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箱庭異世界の観察日記  作者: えろいむえっさいむ
ファイル3【極小世界の管理、及び外敵の駆除】
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memo20180518,txt

マオウさんの記憶(一部のみ抜粋)

 まず最初に理解した感情は、理不尽に対する怒りだった。


 オスは女王との結婚飛行が終わると、その後は一切役目がない。労働個体の数が一定数になるまで放置され、その後邪魔だから処分される。

 しかしそれ自体は問題ない。生まれた時から決まっている自分の役目だと本能的に理解しているからだ。なんの役にも立たなくなった自分が処分されることに怒りはない。


 ただ、本当に自分が役に立ったのかどうかわからなかったことに対しては、悶えるような苦悩に苛まれてしまう。


 自分は今、生まれたばかりの我が子たちによって食われていた。その強靭なアゴがめり込むたびに、自分の体が反射でビクリと跳ねる。


 とにかく餌が少ないのが問題だった。自分を含め、同胞たちは常に飢えていた。

 一番飢えてはならないはずの女王すら、自らの卵を食べなければならないほど栄養が足りてなかった。おかげで労働個体の数も、自分と同じようなオスも数が少なかった。

 もちろん、今代の女王の産む卵も少ないだろう。こうなるといつ我らが種族が滅亡してもおかしくない。


 自分の身体が食われることで次代の子らが生き延びてくれるのならいい。しかし、こんなに早く共食いが始まるようでは、我らが種族の先はないのかもしれない。

 そう思うと、自分が幸福に感じた女王とのひと時の交わりも、色あせて見えてくる。果たして、自分は生まれてきた意味があったのだろうか、と。


 自分の頭にアゴをめり込ませてきた個体が、次代のオスであることが直感でわかった。

 生まれたばかりの彼もまた自分と同じように結婚飛行を行い、次代の子を増やし、そして同じように絶望するのだろうか、と思うと何ともいえない気持ちになる。

 

 初めて感情を理解した死にかけの自分は、次代の私の頭を触覚で一撫でし、そこで意識を失った。





…………




 理由はわからないが、自分は常に焦燥感を覚えていた。


 餌が少ないのが悪いのではないか、と直感的に悟った。本来そういうことは労働個体の仕事だが、自分はなぜか常に焦っており、そのおかげか今の同胞たちに何が足りないかを把握することができた。

 まだ翅の生えていない自分には碌に役目がないことも幸いしたのだろう。考える時間だけはたっぷりあった。


 巣の外に出るのは本能が拒絶したが、外に出なければ何もわからなかった。何度も躊躇いつつも、ようやく巣の外に出た。初めての外の景色と風の冷たさに驚く。

 それほど多いとは言えない労働個体が必死に周囲を探索しているのがわかった。彼らが残した臭いの足跡を辿り、自分は外の世界のいろいろを見て回った。


 最初は苦労したが、ゆっくり着実に探索したおかげで、何が問題なのかも見えてきた。餌が小さすぎるのだ。


 どれもこれも我々と同じくらいの大きさしかない。しかも相手は認識能力が高いのか、我々の姿を見つけると即座に距離を取って逃げ出すか、攻撃を仕掛けてくる。

 そのため、死骸にまとわりついてその肉を剥ぐ、または鈍重そうな生物に対して集団で攻撃を射かけるのを主目的とする労働個体は、常に後手に回ってしまい、何度もやられていた。これが餌が少ない理由だった。


 特に一番小さな個体が厄介だった。

 二本足で歩き、体は小さく、力も強くはなさそうだった。しかしこの小さな個体は集団で襲ってくる。

 まるで我々と同じように仲間とともに狩りをするのだ。しかも、単なる噛みつきしか攻撃手段を持っていない我々と違い、この小さな個体は硬い棒のような何かや、遠くから何かを飛ばしてきたり、炎を放ってきたりと様々な方法で我々を襲ってくる。勝てるわけがない。何度殺されそうになったことか。


 とにかく私は、この小さな個体を絶対に避けるようにし、餌となりそうな生物を探したが、なかなか見つからなかった。

 一度、ちょうど良さそうな大きさの生物を見つけたが、こいつも炎を放つ上に空まで飛んだ。逃げるので精いっぱいだった。


 私はどうにか餌を探そうとするも、たまに死骸で転がっている餌や、どこか遠くから逃げてきたと思しき疲れ切った群れを襲ったりして細々と食を得ていた。

 ギリギリではあったが、なんとか生き延びられる程度には飢えを凌げた。


 そんな中、ある時期に急に羽が成長し、自分は本能の赴くままに空を飛んだ。そこで楽園を見た。


 この楽園を絶やすわけにはいかない。自分はそう思うと、次代のオスが生まれるのを卵の近くでずっと待っていた。




…………




 仲間とともに餌を食べ終わったとき、自分は自分のやるべきことを理解していた。


 あの小さい個体をどうにかしよう。


 体は小さくて食べ応えはなさそうだったが、力は弱そうだった。そして頻繁に数を見かけたからこそ、数も多そうだった。

 だからこそあの小さい個体を狩るなり、せめて撃退することができれば安全に餌を確保することができると思われた。自分は巣の中で暇を持て余している今のうちに、小さい個体への対策を行おうとした。


 まず、小さい個体の真似をしようと思った。小さい個体は我々のように群れの力を使う。そして単純な力の比較では弱いはずの小さい個体たちが我らに打ち勝てるのは、その群れの力が上だからだと考えられたからだ。


 最初に、二本足で歩く練習をしようと思った。

 これがありえないほど難航した。そもそも自分の身体は後ろ足二本だけで立てるような構造ではない。

 狭い巣穴で、同胞の邪魔にならないように隅っこの方で、何度も何度も二本足で立つ練習をした。結果から言えば、最後の最後まで全くできなかった。


 次に、彼らの攻撃方法を真似ようとした。

 彼らは何か棒のようなものを振り回したり、何かを投げてきたり、炎を飛ばしたりしてきた。自分もそれができないか検討してみた。


 棒は何とかなった。アゴで咥えるのは誰でもできる。

 しかし、それを振り回したところで攻撃力があるようには思えず、アゴで直接噛みついた方が強い気がした。すぐに諦めた。


 何かを投げるのは無理だった。どういう原理で投げているのかわからない。

 どうやって投げているのかもっとよく見ておくべきだった。すぐに諦めた。


 炎に関してはどうすればいいのか全く分からなかった。

 最初は全く原理が理解できず、体を捻ったり頭を動かしたりいろいろしていた。手を伸ばしているように見えたので前足を前に突き出してみたけど、やっぱり何も出なかった。

 ただ不思議と、炎を出そうと強く念じていると、労働個体が自分の近くに寄ってこない気がした。


 2()()()の結婚飛行だ。この幸福な気持ちを残さねばならない。すべては愛すべき女王のために。




…………




 少なくとも、自分が何をすればいいのか理解した。


 食われて死ぬ直前に強く念じながら次代のオスに触れると、その記憶が残せることがわかった。そしてこの謎の技術が、労働個体にも通じることがわかった。


 本能のまま餌を求め、巣を拡張し、卵を管理するだけで意思疎通のできない労働個体に自分が望むように意思を伝えると、その通りに動いてくれるのだ。不思議な感覚だったが、一度理解すると後は早かった。


 我が種族は飛躍的に進歩した。


 まず台所事情が改善された。

 自分が先行して状況を見定め、どこに餌があるかやどこへ行ってはいけないかの情報を労働個体に伝え、同時に行動するように指示し、餌を次々と確保していった。

 そして意思疎通が可能となったからこそ、自分はより思考するようになった。どの生物はどう倒せばいいのか、どこら辺に良い餌場があるのか、どの狩りをすべきでどの狩りを避けるべきかなどの戦略を考えるようになった。おかげで安定的に餌を得ることができ、同胞が死ぬことも急激に減った。


 しかし、例の小さな生物に関してはうまくいかなかった。

 彼らの巣を襲い、壊滅させたこともある。しかし、どうにも餌の確保が難しかった。

 逃げ足が速いのか、対策が的確なのか、それとも迎撃隊が優秀だからか。理由はわからなかったが、小さな個体を襲うのはなるべく避けるようにした。害は大きいのに利益が少ないからだ。


 それでもたまにはぐれた労働個体が彼らに遭遇してしまうこともあるようだったが、仕方ない。

 労働個体が1匹2匹死んだところで大差ない。女王さえ無事なら、自分を含めてその死は損耗にすら含まれない。


 結婚飛行は自分が覚えている限り、最高の賑わいを見せた。自分は幸せの絶頂にあると確信した。


 ……次代はより繁栄させて見せます。あなたのために。


 自分は……私は、そう心に誓った。




…………




 その後しばらくの世代は平穏そのものだった。繁栄の時だった。


 餌の確保の仕方が効率的になっていった。地上での狩りでは負ける要素がなかった。

 我々は力が強く、数が多く、誰もが犠牲を厭わない。ゆえにどんな狩りでも確実に勝利し、例の空飛ぶ大型の獲物すら狩ることができるようになった。

 周辺一帯の獲物を狩りつくし、そして地上は我々の楽園となった。


 また私本人にも変化が起こった。あの小さな生物と似たような変化だった。

 二足歩行ができるようになった。最初はよぼよぼと、3世代も過ぎるころには完全に二本足で立てるようになっていた。理由は不明だが、環境に適応したおかげかもしれない。とにかくそれにより様々な恩恵があった。

 道具も使えるようになったし、視界も広がった。それだけではなく、いつの間にか炎を出すこともできるようになっていた。戦略の幅が大きく広がった。


 しかしうまくいかないことも多かった。

 私は死に際、次代のオスに私のすべてを引き継がせている。経験則でソレができることを知った私は、そのおかげで生まれてすぐに先代と同じだけの思考力が備わる。

 なればこそ他の仲間や女王にも同じ知識を共有すべきだと思ったのだが、どうにもうまくいかなかった。4,5匹いる他のオスとも記憶の共有はできなかった。

 死に際に一度しかできないのかもしれない。残念だったがこれでも充分だ。


 ただ、この技術は使えば使うほど威力があがるようだった。なので、私は世代をまたいで何度も技術を使った。

 仲間に指示を出し、炎や水を操って攻撃し、体を補強し、破壊できないものを破壊して巣を拡張した。少しずつ、しかし確実に力をつけていく自信があった。


 私の力が女王のためになっているという実感が、何よりも嬉しかった。




…………




 急激に餌が減った。何事かと思って、未熟な翅を強化して空を飛び、巣の周辺を探って唖然とした。


 餌がない。


 動いているものが同族の労働個体以外居なくなっている。他の生物が見当たらない。理由なんてすぐにわかった。

 我々が狩り過ぎたせいで生態系が壊れたのだ。


 女王の引っ越しも考えたが、あまりの長距離は移動できない。そして少し移動した程度では餌場がなさそうだった。

 仕方ないので場当たり的な対策を取る。巣をとにかく横に拡張するように労働個体に指示し、地上を歩き回らせないようにする。

 そうすれば、うっかり巣の上を通り過ぎる他の生物が出てくるかもしれない。または他の餌場の近くに辿り着くかもしれない。それを狩り取ればいいと考えたのだ。


 なかなかうまくいかずに私は焦った。また飢えを耐え凌ぐことになるかもしれない。

 しかも今回はすでに労働個体をたくさん産んでしまっている。共食いになったら一気に破綻しかねない。ピンチであった。


 そんな中、労働個体のうち外を出歩いていた一匹がある餌を持ってきた。

 1匹で運べるくらい小さな欠片で、何の生物の一部だかは見てもわからなかった。白くてフワフワしていて、前後左右の区別がなく、四角い何かだった。


 何なのか全くわからなかったが、そんなことはどうでもよかった。女王がとても喜んでいたということだけが重要だった。


 あの白くてフワフワした餌はどこで入手できるのか。その労働個体の残した蟻酸の跡を急いで辿り、取れたと思しき場所を見てもわからない。

 周辺を隈なく探したが、なぜか妙に平らに均された地面と、小さな生物の集落があるだけで、他には何もなかった。


 しかし諦めるわけにはいかない。餌はただでさえ少ないのだ。

 栄養価の高くて女王が望んでいらっしゃる餌となれば、必ず確保しなければならない。それが私の役目なのだから。


 しばらくして、小さな生物たちが動かしている乗り物の存在に気付いた。平らに均された地面の上をゴロンゴロンという音を響かせて移動している。

 最初は何なのか全くわからなかったが、やがて私はそのことに気づいた。道理であの白いフワフワを今まで見かけたことがないはずだ。


 あれは小さな生物たちが持っているに違いない。私は彼らから奪い取る作戦を考えた。




…………




 小さな生物たちの抵抗は、想像以上に激しかった。


 最初の頃はうまくいった。地面を掘って彼らの集落に近づき、そこから急襲をかける。

 小さな生物をなるべく殺さず、それでいて建物などを徹底的に破壊すれば、彼らは寄り付かなくなった。逃げの一手である。


 しかし我々は小さな生物には興味がない。餌は少しでもほしかったが、彼らを1匹でも狩ろうとすると凄い勢いで反撃を食らうのだ。

 私なら彼らに対抗するのなんて容易いが、ただでさえ労働個体の数が減っている。いくら損耗を気にしないとはいえ、これ以上こちらの数は減らせなかった。


 そして白いフワフワを探したが、なかなか見つからなかった。どうやら大きな集落に行かないとないらしく、私たちが襲える小さな集落には一向に見当たらなかった。


 仕方ないので、偶然手に入れた時と同じように、移動中の乗り物から奪取する方法を考えた。しかしこれもうまくいかない。

 最初はうまくいったが、目的の白いフワフワはあまり見かけなかった。小さい生き物たちの中でもあの白いフワフワは希少品なのかもしれない。


 そしてある時期から、乗り物の周りを警備する小さな生物たちが出現しはじめた。これがものすごく強く、襲撃中の労働個体が全滅させられる姿を何度も見てきた。

 私が参戦すればそれなりに善戦できそうだったが……特に巨大な剣を振り回す小さな生物が強すぎる。あれには勝てない、と本能的に悟っていた。




…………




 小さな生物たちが攻めてきた。この時の私の焦りを理解できるだろうか。


 周辺にあまり生物がいなくなった山間の盆地に、少人数で小さな生物たちが攻め込んできていることがわかった。そしてその先頭には、あの巨大な剣を振り回す奴もいた。


 あれから何世代も私は自らを鍛えた。それに女王にも同じ力が発現し、お互いで力を高めあうこともできた。だから私自体は強くなっている自信がある。


 しかし、万が一私が死んでしまったらどうなるか。


 私自身が消滅してしまうことは構わない。女王さえ生きていらっしゃれば種族は滅ばない。

 しかし私は今、種族全体を指揮している自覚がある。私がいなくなれば、また餌不足に喘ぎ、野放図に動き回る労働個体が狩り殺され、個体数が激減するだろう。そうなる確信がある。

 それくらい小さな生物たちは外敵に対して強く、賢く、しつこい。


 そして労働個体がいなくなれば餌の備蓄がなくなる。そうなったら女王は、彼女は……。


 私は死ぬ訳にはいかなかった。何としてでも、彼らと交渉する必要がある。そう確信した。


 ……小さな生物の中で最も強いあの個体と交渉できれば、きっと何とかなるはず……。


 私は種族のために強く決意した。

だいたいですが

1部分:3年目(4月17日)

2部分:4年目(4月18日)

3部分:5年目(4月19日)

4部分:6年目(4月20日)

5部分:7~10年目(4月21日~24日)

6部分:11年目(4月25日)

7部分:12~20年目(4月26日~5月3日)

8部分:30年目くらい(5月13日前後)

となります。

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