5月10日(木) SD2年:教育革命
というわけで本日のゲストは、サクラ国教育部門担当・セルゲイネスさんです。
恰幅の良い御方で、元々王国の魔法学校の教員をされていたそうな。実在の神がいるというサクラ街をいたく気に入り、20年以上前から住み着いていた人だそうです。
学校ができる前は持ち前の魔法技術で土木建築やら大通りの設計やらをやっていた裏方の実力者だそうです。エルバードさんとは飲み仲間だとかなんとか。
ちなみに性別は男でした。わざわざ聞かないと性別がわからなかったのは、まあ、本当に恰幅が良いんだよね。男女の区別ができないくらいに。
「人神サーティスさまの御威光を知ってから、本当にお目通りできる日が来るとは思っておりませんでした。民主主義制度というものも大変興味があります。教育部門の代表として、精一杯務めさせていただく所存でございます」
ちょっとお腹がつかえて苦しそうに膝をつきながら、セルゲイネスさんがそんな挨拶をしてきた。
リュウ曰く「人神様は心優しい御方なので、対等に話をされた方が喜びますよ」と言われたのを実践しているそうな。確かに昨日みたいに堅苦しい挨拶を延々されると困るけど、別に優しいわけじゃないからそういわれると少し面映ゆい。
それにどっちかっていうとエルバードさんやセルゲイネスさんの方が年上で貫録あるし、賢そうだし頼りになりそうだし……とは言わないでおいた。僕にだってプライドがある、薄っぺらいけど神様としてのプライドが。
とにかくセルゲイネスさんが本日来たのには理由があるとのこと。何の用事だろう、と僕が軽い気持ちで聞くと、太っちょのオッサンの目が輝きだした。
「それはですね! 人神様の御考えがとても興味深いものばかりだからです! 例えば先程の(以下、物凄い長広舌だったため省略)」
【要点まとめ】
・民主主義国家、象徴天皇制、公共学校制度ほか神々の概念は特殊で理解しがたく、利点と欠点・利用法などをわかっている範囲で詳細に教えてほしい。
・また、神の国として先進的な概念を使うことができるのなら、なるべくたくさん教えてほしい。エルバード氏の代わりに利用法を見出したい。
・知識人として教育部門を担当することになったが、何を教えたらいいのか神からの希望はあるのか。
「……人神様、あなた様の御知恵をどうかお貸しください」
30分くらい熱のこもった解説を聞き、正直オッサンの話を延々聞き通づけていたせいでもう疲れ切っていたが、サクラ国の発展のためにはとても大事なことらしい。僕はため息を一つついて、その全てを答えることにした。
そう、インターネットでね!
ウィキペディアを中心に他に個人サイトや情報まとめサイト等の情報を検索し、その内容をセルゲイネスさんに脳内経由で見せた。
当然、日本語がわからない異世界人のために、一文一文僕が全部読んで聞かせていた。おかげで僕も国家の形態の種類や選挙の種類とそれぞれの違い、文明の発展の仕方について勉強できてしまっていた。できればこの勉強法を中学か高校の時にしておけば、学校の社会の成績が上がったかもしれない。
セルゲイネスさんの求めるままに色々なサイトを検索し、また国家樹立に必要そうなお話もいくつも調べてみた。途中でリュウが疲れてしまったので、その後はセルゲイネスさんが意思疎通の魔法を引き継いでやっていた。まさか3時間近くもパソコンで歴史勉強するなんて、心底疲れてしまった。
ぐったりしている僕とリュウとは違い、セルゲイネスさんは常時テンションが高かった。でかいお腹を揺らしてパソコンの画面を凝視している。
「これが噂に聞いておりました『いんたーねっと』というものですか! 先代の頃に聞いて半信半疑だったのですが……ここまで凄い情報端末があるとは知りもしませんでした。これなら王都の図書館も霞ますなぁ」
サクラ街に来てホントによかった、と大喜びである。喜んでもらえたのならよかったが、このオッサンのテンションにはついてけない。僕はもう何度目かわからないため息をついた。
「人神様、本当にありがとうございます。国民の意思を反映する選挙というものが特に興味深かったです。代表者を立てる段階から民意を問うとは……ただ、予算の関係でしばらくは難しいでしょうな。法整備も大変そうで……」
腹立たしいことに、表面的に聞いてるだけだったらさっさと帰らせるのだが、このデブ、本当に頭が良いようなのだ。
僕も文面からしか理解できていないことを、現状に照らしてどう生かすべきか理解しようとしている。
伊達に太ってないな、と感心するときがあった。
とりあえず夜10時を過ぎた段階で、なんとかセルゲイネスさんの質問事項が2つ解消できた。残り一つについては別の日にしたかったが、そうもいかない。教育は国作りで大事だ、とさっき学んだばかりだったからだ。
で、先にサクラ国ではどういう教育をしていたの?
「はい、セルゲイネスさんと他数名の教師がついて、主に魔法について学ばせています。あとは簡単な算術と、基本文字の練習、そして魔物に対しての知識ですね」
ずっとスレイプニルと触れ合いながら休憩していたリュウが復活して、先に答えてくれる。被せるようにセルゲイネスさんも補足する。
「とりあえず王都の魔法学校を基本として教育カリキュラムを作成しておりました。元は私も在籍しておりましたからな。あとはこの街で必要そうなことを優先的に教えることにしました。平民の子ばかりなのでなかなか教えるのに苦労しましたぞ」
「そうですね、みんなヤンチャな子が多いですからね」
リュウが笑って同意する。やはり異世界では学校教育は金持ちの特権なのだろう。リュウが映画を参考にして作った『誰もが平等に受けられる学校』という形式は珍しいようだった。
だが、僕は教育は重要だと思っているので、リュウの提案に大賛成だった。大いにその方向で進んでほしいと言っておく。
「わかりました、生活に密着した物から学ぶ方が良いですな。サクラ国の周辺は魔物があまり出ないため、安全なのも教育環境には良いのです。では教育に関してはこのまま行う、ということでよろしいですか?」
いいんじゃない? 僕より異世界人の方が子たちに何を教えるべきかわかるだろうし。
ここでセルゲイネスさんが豊かなお腹を揺らしながら納得したような顔をした。
ああ、今日はこれで終わりか、と気が緩んだ僕は、余計な一言を言ってしまった。そう、この一言さえなければ、日付が変わる前に寝られたのに!
それに、勉強って突き詰めると何学んでるんだかわからなくなってくるしね。必要な分だけでいいんだよきっと。
「……ほぅ、突き詰める、というのは、神様の世界での勉学とはよほど先を行ってらっしゃるのでしょうか?」
……え、あ、いや、たぶん、そうかな? いや、わからないけど……。
この時、壮絶に嫌な予感をしたのは言うまでもない。言葉尻がかすれている。セルゲイネスさんの目が獲物を見つけた猟師のように光ったのが見えた。
穏やかな口調で、しかし有無を言わせない圧力を持たせつつ、セルゲイネスさんは僕に懇願してきた。
「ぜひ、神々の知識の一端を見せていただけると嬉しゅうございます。サクラ国発展のために、何卒、何卒……」
結論から言うと、この後さらに3時間拘束された。
主に数学と理科について高校・中学教育を参考にいろいろ見せたのだが、セルゲイネスさんの食いつきが半端なかった。
「この確率計算の『同様に確からしい』というのは、ああなるほど、発生確率が同様であればこういう計算式で一発で算出できるというのですな。これは面白いですな……」
「二次関数というのは何に使えば良いのでしょう? 需要供給曲線? 損益分岐点? 二次関数だけでなく三次関数?? もっと詳しくお願いいたします」
「てこの原理というのですか。これは本当なのですか? 申し訳ない、少々お時間をください。魔法で試してみます……おお、おおおおっ、おおおおお!?」
「原子論? いやいやいや、これはさすがに信じられませんな。いや、でも化学反応の理屈がこれならば証明できる? いや、こんなもの本当に神の領域でしょう。私に理解できるのでしょうか……」
「このサイン・コサインというのは何なのですか? わからない? ですがこれは……ハッ! これがあれば物の高さを実寸で測らずとも把握できる!? まさか、いや、そんな。でも……」
インターネットの学校の勉強サイトや、いくつか残っていた高校時代のノートを参考にセルゲイネスさんに見せると、どれもこれも感心していちいち質問してきた。すごく大変だった。
一昨日のリュウのように、可愛い女の子が映画を見て楽しそうに質問してくるのならば、こちらとしても笑顔で返答ができる。しかし体重がリュウの3倍はありそうな父親と同年代のオッサンが目をキラキラさせて質問してきても悲しくなるだけだ。疲れるだけで満足感がない。
でも、僕は頑張った。サクラ国のためだと思って頑張った。ついでに魔力切れの継ぎ目に使われたリュウも頑張った。なんとか説明しきった。僕たちはやりきった。
「新しい情報ばかりで、さすがの私も疲れてまいりました。長々と申し訳ありません、人神様。今日はここら辺でお暇しましょう」
セルゲイネスさんも疲れたのか、それとも気を利かせてくれたのか、一通り聞いたあたりで僕を開放してくれた。その時刻夜中の1時42分。
眠いとか疲れたとかそういう段階を通り越していた。妙な達成感さえ覚えていた。僕は眠気でぼやける頭を振って覚醒させつつ、セルゲイネスさんに告げる。
こ、これで参考になりましたか?
「はい、新しい知識が多すぎて私もまだ整理がついておりません。ですが素晴らしい知識の宝庫でした。これは教育に関しても、魔法だけでなく算術などの充実も考えた方が良いかもしれませぬ。いやはや、さすが人神様。お会いできて本当に嬉しく思っております」
セルゲイネスさんは恭しく首を垂れて僕に感謝を示してくれる。僕は、まあネットと公共教育の力のおかげなんですけどね、と謙虚に本当のことを述べておいた。
眠ってしまっているリュウを二人で協力してなんとか手の平の上に乗っけて、下に降ろす準備をする。リュウの代わりに別れの挨拶をしたセルゲイネスさんが、最後に嫌なことを言い残していった。
「まだまだ知りたいことがたくさんあります。もしよろしければ、来年も来てもよろしいでしょうか?」
……イ、イーデスヨー。
棒読みだったのは仕方ないと思う。本当に疲れた。寝ているリュウとホクホク顔のセルゲイネスさんを降ろして、僕は仮眠をとることにした。
この観察日記は、翌日5月11日に書いたものです。だってあの後、速攻で爆睡しちゃったし。書く時間なんてなかったし……。
細かいところを忘れてしまって適当に書いているのはご了承ください。




