やらお金持ちの御曹司やらリストにたくさん名を連ねていて、リュウの人気っぷりを垣間見ることができた。
しかし僕が知っている人物はカチくんとアーカスさんだけだった。カチくんはレアちゃんがいるのに大丈夫なのかと質問したら「失礼しました、間違えました」とすぐに消された。どうやらもともと一番の候補だったらしい。
「どの人が良いと思われますか? どれも経歴には申し分ない男性ばかりなのですが……」
男の良し悪しを聞かれても答えに困る。僕は「リュウが嫌がらないようにしてあげてね」とだけ言って後はエルバードさんに全面的に任せることにした。
エルバードさんが少し離れて「誰がいいだろうか」と悩んでいるとき、僕はこっそりリュウにだけ話しかけた。やはり心配だからだ。
大丈夫? お見合いは嫌なのかな?
「……いえ、そうではないんですけど……」
リュウは答えづらそうに答えてくれる。でもどう見てもその表情は嬉しそうには見えない。思考は読めないが態度が嫌々だ。
家に帰るのを嫌がっていた昔の様子を彷彿とさせる。何か言いたいことがあるのに我慢している感じ。
僕は少し冗談めかしてリュウに質問した。
お見合いなんて気が乗らない気持ちはわかるよ。勝手に親に相手を見繕われるわけだしね。
「……そうなんですか?」
え、違うの?
リュウは首をフルフル振るって、僕の勘違いを訂正してくれる。
異世界ではお見合い結婚は珍しくないらしい。むしろある程度の地位のある人が婚約する際には確実に親の意向が影響する。
カチくんにずっと惚れていたレアちゃんが彼を射止めたのはむしろレアケースだそうだ。異世界の知識は詳しくないからよく知らなかったが、日本でも昭和・明治の時代はお見合いが普通だった。政略結婚じゃないだけマシという感覚なのだろう。
ここで僕はリュウがなんで嫌そうにしているのか気づいた。なのでドストレートに質問した。
もしかしてリュウって誰か好きな人でもいるの?
「……」
返事がないことが何よりの返事だった。少し顔が赤くなっているようにも思える。
僕はその初々しい表情を見て、何とも感慨深い気持ちになった。初めて会った時はリュウはまだ赤ん坊で、彼女の母親が攫われた後に会ったときは小さい体を緊張させてカチコチに固まっていた。
そんな子が少しずつ成長し、たった20日でもう大人の女性だ。しかも超絶美人。さらにはそんな子が僕の前で恥じらいの表情を見せてるのだ。
エルバードさんが親バカになる気持ちもわかる。僕もまた親バカの心境だった。
ただ、リュウに好きな人がいるのならその相手との結婚を祝福したい。それならばエルバードさんのお見合い強行作戦は止めるべきだろう。
僕はリュウにそう提案したところ、リュウはもじもじしながら別のお願いをしてきた。
「その……人神様、申し訳ないのですが、また私を1日神様の世界にいさせてもらうことはできませんか?」
まさかのリュウから再度家出をしたいと申し入れがあった。突拍子の無い話でかなり驚いた。
しかし疑問がわいた。あれ、お見合いは止めなくていいの?
「……そちらは私たち異世界人同士で……いえ、親子で話し合いますので大丈夫です。それで、その……ダメでしょうか?」
またアニメでも見たいのだろうか。それとも意外とゲーマーな彼女はスマホゲームをしたいのだろうか。
どちらにせよ僕は否定する気はなかった。どうせ明日日曜日だし、リュウが泊まってもらっても問題ない。僕は二つ返事で頷いた。
リュウと僕の間では話は一瞬でまとまったのだが、そのあとにエルバードさんを説得するのが大変だった。
どうやら今年中に結婚発表をしてしまいたかったらしく、その予定が大幅に狂うことに難色を示した。それにずっと前に僕が無断で一年も(僕たちの主観では一日だけど)預かってた間にかなり心配していたらしく、またやるのかとため息までつかれた。
しかし最終的に「人神様の御遺志に任せます」と言ってくれた。1年後にまたリュウを盛大に降臨させることを約束したのが良かったようだ。1年の準備期間を経て、リュウの結婚を万全の状態で迎えるつもりらしい。
エルバードさんだけ先に返した。
その際、いつもの御供え物の交換(出:マシュマロ5個、塩10g。求:ダイコンモドキ、銅像みたいな何か)をしたのだが、ついでにマシュマロ2個を誰にも見つからないようにダンジョンのある場所に持っていくように指示しておいた。マオウさんがその場所で受け取る手筈になっている。
いつもより渡すマシュマロの数が2個多いのを不審に思われないように、渡すとき手品の要領で指の陰に隠して近くの小屋に放り込んだのだが……手元を直に見ているうえサイズが小さい異世界人たちの目を誤魔化せたかどうかは不明である。
とにかく今残っているのはリュウ1人だけである。二重蓋の上にちょこんと立って、嬉しそうに僕に話しかけてきた。
「またお世話になりますね、人神様」
こちらこそ、と僕は笑って指を差し出した。リュウの家出再びである。




