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第4話壱 それぞれの休日


そして約束当日の休日。天馬のぬいぐるみだけを連れ、寮まで迎えに来てくれた生徒会長と共に六花は出かけて行った。


「行ってきます。みんな、留守番とフーカをよろしくね」


見送る勇仁と四体のぬいぐるみに六花はそう言って、勇仁たちは手を振って六花を見送る。

それから数分と経たず、大あくびをする大河が談話室へ降りてきた。


「もうリッカちゃんたち出ちゃった?お見送りぐらいはしてあげたかったんだけど……」

「もう出かけたよ。タイガ、だいぶ寝坊したね」


休日なのであえて起こさなかったが、いつもよりずっと遅い起床だ。大河はまだあくびをしながら、勇仁を取り囲むぬいぐるみたちを見下ろす。

勇仁は、ラズに指導してもらいながら宿題中だ。六花からの影響だけに甘えず独学でもしっかり勉強をして、ラズのガラテア語力はすでに勇仁を上回っていた。


「ロベラも残ったんだ。さすがにロベラは一緒に連れて行くかなって思ってたのに」


大河が言うと、ワダツミの御伽草子を読んでいたロベラが顔を上げる。


「カルネが相手じゃ、いくら俺でも邪魔する気にはなれないさ」


もう一度大きなあくびをした後、大河はぱちっと目を開けて笑った。


「……よし!じゃあ、俺たちも朝ごはんを食べたら出発!ユージン、フーカちゃん起こしに行くぞ!」

「本当に行くんだ……」


急に元気いっぱいになった大河にちょっと呆れながら、勇仁も立ち上がる。


「今日はタイガたちも町に買い物に行くんだよな」


大河に近寄り、彼に抱きかかえてもらいながらアヒルのぬいぐるみが言った。クマのぬいぐるみは勇仁が首根っこをつかんでいる。


「ルチルへのプレゼント選びだろ。アッシュを付き合わせるって勝手に決めてたが、あいつ、起こせるのか?」

「ルチル以外がやると焼き殺されますよ」


風花が出しっぱなしにしている本を読んでいたカワウソのぬいぐるみも、本から顔を上げて口を挟んだ。


毎朝、六花は当たり前のように風花を叩き起こしているが、あれは六花が相手だから風花も許しているのだ。安易に真似をして他の人間がやろうものなら、風花による容赦ない制裁が下される――ちなみに、実体験である。


「大丈夫。フーカちゃんを起こす必殺法を考えておいたから」


意気揚々と風花の部屋へ向かう大河と勇仁に、必殺法が気になったロベラ、ラズもついて行く。

六花のように鍋とお玉は持たず、ぬいぐるみたちだけだ。


「……よく寝てる」


そっと部屋の扉を開け、こっそり顔を覗かせて中の様子をうかがい、勇仁が言った。部屋の中は静かで、枕に突っ伏して風花は熟睡している。


ふう、とため息を吐き、大きく息を吸って、部屋の出入り口から大河が大声で言った。


「フーカちゃん大変!スヴェンがユージンの身体乗っ取って、またリッカちゃんに悪さしようとしてる!」


次の瞬間にはベッドの上から風花の姿は消失しており、勇仁が連れていたはずのクマのぬいぐるみをわしづかみにして仁王立ちしていた。

捕まれたスヴェンは必死に足掻いた。


「おい、コラァ!俺を生贄にしてんじゃねえ!」

「ちゃんとスヴェンは俺の身体にいなくてぬいぐるみのままって判断してるあたり、寝ぼけてても頭は冷静に回ってるよね、弟くんって」


強制起床となった風花は仁王立ちで突っ立ったまま大河、勇仁を無言で睨んでいたが、大河はニコニコ笑顔で話しかけた。


「おはよう、フーカちゃん。リッカちゃんなら会長さんが迎えに来たから、もう出かけちゃった。俺たちも町へ出かけるよ。文化祭で看板娘をするリッカちゃんに、俺たちからもプレゼント買ってあげよう」


起こされて不機嫌丸出しの風花だったが、六花の名前が出たことで憤怒の空気が少しだけ和らいだのを風花以外の全員が感じ取っていた。

勇仁も続く。


「着物に合う小物を選んであげたいけど、ミクモがどんな着物を着るのか、知ってるの弟くんだけだから。文化祭、お母さんと妹さんも来るんでしょ。二人にもお揃いのものを買ってあげようよ」


母と妹のことまで持ち出されると、いよいよ風花も怒りを引っ込めるしかなくなったようだ。

六花のために、プレゼントを選ぶ。母、妹とお揃いの品で。


低い唸り声を上げたものの、風花の怒りに火が点くことはなかった。


「……着替えるから待ってろ」


いつもより低い声で、肩を怒らせながら風花は部屋に戻っていく。うまくいったねえ、と大河は笑い、ばっちり、と勇仁も同意した。


「ひでえ目に遭った」


風花から解放されたスヴェンは、ぐったりと床に落ちた姿で呟く。日頃の行いが悪いせいだろ、とアミルは素っ気なく言い、災難だったな、とロベラは労って……。


「ところでスヴェン。また、とはどういう意味だ。あとでカルネにも話したいから、詳しく聞かせてくれないか」


ぬいぐるみなので表情は変わらないものの、明らかに圧をかけてスヴェンに詰め寄るオオカミのぬいぐるみ。

カルネにまで言いつける気か、とスヴェンは焦ったが、自業自得とラズにまで冷たい視線を送られていた。




寮まで六花とカルネを迎えに来てくれた生徒会長は、学院まで車で来ていたらしい。正門を出ると生徒会長たちの姿を見つけた運転手がすぐに扉を開けてくれて、六花は会長と共に後部座席に乗った。


車が走り出し、商店が並ぶメインストリートへと向かう。車は大きな広場で停まり、運転席から降りた運転手が後部座席の扉を開けた。


「行こうか」


会長が声をかけ、先に降りる。それから自分に向かってごく自然な動作で差し出された手を取り、六花も車を出て……地面に降り、顔を上げて改めて会長の顔を見た時、ぱちくりと目を瞬かせた。


「……あら?会長、もうお兄様と入れ替わってます……?」

「この目線の高さはそうみたいだ」


会長の身体で、カルネが苦笑いする。

間違いなく外見は会長のものなのに、中身が入れ替わると表情が変わるからか、一目見ただけで兄だ、と六花はすぐにピンと来た。

六花お手製のカバンに入っていた天馬のぬいぐるみが、生徒会長の声で話し始めた。


「町で俺の知り合いに会うことはめったにないだろうし、二人でゆっくり楽しんでくれ。なるべく邪魔はしないようにする」

「気にしなくていい。オルフェも一緒に楽しんでくれたほうが、私もルチルも嬉しいのだから、遠慮しないでくれ」


そう言って、カルネは天馬のぬいぐるみに向かって微笑んだ。

会長の手を取って車を降りたので、六花はまだ兄と手を繋いだまま――もう兄妹仲良く手を繋ぐような年齢でもないのだが、いまは離れがたくて、こっち、と兄の手を引っ張った。


「あっちの通りにお店はあったはず。お兄様、ほらほら」


六花に引っ張られるまま、カルネがついてくる。

力比べをすれば、当然、女の六花より兄のほうが強い。身体が会長のものになってしまっていたとしても、会長も六花に負けるような腕力ではないだろう。

なのに、兄はただ笑って妹のされるがままだ。


少し迷ったが無事に目当ての店を見つけ、六花は兄を引っ張って店内へと入る。

基本的には女性好みのアクセサリーを取り扱った店なのだが、一部にワダツミ風の小物も並んでいる。

ワダツミ風の品を取り扱っているだけあって、店主はワダツミ人の六花が入って来ても友好的な態度だった。


「文化祭で着る衣装に似合う小物を買いに来たのだろう。その衣装はどんな色なんだい」


ディスプレイを熱心に眺める六花の隣に並び、カルネが尋ねる。


「綺麗な浅葱色だったわ」

「アサギ」

「えーっと……ちょっと青っぽい緑色のことよ」


ワダツミの着物ということもあって、ついワダツミ独自の色で答えてしまった。

不思議そうに首を傾げる兄に、慌てて説明しなおした。


なるほど、と頷いた兄は、六花の隣で眺めはじめた。


「緑の布地なら、赤は綺麗に映えそうだ。これは……髪飾りかな。赤色にしてあげると、ロベラが喜ぶんじゃないか」

「それは髪飾りじゃなくて帯留めって言って……こう……お腹のリボンみたいなものに飾るの。それに袴は蘇芳色だから、赤の帯留めにしちゃうとあんまり目立たないかも」


次々とワダツミ用語が出てしまうので、説明に六花は困り果てていた。兄はそんな妹の様子にクスクス笑い、拙い説明にもちゃんと耳を傾けてくれていた。


「ワダツミの髪飾りはカンザシだろう。俺も、なんとなく見たことがある。あのへんのがそうだ」


六花とカルネの邪魔をしないよう遠慮をしていた会長も、フォローするように口を挟んだ。カバンからこっそり顔を覗かせて、簪が並ぶ棚に視線を向ける。


「会長の言う通り、それがワダツミの髪飾りなの。玉簪の他に、こういうお花モチーフのものが多いんだけど……可愛いわ。西洋のお花ばかりで、神代では見ないようなものばかり」


並ぶ品々を眺めて見惚れながら、どうしよう、と六花は困ったように呟く。


「可愛いのは良いことじゃないか。どれもルチルに似合いそうだ」


なぜか困っている妹に、兄が優しく笑って言った。だって、と六花は眉を八の字にして言った。


「髪飾りはリボンにするつもりだったのよ。ほら、これ。ワダツミ柄のリボンも並んでるでしょ」


簪から少し離れた棚には、ワダツミ刺繍のリボンが並んでいる。

ワダツミ文化とガラテア文化の良いところを取り入れたようなリボンは、ワダツミ文化に興味を持ってもらいたい服飾部の部長の意向にも適しているような気がして。

あの着物が作られた動機を考えると、やっぱりリボンかな、と六花は悩んだ。


「カルネ」


髪飾り選びに没頭しきっている六花のカバンから、こそっと生徒会長が話しかけてくる。

六花に気付かれぬよう振舞っている生徒会長のため、カルネは笑顔で六花に言った。


「ルチル、ゆっくり悩むといい。荷物は私が持っていてあげよう」


さり気なく天馬のぬいぐるみが入ったカバンを受け取って、悩む六花から距離を取る。

彼女が何も気付いていないことを確認して、カルネもぬいぐるみに話しかけた。


「私に、何か頼みでもあるのかい」

「あそこのイヤリングを一つ、買ってほしいんだ。財布は俺の上着……いま君が着ている服にあるから……」


六花だけでなく店内の人間にも気付かれぬよう声を落とし、会長が頼んでくる。

耳飾りの並ぶ棚に近付き、ぬいぐるみにも棚の品が見えるようにして、カルネは目当てのものを探した。

あれだ、と会長が言った。


「あのサクラのイヤリング……。サクラというのはワダツミ特有の花で、総督府にも友好の記念として植えられてる。俺もお気に入りの花で……」

「可愛らしいデザインだね。ルチルも好きそうだ」


誰に贈るものなのかは口にしなかったが、会長の真意などお見通しとばかりにカルネは笑って言った。

カルネの指摘を否定することなく、敵わないな、と会長は一言呟いた。


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