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箱庭異世界の観察日記  作者: えろいむえっさいむ
ファイル3【極小世界の管理、及び外敵の駆除】
39/58

5月17日(木) SD9年:順応 メモ1

「忙しくて更新がなかなかできない!」+「今回文字数がめっちゃ増える……」=「前後編に分けるしかない……!」

 本当は二日連続で休むつもりだったが、そういうわけにはいかなかった。ラインでサボれない旨をコンコンと説明され、出向が強制となった。

 異世界のことも気になって時間ギリギリまで見守っていたけれど、仕方なく家を飛び出した。異世界もヤバイが自分の生活もヤバイ。

 ちゃっちゃとやる事を終わらせてさっさと帰ることを心に誓って電車に滑り込んだ。


 午後5時少し過ぎ、帰宅。汗だくなうえに精神的に疲れ切っていたが、とにかく急いで帰宅することができた。ガラスケースに飛びつく。

 ガラスケースの中を覗き見るが、やはり加速状態だと細かい部分が把握しづらい。人の動きがたくさんあることと、アリの巣穴の周りに色々壁やら建物やらが増設されていることだけは辛うじてわかったが、それ以外は何も把握できなかった。


 ガラスケースに手を入れる。また指揮官が来るかもしれない、とドキドキしていたが、今回は襲って来なかった。かなり安心する。

 またリュウが襲われそうになったらすぐに左手を追加して叩き潰してやろうと考えていたのだけど、徒労に終わった。


 軽く挨拶をかわし、激動の1年だったことを伝えられ、しかし1年間に起こったアレコレがなんでそうなったのかよくわからない要素がてんこ盛りだったため、映像で記憶を見せてもらうことになった。

 本日はリュウの記憶を3本連続視聴である。




…………




「下がれ! 3の3の1! 黒狼は全員武器を構えて待機! 国家防衛隊はリネの指示に従って周辺の警戒! レア、魔法を!」


「はい!」


 隊長さんの怒号が響く。周辺一帯は家が火災に遭った時より激しい悲鳴と武器がどこかにぶつかる金属音が混じって騒音と化していた。地面が揺れて感じるほどの足音。

 最前線で黒い魔物を槍で一刺しにしつつ各方面に指示を出す隊長さんと、同じく最前線で隊長さんに的確に援護を送りつつ一緒に戦うレアちゃん。私と同じ年なのにその戦い慣れている姿に素直に感心した。

 逃げ腰で安全地帯から攻撃魔法を放つことしかできない私とは全く違う。


 突如、サクラ国の外壁近くに大穴が空き、一年間ずっと私たちを脅かし続けていた黒い魔物が溢れ出てきた。地獄の光景だった。


「交代員を全員叩き起こせ! 壁を作って隔離する! 家を壊してでも資材を用意しろ! 外壁より向こう側に行かせるな!」


 人神様に作っていただいた3つの透明な壁のちょうど合間に黒い魔物が溢れ出てくる大穴が開いている。

 場所が近いからこそ危険極まりないが、壁を新しく作って隔離できてしまえば対処が簡単になる。透明な壁の上に乗っかって魔法の雨を降らせればいいだけだからだ。

 こうなるなら人神様に新しく壁を作ってほしかったが、あの人は神ではない。凄く知識があって力も強いけど、神のごとき予知や予言はできない。私たちで何とかするしかない。


「すみません! 隊長さんに伝言を! ティレム街道側の穴を土の壁を作って埋めてみます! 人を退かすように指示をお願いします!!」


「おう、わかったっす!」


 普段はお調子者のアーカスさんが大声で返事をして隊長の下へヒョイヒョイと近づいていく。

 他の黒狼の隊員さんが右往左往しながら大穴から湧き出てくる黒い魔物に対処しているが、不意打ちなうえに数が多すぎる。すでに何人も怪我人が出ている。


 私は急いで壁と壁の中央部分に立った。大きな館1個分くらい開いている壁と壁の中央に立って、私は意思疎通の魔法を強く使った。


『離れてください!!』


 途端に、周囲にいた人たちがビクンと一瞬立ち止まった。いきなり何が起こったのかわからずに周囲を見渡し、私の姿を見ると理解したように離れ始めた。

 私はフゥと息をついた。レアちゃんから聞いていた意思疎通の魔法の応用だけど、初めて使った割にうまくいった。激戦が繰り広げられている中、私の周辺だけ空白ができていく。よく見ると何人かが私に黒い魔物を近づけまいと人の壁を作ってくれていた。


 私は地面に両手をつくと、3回ほど深呼吸する。精神を鋭く集中させ、望む形を強く想像し、自分の中の力を一気に放出した。


 ……人神様、力を貸してください!


 ズゴゴゴゴゴという音が騒音響き渡る戦場に鳴り響いた。しばらく音が鳴り響き続け、私の中の力が全てなくなるまで地響きが続いた。

 音が静かになってから、私は閉じていた目をゆっくり開ける。目の前には想像通りに巨大な土壁ができあがっていた。


「よかった、これで、なんとか……」


 私が想像した土壁は、人神様に頂いた透明な壁そのものである。私の身長と同じくらいの厚さ、お城より巨大な高さ、そして難攻不落の硬さ。

 さすがにこれだけの規模の変化は簡単に作れないし、簡単には破れないはずだ。これを突き崩せる人はそうそういないだろう。私は一安心し、早歩きで透明な壁の方へ向かった。


 透明とはいうものの、実際はそこまでよく見えるわけではない。光の反射や土汚れなどでかなり曇ってしまっている。

 しかし私が作った土壁のように全く向こう側が見えないというわけではなく、うすぼんやりと戦場の状態が見て取れた。


 黒い魔物が湧き出ていた大穴はまだ埋まっていないし、そこから出てくる黒い魔物は未だ尽きない。しかし少し戦いやすそうになっていた。

 隊長さんの指示で、私の作った土壁の方へと押しやるように黒狼の隊員が陣取っている。袋小路になった場所へ押し込み、攻撃を繰り返していた。

 最も危険な大穴の近くに隊長さんが構えて黒い魔物を叩き潰し、抑えきれない黒い魔物が袋小路へと押し込まれて数人の隊員たちに滅多切りにされている。

 先ほどの乱戦状態から一気に統制の取れた動きになるとは、さすが討伐隊のメンバーである。


 私も反対側へ向かって援護をしようと思った。もう強い魔法は使えないけど、袋小路に追い詰められた黒い魔物を打ち落とすくらいならできるはずだ。

 少しでもサクラ国を守るために力を使おう、そう思って早歩きで透明な壁の反対側へ向かった。


『傾注!』


 ちょうど壁が途切れたところまでたどり着いたときに、ものすごい強い言葉のイメージが私の頭の中に流れてきた。思わず立ち止まって頭を押さえる。

 何か、と思って私が周囲を見回すと、即席の壁を作っていた住人たちも、黒狼の討伐隊のメンバーも、そしてなぜか黒い魔物たちも上空を見上げていた。私も空を見上げる。


 そこには、ゆっくりと上空から降りてくるあの指揮官がいた。


『傾注! 即時撤退せよ! 即時撤退せよ!!』


 私だけでなく、その場にいたすべての人たちが頭を押さえていた。隊長さんもしかめ面をしながら武器を構えている。

 ついさっき、私と隊長さんと人神様の手によって撃退したはずの指揮官が、3対の翅を大きく広げていた。手傷を負ってはいたが、まだ余裕がありそうに見えた。


 不思議なことに、指揮官が強い意思疎通の魔法を広範囲に使うと、黒い魔物たちは大人しく大穴に戻っていった。黒狼のメンバーも、指揮官を警戒して攻撃できずにいる。


 最終的に、外の方へ逃げ出した黒い魔物以外は全て大穴に戻っていった。何がしたいのかわからなくて、私は困惑する。


「なんのつもりだ?」


『……もう手遅れか。致し方なし』


 隊長さんの静かな恫喝を、指揮官は完全に無視して大穴を見ていた。真ん中の腕を組んで、上の腕で頬を掻いている。

 よく見ると、翅だけじゃなく腕の一本もなくなっていた。さっきの隊長さんの槍の一撃のせいだろう。今の状況なら倒せるだろうか、と私は様子を注意して見ていた。


「……貴様の目的はなんだ?」


『我の目的は一つなり。こうなってしまっては我としてもどうしようもない。そなたらに協力を求めることとしよう』


「……協力、だと?」


 指揮官はわざとらしく中腕を広げ、一本の上腕で背後の大穴を指さした。


『そなたらに有用な情報を与える。白き宝石を壊せ。それさえなくなれば黒き侵略者を滅ぼせるぞ。人の子らの望みが叶うはずだ』


「……意味がわからない。お前は敵じゃないのか?」


 黒い魔物の一種である指揮官の顔はわからない。しかしその時だけは表情が分かった気がした。

 彼は笑った。


『我は敵ではないよ。信じられないだろうがな』


 そう言うと指揮官は後ろにひとっ飛びして、大穴の中に飛び込んだ。最後に、一言だけ言い残して。


『ただし、我らが母を傷つけることだけは許さぬ。その時は、本気で殺させてもらう。覚悟せよ』


 あたりに静寂だけが残った。


 その場にいた人たちは、全員呆気にとられていた。指揮官が発言した内容を理解しようと混乱する者、いきなり黒い魔物がいなくなって振り上げた武器をどこに降ろせばいいのかわからなくなる者、せっかく家を壊して壁を持ってきたのに使っていいのか戸惑う者、指揮官の言葉を一切信じず大穴を警戒し続ける者。


「……なんだったんすかね、これ」


「知らん」


 近くで聞こえたアーカスさんとザイサさんのやり取りが、ここにいるすべての人の心を代弁していた。


 こうして、唐突に始まった急襲戦は唐突に終わりを告げた。





…………





 どういう理屈か知らないけど、その日から黒い魔物の襲撃がピタリとやんだ。地表からも地中からも攻めてこない。

 だからと言って警戒を怠ることはないが、とはいえこれほど緊張した状態で遊んでいられるほど呑気にはなれない。


「まあ、行くしかねぇな」


「そうだな」


「そうっすね」


 ザイサが仕方なさそうに剣を肩に担ぎ、シライザとアーカスがそれに同意する。

 黒い魔物が現れた大穴の周りはあの激戦の後が綺麗に片づけられ、防衛のために整えられていた。たくさんの防杭柵に囲まれ、武器庫が用意され、見張り台も設置されている。

 私が作った巨大な土壁は、さすがに臨時に作った防壁だから長持ちはしない、という理由で一旦崩された。今は石積みの立派な防壁に変えられている。

 土壁に比べて高さは半減したが、石壁なら壊されづらいし、足止めさえできれば対処は何とかなる。


 大穴の処置については、喧々諤々の会議が連日行われていた。

 黒い魔物の巣窟に攻め入るべきか、埋めるべきか、防戦に徹するべきか、指揮官を探すべきか、神頼みにするべきか、突然できた危険地帯のせいで大混乱が起こっていた。

 特に国の財布を任されているオダカ氏は強硬な攻勢を訴えていた。曰く、危険の芽は早急に摘むべきだ。協力者を募ってでも、即座に黒い魔物を狩りつくすべきだ、と。

 しかし人の手には余る、神に任せるべきだという意見が多数派であり、サクラ国の住人はあまり乗り気ではなかった。また、確かに危険だけれど、じゃあ誰があの大穴に好んで頭を突っ込むのかというところで否定の声が上がっていた。


 サクラ国は魔物がいない安全な国だといわれていたからこそ集まった民が多い。だからこそいざ危険が身近に迫ったとき、その決断は大いに遅れた。

 しかし討伐隊のメンバーの意見は即座に一致していた。全員武器だけでなく、大穴の中に入る時に必要そうな道具の点検をしている。


 いつも帯剣しているベルトに松明を2本下げているザイサが肩を回しながら目の前の大穴を睨む。


「こんな深ぇ洞窟に入るなんて初めてだ。しかもここは奴らの根城と来た。今までで一番最悪な戦場だな、おい」


 実際、状況はかなり悪かった。

 入口近くを探索した人の感想では、かなり奥深くまで穴が続いているということだった。石を投げ入れるとどこまでも音が反響し、暗闇の先は全く見えない。

 しかも狭い。私やレアちゃんならまだしも、背の高い男性は頭がつっかえる。隊長さんやシライザさんは完全に中腰にならないと入れないし、比較的背の低いアーカスさんでも場所によっては頭がぶつかるそうだ。まともに戦える場所ではない。


「仕方ないだろう。少しずつ進みながら大穴を広げていくしかない。幸い、掘削用の土の魔法はそれほど難しくない。みんなで交代しながら固めていけば先に進めるだろう」


 普段寡黙なシライザさんが饒舌に語っていた。おそらく後衛職の腕の見せ所だと思っているのだろう。

 高さは頭がつっかえる程度、横幅もそこまで広くない。黒い魔物と同サイズであり、相手は自由に動けるうえに真正面から噛みつかれてしまう。

 不利に不利を重ねたこの大穴の探索だと思われたが「だったら広げてしまえばいい」という愚直な案が最善だと判断された。人海戦術によるゴリ押しである。


 地面の中だからこそ、場所を選べば休憩所のようなものも作るのは容易だろう。シライザさんの背中にも予備の松明がいくつも乗っていた。


「まあ、先に進むのが大変そうっすけどね。オレら弓使いやレアのような魔法使いの火力は頼りになんねーし」


 アーカスさんはいつもの弓を持っておらず、完全に荷物持ちの風体になっていた。

 背中に背負ったバッグには傷薬や包帯に魔石、腰には松明を何本も付け、穴掘り用のスコップも持っていた。討伐隊というより土木作業員にしか見えない。

 一番大きな荷物が、台車にのった巨大な手動扇風機である。空調管理をしなければ簡単に全滅してしまう、重要な役目だった。

 空気だけの問題でなく、弓矢は大穴探索に向かないという理由もあった。実際、狭すぎるために遠距離攻撃は同士討ちの危険性がある。まともに使えないだろう。

 側面攻撃ができなくて正面戦闘しかできないのも痛い。はっきり言って死にに行くようなものだ。


 だからこそ少しずつ大穴を広げていき、人が攻め入りやすい形に整えるという作戦が満場一致で決まったのだった。戦闘経験豊富な熟練の討伐隊の面々だからこそ、同じ結論に至るのも早かったようだ。


 そして危険だとわかるからこそ、隊長さんは珍しくすまなそうに表情をわずか歪めていた。


「……すまない」


「何言ってんすか、隊長! あなたは地上で万が一があったときの切り札っすから、気にしないでくださいよ」


 アーカスが笑いながら隊長の背を叩く。むしろ叩いたアーカスの方が体がよろけていたが、隊長さんはされるがままにしていた。

 隊長さんは居残りである。いざというときに即座に救出に動けるように、そして例の指揮官が現れたときに隊長さんがいないと危険だからである。

 また最終防衛線に最大戦力の隊長さんと、ついでに私がいることで、サクラ国の安全性の担保に備えるという名目があるからこそ強硬的に大穴攻略を実施している、という裏事情もあった。


 ただこれは隊長さんの立場からすると、今まで以上に危険な戦場に、自分抜きで仲間を長期間送り込むということになる。申し訳ないというよりは心配だという気持ちが強いのだろう。

 しかし、長年付き添った仲間たちの結束は強い。ザイサさんとシライザさんも笑いながら隊長さんの背中を叩いた。


「だいじょぶだ、大将! 無茶はしねーよ。ちょっとずつ歩を進める。んで足場が固まったら隊長の出番だ。それまではゆっくり休んでってくれや」


「それに、何かあの指揮官対策の奇策を思いついたとおっしゃっていたでしょう? その練習に時間を使ってください。大穴の整備は我々が何とかします」


「……頼んだ」


 隊長さんがそういうと、3人は離れて持ち場についた。

 討伐隊全24名、サクラ国防衛隊からの協力員10名、有志の非戦闘員45名による決死の大穴攻略作戦が、今始まった。





…………(メモ2へ)

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