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箱庭異世界の観察日記  作者: えろいむえっさいむ
ファイル3【極小世界の管理、及び外敵の駆除】
38/58

5月16日(水)PM23時まで SD8年:波乱

 本日のゲストはリュウだけだった。

 隊長さんはしばらくリュウに何か話しているようだったが、僕が手を上げ始めると同時にスレイプニルに跨って地表へと飛び降りていった。


 どうするべきか少しだけ悩んだけど、そんなことよりサクラ国の現況を知る方が優先だった。リュウだけを両手で抱え上げ、いつものように二重蓋の上に降ろす。


「ありがとうございます、人神様。助かりました……」


 リュウは心底ホッとしたという様子で僕にお礼を言った。やはり指揮官との戦いは辛かったのだろう、かなり苦戦した旨を教えてくれた。


「他の黒い魔物たちは、比較的一直線に動くので私でも倒せたんですけど、あの翅をもつ黒い魔物は全く違いました……それにまだ余裕があるようでしたし、それに、その……」


 言いづらそうに途中口淀んだ。だから僕は察して返事をする。


 僕の手が燃えないように気を付けてくれたんだよね。ありがとう。それにごめんね、戦いづらくて。


「い、いえ。人神様が謝ることは……。それより援護してくださってありがとうございます。あの指揮官はだいぶ戸惑っているようでした」


 ここで、リュウの思考がこっそり漏れていたのは指摘しないでおく。

 どうやら槍が刺さるのを構わず勢いよく使いまくっていた隊長さんを、リュウが「人神様の御手です! 攻撃を当てないでください!」と大声で忠告したのに対して「この程度なら大丈夫だ」と一言で切って捨てたらしい。


 ……いや、確かにちょっと痛いだけで済んだけどさ。でももう少し気を付けてくれてもいいじゃないか……。


 ものすごく強いし、他の仲間のために自らを犠牲にしたりリュウの危機に即座に駆けつけてきた隊長さんを恰好いいなぁとついさっきまで思っていたのだけど、その一言で少し好感度が下がった。


 それより僕はリュウの心配をする。

 最初、背後から羽交い絞めにされていて、何かされたんじゃないかとか。怪我はしていないかとか、相手は異世界人ではないけど、可愛く育ってきたリュウにセクハラなことをしたんじゃないかとか。


 リュウは僕の心配をクスリと笑って否定しつつ、何があったか教えてくれた。


「いえ、そんなことはありませんでした。後ろから押さえつけられましたけど、抵抗しなければ何もしないと……」


 思考を読む魔法が使える者同士なので、割と普通に話を交わすことができたらしい。

 指揮官は「魔法を使おうとしたら首の骨を折る」とか「このまま神の下へ私も連れてけ」とか「今の状況を何とかするために必要なんだ、我慢してくれ」とか、羽交い絞めにしたことを除けば割と紳士的に対応していたそうな。


 一通り話を聞いて、僕が思ったことは「なぜ?」という疑問だった。


 なんであの指揮官は僕に会いたがったのだろう?


「……わかりません。そこまでは思考が読めませんでした……。あの黒い魔物は本当に強いです。魔法の腕も、私より上かもしれません」


 リュウは身震いをしながら指揮官の強さを訴えた。話を聞いて僕はビックリした。

 どうやら意思疎通の魔法は、言葉が通じない者同士での意思疎通と、声に出さずに意思を伝達するために使うだけでなく、相手の思考を読み取るという使い方ができるそうな。そして指揮官の思考を読もうとしたら、それを完全に拒絶された、と。

 具体的に何を考えているのか、をブロックするのは簡単である。リュウもエルランドさんも使えるし、魔法が使えない僕でも何となくできるようになった。

 しかし指揮官は思考のブロックだけでなく、どういう方向性で思考しているのか、大雑把に何を望んでいるのか、発言が真実か嘘かを見分けることすら許されなかったらしい。なんとなくパソコンのハッキングの攻防戦を彷彿させた。


 関係ないが、今まで僕の思考が、具体的にではないとはいえ大雑把に読まれていたのかと思うと、かなり恥ずかしかった。これからはなるべく仏の心でリュウと会話しないと恥をかきそうだ。


 とにかく、指揮官は異世界人でもかなり上位の物理攻撃力をもつ隊長さんより上で、同じく魔法能力トップクラスのリュウより上かもしれないハイブリッドキャラだという。なんという非常識な。


 ただ、リュウは少し首を傾げながら言葉を続けた。


「ただ、すごく危険な魔物のはずなんですけど……私はあまり怖くなかったというか……。すみません、自分でも何言ってるのか……」


 わざと思考を緩めているのか、リュウが感じた印象がストレートに僕に伝わってくる。

 指揮官はリュウを傷つける気はなさそうだったとか、何かに焦っているようだったとか、飛び込んできた隊長さんともあまり戦いたくない様子だったとか、最初は威嚇していた隊長だけど追い詰めたときはトドメを刺すことに躊躇っていたとか、僕が上から見てるだけではわからなかったことを教えてくれる。

 しかしどれも確証がなく単なるリュウが受けた印象のため、リュウ本人にも断定はできないようだった。


 リュウに相談された時と同じように、僕も一緒に首を捻って悩んだ。しかし結論は、何とも言えないというものに落ち着いた。


 ……現在進行形で黒い魔物がサクラ国を攻めてるわけだし、敵愾心がないということはないと思う。とはいえ、リュウがそういう印象を受けたのなら一度くらいは話を聞いてあげてもいいかもね。


「……はい、そうですね」


 リュウは小さく笑った。


 その後はサクラ国の現状報告と対策についての相談、そして諸々の要請だった。

 現状報告は、サクラ国が黒い魔物との最前線になってしまっているらしい。他の国や村への被害がめっきり減って、サクラ国にばかり黒い魔物が出現するようになったそうだ。完全にマーキングされたなと僕は顔をしかめた。

 ただ、その代わりにサクラ国に対しての援助が増えたそうだ。神からの甘味マシューと黒い魔物特攻の毒液の供給源を潰したくなかったからか、サクラ国で戦線を引き受けてくれると楽できるからか、ここで黒い魔物とのケリをつけてしまいたいのかわからないが、周辺国から金銭的・人的・技術的支援が増えたそうだ。

 そのおかげでオダカ氏は大喜びで内政に励み、サクラ国が引いている戦域前線(ここでリュウが『サクラ前線ですね』と発言して僕が大笑いしたのは仕方ないことだと思う)では怪我人は多いけど死人はまだ出ていないらしい。


 要請としては透明な壁を増やしてほしいという意見に集約された。あの壁があるから戦線の維持がかなり優位にできているという。

 最低1つでも充分、可能なら3つほど追加してほしいという要請だそうな。当然3つ用意して、事前に開けてあった空き地にプラスチック板の壁を深々と差し込んだ。


 そして対策としては、現在黒い魔物の基地がどういう状況になっているのか、人神様ならわかるだろうかという質問だった。僕はすぐにリュウを掌の上に乗せ、ガラスケースの壁面の前に連れて行った。


「……ち、地中に黒い魔物の大群が!?」


 ……うん、思ってたより多いね。


 まさかこんな形でアリの巣観察を行うとは思っていなかった。体長2㎝未満の可愛い女の子と巨大ガラスケースの断面図を見てアリの巣の様子を真剣に論じあうとは、他人に言っても誰も信じてくれないだろう。

 加速状態のときはよくわからなかったが、時間が遅くなるとアリの巣の様子はよくわかった。僕が今まで見たことのある巣穴と比べたらアリの個体数はそれほど多くないが、それでもこの1匹1匹が強力な魔物として暴れられる異世界人からは恐怖を覚える数だろう。

 いつもなら「おー、頑張って巣を広げてるなー。あ、餌運んでる」とのんきに観察したものだったが、今は違う。異世界人にとって脅威の外来種が狭い巣穴をモゾモゾと動いているのだ。お互い必死に対策を考える。


「……あの、この黒い魔物たちは私たちのことが見えていないのですか?」


 うん、たぶん。仮に見えてたとしてもアリは目がそれほど良くないから……。


「……この白い塊はなんですか? 餌?」


 餌場は、ちょっと見える位置にないかな。この白いのは卵。ここからアリが生まれるんだ……。


「……見えてる範囲だけでも結構大きいですよね。全体の大きさはどれくらいだと思いますか?」


 わからない、かな。僕もそれを知りたくてこのガラスケース買ったわけだし……。でもだいたい等間隔に横に広がるはずだから、この倍の大きさかな……。


 女の子(ただし異世界人に限る)が真面目にアリの巣について質問してくるなんてありえないと思っていたし、それに女の子(ただし異世界人に限る)がこんなに真剣にアリの巣観察を一緒にしてくれるなんて絶対起こりえないと思っていた。

 変なところで感動しながら、マイナー趣味の僕はリュウの質問に逐一答えていった。


 結論から言うと、おそらく巣の端っこの部分はサクラ国の外壁近くにまで来ているだろうという予測と、それ以外の巣穴の中の個体数は100以上200未満ではないかという概算出の規模だった。

 ガラスケースの中央部分がサクラ国が占めているとしたら、ガラスケースの右上部分はほぼアリの支配下と言えよう。一般的なクロオオアリとしてもかなり大きな巣のサイズである。


「……ありがとうございます、人神様。今日はとても助かりました。すぐにでもお父さんと隊長さんに相談してきます」


 リュウは礼を述べると同時に、急いでエルバードさんと隊長さんの下へ戻りたい旨を伝えた。

 僕はも貢物をもらえることにお礼を言い、いつものマシュマロ等と交換する。そして最後に、リュウに声をかけた。


 ……無理しないでね。


「大丈夫です、私はどこにも行きませんから。来年もまた人神様とお会いしたいです」


 リュウはニコリと笑い、下へと戻っていった。

 どこにも行かない、という一言がリュウの母親のことを彷彿とさせてしまい、僕は逆に落ち着かなかった。


 二日連続で休むわけにはいかないと思っていたけど、異世界の人々を守るためには明日もガラスケースに張り付くべきかと悩んだが、今日は書くことが多くて観察日記をすべて書ききった時点で疲れてしまった。

 明日休むかどうかはさておき、とりあえず今日はもう寝ようと思う。





【追記】17日AM6時ごろ


 ちょっとだけ早起きしてしまい、ガラスケースを覗いてみたら、アリの巣穴の出入り口がサクラ国の近くにできていた。

 まだ日が昇り切っていないけど、もう手遅れだった。あと30分早起きすれば間に合ったかもしれないのに。いつも僕は後悔している気がする。


 幸いなことに、僕が今まであった1つの透明壁と、追加した3つのプラスチックの壁に囲まれるような位置に巣穴ができており、そこを警戒するように異世界人たちが包囲網を敷いているのが加速状態でもわかった。

 木造の囲い等が組まれていたが壊れているところはなく、まだ被害は出ていないようだった。多少は安心する。


 昨日のリュウの言葉が思い出される。早く夕方になれ、と僕は焦ったがどうにもならなかった。

ようやっと「ダンジョン」タグが消化できそうです。よかった、よかった……。

ダンジョン編はっじまっるよー♪

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