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第3話壱 くせツヨな一年生たち


また前世の夢を見ている、という意識ははっきりあるのだが、相変わらず六花の意思では動けない。


温かい飲み物を人数分持って足早に移動するルチルに、その姿を目ざとく見つけた青年が駆け寄ってくる。


「ルチル様!カルネ様たちのところへ持っていくんですか?俺が持ちますよ!」

「アミル」


言うが早いか、アミルはルチルが持っていたトレーをパッと受け取り、いそいそとルチルが目指していた天幕へと向かう。ルチルは苦笑し、アミルの後について歩いた。


今夜、エンデニル傭兵団は野営を敷いており、中央にある兄の天幕に他の者も集まっている。団の今後の方針を話し合うため。

ルチルは別の仕事をしていたのだが、手が空いたので、兄たちに差し入れを持っていこうと考えたのだった。


「アミル、あなたも自分の仕事があったんじゃないの?というか、私に任せてあなたも話し合いに参加してくればよかったのに。お兄様はあなたも呼んでたはずでしょ」

「そんなもの。ルチル様の手伝いが最優先ですから」


兄のカルネたちがいる天幕に着き、声をかけて中に入る。


天幕内にはカルネのほかにロベラ、ラーザリ、スヴェンがいた。四人は木製の簡素な円卓を囲んで座り、入ってきたルチルたちに振り返った。

アミルはせっせと動き回り、持ってきた飲み物を配り始める――最初はもちろんカルネで、他三人にも配り終えると最後の一つをルチルに差し出してきた。


満面の笑顔で当たり前のように差し出してきたアミルに、ルチルは苦笑した。


「それはアミルの分よ」

「えっ、そんな――」

「私は用意してた時にもう飲んだの。だからアミルが受け取って」


なおも遠慮しようとするアミルを、スヴェンが遮った。


「おいおい。アミルの分際で、ルチルの厚意を無駄にする気かぁ?」

「別にそういうわけじゃ――」

「だったらグダグダ言ってねーで座れ!そんでおまえも飲め!」


自分の隣の空いている木の椅子を掴んで乱暴に動かし、アミルのほうへ向ける。アミルは眉間に皺を寄せ、飲み物を受け取ってその椅子に座った。

ロベラが自分とカルネの間の空いている椅子に促してきたので、ルチルもそこに座った。


ルチル、アミルが座ったのを確認すると、差し入れの飲み物を一口飲み、カルネが話し始める。


「ルチル、アミルへの状況説明も兼ねて、話を少し戻そう。戦況はほぼ確定したが、アンドロシュ領主の首を確実に獲るよう追加の指示が入った。それで本日の戦を一旦切り上げ、こうしてみなで集まって話し合っていたわけだが……やはり、要望に応えないわけにもいくまい。明日は布陣を変え、城門を突破する」

「実に馬鹿馬鹿しい展開です。交渉次第で今日にも終わる戦だったというのに、無駄に長引かせようとは」


カルネの隣に座るラーザリが、円卓に広げられた地図を前にため息を吐き、辛辣に言い捨てた。

はっきり言葉にする者はいなかったが、ラーザリの言葉に全員が同意しているのは明白である。


よくも余計な追加注文をつけてくれたものだ――無駄に戦を長引かせ、不必要な戦いを増やそうとしている。その分だけ、失われる命も増えるというのに。


「命じられたらやるしかねえのが俺たちだ。愚痴っても仕方ない」


豪快な気性の彼には珍しい斜に構えたような笑みを浮かべ、スヴェンが言った。カルネが静かに頷く。


「スヴェンの言う通りだ。ラーザリの不満ももっともだが……この場の誰もが同様の思いを抱いているのは私も分かっているが、それでも他に選択肢はない。我が傭兵団はいま、サンクブルム神聖国からの支援を失うわけにはいかないのだから」

「強力な支援者はありがたいことですが、諸刃の剣ですね。時が経つにつれ、我々の首を締め上げる首輪はきつくなっていく」


相変わらずラーザリはカルネの意見に水を差すような発言ばかりだが、それが彼の役目でもあることはルチルたちも分かっていた。

リーダーのカルネは理想家なところがあるから、冷静なラーザリは有能な参謀役であった。


「愚痴ばっかりだな、おまえは。ま、戦場以外じゃ愚痴まみれなのは俺も同じだけどよ」

「お偉いさんの相手はカルネ様やラーザリに全部放り投げてるもんなぁ。スヴェンは」


お前も一緒だろうが、とスヴェンは口を挟んできたアミルに拳骨を落とす。痛い!とアミルはぎゃーぎゃー騒いだ。

その光景にラーザリはまたため息を吐いて顔をしかめたが、カルネはくすくす笑っている。


ロベラは、自分の隣でぷくっと膨らませてるルチルの頬に手を伸ばして触れた。


「ルチルは、サンクブルムに関わるのが嫌なんだな。正確にはカルネがサンクブルム宮廷に出入りするのが、か」

「……だって。あそこにはお兄様に色目を使ってくる女がいるんだもの。あんなとこ、さっさと縁が切れたらいいのに」


それが無理なことはルチルだって分かっている。


エンデニル傭兵団は大きくなり過ぎた。

諸国が放置できぬほどの力を持ち、かつてのような根無し草の生き方はできなくなってきた。

大陸に広がる勢力の、いずれかに所属するしかなくなってきて……サンクブルムと手を切ったところで、またどこかと手を組むしかないだけ。

――兄の苦悩が、消えることはない。


「心配するな。何があろうとも、俺が守るさ。カルネも、エンデニル傭兵団も」


ロベラがそう言って、自分に優しく笑いかけてくる。それは、いつもルチルにしか見せない表情だった――。




夢はそこで終わり、六花は目を開けて、まだ馴染みのない天井を見上げていた。

暗闇に包まれたままのベッドの上で、ぼんやりと。瞬きをすると、目じりに湛えたままの涙がポロリとこぼれた。


身体を起こして、涙を拭う。それから、ベッドサイトに置きっぱなしの木彫りのお守りを見て呟いた。


「……前世の夢なんて、見せられても嬉しくないのよ。もう戻れない日のことなのに……」


前世の夢を見るたびに記憶と共にルチルだった時の感情も蘇り、六花をいつも悩ませる。

二度と会うことのできない人たちだというのに、そんな彼らとの思い出ばかり見せて、神樹は六花に何を伝えたいのやら。


ベッドのそばのぬいぐるみを一つ取り、ぎゅっと抱きしめる。大河たちが風花に似ていると指摘したぬいぐるみ。


しばらくはそれを抱いて暗闇の中でじっとしていたが、六花は立ち上がり、ぬいぐるみを片手に部屋を出た。

……泣いたら喉が渇いた。何か飲みたい。


明かりの消えた廊下を降りて、一階の食堂へ向かう。その途中で、まだ明かりの点いたままの部屋を見つけた。

談話室――明かりが点いているのは一部だけだが、照明のすぐそばにソファーがあって、ひじ掛けの部分に長い足を放り出している男の姿が見えた。


「フーカ。まだ起きてたの」

「ん?」


六花が呼びかけると、ソファーに横になって本を読んでいた風花が顔を上げ、部屋を見回す。

談話室には、西洋の柱時計が置かれていた。


時計を見て、ああ、と風花が呟く。


「いま西洋で流行りの推理小説読んでた。きりのいいところまでと思ってたが……こんな時間になってたか……」


のそのそと動いて姿勢を変え、風花はソファーに座り直す。自分を見る六花と正面から向き合うかたちになって……六花の様子に気付いただろうに、素知らぬそぶりをした。

六花も、努めて普段と変わらない態度で風花の隣に座った。


「西洋の書物は気に入ったのね。図書館の本を片っ端から借りて読んでるって、会長さんも言ってたわよ」

「ワダツミにはない本ばっかりだから、興味深いとは思ってる。面白いかどうかはワダツミと同じで、ピンキリだ」


言いながら、風花が手を伸ばして六花の頬に触れる。

まだ残っていた涙の跡を拭っていた。


六花は何の反応も示さず、ぬいぐるみをさらに抱き寄せて風花のほうにもたれかかる。風花はもたれかかる風花に肩を貸したまま、また本を読み始めた。


部屋の中は静かで、時おり本をめくる音だけが聞こえてくる。

やがて、風花が口を開いた。


「……ミソノジはたぶん、訓練を受けた紋章使いだな」

「急にどうしたの」

「タイテニアの訓練を一緒に受けて感じた結果だ。紋章って概念であいつが認識してるかどうかは分からないが。少なくとも、今回初めて紋章を使った人間にはあり得ない制御っぷりだ。初見でおまえ並みにコントロールできてるのはおかしいだろ」


あれから、タイテニア初心者の六花たちは一学期の間、二人一組で訓練を続けることが決まった。


六花と風花、大河と勇仁――大河もまた、六花並みに力のコントロールが上手いらしく、想定では会長たちがそれぞれと組んで指導するところを、一年生だけでも問題ないと太鼓判を押してくれた。

勇仁は風花と同じく、タイテニアの操作担当だ。


「ジョーガサキは武家の出って言ってたが、あいつも相当な腕だぞ。相方は紋章に長けてるとなると、あっち二人もただ者じゃないかもな。少なくとも、あの組み合わせは偶然じゃない」

「良い子たちだとは思うんだけど」


六花たちへの敵意は感じないし、学院での生活も満喫しているように見える。大河のほうは特に。

勇仁は、大河に振り回されてる感はあるが。


「別にあの二人が悪人だと言うつもりはない。ただ、意味なく俺たちのおまけに選ばれたってわけじゃないんだろうなってのが俺の見解だ。俺たちが部外者でいられるなら腹に何か抱えてようとどうでもいいが、あいつら、朝廷がどうのって時々喋るだろ」

「政治絡みだって言いたいのね」


実は六花も考えていただけに、風花の懸念はすぐに察することができた。


なんてことのない世間話のように朝廷との関りを大河は口にしていたが、そのさり気なさがかえって怪しいと思っていた。重大なことだからこそ、軽い世間話を装って誤魔化そうとしているというか。


「……そうね。当人たちは敵対意思なんかこれっぽっちもなくても、後ろにいる大人たちは別かもしれない。警戒すべきなんでしょうけど……風花に任せて、私はその話を忘れることにするわ」


おい、と風花から呆れたような声が聞こえてきた。六花も唇を尖らせ、悪びれることなく反論する。


「だって腹の探り合いとか苦手なんだもん。思ったことは割とすぐ顔に出るし、口からも出る人間だから」

「知ってる――知ってるが、努力しろよ……」

「私のささやかな努力より、優秀な人をさっさと頼ったほうが手っ取り早いじゃない。よろしくね、フーカ。信じてるから」


調子の良いこと言いやがって、と悪態を吐くが、六花が都合よく利用しても、毎度ちゃんとフォローしてくれるのだから仕方がない。

甘やかす風花も悪いと思うのだ。


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