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箱庭異世界の観察日記  作者: えろいむえっさいむ
ファイル3【極小世界の管理、及び外敵の駆除】
27/58

リュウの家出 その2

 目が覚める。いつもは布団の上で枕を抱きしめながらグズグズしているのだけど、今日は起床と同時に意識が覚醒した。

 枕元の時計を見る。午前5時42分。早起きにも程がある。


 それもそのはず、自分の部屋には自分以外の人間、もとい異世界人がいるからだ。僕はなるべく音を立てないようにそーっと立ち上がり、部屋を横断する。


 スレイプニル牧場の隣に急遽セロハンテープで併設されたものすごく簡素なダンボールの壁と、四つ折りのハンカチベッドに挟まれているリュウがいた。

 良かったと僕は胸を撫でおろす。どこかリュウが勝手に出歩いていたら、僕の目では間違いなく探し出せない。寝ているリュウを起こさないようにベッドに戻ろうとしたが、手遅れだったようだ。


 リュウが目を覚ました。僕の足音か、鼻息か、それとも人に見られてる気配を察したのか。

 目を擦ってぼやけた視線で周囲を見回し、見覚えのない景色に驚いたリュウは先程の僕と同じで急に覚醒したらしい。丸い目を大きく見開いて僕の方を見ていた。


 指を伸ばして挨拶をする。


『おはよう、ごめん。起こしちゃって』


『い……んなことな……す。おはようございます』


 壊れかけたラジオみたいに最初は言葉が伝わらなかったけど、急に鮮明になった。寝ぼけると意思疎通の魔法はうまく使えないのか。メモに残しておきたい。


 僕が「よく眠れた?」と聞いたところ、間髪入れずに「は、はい。とても!」と返事が来た。が、明らかに嘘だろう。

 僕が見ている前でも欠伸をこらえている節があったし、朝食の用意のため少し離れている間にリュウはハンカチベッドに横になっていた。昨日も少々夜更かし気味だったし、お子様に早起きは辛かろう。


 僕は朝食代わりにヨーグルトを一気に食べてから、リュウに話しかける。


『ちょっと出かけてくるから。少しゆっくりしてて』


『え、ふぁ、は、はい。行ってらっしゃい』


 コーヒースプーンに盛られたヨーグルトを急いで飲み込んで、リュウは見送ってくれた。僕はまだ朝日に眩しい朝の外へ出た。


 昨日の夜に考えていたことをやろうと、スマートフォン片手にコンビニへと向かう。

 スマートフォンを使って、今日は大学を休む旨をLineで友人に伝えた。次に、ネット動画のサイトをいろいろ漁る。


 コンビニに到着する直前でスマートフォンに反応。Lineを見ると、友人から「学校サボるなんて珍しいね。ひょっとしてデート?」と煽り文が来た。彼女がいないことなんて知ってるだろうに。

 しかし実は半分当たっているので、「まあそんなとこ。ちょっと女の子と遊ぼうと思ってね」と煽り返しておいた。嘘は言ってない。女の()()()の子と遊ぶのだから、間違っていない。


 スマートフォンに再度反応があったが、今度は無視した。店員の面倒くさそうな「いらっしゃせー」という声を背後に、自動支払機へと向かう。

 お金を支払い、ついでにリュウが喜びそうなお菓子や軽食をいくつか買い揃えてから家に帰る。


 ものすごく、ものすごく慎重にドアを開けて家の中に入っていった。僕にとっては小さな音や揺れでも体の小さな異世界人にはバレてしまうからだ。まさに泥棒もかくやという慎重さで無音移動を心掛ける。

 案の定というか、リュウは二度寝をしていた。なので僕は彼女が起きたときの準備を、これまた金庫破りもかくやというほどの静穏作業を行う。


 僕だって何も考えていないわけじゃない。リュウを地球でおもてなししようとすると、いろいろ問題があるのだ。

 外を出歩くのは無理だ。どうやっても歩いたら揺れる。僕にとっては大した揺れではないけれど、最大でも体長2㎝ない異世界人にとっては常時大地震だろう。また強風が吹いたら間違いなく吹き飛ばされるだろうし、一度見失ったら二度と見つけられなくなる確信がある。

 それだけじゃなく、異世界人は遠くのものが見えない。身長が狭いからか認識できる世界が狭いのだ。スマートフォンが映画館の大画面と同様に見えるのだ、それ以上距離がある外の世界を見せたところで、何の意味もないだろう。

 また、外敵の危険もある。幸いうちのアパートはまだ新しく入りたてで、虫はほぼいない。だが外だとどんな虫がリュウを襲うかわからない。ハエ、ゴキブリ、カ、アリ、クモ、どれも異世界人には危険生物だろう。うっかり食べられたりしたらエルバードさんになんて言えばいいのか。


 というわけで、リュウは僕の部屋の中でおもてなしをする予定だ。そのためにコンビニに寄ってきた。

 ネットに繋いで目的のサイトを選び、そのサイトのレビューサイトを熟読し、利用規約を読み飛ばしてから契約をする。


 午前6時57分。ふと横を見ると、ハンカチの裾が僅かに動いていた。僕が近寄って指をさしだし、今度はきちんと起床の挨拶をした。


『おはよう。よく眠れた?』


『は、はい。すみません……』


 朝ご飯代わりのヨーグルトはきっちり全部食べていた。余程気に入ったのだろうか。

 とにかく、僕は今日の予定をリュウに伝えた。


『いせか……リュウのいる世界には夕方にならないと戻れないんだ。だからそれまでウチで暇潰しをしようぜ』


『は、はい。き、昨日のげーむ? ですか?』


 リュウが若干期待を込めた目で僕を見上げていた。やはりリュウはゲーマーの血が濃そうだ。

 だが残念なことにそうではない。僕はリュウにスマートフォンでさっき登録したばかりのサイトを見せた。


『せっかく学校休んだのに、一日ゲームっていうのはちょっと、ね……。だからせめてリュウに僕の世界のことを知ってもらおうと』


『人神様の世界のこと、ですか?』


『そう、これだ』


 僕はスマートフォンに書かれた文字の説明をする。インターネットでドラマや映画、アニメなんかを有料で配信しているインターネットテレビのサイトである。

 外を歩かせるわけにはいかない、そのうえで僕たちの世界のことをわかりやすく面白く伝えるにはこれしかないと思ったのだ。

 スマホアプリのCM広告にも興味津々だったリュウのことだ、こういうのも気ッと気に入ってくれると思ったのだ。果たしてその考えは正しいかどうか、よくわからなかったがどういうものか説明する。


『これで、人神様の文化を知ることができるのですか? いんたーねっとみたいに?』


『まあちょっと違うけど、娯楽として見るなら楽しいはず、かな?』


『はぁ……』


 リュウは困ったように同意した。まあ見れば理解できるだろう、と楽観的に考えた。


 さて、なんの動画にしよう、と僕は考える。リアルに日本ことを知ってもらうには日本製の映画がいいのだろうけど、和製映画はくどい内容が多くて僕ですらあまり見たくない。和製ホラーは出来が良い物が多いが、7歳児に見せて良いものか……。

 洋風映画はダメだろう。ハリウッドの設定は初めて見る内容としては過激すぎる。もし地球に神様がいて、その人が「これが僕たちのいる世界だ!」と言って地球が破壊される映画なんて見せられたら、いろいろ絶望する。

 いろいろ探してみたけれど、ちょうど良さそうなのがなかった。なので少し冒険ではあるけれど、アニメを選んだ。


『これが僕たちの世界、とはちょっと違うんだけど、まあ似たようなものだから見てみてよ』


『は、はいっ。よろしくお願いします』


 そうして僕は、誰もが知っている田舎に引っ越した姉妹の映画を選んだ。日本の情景が理解できて、比較的常識のある内容で、それでいて面白い映画はこれくらいしかなかった。


 映画が始まると、リュウの質問攻めが始まった。


『この娘たち、変わった顔をしていますね』

『この乗り物、なんで動くんですか!? 馬車なのに馬がいない??』

『がっこう、ってなんですか? 勉強をするところ?』

『この黒いの、もしかしてお母さんが戦った魔物……?』

『お、大きい! これ良い魔物なんですか? 良い魔物なんて初めて見ました』

『すごい! 一瞬で樹が生えた! どうやるんですかこれ?』


 映画にハマったようだった。リュウは登場人物が何かやるたびに一喜一憂している。

 僕が翻訳家よろしく脳内で台詞を伝えるのだが、質問も多いためかなり忙しい。だが、リュウが楽しそうなので良しとする。あと翻訳をしながら映画を見ると、意外と今まで気にしてなかった細かいシーンに気づくのが面白い。


 映画が終わった。聞かなくてもわかったけど、リュウに面白かったか聞いてみた。

 反応は良好である。


『はい、面白かったです! 最後の乗り物みたいな魔物が走るシーンは感動しました』


『あーうん、そこ感動シーンだよねー』


『あとこれは劇団みたいなものですよね? 場面が変わるたびに景色が変わる劇団なんて、人神様の世界ってすごいですね……』


『へー、劇団ってなに?』


『あ、はい。たまに大道芸師たちが集まって、演劇をすることがあるんです。サクラ街でも年に1回くらい来てたそうです。私も小さい頃見てました。最近来ないですけど……』


『ふーん、そうなんだ』


 僕はリュウが賑々しく映画の感想を述べたり、僕が知らなかった異世界の話を絡めて話してくれる。普段の口数少ない様子からは全く違って、普通に元気のいい女の子に見えた。母親のリュウが小さかった頃を思い出す。

 ただ、台詞の端々に『最後にお母さんに会えてよかった』とか『お母さんはずっとこの世界に憧れてたんだ』とか『お母さんと一緒に演劇見たことあったなぁ』とか思考が漏れてきてしまっている。なんとも指摘しづらいので、聞かなかったことにする。


 一通り興奮したリュウの感想乱発が止まったタイミングで、僕は提案する。


『とりあえず軽く休憩してから、別の物を見ようか』


『あ、はい!』


 リュウは元気よく返事をした。


 その後、お昼ご飯まで違うジブリ作品を見てまたリュウが興奮し、魔力の使いすぎてお昼寝をしてしまったリュウが起きるのを待ってからまた違う作品を見ることとした。

 午後から違う作品を見ようかと色々摘まんでドラマやら映画やら検索したけれど、どれもリュウからの反応はよろしくなかった。途中で何度も寝落ちしかけていた。

 アニメの方が良いのか、と思って、なんとなく選んだ魔法少女もののアニメを選んだ。リュウもその母親も、というか異世界人全員魔法が使えるわけだし、相性が良いかと思ったのだ。


 またリュウの質問攻めが始まった。


『こちらでもがっこうってあるんですね。この施設は神様の世界だとよくあるんですか?』

『この変な小さな魔物はなんですか? これも良い魔物なんですか? 変なの……』

『髪の毛の色が凄いですね。人神様の髪の毛の色もこんな色なんですか?』

『この魔法ってなんですか……? こんな強そうな魔法見たことありません……』

『すごいです! この子たち、空飛べるんですね。あの杖があれば私も……』


 楽しんでくれてるのはわかるけど、質問に答えながら翻訳するのはなかなかシンドイ。

 何度も見たことがるジブリ映画ならともかく、初めて見る種類のアニメの翻訳は本当に大変だった。1話終わるごとに休憩を入れる。


 途中で飽きるかと思ったら、「え、もう終わりですか?」「あの、これ次どうなるんですか?」「あ、あの娘たちピンチです! どうしましょう!?」とか言われると辞め時がわからない。


 結局、晩御飯時までアニメを見続けていた。本当に1日かかりでアニメを見続けることになるとは思っていなかった。まあリュウが楽しそうだから、いいか。

 晩御飯を食べ終えたところで、僕はリュウに言った。


『じゃあそろそろ異世界に戻れると思うし、帰ろうか』


『え、あ、そ、そうですね。わかりました……』


 リュウはドキリとしたように僕に同意した。思考がものすごく漏れている。気持ちはわかったので、僕は苦笑した。


『最後にもう一話だけ見ようか。もう少しで終わりだしね』


『あ、す、すみません。ありがとうございます』


 ちょっと照れた様子でリュウはお礼を言った。次の話をクリックする。

 どうやら次の話は、学校の友達が誘拐されて、それを魔法少女たちが助ける話だった。それを見ながらリュウはポツリと呟いた。


『……私の友達、まだ見つからないんです』


『え?』


『私の代わりに誘拐された子、小さい頃よく遊んだお友達……イシュちゃん』


 正直、最初はなんのことだか思い出せなかった。だが伊達に観察日記を毎回書いていない、思い出すのは造作もないことだった。

 確か、初代リュウの代わりにその娘が狙われて、そして間違って攫われた友達の子がいたはずだ。全く会ったこともない子の話だったので僕はほぼ忘れていたけれど、リュウにとっては違ったらしい。リュウの独り言が続く。


『イシュちゃん、私の代わりに連れていかれたんです。私はイシュちゃんを助けてほしいって大人の人に言ったんです。でも、誰も取り合ってくれなくて……イシュちゃんのお父さんとお母さんも諦めてて……』


 リュウは訥々と語っていた。一緒にゲームをして、一緒にずっとアニメを見ていたから心を許してくれたのかもしれない。子供ながらにずっと不満に思っていたことを曝け出していた。

 攫われたイシュという子を救うために大人の人に声をかけたけど、自分の母親は教会に連れていかれ、父親はその抗議や解放のために奔走して相手にしてくれず、他の大人たちは「神の御使いであるリュウの娘」の方が大事だと完全に見捨てていたそうだ。

 そして、神が現れなくなった。


『お母さんが連れていかれて、そうしたら人神様がいらっしゃらなくなって、お母さんが連れていかれたせいだって言う人も多かったけど、私の責任だって言う人もいて……私の祈りが足りないせいだって』


 リュウは悪役に良いように嬲られる魔法少女たちの姿をじっと見つめながら、幼いうちには重すぎる苦悩を話していた。思考が漏れるせいで、彼女がどれだけ苦しんでいたかがストレートに伝わってくる。

 神からの加護が欲しいからリュウを大事にしてくれる、でも神がいなくなったらリュウは価値がない。大人たちの態度から幼いながらに察してしまい、結局自分が何を言ってもまともに相手にしてもらえず、苦しんでいたようだった。


 誘拐された友達が解放された途端、悪い奴が魔法で一発でやられている勝利の場面を見ながら、リュウは泣いていた。


『私、結局何もできないです……』


 リュウが俯いてしまった。僕は歯噛みをする。

 母親が連れ去られたのも、リュウの友達が間違って攫われたのも、大人たちの対応が滅茶苦茶で困惑したことも、リュウのせいではない。僕が悪いわけでもないが、原因はすべて僕だ。

 僕は、反対側の手でリュウの頭をポンポンと撫でた。


『君が悪いわけではないよ』


『でも、私……』


『まだ君は子供なんだ。できないことの方が多いのは普通のことだよ。それに僕が不在だった1年間はリュウの責任じゃなくて僕のせいだし……』


『……』


『とにかく、リュウは心配しなくていいよ。僕たちが何とかするから』


『……ありがとうございます』


 リュウは、少しだけ顔をあげてお礼を言った。わかってもらえたかわからないが、少しでも安心してもらえたのならそれでいい。


 そして、僕は昨日エルバードさんに頼まれたことを思い出して、リュウにある提案をした。


『そうだ、リュウ。ちょうどいいからリュウに力があることを示そう。できるかどうかわからないけど……』


『えっと、何をすればいいのですか?』


 僕は不敵な笑みを浮かべた。


『ちょっとリュウを魔法少女にしよう』


『……はい?』

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