4月23日(月) 晴れ
月曜は憂鬱です。
というわけで気鬱な週明けを今日もなんとか生き残りました、まる。死にそうな気持ちで自宅に帰ってきて、疲れたため息をつきながら晩御飯を食べ、元気いっぱいにガラスケースに飛びついた。
もはやこのミニ世界の観察は、最近の楽しみの全てだ。帰ってきた直後は体力ゼロのヘトヘト状態だったのに、今は体力全快にまで回復した気分がする。
今日もまたテンションが上がった。というか今日はすごく驚いた。ガラスケースの中に完全に街ができあがっている。
今まで小規模な村といった雰囲気だったし、それほど人影は多くなかった。
だけど今日は何があったのか、街の大きさが4倍くらいに膨れ上がっていた。たった一日でえらい変化である。
街の中にいる人の数もすごく増えていた。多すぎてきちんと数え切れなかったけど、おそらく200ちょいだと思われる(後にリュウから聞いたところ、現時点で221人。予定ではさらに14人増える予定)。
アリの数の計測はそれなりに慣れてたつもりだけど、ミニ人間相手だと勝手が違うらしい。数取り機を使っても見分けがつきづらく、詳細な計測は不可能だった。
というか僕が作った縦長の街道がかなり整備されていて、そこから人の往来が激しい。ガラスケースのはずれの位置から人が出入りしているようだった。
街の中の人数がひっきりなしに増えたり減ったりしてるため、数えるのは無理だ、と僕はしばらく頑張ってから諦めた。もう頭数確認はいい。それより街の様子をもっとよく見たい。
大きさは先程言った通り街の規模は4倍くらいになっている。昨日は街全体で大皿一つ分くらいの大きさに収まる広さだったけれど、今は大きなお盆でも収まりきらないくらいのサイズになっている。
A4サイズのノートを見開きで開いて、さらに一回り大きいくらいだろうか。とにかく大規模な街になっていた。見ていて面白い。
シムシティはあまり得意ではなかったけど、初期の一段落ついた街と同じ感じだ。そろそろ高速道路を敷きたくなってくる。
そしてシムシティだと市長の家が置いてあるであろう中央に、リュウのデカイ家があった。この家だけ妙に白くて綺麗だし、他の家に比べてかなり良さそうに見える。
……まあ、僕なんかが神様って呼ばれてたからなぁ……その僕と話をしているリュウは神の御使いなわけだ。そりゃ立派な家に住めるよね。
もしくは教会みたいなものなのかなこれ、とリュウの立派な家を観察しながら僕は妙にニヤけていた。直接の知り合いの家がこうも立派になっていたら、なんか自分が偉くなったような気がする。
街の中もかなり複雑化していた。小さすぎて上から見てわかるものは少なかったが、家の数は71戸(観察終了時には72戸に増えていた)、動物小屋のようなものが大小合わせて23屋根、区切りがわかりづらかったけど畑が街と同程度の大きさ、水車が工事中で3つ、よくわからない大きな建物が2つ、広場みたいなところが大きいのが一つ、小さいのが……これ普通に空き地なだけかな? 人が頻繁に集まってるけど、日向ぼっこや井戸端会議してるだけなのだろうか。よくわからない。
あと、何か大規模な工事をしているところがあった。大通りを挟んでリュウの家のちょうど真逆の位置、川の上流の方でたくさんの人が右往左往している。
何をしているのだろうか。お城でも作るのだろうか?
この時点で日中に考えていたある仮説について確信が深まっていた。だっていくら何でもたった一日でここまで変化するって……。
人が多い場所はその工事現場と、あとは僕が作った大通りの付近、そしてリュウの家の近くの池の近辺が一番賑わっていた。人の動きが激しい。
リュウにミニ人間視点でまた見せてもらえないだろうか、と期待して今日もリュウを迎えようとする。下を見ると、明らかな違和感があった。思わずちょっと笑ってしまう。
湖の周りも整備されていて石積みなんかがされて補強されているのだが、リュウの家の前に3~4人のミニ人間が集まっていた。
常時座り込んでいるのが一人だけいて、他のミニ人間たちは入れ替わり立ち代わりに交代している。頭を垂れて何かに祈っている様子だった。
それだけでなく、湖からちょっと離れたところで人だかりができていた。
何かを待っている様子だった、ってどう考えても僕の手だよな。それがわかってしまいクスクス笑ってしまう。
ちょっとだけ緊張しつつ、でも期待に応えるがように厳かな雰囲気を装いつつ手を伸ばした。ズモモモ、と手を伸ばして集まっていた4人の中、一人だけ露骨に服装が違う人の下へと手を伸ばす。
やっぱり何かのイベント扱いだったのだろう。僕の手が見えた瞬間、街の様子が大仰に変化した。今までまさしくアリのようにしっちゃかめっちゃか動いていたミニ人間たちが中央に集まりだした。もちろん例外もいるようだが、ほとんどの住人が中央の湖の近くに集まりだしている。角砂糖に集まるアリと完全に動きが一緒だった。
ただアリと違うのは、それなりに秩序が感じられるところだろうか。最初にいた4人を除いて、他のミニ人間たちは湖の周辺で遠巻きにしている。
なんとなく大道芸を見るために集まる野次馬の群れを彷彿した。
いつも以上に注目の視線がすごいので、こっちの動きもちょっと緊張する。手汗が出てる気もする。
そういえば神様と呼ばれていた。僕の手が神の手扱いされているからこの注目なのだろうか。だったら何か演出でもした方がいいのか、と少しだけ悩んだ。
でも演出と言っても、僕はリュウのように何か魔法が使えるわけでもない。仕方ないのでいつものように普通に腕を伸ばした。ちょっと格好つけるためにほんの少しだけゆっくり降ろした。
やはり常時座り込んでいたのがリュウだったのだろう。他の3人は目の前に巨大な腕が現れた瞬間、慌てて立ち上がって逃げ腰になるのだけど、リュウだけは変わらずそのままの姿勢で祈っていた。
……ん?
何か揉めている?
集団の輪から一人ミニ人間が飛び出し、何か暴れているようだった。逃げ腰だった3人が襲われそうになり、別のミニ人間がその一人を押しとどめていた。
リュウも後ろを見て警戒しているようだった。これはこのまま手を伸ばしていいのか、少し悩む。介入したいところだけど、ミニ人間の大きさは指の第一関節までの大きさすらない。手の平で叩いたらそのまま周囲の建物数件ごと潰してしまうだろう。
とりあえず暴れている一人を押しとどめている間に、リュウだけでも退避させるべきだと思って、僕は急いで手を伸ばす。
少しだけ後ろを振り向きながら、いつものようにリュウが僕の指の上に乗ってくる。落ちないように、それでいて急いで引き上げる。さすがに慣れてきたので、割と早く動かせるようになった。
二重蓋の上にリュウを乗せる。リュウはチラチラと下を見ているようだった。僕は指を伸ばし、意思疎通の魔法を使ってもらうと同時に質問をする。
何かあったの?
「あ、いえ、その……な、なんでもないです。カチくんが抑えてくれたみたいですし、たぶん……。神様は今どうなってるか見えますか?」
動揺と心配している気持ちは伝わってきたけど、具体的な内容までは教えてもらえなかった。リュウの目では高すぎて地上の様子が見えないのだろう、僕が変わりに見ていたことを教える。
もう暴れている人はいないみたい。ちょっとビックリしたね。
「あ、はい。私もビックリしました。驚かせてしまいすいません」
リュウと少し笑いあう。僕も色々聞きたいことがあったけど、その前に街の様子について質問する。
「あのあと神がおわす地ということが噂で広まったみたいで、移住者が凄い勢いで増えたんです。私の生まれた村の人たちも来てくれました。それにエルバードさんの商人仲間の人たちも、今までは半信半疑だったのですが、今は積極的に街の発展に協力してくれるんですよ」
なるほど、それで急に街が大きくなったんだね……。
僕は納得する。そのあと具体的にどういう風に街が発展していったのか教えてもらった。
メモを取りつつリュウの話を一方的に聞く。リュウも調子が出てきたのか、これからの予定だけじゃなく、不満や愚痴も言い始める。
「……ただ、人が急に増えすぎたせいで困ったことも増えたんですよ。最初にいた移住者と後から来た方との間でトラブルが増えたり、あと商隊の移動が不便で物価が少し高かったり、街の代表者ってことでエルバードさんが指揮してくれてるのですけど、本業は商人だから新しい町長を作るべきだって話が出たり……」
ふむふむ、大変そうだねー。
「とりあえず一番問題なのは、川なんですよ。大きな川なんで水源としては問題ないんですけど、街が大きくなると困ったことが多くなってきて……。上流で勝手に使われると水が汚れてしまうと言って下流の人が嫌がりますし、街が大きくなったせいで畑がどんどん川から離れた場所になってしまいましたし、少し前ですが川が氾濫して大変でしたし……」
氾濫した場所ってあの工事中のところかな? なるほど、苦労してるねー。
「はい、問題が山積みなんですが、でも協力してくれる人がたくさん増えたので、何とかみんなで頑張ろうと思ってます!」
へー、そうなんだ。僕もなんか手伝おうか?
とても気軽に僕が聞くと、リュウの目が輝いた。片手で握り拳を作って一歩前に出てくる。
「はい! その、とても申し訳ないのですが、またご協力お願いできないでしょうか! いつも助けてもらってばかりで厚かましいのですが、以前に大通りを作ったときみたいに、川の水を増やしたりとか、そういう奇跡を、どうか……」
奇跡は使えないけどね。僕は苦笑しながら空いている方の手を伸ばしてパソコンを立ち上げる。
片手操作でマウスを動かしてインターネットに接続し、一本指打法でなんとかキーボードをクリックする。ち、す、い。スペースキーを押す。血吸い、地水、治水。エンター。
リュウの驚きの声が上がった。
「えっと、何をなさってるんですか?」
ん、これのこと?
「はい、光る板に何かいろいろ文字や景色が見えます……」
僕の思考を読んだらしい。直接は見えないものの、僕が集中して見ていたパソコンの画面をリュウが間接的に見ていたようだ。
僕は簡単に答える。インターネットってやつ、なんでも調べられるんだよ。
「いんたーねっと……」
リュウが目を瞑って集中していた。リュウの小さい体から比較すると、パソコンは画面が大きすぎるうえに遠すぎるのだろう。目の前の光景より僕の頭の中を集中して覗いているのだろうか。
エッチなサイトを開かないよう最大限注意してサイトの検索を行う。
複数タブを増やして色々検索し、大雑把に理解したことをリュウに教える。
土手や堤防の作り方、遊水池の整備の必要性、河川流路の付け替えなど必要そうなことを大雑把に教えた。ほとんどサイトの内容をそっくりそのまま教えたのは内緒である。
一通り説明した後、僕はリュウに相談した。
細かい作業は僕にはできないから、遊水池と畑用の副水路くらいは作ろうか。それなら僕でもできるだろうし。あそこからあそこに作るつもりなんだけど……リュウ?
「……あ、はい。すみません、ちょっと驚いていて……。えっと、水路と池を作るんですか? どこにでしょう?」
だから、そことそこにこう脇をそれるように……。
我に返ったリュウとどこに川を作ればいいか相談する。リュウと相談して、街の片側を覆うような感じで新しい川と、川が分かれるすぐ近くに洪水対策の遊水池を作ることにした。
わざと川上の方の遊水池は大きくしておいたので、そこにこんな感じでダムを作るといいよ、と、これまたサイトの画像を参考にして教えてあげた。自分の見ている画像を脳越しにリュウに伝えるのは、何か緊張する。
一通り理解したのだろう、リュウは汗を拭って僕に礼を言う。
「ありがとうございます、いつも本当に助かります。おかげで街の水問題がかなり解決しそうです」
気にしないで、大したことないから。それより、リュウが戻ったら街の人たちに、あまり外に出歩かないように言ってね。危ないかもしれないから。
「はい、わかりました! それと、その、すみません。そろそろ限界みたいです、ごめんなさい……」
時計を見ると、1時間ちょっと経っていた。人の思考を覗くだけだと結構長時間もつようだった。僕はわかったと返事をしてリュウを返そうとする。
と、そこでようやく聞くべきことを思い出した。僕はリュウにずっと気になっていたことを質問する。
そういえば、街がものすごい勢いで発展してるけど、どうして?
「……はい? えっと、普通にみんなで木を切って、建物を作ってってやってますけど……?」
えーっと、そういう意味じゃなくて。質問を変えよう。僕がこの前やってきてから今日まで、何日くらい経ってるの?
「……? 神様はだいたい300日ごとに降臨してくださいますよね? だからこの前からだと、だいたい300日ですけれど……」
……つまり、この前の巨大な手が空に浮かんでた事件からもう1年くらい経ってるってこと?
「ええっと、1年以上前だと思います。あの時は夏の暑い時期でしたから……。そういえば神様の世界でも1年って333日なんですか?」
……僕たちだと365日かな。うん、ありがとう。
「えっと、よくわからないけれどお礼を言いたいのは私たちの方です。いつもありがとうございます。感謝しています、神様」
そう言うとリュウは両手を組んで膝をつき、何かを祈るような仕草をした。恐らくこれが彼女なりの神に祈るポーズなんだろうう。嬉しいような気恥しいような、ちょっと複雑な気分がした。
リュウを無事に地上に帰還させ、そのとき真っ先に飛びついてきたカチくんらしき人物と、またお土産にプレゼントしたマシュマロに飛びついたエルバードさんらしき人物の姿を見つけた。
その後、少し時間が経ってから僕は約束通りに地面に割りばしで線を引き、川と池を増やした。そして今記録したメモを元に観察日記を書いている。
ただ、リュウの最後にした質問の答えについて、考えることが多かった。今は考えがまとまらないので明日に考察しようと思う。




