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箱庭異世界の観察日記  作者: えろいむえっさいむ
ファイル3【極小世界の管理、及び外敵の駆除】
36/58

5月16日(水)PM6時まで SD8年:兆候

 自主的に休みをとって正解だったと思う。夕方になる前からすでに戦端が開かれていた。


 早めに起きてガラスケースの周囲を確認。仮病を使って今日休む旨を連絡し、ガラスケースの前を陣取って朝食をとっていた。今日は一日中、ずっと異世界から目を離さないつもりだった。


 午前中は常に加速状態の異世界には、僕から干渉する術がない。ただ、全くないわけでもない。いざというときの対応はきちんと伝えてある。


 午前10時22分、その時に問題が発生した。ガラスケースの壁面に接している地面に変化が訪れたのだ。

 見間違えようはずもない。動かないはずの地下の土が動いていたら、そりゃもう何が起こったかなんて推して知るべしである。クロオオアリが地面から巣を拡張し、戦線を広げようとしているのだ。


 慌ててガラスケースの二重蓋を開け、手をズブズブと中にのめりこませる。これが連絡手段であった。

 アリの巣が拡張している様子を確認したら、すぐさま手を天空に表して知らせる。その際、人差し指で刺している方向にアリの巣があるということを事前に打ち合わせしておいた。

 今僕は、ガラスケースの右手前の方向に人差し指を向けて、異世界の大空いっぱいに地中から危険が接近していることを示していた。


 時間の流れが加速状態の今の異世界に手を突っ込んだら、まともに動かせなくなる。今の僕は手がガラスケースの中で固定され、引き抜くのもこれ以上押し込むのも難しくなった。

 ものすごく不安定な姿勢のまま、異世界の地表の様子を確認しなければならなくなった。


 が、ちゃんとそこら辺は対策済みである。座りやすい椅子を近くに配置してあるし、クッションも大小2種類用意した。

 お腹が減った時用のコンビニおにぎりとカップラーメンとスナック菓子を多めに買ってすぐ近くにおいてある。また観察をつける用にスマートフォンは充電器ごと配置しなおした。パソコンはさすがに手が届かないが、今は使わないから問題ない。ペットボトルもある。抜かりはない。

 姿勢が座ったまま固定されてしまって離れられなくなるが、半日くらい我慢するしかない。これも僕の失態のせいだ。

 ……あ、カップ麺あるけどお湯どうしよう。ま、まあ他にたくさんあるからいいか。


 ここで、今まで地中ばかりを警戒しすぎていたことにようやく気づいた。やつら、地表からも攻勢をしかけている。

 いつもなら街が発展していく様子を見られる地表部分が、今回は違った。外壁の周りに人が集まっていて、周囲からやってくる黒い影を必死に追い返しているようだった。間違いなくクロオオアリの襲来である。

 アリの縄張りはだいたい巣の範囲に比例する、という思い込みのせいで巣ばかり警戒していた。ちょっと慌てる。


 フォトムービーもかくや、という超高速で異世界の地表の様子は変わっていた。

 サクラ国の大部分はあまり変化がない。しかし建物や土地の変化はそれなりに見分けられるし、とりわけ以前壊された外壁の辺りは変化が豊かだった。小競り合いが起きているのがよくわかる。


 おそらくマシュマロを狙っての攻勢だろうと予測はついたが、なかなか争いが絶えないようだった。

 異世界人だと思しき小さな黒い影が絶えず外壁の近くに陣取り、クロオオアリだと思しきちょっと大きめの影が頻繁に地表を行き来している。そしてたまにド派手な炎や嵐がサクラ国の外壁の外側で発生し、そのたびにアリが撤退している様子が見受けられた。

 戦線は一進一退で膠着、と言ったところだろうか。


 クロオオアリの指揮官の姿は見えない。見分けがつかない。

 ただ昨日の話では、指揮官個体が前線に出たらプラスチックの外壁は簡単に壊されてしまう。しかしまだ昨夜急いで作ったばかりの外壁が壊されていないところを見ると、まだあの指揮官は来ていないのだろうか。

 おそらくこのド派手な魔法での迎撃は、リュウを主戦力としたサクラ国の精鋭による防衛だろう。あの異様な強さを見せた指揮官もここまで対策されていれば攻め切れまい、と思いたい。


 地表部分を集中して観察していると、その侵攻が定期的に行われていることがわかった。景色の変化がループしている。


 まず黒い影が5,6匹まとめてサクラ国に近づいてくる。その後、増援の到着により、最大で20匹近くクロオオアリがサクラ国の外縁部でウロチョロしだす。

 そこへサクラ国の応戦が開始される。巨大な爆発や川の水を利用した即席防波堤などを作って撃退する。回数を行うごとに戦い方が洗練されているような気がする。

 クロオオアリはほぼ全滅するまで戦い続ける。逃げる個体もいるみたいだが、挟み撃ちをするなどしてほとんど逃さず倒していた。僕があまり逃さないようにした方がいいというアドバイスを律義に守っているようだった。

 そして最終的に、外壁外に作ってあった落とし穴や柵などの修理、増築、改善を行われる。少々不謹慎だが、これが結構面白い。クロオオアリが撤退した後に異世界人が資材を運んだりして移動を繰り返し、気づくと毎回微妙に違う形で防衛線が敷かれているのだ。クレイアニメで急に建物ができたりする様子に似ていた。


 僕がずっと腕を天空に固定したまま、上記の戦端が繰り返されていた。基本的にサクラ国側の方が有利のようで、危なげなく対処している。

 黒狼の討伐隊が本気で手伝ってくれているのか、それともサクラ国の住人が頑張ってくれているのかわからないが、とにかく問題はなさそうだった。()()()()()()()()


 僕は自分の考えの甘さに気づいた。これ、まずいかもしれない、と。


 地中から攻め込んでくる可能性がある。実際アリは樹液などの餌場を見つけると巣を移動する場合がある。その習性によってサクラ国近くに巣を作って、地下から攻めてくる可能性を示唆しておいた。

 特にブレインである指揮官がいるみたいだし、あいつ他のアリとは違って頭よさそうだったし。


 なので地中に何か変化があったら、僕が大空に手を見せるようにして、指差し表示して警戒を強めればいいと思っていた。

 しかしこれはよく考えてみれば愚策だ。ガラスケースの二重蓋に手を突っ込んでいる以上、この体勢だと地中が見えない。


 地表は全く問題なさそうだった。仮に100匹単位で襲い掛かってきたとしても、どんどん戦術を最適化させていっているため、問題なく駆除できるだろう。

 しかし、地表からだけでなく地中からの侵攻が加わったらどうなるか、予想がつかない。


 だというのに僕が見て様子を確認する術がない。ただでさえ同じ姿勢で固定されてしまって辛いというのに、地中の様子を覗き見ることができない。


 僕は地表の様子をハラハラしながら眺めつつ、何とかして地中の様子を見れないか挑戦してみる。


 僕が今座っているガラスケースの長い辺を南側だとすると、アリの巣が広がっているだろう場所は北東の少し北寄りの方である。

 場所が真逆で背伸びしたくらいじゃ全く視線に入らない。


 しかし諦めるわけにはいかない。何とかして地中の状況を把握し、それを一刻も早くリュウたちに伝えねばならない。

 ちなみに指の数で危険度を知らせることにしてある。今人差し指1本で指示しているが、もし巣穴が大きく広がっていたら、2本か3本に増やさねばならない。


 まず真っ先に思いついたのは自撮り棒でスマートフォンから間接撮影する方法だった。しかし残念なことに自分は自撮り棒を持っていない。

 そんなに頻繁に写真を撮るタイプではない。インスタの流行に乗っていれば自撮り棒が手元にあったかもしれないのに、と今更悔やんでも仕方ない。

 まあ仮にインスタにハマってたとしても、投稿する写真は間違いなくアリの巣の写真ばかりになるだろうから、自撮り棒は買わなかった可能性の方が高そうだ。マイナー趣味人の悲しい(サガ)である。


 次点、鏡を使って反射させて見る方法である。急いで手を引き抜いて洗面台の鏡を取り外し、視界の見える位置に配置しようと考えたのだ。イメージは歯医者さんの歯鏡である。

 ほんのちょっとくらいなら大丈夫だろう、と力いっぱいガラスケースから手を引っこ抜き、洗面台に走りより、何も持たずに元の場所に姿勢に戻った。僕は自分の甲斐性の無さを恨む。


 ……だって洗面台の鏡って、固定されてるんだもの……。


 ボルトで固定されている洗面台の鏡を取り外すにはプラスドライバーが必要だった。壊して引っぺがすことも一瞬チラリと考えたが、1か月前に払ったばかりの敷金が頭をよぎって断念した。貯金はすべて巨大ガラスケース代に消えている。

 この時慌てていたため、一瞬でもいいからアリの巣の様子を確かめるべきだったと気づかなかったこともさらに間抜けだった。僕は手が固定されたまままたしばらく悩んでいた。


 最終的に、スマートフォンを充電器につないだまま、手にぶら下げて動画を撮影するという行為を行った。充電器のコンセントでザリガニ釣りをするようなイメージである。

 これは、まあ、うん、一応成功した。動画は撮れていた。

 しかし……まあいろいろ痛かった。まさかスマートフォンが充電器から外れて、それを取るためにここまで苦戦するとは思っていなかった。椅子に座ったまま床に落ちたボールペンを拾うような間抜けなポーズをずっと繰り返していた。腕が固定されていたため、足まで使って取ろうとしたけど、なかなか苦労した上に関節が変に曲がったりどこかにぶつかったりで全身が痛かった。


 今度はちゃんと対策を練っておこう。そう考えつつ僕はスマートフォンの動画を再生して地中の様子を見た。

 ぐらんぐらん揺れるうえピント調節もうまくいっていない非常に見づらい上下逆の動画を、片手で何度も停止させながら確認して地中の状況を確認した。そして僕は空に指し示す指の数を増やした。


 午後4時19分。3本の指が、異世界の北東方面を指し示している。

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