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箱庭異世界の観察日記  作者: えろいむえっさいむ
ファイル3【極小世界の管理、及び外敵の駆除】
35/58

5月15日(火) SD7年:危機

 なんだ、割と余裕そうじゃないか。そう思って油断していた僕がバカでした。またやらかしてしまった。


 サクラ国はたった一日でかなり逼迫した状態に追い詰められていた。いや、異世界基準だと1年か。

 とにかく一目でヤバイとわかった。外壁の一つが壊れていた。


 僕が用意したプラスチックの透明な壁。神のおわす国の象徴の一つとして名を轟かせていたらしい不可視の強壁。その一つがものの見事に消し飛んでいた。

 それだけではない。その周辺もかなりの被害が見受けられた。幸いリュウの家までは無傷で、大きくなったサクラ国の外側一角が崩れているだけという状況だったが、その姿は見るも無残だった。


 街の外観が綺麗に整っていく姿しか見たことがなかった僕にとってはかなり衝撃的だった。リュウに急いで事情を聞こうと思った。


 今日はリュウとレアさんの二人だけだった。過保護なエルバードさんもスマホマスターのセルゲイネス氏もいない。そのことが状況の緊迫さを知らせているようにも思えた。


 今日は挨拶も省略された。リュウを媒介に手を繋いだ瞬間、レアさんがいきなり話を切り出した。


「人神様、申し訳ない。だがどうしても見てほしいモノがあるんです。急いでいます。お願いします」


「人神様、黒い魔物の目的がサクラ国にあることがわかりました。そのことをお知らせしたくて、急いで来ました」


 レアさんとリュウが交互に話しかけてくる。とにかく急いでいるという言葉に急かされて、僕は彼女たちが見せたいと言った光景を見ることにした。


 その光景は一言でまとめてしまえば、RPGでいうところの『魔王と初めて対面した勇者たちの図』であった。






「や、ヤバイっすね。囲まれてるっすよ。どうしますか、隊長」


「……チッ」


 アーカスの震え声に隊長が珍しく舌打ちをした。私は、その一言によりどれほど危険な状況に陥ったかを実感した。

 去年の威力偵察で神から頂いた毒水が有効であると知った。そのため中規模の部隊編成をいくつも作り、補給路を確保しながら黒い魔物の巣を探索していたのだ。

 人神様からの情報によれば、黒い魔物の中でもひと際大きな「女王」と呼ばれる個体さえ倒せば、かなり数を減らせるはずだという。その女王探しついでに黒い魔物の各個撃破を行っていたのだが、そこでまさかの急襲を受けた。


 ザイサが固い口調で言い訳をする。


「……かなり奥地に進んできたのに、たった3匹しかいないのはおかしいと最初から気づいていたんだ。なんでそれが囮だって気づかなかったんだ。クソッ」


「……まさか囲まれるとは思いませんでしたね。逃げ道はなさそうです」


 普段は冷静なシライザも片手剣を構えながら、震えていた。視線は上の方を見上げている。


 一年前の威力偵察のときのまったく逆のシチュエーションだった。3匹の黒い魔物を去年と同じメンバー5人と、追加の仲間たち合計13人で襲い掛かり、即座に勝利した。その直後に崖上に黒い魔物が同時に多数出現し、今私たちを取り囲んでいる。

 どこから現れたのか、どうしてこんな規律をとった行動ができるのか、どうしてまだ襲って来ないのか、疑問は山ほどあったが、確信は一つあった。我々を見下ろしている黒い魔物29匹に一斉に襲い掛かられたら、隊長以外は皆死ぬ。


 隊長はこんな状況でも落ち着いているように見えた。周囲を隈なく確認している。そして魔法を発動させ、素早く一言だけ伝達した。


『1の5の5』


 意思疎通の魔法は基本的に対象に触れる必要があるが、短い単語で、しかも短距離であれば接触がなくても複数人に即座に伝えることができる。

 難点は伝えたい相手以外にも伝わってしまうことと、難易度が高くて使える人間が私と隊長くらいしかいないことだろう。討伐隊を組んでから隊長が新たに発見した便利な使い方だ。


 敵対勢力に包囲さ(<1>)れた圧倒的不利な状況での防衛戦(<5>)、隙あらば完全(<5>)撤退と戦術指示を出されたが、果たしてこの状況で撤退できるのだろうか。

 全方位に対して警戒しているのだが、なぜか黒い魔物はすぐに襲って来ない。緊張と命の危機を感じ、汗が止まらない。

 私より年上だが、入ったばかりの未熟な黒狼隊員が瞳孔を開いて口を大きく開けて荒い呼吸をしていた。このままでは暴発する。彼が動き出したら、場の状況が一気に動き出して戦端が開かれてしまうだろう。私たちが一方的に嬲り殺される戦端が……。


『まあ、落ち着きたまえ。人の子らよ』


 私が彼を取り押さえるべきか悩んでいたら、急にどこからか見知らぬ声が聞こえてきた。しかも、音ではなく言葉が頭に直接響いてくる。

 そのあまりの違和感に私だけでなく他の隊員すべてが頭を押さえて苦痛に呻いていた。隊長も苦々しくソレを見上げている。

 私も同じ方向を見上げた。そして驚いた。


 黒い魔物によく似た、違う生き物がそこにはいた。それは口のような顎を一切動かさず、私たちに話かけてくる。


『我々は声を出して言葉を交わせない。ゆえに失礼ながら魔法による挨拶を行うよ。かまわないかね?』


 それは何とも紳士的に、そして傲慢な考えを私たちに押し付けてきた。しかし、私たちはその初めて見る異様な姿に言葉もない。ただただ動揺していた。

 黒い魔物を直立させて、少し細くさせたようなシルエット。かなり遠くから見れば、尻尾の生えた黒い服の人間にも見えるだろう。そして黒い魔物と同じ強靭そうなアゴと、感情が読めない黒くて顔の3分の1くらいもある大きな瞳、そして半透明の2対4翅の薄羽。重厚な鎧でも着こんでいるかのような全身を覆う黒い外鱗。


 こいつが噂の指揮官か、とすぐに見当がついた。あまりにも異質すぎる。


 そいつは一番上の二本の腕で腕組みをし、お腹当たりから生えている二本の腕を大きく広げていた。まるで敵意がないとでも言うかのように。しかし、こんな状況で楽観できるわけもなく、私たちはただただ警戒感を強めた。

 ただ、隊長だけは違ったらしい。いつものぶっきらぼうな口調でその指揮官に質問をした。


「……魔法で言葉を交わすのか? なら、こちらも魔法を使わねばならないか?」


 隊長は交渉するつもりなのだろうか。こんな状況だというのに、素っ頓狂な質問に思えた。

 指揮官はギチギチとアゴを動かしながら、隊長に返事をした。もしかしたら笑ったのかもしれない。


『案ずるな。人の言葉はわからずとも、そなたらが何を考えているかはわかる。我も学習したのだ。安心せよ』


「そうか」


 隊長は完全に大剣から手を放している。交渉をするつもりなのだろう。または情報収集か。

 どちらにせよ隊長と指揮官のやり取りに集中しており、他に気が回らない。混乱しているといってもいい。


 指揮官がまるで演者のように大仰に体を動かし、周囲を指し示した。


『そなたらがここにいる理由はおおよそ想像がつく。我々を殺しに来たのだろう? もしくは、我らが女王を殺しに来たのか』


「両方だ」


『素直でよろしい。まあ嘘をついたところですぐわかるのだがな。ただ、我々もただ殺されるわけにもいかぬ。できれば見逃してはもらえないだろうか』


 私は驚愕で目を剥いた。今までただの魔物だと思っていた黒い魔物の指揮官が、まさか助命を乞うほどの知性を持っているとは思わなかったのだ。

 最強と噂されるドラゴンといえど、殺すか逃げるかの思考くらいしかできないのに、この指揮官は交渉によって物事を為そうとしている。私は何一つ難しいことは理解できなかったが、とにかくコレは危険だ、と直感で思った。


 隊長も同じ考えだったのだろうか。わからないが、返答はきっぱり一言だった。


「断る」


『理由を聞いても?』


「お前たちは人を襲う。それをやめない限り、こちらから手を出さないという約束はできない」


 隊長の大きな背中を見て、私は同意した。黒い魔物の脅威は、すでに国内で周知されている。

 人のいない未開の地だったからこそ被害が少なかったが、最近人里の近くに進出してきてから人的被害が続出している。隊長が討伐隊を創設して、黒い魔物対策に出てから被害が激減したが、10年以上前は村単位で人が被害に遭っていた。


 指揮官はわかりやすくがっかりしたように肩を落とす。その動きがわざとらしくて、少し気持ち悪かった。


『そうか、こちらとしても遠慮はしていたのだが、こうなるともはや戦うしかないだろうな。人らの中に我らの求める物がある限り、こちらとしても人里を降りねばならぬ理由があるのだ』


「……そうか」


 隊長が大剣を一息で抜く。そして片手で構え、その剣先を指揮官へと向けた。私たちもそれぞれ武器を構えなおす。

 隊長が断った時点でもはやここでの一戦は避けられないと皆覚悟していた。私は急いで神様から頂いた毒水をみんなの武器に塗布する。


「1の2の5! こいつはオレが抑える! みな、撤退だ!!」


「おう!!」


 隊長がそう叫び、神馬スレイプニルの腹を蹴った。指揮官へと単騎で突っ込んでいく。私たちは隊長を背に、来た道を逆走した。敵前からの戦術的撤退(<1の2の5>)である。

 私は自分の馬を捨て、ザイサの馬に乗せてもらう。そして背後の隊長を魔法で援護しようとした。同じく殿を務めようとした弓使いのアーカスも後ろを向き、そして二人で息を飲んだ。


 隊長が苦戦している。


『ほぅ、あなた、なかなかにお強い。良い腕ですな』


「くっ!」


 広範囲に意思疎通の魔法を、しかも長時間使いこなせる指揮官が、弱いわけがなかった。その動きは隊長を超えている。

 数々の黒い魔物の首を一刀で叩き落してきた大剣の一撃を、指揮官は片手で払いのける。神馬スレイプニルの蹄についた加速魔法よりも早く動き、隊長の死角を常に狙ってくる。ほんの少しでも距離が開けば、まさに伝説の巫女リュウのごとき火や風や土の魔法が隊長へと襲い掛かってくる。


 戦場の経験でなんとか切り返しているが、すでに隊長は満身創痍であった。強すぎる。


「隊長!」


「来るな! 行け!!」


 思わず馬から降りて隊長を援護しようとしたが、隊長本人から止められた。私は歯噛みをして、せめて一矢報おうとする。

 アーカスの矢と、私の魔法による合作攻撃。風をまとわせた矢を高速で打ち込む不可避の一撃。隊長ですら不意打ちだったら避けられないと褒めてくれた最強の一撃。

 あまりの速さにより、黒い魔物の皮膚すら穿つことができる。そこに神からの毒水が効けば、あの指揮官も倒せるはずだった。


 矢を放つ。撃ったアーカス自身も、横からありったけの魔法を注いでいた私も見失うほどの高速矢。早すぎて空気を切る音が一瞬遅れて聞こえてくる。

 そして指揮官の頭をわずかにそれ、背後の地面に大穴を開けて突き刺さった。指揮官はこちらをチラリと見やる。


『いやさね、我は、そなたらが何を考えているかわかると先ほど申したばかりだというのに、もう忘れたのだろうか。人は思ってたより記憶力が悪そうだ』


 指揮官はつまらなそうに矢が作った大穴を見つめていた。当たらなかった。悔しい。


 だが、それでいい。


 ほんの一瞬でも、視線が外せればそれでいい。そうすれば後はあの人が何とかしてくれる。


 私たちの期待通り、隊長が大声をあげて指揮官に大剣を振りかざした。

 こういうとき隊長は声をあげるという無駄なことをしない。ただ静かに、ただ一心に、ただ素早く、指揮官の首を狙う。


 しかしその剣が届くことはなかった。


『だから言ったでしょう。考えてることは魔法で読めてしまう、と』


 腕三本を使って隊長の大剣を正面から受け止めて停止させ、残りの1本の腕が隊長の腹にめり込んでいる。


 隊長の口から、血が飛び散った。


「隊長!!」


 私はもうダメだった。我慢できずに馬から飛び降りて隊長のもとへと向かう。崩れ落ちる隊長の大きな背に、私は居てもたってもいられなかった。


 私の頭のどこか冷静な部分が叫ぶ。こんなことをしても何も意味がない。お前は隊長のもとへたどり着くと同時に殺されるだろう、と。隊長が敵わなかった指揮官になんの意味もなく殺されるだろう、と。

 しかし、私の頭の中にある私が叫んでいた。助けてもらった恩を返す前に隊長から離れたくない、と。隊長が死ぬのなら私も死ぬ、と。


 私は死地とわかりきっている場所へと、無我夢中に走って行った。







 ……なにこれ?


 初めて「こわっ」以外の感想を抱いた。もう何がなにやらわからない。


 まず見せられた記憶の映像が完全に映画のソレだったし、完全にレアさん死亡してる流れなのに今目の前にいるし、亜高速でド派手な近接戦闘をする隊長さんに度肝を抜かされた。

 そして何より、あの指揮官と呼ばれる個体がなんなのかわからない。疑問が尽きない。


 レアさんがさらに補足説明をしてくれた。


「あのあと、私も死を覚悟したのですが……なぜか生き残りました。理由は不明です。気づいたらザイサの馬に乗せられて、簡易駐屯地で眠っていました。隊長も命は助かりましたが、気絶したままで未だ目を覚まさず……」


 なるほど、助かったのなら何よりだ。だがなんで助かったんだろう?


「それが、他の隊員に聞いてもよくわからなかったそうです。気づいたら指揮官はいなくなっており、一心不乱に走っていたらなんとか逃げ切れたと……。今思うと見逃されたんだと思ってます」


 見逃されたっていうのは?


「……それについては、私から説明します」


 リュウが横から口を出してきた。僕は先を促す。


「傷だらけの黒狼の皆さんが帰ってきて、怪我の治療や精神的に不安定になった人の介護をしていたんです。そして数日後に……例の指揮官が来たんです」


 あの翅が生えた二足歩行が?


「はい、そして透明な外壁を一つ壊されたのです。指揮官が大穴を開けて、黒い魔物数匹でひっくり返されて……」


「……おそらく後をつけられたんだと思います。討伐隊の失態です、申し訳ありません」


 謝罪をするが、仕方ないと思った。黒い魔物の動向調査をする代わりにサクラ国がバックアップをするという約束で協力してもらっているのだ。

 罠にかかり大打撃をもらって、治療のためにどこかに係留する必要があったのだろう。まさか指揮官がいたとはいえ、魔物が追跡なんてするとは思ってもいなかったという油断もあったに違いない。


「それで、彼らは『マシュー』を要求してきたんです」


 ……それは何となく予想付いた。


 指揮官が交渉してきたそうだ。「マシューを定数用意すれば二度と攻撃はしない」と言ってきたそうである。やってることは派手だが、言ってることが完全に金銭を強請りたかる盗賊のそれだった。

 魔物から交渉をされるとは思っていなかったサクラ国は大慌てだったらしい。すでにマシュマロは売ってしまったり使ってしまったりで残り少ない。新しく僕からもらうまでは品物自体がないのだ。


 僕は、今回は多めにマシュマロをあげるから、それで平和交渉をしたらいいのではないかとリュウとレアさんに伝えておいた。二人はお礼を言った。


「人神様、いつもご負担をかけて申し訳ありません。感謝します」


 大した負担じゃないから良いよ。ただ……アリって栄養豊富になると急に増えたりするから、マシューを渡したら余計に危険になるかも。そこをどうしようか……。


「普通の黒い魔物であれば、神様から頂いた毒水のおかげでそれほど怖くありません。実際、外壁を倒そうとした黒い魔物は杭に塗ってあった毒水のせいでほとんどやられてました。問題は……あの指揮官です」


「人神様、あの指揮官はなんなのかご存じですか? もし知ってることが少しでもあったら、教えてください」


 リュウとレアさんが次々に質問してくる。しかし、僕はそれに答えられない。

 当然だ。僕はあんなもの見たことない。マンガやアニメの世界ならまだしも、二足歩行で動いて言葉を理解するアリなんて現実にあり得ない。

 しかし、リュウたちの異世界には既に存在して、しかもめちゃくちゃ強いようだった。数多の黒い魔物を操る超強力な親玉なんて、まるでゲームに出てくる魔王である。


 僕は正直にわからない、と伝えた。その後、様々な相談やインターネットでの検索などをして対策案を探したけれど、あまり成果はなかった。

 とりあえず、最低限これはやらないとダメだろうと思った、外壁の修理を急いで行う。プラスチックは指揮官に割られてしまったが、他のアリはさすがに壊せないようだったから有用だろう。今度はひっくり返されないように大きめに作って地面深く差しこんだ。

 まだ問題がありそうなら、今度は鉄板でも用意した方がいいだろうか。防弾ガラスって買えるのだろうか。


 とにかくお互い気を付けるようにと言っておいて、今日は解散した。僕は頭を悩ませる。


 正直、予想外のことが起きてしまって混乱している。ガラスケースが異世界に通じていたときも相当驚いたけど、今回は違う意味で衝撃的だった。

 アリがわずか30年で進化している。進化というより変異体というべきだろうか。とにかく異常なことが起こりっぱなしで僕の理解を超えている。どうしたらいいのかわからない。


 こんなんじゃ明日大学になんて行ってられない。明日は自主的に休んで、一日ガラスケースに張り付いていようと思う。

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