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箱庭異世界の観察日記  作者: えろいむえっさいむ
ファイル3【極小世界の管理、及び外敵の駆除】
41/58

5月18日(金) SD10年:暗躍

 冷静に、落ち着いて、じっくり考えると、そう不思議なことじゃないんだ。たぶん。

 だって僕にとっては1日でも、異世界人たちにとっては1年だからね。そりゃ僕なんかより深く考えているし、様々な行動もとってるし、各方面に影響を及ぼしてるわけだよ。考えてみれば何もおかしくない、普通の話だ。

 もう何が普通かわからなくなったけどね。


 とりあえず今日のビックリポイントその1、また指揮官がやってきた。


 リュウだけを手に乗せて持ち上げていると、そこに飛び乗ってくる影があった。

 さすがに二度目なので驚かないつもりだったが、それが指揮官と隊長さんが戦いながら僕の掌に飛び乗ってくるから結構驚いた。


 飛び乗った隊長さんと指揮官が戦っており、僕は今度こそ素早くサポートに入る。

 両手をお椀のように広げて戦うためのフィールドを整え、リュウと一緒に飛び込んできたスレイプニルを親指で隠してセーフティゾーンを作り、2人が距離をとって指揮官だけを狙える瞬間を狙ってグランドアタックをかますつもりだった。


 しかし、思っていたより早く決着がついた。

 槍ではなく大剣を振り回して隊長さんが指揮官を吹っ飛ばし、倒れた指揮官の背中を踏んづけて動きを止める。大剣の鈍い光が指揮官の首元にそっと添えられた。


 上空から見ていた僕にはわからなかったが、隊長が編み出した技とやらが効いたのだろうか。

 とにかく今までの戦闘から比べて呆気なさすぎるほどあっさりと戦闘が終わり、危なげなく勝利した。

 正直言う、拍子抜けだった。


 その後、指揮官の首を刎ねるのかなと思っていたが、隊長さんはそれをしなかった。しばらく僕はどうすべきかわからず様子見をしていた。

 隊長さんが何となく指揮官ではなく上空を苛立たしそうにチラチラ見上げてるようだったし、倒れている指揮官もやられた割には遠目にも無傷で様子をうかがっているようにも見えた。

 リュウはスレイプニルに抱き着いて困惑しているようだったけど、たぶん隊長さんに何か言われたのだろう、急いで僕の手に触れて意思疎通の魔法を起動し「このまま持ち上げてください」と連絡してきた。その通りにする。


 というわけで今日のゲストはリュウと隊長さんとスレイプニルと、黒い魔物の親玉・指揮官さんである。いいのか、これ?


 透明な二重蓋の上に全員を降ろすと、隊長さんは当たり前のように踏みつけていた背中から足を退け、指揮官もスックと立ち上がって4本の腕で器用に埃を払う。

 リュウはスレイプニルを引っ張って指揮官からジリと離れたが、隊長さんは当たり前のように受け入れていた。


 指揮官は器がでかいのか単に鈍いのか、それとも何か理由があるのか、透明な二重蓋の下を見て喜んでいるようだったし、僕の方を見ようとして触覚をせわしなく動かしていた。

 アリって目が悪いはずなんだけど、指揮官は見えるのかな?


 僕がいつものようにそっと手を伸ばすと、リュウではなく指揮官がその手に触れようとした。途端にリュウが僕の手を庇うように指揮官と僕の小指の間に立つ。


「あの! あ、あなたに危険がないのはわかりましたが、人神様に触れることは許しません!」


 どうやらリュウは僕のことを守ってくれるらしい。ちょっと嬉しいけど、指揮官がめっちゃ強いのは何度も記憶で見せられたからよく知っている。

 アリに攻撃されても僕にはちょっと痛いだけで済むし、危ないからリュウはそこを退いてほしいが、リュウは僕を庇うのをやめなかった。


 頑としてその場を譲らなかったため、結局いつもの通りリュウを仲介役にして隊長さんと指揮官と同時に会話することとなった。本当にいいのか、これ?


「お初にお目にかかります、人種の神よ。我は※※※※※※※種の雄であります。どうぞお見知りおきを」


 僕相手では慇懃無礼な態度はとらないらしい。きちんと頭を下げて礼を示している……ような気がする。

 ちなみに※※※※※※※※種は種族名のようだということが文脈や思考から読み取れたが、単語名が理解できなかった。

 強いて日本語に直すと「せやぎるとぅす」と「せぃうぃるとぅす」の中間なのだが、はっきり言って難読なうえに意味不明なので、僕は勝手に「クロオオアリ変種」と脳内変換させてもらう。だってわかりやすいし。


 いきなりクロオオアリ変種の指揮官に挨拶されて戸惑う僕。あれ、こいつ敵じゃないの?

 僕の疑問点に、指揮官ではなく隊長さんが答えてくれた。


「敵には違いないが、目的が合致した。敵対する必要がない」


 簡潔に言い切る隊長さん。そういえば隊長さんはここに来たくないみたいなことを、レアちゃんが言ってた気がするが、それはいいのだろうか。

 リュウより頭二つ分大きい隊長さんが、露骨に大きなため息をついてから説明を続けた。


「こいつの目的と、サクラ国の目的が相反しないことがわかった。敵は四つ足の黒い魔物だけだ。あとはお前の協力があれば、全てうまくいく」


 ……ええと、なに?


 隊長さんがぶっきらぼうに説明してくれたが、あまりにも端的すぎて何が言いたいのかわからない。

 なんとなくこの自分勝手な言い方に覚えがあったが、僕が思い出す前にあまりにもあまりな説明だったからか、指揮官がフォローを入れてくれた。


「いやはや、我もこの方との会話は困難を極めましたが、神の御前でも同じなのですね。我から説明させていただいてもよろしいでしょうか?」


 あ、はい。お願いします。


 端的すぎる隊長さんより、むしろ人(?)当りの良い指揮官さんの方が好感度が高いのは何とも不思議な気分だった。とにかく説明をしてもらう。


 そして後悔した。説明クッソ長ぇ……。


 全部メモを取るのは早々諦めた。指揮官は、クロオオアリ変種が異世界に来てどうやって生き伸びてきたのか、どうして自分のような特殊個体が生まれてきたのか、なぜサクラ国を狙っているのか、自分たちの狙いは何かなどを詳しく説明してくれた。

 意外と面白い話で、興味深く聞かせてもらったけれど、録音機が効かない意思疎通の魔法での対話は記録を取るのに非常に向かない。片手スマートフォンでのメモ取りにも限界がある。

 なので、大雑把な話を自分なりにまとめ直した記録は別紙(memo20180518,txt)に記載。ここには要点だけを書いておく。




・隊長さんとは腹を割って対話したら、理解を示してくれたそうな。ちなみにその際、タイマンで隊長さんがギリ勝利したらしい。


・クロオオアリ変種には女王アリ、働きアリ、羽アリの間でそれぞれ異なった見解を持っている。

【女王アリ】子孫繁栄が第一、種族維持は第二、第三に平穏な生活を望んでいるらしい。

【働きアリ】種族維持最優先で、とにかく餌が欲しい。異世界は餌が少なすぎる。

【羽アリ】女王アリの保護と望みを叶えることが最優先。そのためならば自分を含め全てを切り捨てても構わない。


・羽アリは指揮個体として、ある程度働きアリを操作することができる。が、完全ではない。


・羽アリと女王アリは知性を獲得したが、働きアリは未だに原始的な思考しかもっていない。




 僕はクロオオアリ変種たちが異世界でどれほど苦労したかという話を聞き、変にテンションが上がっていた。

 虫からその生態を自ら聞けるなんて、10年以上アリの観察をしてて初めてのことだからだ。だからこそ、彼らに対してかなり同情的になっていた。


 僕は一通り話を聞いて、何をしてほしいのか理解した。つまりはマシュマロが欲しいって話だろ?


「……結論だけ言ってしまえば、そうなります。そうすれば、我々クロオオアリ変種と異世界人たちが争う理由がなくなるのです」


「だが問題がある。通常個体の黒い魔物は相変わらず脅威だ」


 隊長さんが言葉を繋ぐ。指揮官と女王アリは知性を持っているため話し合いで問題解決が済ませられるが、本能のまま動く働きアリはそうはいかない。


「女王は子を為すことを止めることができません。正確に言いますと、子の数を意識的に減らすことはできますが、完全にゼロにすることはできないのです」


 僕が元から持っているアリの知識と合致していたため、この点については納得がついた。女王アリは周囲の環境や餌の多少で産卵する卵の数を調整することができる。

 そして羽アリと次代の女王アリは知性を獲得することができるが、働きアリはなぜか野生のままに周囲に危害を与える。


「異世界人たちにとっては脅威になります。ましてや我が神から直接マシューをいただけば、栄養状態が改善され、子の数が増えてしまうでしょう」


「だから、このままダンジョンを維持する」


 隊長さんが再度言葉を引き継ぐ。おそらく僕の知らないところで、この堅物そうな隊長さんに指揮官さんは丁寧に説明したんだろうなぁとちょっと同情した。

 隊長さんはぶっきら棒に説明を付け加える。


「ダンジョンがあるおかげで、サクラ国は人と金の流れが加速した。危険はあるが、確実に稼げる狩場となっている。黒い魔物が増える分には問題ない。その分狩ればいい」


「はい、我は女王の身さえ守られれば、それ以外の個体がいくら減ろうとかまいません。むしろそれで異世界人や神との軋轢が減るのならば、喜んで生贄を差し出します」


 人間の感覚でいうといまいち納得できない言葉だが、指揮官曰く「母であり妹であり娘である女王の身は群れ全体の宝です。他はともかく、彼女だけは……」とのこと。

 群集生物がゆえの感覚なのであろうか、要研究である。


 隊長さんと指揮官さんの間ですでに話がついてしまっているらしい。僕とリュウは置いてけぼり感覚でその話を聞き、必死に頭を巡らして理屈を理解して追いつこうとしていた。

 こっそりリュウと僕だけで相談しつつ、考えをまとめてから答えを出した。


「ええと、つまり人神様はクロオオアリ変種の女王様にマシューを渡す。クロオオアリ変種は仲間を素材と訓練用の魔物として差し出し、女王様以外には何をされても文句を言わない。ということですか?」


 ついでに異世界人たちは、僕たち三種族が裏で繋がっていることを秘密裏に伝承していく、という必要もあるのかな?


 僕とリュウの答えに、指揮官さんは満足そうに「ご理解いただけて何よりです」と返事をし、隊長さんは「ようやく理解できたか」と言わんばかりに鼻を鳴らした。


 僕は少し考えた後、リュウに話をする。この提案で大丈夫か、異世界人たちに不利益はないか、と。


 リュウは少し考えてから首を振った。


「たぶん、不利益はないです。地上からの戦闘だと怪我人が多数出ましたが、ダンジョン内ならば迎撃戦が主流であるため、比較的安全に処理できます。それにクロオオアリ変種の素材は安価で使い勝手が良いので、マシューと同じくサクラ国の特産品の一つになりそうです。魔物を狩るための訓練をしつつお金稼ぎをしたい人たちにとっては利点しかないでしょう」


 なるほど、と僕は納得した。異世界人たちに「倒されるために」やってくる働きアリは、地上からではなく戦いやすく整備された地中から攻めてくることになる。指揮官さんが裏で働きかけてくれるはずだ。

 それなら透明な壁のような防壁がなくてもサクラ国は安全である。


 次に指揮官さんに質問をする。本当に働きアリを殺させていいのか、という点と、本当に異世界人に危害を加えないのか、という点を。

 指揮官さんは四本腕を広げながら、器用に肩をすくめた。


「問題ありません。私を含め、群れのすべては女王のためだけに動いております。神からマシューを得られる代わりに身を差し出せと言われれば、誰もが喜んで身を捧げるでしょう。それに我々にとって、異世界人たちを襲う利点が少ないのです。他の魔物もそうですが、とても強い割に過食部分が少ないですから……」


 アリは力が強くしぶとい昆虫だが、実際はそこまで強いわけではない。群れで戦うのならともかく、1対1だとハエに負ける。

 異世界人たちにとっては力が強くて厄介な敵だったクロオオアリ変種だが、彼らからすれば、魔法を使ったり強い攻撃をしてきたりする異世界人や魔物たちの方が厄介だったという話だろう。

 しかも食べるところが少ないときたら、攻撃するメリットがほぼ無しである。他に餌があるなら全力で逃げたのだろう。お互いに避けられるのなら避けたい相手だったのだ。


 僕は指揮官さんの言葉に納得して頷くが、彼はさらに言葉を続けた。


「ただし、女王の身の安全は最優先です。申し訳ありませんが、異世界人や神が我らが女王の身を脅かそうとした場合には、我自らがその身を賭して抗わせていただきます。ご容赦ください」


 ダンジョンの最奥にいる女王の下に辿り着いた場合は、隊長さんですら苦戦した指揮官が直接手を下すということだった。しかしこれは逆を返せば、ダンジョンの奥には足を踏み入れなければ問題ないということにもなる。


 この時、僕はリュウとちょっと前にやったゲームのことが脳裏によぎった。よぎってしまった。


 そのせいでこんなことを考えた。ダンジョンの奥にいる最強のラスボスとか、まるで魔王みたいだなぁ。


「……マオウ、ですか……。それが神によって我に与えられた名とするのならば、その名を代々継いでいきたいと思います。名付けてくださってありがとうございます」


 というわけで、指揮官さん改めマオウさんの誕生の瞬間であった。

 その時は「いや、魔王は名前じゃなくて称号だし」と否定しようとしたが、隊長さんが「こいつの名前がなくて不便だった」と後押ししたせいで決定になってしまった。まあいいか、誰も困らない。


 最後に隊長さんである。隊長さんは討伐隊まで作ってクロオオアリ変種を狩っていたみたいだけど、こんな裏で協力関係を作るみたいなことをしてよかったのか聞いてみた。

 返事はすこぶるシンプルだった。


「別に」


 端的すぎて聞いたこっちが返答に困った。僕が窮しているのに気付いたのか、リュウとマオウさんが後を引き継いでくれた。


「隊長さんはもともとサクラ国を守るために周辺で力を蓄えていたんです。盗賊を退治して治安を守ったり、強力な魔物がいないか情報を集めてたりしてたそうですよ。レアちゃんもその時助けられたって聞きました」


「うむ。この者は理由はわからぬが、神がおわすこの国に並々ならぬ関心があるらしい。我がサクラ国に害する気はなしと説明したのに、ではなぜあの近くに大穴を作ったのか、とか、地上から何度も襲ってきたじゃないか、と強く非難していた。よほど大事なのだろうな」


 リュウは元から知っていたが、このマオウさんはやはり人(?)あたりが良い。きちんと説明してくれる。

 僕は不思議に思って隊長さんに聞く。なんでサクラ国を守ろうとしていたのですか、あなたはここの出身なのか、と。


 隊長さんは無精ヒゲを撫でながら僕を見上げ、これでもかと言わんばかりに盛大な溜息をついた。


「……まだわからないのか?」


 本日のビックリポイントその3、隊長さんはカチくんだった。イケメンが超絶イケオジになってやがるクソが!!!!





【追記】

 カチくんに「初代リュウを守ることを約束したのに守り切れてないじゃないか」となじられ、リュウには国を守るためたくさん協力してもらったことを述べてフォローしてもらい、マオウさんは「神と戦ったことがあるとは、道理で人外じみた強さを持っていたわけだ」と感心されていた。

 その後「レアちゃんってリュウの娘くらいの年だよね? そんな子と子供作ったの?」と聞いたら、だんまりを決め込まれた。

 あとはマオウさんにマシュマロを与え、リュウにはこの事を秘密裏に受け継いでいくことを約束しつついつものマシュマロと塩を与え、カチくんからは「僕の愛馬だから!」と強く主張してスレイプニルを返してもらった。カチくんだけ憮然とした表情のまま、本日は解散となった。


 ……にしても大変なことになったと思う。まさかダンジョンが国家防衛の要ではなく、アリ素材を得るための狩場に成り下がるとは……。

ようやく最低限書きたいところまで来ました……ここまでが「プロローグ」です。

クロオオアリ変種視点の閑話はいつか気が向いたら書きます。

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