5月11日(金) SD3年:談合会議
なんというか、さっきまでの僕はとてもショッパイ気持ちでいっぱいでした。たぶん、リュウも同じ気持ちだったと思います。
本日のゲストは3人いらっしゃいました。昨日のセルゲイネスさんと、一昨日紹介された防衛担当のリネさんと、財政担当のオダカさんです。
また5人もの大所帯を持ち上げるのに苦労しつつ、二重蓋の上でいつも通りの挨拶を交わしたあと、大騒ぎが起きました。以下、メモ帳より。
防衛担当・リネ(以下、防)「お久しぶりでございます、人神様。実はサクラ国の防衛線を敷くにあたり、様々な問題点が浮上してきました。そのことをご相談したくて、こうして馳せ参じた次第でございます。何卒、セルゲイネス氏に示したように、多大なるお知恵を拝借したく……」
財政担当・オダカ(以下、財)「人神様、差し出口になることをご容赦ください。国家防衛も重要な案件でございますが、実は財政的にも問題がいくつか発生しております。経営自体は人神様のご加護のおかげで黒字で回っているのですが、何分利益が集中しているために治安に混乱が生じてしまいまして……」
教育担当・セルゲイネス(以下、教)「私もまた横から失礼いたします。オダカ氏の発言は無視していただいて結構です。昨年見せていただいた|いんたーねっと〈・・・・・・・〉はかくも素晴らしきものでした。知識の泉と言っても過言ではありませぬ。私が彼らの代わりにお知恵を賜ることが叶えば、それを理解して伝えれば人神様のご負担は最小限になるでしょう。人の世の問題は人が解決すべきです。ですから私にまた|いんたーねっと〈・・・・・・・〉の奇跡を拝見させていただきたく……」
防「いえ、人神様。急ぐべきは国防の充実であると私は考えております。近年、黒い魔物の活動が活発となり、サクラ国の周辺国の被害が重大になってきております。人神様の常光の加護のおかげで他の魔物は襲ってはきませんが、あの黒い魔物は加護が効かず、いつまた襲われるかわかりません。しかもあの黒い魔物は地面を掘り進むとも聞いています。地下から襲撃されればいかに透明で強固な城壁といえど無力。ゆえに何卒お知恵をお貸しくださ……」
財「リネ氏は臆病が過ぎます。確かに国防が重要なのは認めますが、現状被害にあったのは一度だけ、しかも10年近くも前の話ではないですか。この地は人神様のご加護によりそうそう容易く落とされません。それゆえに内部からの崩落についての方に問題があります。黒い魔物の被害により難民が少なからず流入しております。そのせいで都市部ではなく周辺に新しくできた自治区では治安が悪化しているものも多くあります。多額の予算で人員を雇い、適宜警邏しておりますが、混乱が大きくなって騒動も起きています。内政に関する知識で何か良いモノはないか、ぜひセルゲイネス氏に見せた神々の知識の結晶により、お救いを……」
教「だからこそオダカ氏、私が代わりに|いんたーねっと〈・・・・・・・〉を見せていただき、その知識をまとめ、そして実行していけばよいではないですか。現に民主主義政治も、最初は手探りでしたが、今では上手く回りはじめました。人ができることは人がやればよい。神の知識を見せていただき、それをどう活用するかは人の領分のはずです。そして知識をまとめるのは私の得意分野、任せていだだきたい。だからこそ人神様、私にもう一度、|いんたーねっと〈・・・・・・・〉を……」
防「いや、だからセルゲイネス氏、問題はもっと直接的で……」
財「だから問題なく過ごしております。魔法教育もかなり進んでいると聞いてます。国防は十分、ゆえに内政を……」
教「|いんたーねっと〈・・・・・・・〉を早く見せてください! 私はまた新たな知識を得たいのですぞ!」
ずっとこんな調子でした。そりゃもう嫌になってきて口調も敬語になっちゃいますよ。ため息を何度吐いたことか。
リュウの翻訳を介して全員は僕と話している。そのため、リュウが彼らの内心をこっそり暴露してくれた。
「……リネさんはサクラ国でご結婚されたそうで、本当に国を守りたいと思っています。オダカさんはエルバードさんと同じ商隊にいた人で、お金の管理には人一倍こだわる人だそうです。セルゲイネスさんは、神様のいんたーねっとに惚れ込んだそうです、よくいろんな人に自慢していました。三人とも人神様のお人柄を理解されたようで、今日を半年近く待ち望んでいたそうですよ」
インターネットで新しく先進的な知識を得ることができた知識欲の強いセルゲイネスさんが自慢をして、他の担当大臣たちが目の色を変えたというところだろうか。僕の力ではないけれど、現代知識が役立ってるようでうれしい限りである。
ただ最もらしい建前と、とても丁寧な口調で話してはいるけれど、前のめりで「我こそが!」と自己主張してくるデブ、ちょい悪オヤジ、痩せの3人衆というのは、なんというかむさ苦しい。リュウも押しの強さに引いているのか、3人と同時に手をつなぎながら居心地悪そうにしている。
僕は押しの強いオッサン3人衆に向かって、とりあえず苦言を吐いた。ちょっとお前ら落ち着け、と。
防・財・教「はい、申し訳ありませんでした」
仲がいいのか性格が似ているのか、こういうときは声が揃うようだ。僕は彼らの言葉を見直しながらどうすべきか反芻する。
それぞれの主張を単純化すると、
防「黒い魔物が暴れている。国の守りを固めるべき」
財「治安の悪化がヤバイ。早急に手を打ちたいが名案はあるか」
教「インターネットしたい」
である。僕は真っ先に、教育担当大臣セルゲイネス氏に言い切った。
じゃあどうぞ、ご自由に。
教「え?」
僕がスマホを渡し、それを自由に使っていいと告げる。リュウの家より巨大な四角い板を見て、セルゲイネス氏は驚き瞬いていた。
教「こ、こんな巨大なもの、どうやって使うのか……」
こうやって使うんだよ。
リュウ(以下、リ)「あ、私少しだけですけれど、わかります」
僕の操作を見ていたらしいリュウが、検索サイトでの文字情報での検索のアドバイスを横からしてくれた。やはり人間と異世界人ではサイズが違いすぎるせいか、注意点が微妙に異なっているところが特徴的だった。
画面をタップするとき両手を大きく広げて押さないと反応しない、というのはなかなか新鮮なアドバイスだと思った。
教「使い方はわかりました。昨年使ったものと同じですね。ですが、その……神々の文字はわかりません……」
それについては理解してます。こっちを使ってください。
そういって僕はあるアプリを起動した。外国人留学生等が日本語を覚えるために使うというアプリで、絵と文字を組み合わせて覚えるという勉強アプリだった。
以前テレビでそういうアプリがあると聞いていたので、それをダウンロードしていた。日本語特有のてにおはや文節までわからなくても、単語さえ理解すれば後は何とかわかるだろう。
セルゲイネス氏に「このアプリを使って日本……僕たちが使っている言葉を覚えてください」と宣言しておいた。言葉を覚えたら幾らでも検索してもいいですよと許可を与えておく。
教「なるほど、わかりました……ではお借りします」
そういってセルゲイネス氏は横に置かれたスマホの上で必死に動き回っていた。お腹がタプンタプンの彼のダイエットが成功する頃にはきっと日本語ペラペラになっていることだろう。
決して昨日みたいに質問攻めにされたくないから彼対策のためのアプリをダウンロードしたわけではないと言い訳しておく。ホントだよ?
次に財政担当のオダカさんと話をする。
今思うと失敗だったと反省する。こういうとき自分は平和ボケしている日本人だと実感する。国防の方が重要で優先すべきだろ常識的に考えて。
オダカさんの質問事項は国家を運営するにあたってよくある疑問や問題だったらしく、インターネットで検索すると参考になりそうな資料が山ほど出てきた。その知識をオダカさんに披露していく。
地球上で実際にあった事件や紛争の話などをいろいろ読み聞かせるだけで2時間近くかかった。オダカさんよりむしろ僕の方が歴史に詳しくなった気がする。
ただ、話を聞いていくにつれて、結果僕のやり方が悪かったのかもしれないという可能性に気づいた。
オダカ氏の話を総合すると、主に問題は民主主義の定着が難しかったことと、流民問題だった。
ネットの知識を参考にした程度で悪いが、民主主義は一般国民の教養がある一定水準でないと運用が難しいらしい。僕は日本の知識を前提としていたためそこにズレが生じ、サクラ国では、結局リュウを代表に頂き、それぞれの大臣が権力で好き勝手やっているんじゃないかと疑われたらしい。
また、流民に関しても問題だった。今まではちょっと大きな街ということで、居心地よかったら住み着き、居心地が悪かったら別のところへ流れ行くという感じだった流れ者たちが、国家という体裁を得た結果その庇護を求めて、サクラ国に無理にでも入り込もうとしたのだそうだ。
また、そこに民主主義を聞きかじった誰かが先導したらしく、「流民の意見がものすごく多い! 国家として我々を受け入れよ!」と強引に迫ってきたそうだ。
確かにそれは大問題だ、と思った僕はその後1時間かけて妙案を考えたが、こちとら普通の一般人である。何か解決策を思いつくわけもなく、基本的にネットの検索できたことを伝えるだけだった。
とりあえず選挙権と選挙の行使、戸籍管理や市民権などの拡充、何度か休憩しながら必死にアプリで全身運動しているセルゲイネス氏による教育の進捗、そして何より異世界の文明に受け入れやすい形での民主主義国家を検討するのがよいのではないか、とアドバイスするに留めた。
それ以上は僕には名案が思い付かなかった。
財「なるほど、参考になります。これほど長い時間を割いていただき、ありがとうございます」
いえいえ、お役に立てたのなら何よりです。あははー……。
僕は疲れ切った頭でオダカ氏の話を終えた。チラチラとセルゲイネスさんの方を見て、自分もゲームをやりたそうにしているリュウに謝っておく。ごめんね、時間かかっちゃって。
リ「いえ、大丈夫です。魔力もそれなりにありますし、人神様の方がお疲れじゃないですか?」
「はい、疲れてます」とは言えない。男の沽券にかかわる。適当に笑って流しながら、最後の防衛担当・リネ氏と話をする。
防「いえ、彼らは話が長いので覚悟しておりました。それより人神様にはどうしてもお話したいことが……」
はいはい、何でも聞いてくれていいですよ。
ちょっと疲れて投げやりになっている僕に、ずっと待たされたリネ氏が怒らずに対応してくれる。自分でいうのもなんだが、もうちょっと真面目に応対してやれよこの時の自分。
リネ氏は神妙な顔立ちで黒い魔物の話をしてくれた。
防「最近、本当に黒い魔物の脅威が増えているのです。彼らは山々を荒らし、田畑を食らい、それだけでなく、人里も襲うことがあるそうなのです。近年、急激に数を増やしておりまして、他の国や都でも手に負えなくなり放棄したところもあるそうです」
ほうほう、と僕は聞いていた。しかし争いごとというのに親近感を覚えることができず、どこか遠くの国かゲームの中の話でもされているような気分で聞いていた。
しかし、話を追うごとに、だんだんシャレになってない話なんじゃないかと思うようになってきた。
防「彼らの皮膚はとても固く、彼らの力はとても強いのです。二本のアゴで建物を容易にかみ砕き、持ち上げてしまうこともあるそうです。他の魔物も簡単に食らいつき、その死骸を残さず食べてしまいます。ドラゴンすら集団で襲い掛かられたら倒された、なんていう噂もありました。それに彼らの動きはとても素早く、6本足の黒い魔物に追われたら生きて帰れないとまで言われています」
ほ、ほうほう……。
防「しかも最近、彼らは地中に洞窟を掘ることがわかってきました。地上でも凶悪なのに、地中を攻められたら何者も防げません。さらには翅の生えた黒い魔物もいると聞きました。空すら制する魔物なんて聞いたことありません。今世界中で脅威となっております」
ほ、ほう……。
防「サクラ国に流民が多いのも、これが原因だと思われます。とにかく今世界の危機なのです。もし人神様の知識に黒い魔物のことがあったら教えてください。できればその対処法も知りたいのです。どうかお願いします……!」
……。
僕はこの時、凄く冷や汗をかいていたと思う。なんというか、黒い魔物の想像がついていたからだ。しかも、これも、僕が原因かもしれない。
今までやたら強い魔物、としか聞いていなかったから想像できなかった。しかしリネ氏の話にある、土に潜る、アゴが強い、集団で狩りをする、6本足、空を飛ぶ者もいるというヒントで想像できる生き物は、僕にはたった一種類しかいなかった。
僕はものすごく嫌な予感をしながら、インターネットで画像検索する。その画像をリネ氏とリュウに見せた。
防「はい、この魔物です! やはりいんたーねっとはどんな知識も存在するんですね。感心しました。この黒い魔物の名前はなんというのですか? 教えてください!」
リ「私は直接見たことはないのですけど、お母さんから聞いた話の魔物とそっくりだと思いました。人神様、この魔物はなんなのですか? 教えてください」
リネ氏は手掛かりが見つかったと興奮気味に、リュウは少し暗い表情をしながら僕が見せた画像の相手を見ていた。
僕はものすごく気まずい思いをしながら、この生物の名前を告げた。おそらく、異世界を混乱させたのは僕じゃないかという嫌な確信とともに。
クロオオアリ、と。
ごめんなさい、最近更新速度が維持できてません。すみません。
毎日観察日記を書けてるこの主人公は、本当にすごいなぁと思いました……。




