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第3話弐 準備期間中


「我が部には、入部したものの彼のように本心を偽り続ける一年生は少なくない。彼も、関心があるのは妹で自分はその付き添いだと主張して服飾部に入ってきた」


その後、服飾部の部長と話す機会があり、ヒバート兄妹のことをこっそり聞いてみると、部長はそう話してくれた。


「無論、みな分かってはいるがな。裁縫を愛しているのは他ならぬ兄のほうだと。だが……部員のほとんども、一年生の間は似たような振る舞いをしてきている。いずれ彼自身が受け入れるものと思い、あたたかく見守っているところだ」


周囲にはバレバレではあるが、兄のほうのヒバートにとってはまだ隠しておきたい事実らしい。

――生徒会に戻った六花は、あっさり風花や大河たちに話してしまったが。


「たしかに……裁縫って、男がやることじゃないよね。家の跡継ぎになるような男の子がやるものじゃないってのは、ワダツミもガラテアも一緒なのかな」


勇仁は事実を隠したいヒバートに同情的だ。難儀だねえ、と大河も同調する。


「お貴族様ってのも面倒くさいもんだな。傭兵団にいたら、男でも手が空いてるなら針仕事はやらされたぞ」


六花のための紅茶を用意してワゴンを押すアヒルのぬいぐるみは、体裁を気にすることが理解できないようだ。


「平和な連中には平和な悩みがあるってことだな。生きるか死ぬかの時代だったら、そんなことを悩んでる余裕もなかった」


黙々と書類仕事をしている風花は、書類から顔を上げることなく言った。風花はこの話題にあまり興味がなさそうだ。クマのぬいぐるみも、興味がないので話に参加することなく六花お手製のぬいぐるみをボコボコにしていた。


上級生は各部活を回っており、生徒会室には四人の一年生と三体のぬいぐるみだけ。

オオカミのぬいぐるみは六花たちからは少し離れたところにある長椅子で、ワダツミ語の本を広げて読んでいた――六花の影響でワダツミ語も読み書きはできるが、とりあえず子供向けの本から読み始めている。鬼退治のおとぎ話はそこそこ気に入ったようだ。


「いま戻った。皆、俺が不在の間も生徒会の仕事を進めておいてくれたんだな。ありがとう」


エミリオ先生と天馬のぬいぐるみを連れて、生徒会長も生徒会室に戻ってきた。エミリオ先生は上機嫌だ。


「結局オルフェに助けてもらったけど、なんとかうまく調整できたと思う。色んな部活を見れて楽しかった」

「そう感じてもらえたのなら良かった。大変な仕事を押し付けてしまったので、心労を増やしてしまったかと俺も不安だったんですが……」


そんなことないよ、と笑顔で先生は否定する。その笑顔も言葉も、六花には本心に見えた。


「仲裁役の僕に、生徒たちが必死に食い下がってきてびっくりしたよ。ガラテア本国ではありえないことだったから」


先生が話し続ける。


「王子の僕の言葉に、表向きは誰も逆らわないんだ。僕が気付かないところで僕の意思や主張を無視して進めて行って、もう王子でも覆すことができない状況になったところでようやく、僕の意見が何一つ聞き入れられてなかったことを知る――それが日常茶飯事だった」


でも、と先生が続けた。


「ここの生徒たちは、僕の納得と理解を得ようと、最後まで諦めずに自分の意見を訴えてくる。本気で、正面からぶつかって来てくれる……。とても素晴らしいことだ。彼らにとっても、僕にとっても」

「仲裁役は大変そうだが、ディオはとても生き生きして見えた。ディオだけでなく、生徒たちも皆。学校というのは楽しいところのようだ」


生徒会長に抱きかかえられた天馬のぬいぐるみが言った。とても楽しい、と先生も同意する。


「もっと早くルミナス学院に来ればよかった。ガラテア本国にいても何ができるわけでもないのだし、ずっとワダツミで暮らすのも良いかもしれない」

「そんなに気に入ってもらえると、ワダツミ人としては嬉しいわ。ガラテア人の会長の前で、その賛辞を素直に歓迎していいのかは悩むけど」


苦笑する六花に、構わないさ、と会長も笑う。


「俺もワダツミでの暮らしのほうがずっと長い。そのほとんどがガラテア人だらけの王都内のことではあるが、自分のルーツは遠いガラテアよりもこのワダツミにあると思ってる」


生徒会長が戻ってきたので、ようやく書類仕事も片付いていく。この時期は、特に会長がいないと決まらないことが多い。

先生と……天馬のぬいぐるみも手伝って、会長は積み上げられた書類を片付ける。


「文化祭のために全部の部活が申請書やら依頼書やらで大量の書類を提出してくるから、読み続けて文字の洪水に溺れてる気分」


机の上に突っ伏してうなだれながら、大河が言った。一年生四人で、一通りの精査がようやく終わったところだ。

勇仁も大きく伸びをし、ついには席から立ち上がって身体を動かし始めた。


「俺、途中からちゃんとガラテア語で書いてたか記憶がない」

「さすがに俺も、今日は文章を読みたくねえ……。積んだままの本に手を伸ばす気にもなれないのは初めてだ」


風花も珍しく弱音を吐いている。書類仕事に追われ、ここ数日は読書家の風花もほとんど本を読んでいない。

六花は気分転換にぬいぐるみの服を縫っていた。


「みんなお疲れ様。今日はもう、君たちは寮に戻るといい。僕がオルフェを手伝って、ローズの帰りを一緒に待つよ。文化祭に向けての準備はまだ始まったばかりだ。来月まで、焦らず休みもしっかり取っていこう」


エミリオ先生の言葉に甘え、一年生はもう帰ることにした。カルネも生徒会長を手伝いたいと申し出たので、生徒会室に残していくことになった――副会長に同行しているラズと一緒に、あとで寮へ連れて行くよ、とエミリオ先生が言ってくれたので、それも先生に任せることにした。


秋も深まり、日が暮れるのも早くなった。下校時間までまだ猶予はあるが、日は西の果てに沈み始めていて、東の空は星が見える。

でも、校内はとても賑やかだった。


「生徒会だけじゃなく、どこの部活もかなりの人数が残ってるね」

「みんな忙しそう――でも、活気があって楽しそう」


寮へ帰る道すがら、見える生徒たちの姿に大河と勇仁はそんなことを言い合っている。

彼らの言う通り、みんな準備に追われて忙しそうなのに、どこか楽しそうだ。六花も、こういう雰囲気は嫌いじゃないから、彼らに劣らずワクワクしているのだが……。


「……でも、王女サマだけはどこの部活にも入ってないんだよね。文化祭……どうするんだろう」


大河が思い出したようにぽつりと言った。


「またお節介な学院長が、どこぞにねじ込むんじゃないか」


風花が興味なさげに言ったが、そうなった場合、高確率で生徒会だろうなぁ、と大河と勇仁の両方が思ったことは、読心術に長けていなくても分かった。




「ジョゼフィン、どうせ早く帰ったって暇でしょ。私を手伝って」


翌日。

放課後を迎えた教室で、いつものように一人、静かに帰り支度をしているジョゼフィン王女を六花は呼び止めた。


めちゃくちゃ不遜な態度で呼び止めたので周囲の男子生徒たちは目を丸くしてドン引きしていたが、女子の会話に口を挟めるツワモノはいない。


何を言われたのか理解できないとばかりに、王女はぱちくりと目を瞬かせて席に着いたままの体勢で六花を見上げている――呆気に取られているのをいいことに、六花は彼女を強引に引っ張って服飾部まで連れて行った。


服飾部の部長や部員は王女の登場に驚き、妹のほうのヒバートは六花が王女を連れてきた経緯を聞いて不敬が過ぎると激怒していた。


「未開のお猿さんの貴女には分からないでしょうけれど、王女ともなれば、重い責任と立場にあり、多くの仕事を抱えていらっしゃるですのよ!そんな方をつかまえて、こともあろうに暇だろうなんて決めつけ……!」

「お飾りの総督で、実務面は補佐のグランヴェリー公爵がすべて行ってるって聞いたわ。お情けの仕事は与えられてるものの、やってもやらなくてもどうでもいいような内容で、総督府で大した仕事をしてないことも知ってるんだから」


総督補佐を父親に持つ生徒会長と、総督の実態を知る王子エミリオから、総督府での王女の様子は教えられている。

会長のほうはそこまで露骨な言い方はしなかったが、兄王子は妹が何もしていないことを容赦なく暴露した。


遠慮なく真相をぶちまける六花に、ヒバート嬢はぎりぎりと歯ぎしりする勢いで睨んでくる。

自国の王女を異国人に馬鹿にされるのは許せないらしい。


ジョゼフィン王女のほうが、落ち着いた様子で六花の指摘を認めた。


「ヒバートさん、ありがとう――良いのです。ミクモさんのおっしゃる通り……私は、総督府に帰ったところで何ができるわけでもありません」


王女は、服飾部の部長に向き合った。


「来たる文化祭に向けて、皆様、とてもお忙しいとお聞きしました。人手は一人でも多く必要だと……。私にできることがあるのでしたら、喜んでお手伝いさせていただきます」


王女は丁寧にそう言ったが、でも、とすぐに顔を曇らせた。


「お手伝いをしたい気持ちはあるのですが……私は、その……裁縫はあまり……。なので、お役に立てるかどうか……」

「うーむ……。正直なところ、我々としても、裁縫に自信がない者に頼むことはない――しかし、グラスは違うだろう」


悩ましげなポーズと共に話す服飾部の部長の言葉に、王女は首を傾げる。園芸部ですね、と言葉の意味を理解して六花が頷いた。


「そうですね。裁縫のスキルが必要な服飾部よりも、園芸部のほうがジョゼフィンでも手伝えることがあるかも」

「貴女、王女殿下に対してどこまで無礼な――」

「行くわよ、ジョゼフィン。アシュビー部長、失礼しました」


さらっと失礼なことを言う六花にヒバート嬢がまた激怒しかけたが、まるっとそれは無視して王女の腕を引っ張り、六花は園芸部へ向かった。


園芸部でも、部長や部員たちは王女の登場に仰天した。


「お手伝い……ですか……。それはもちろん……うちは部員も少ないので、一人増えるだけでも大助かりですが……女性の王女殿下に……」

「力仕事でも泥臭い仕事でも構いません。男性のみなさんほどは動けないかもしれませんけど、やる気はばっちりですよ、彼女」


王女の意見を聞くこともなく独断で仕切っていく六花に園芸部の部長は困惑しているが、王女のほうが落ち着いた様子で小さく頭を下げる。


「私でお役に立てることがあるのでしたら、遠慮なく申し付けてください」


有無をいう間もなく六花に引っ張られ、勝手に話が進んで園芸部を手伝うことになった王女だったが、不平不満を抱く様子もなく、園芸部の部長の指示を仰ぎながら文化祭の準備を手伝い始めた。

最初は遠巻きにちらちらと見ていただけの部員たちも、真剣に臨む王女に助言をしたり、困っているような様子を見かけたら自ら声をかけに行ったりしている。


――これは予想外のことだったが、王女は土いじりが楽しいようにも見える。

義務感から私情を押し殺してやっている、という感じはしない。




「ルチル。ジョゼフを園芸部に誘ってくれたんだって?」


王女が意外とあっさり園芸部になじんだのを見届けてから六花が生徒会に戻ると、エミリオ先生にそう話しかけられた。

だいぶ非常識で強引なことをしたので注目の的になっていた自覚はあったが、もう生徒会にまで話が届いたのか……。


「暇そうにしていたので、彼女にも仕事を与えただけです。この忙しさを経験できないのも、もったいない気がして」

「おまえ、何様だよ」


風花が失笑する。生徒会長の机にいたカルネ、ロベラも風花の言葉に同調するかのように苦笑している。


「どうせ王女を参加させたい学院長先生の意向で、こっちに話を振られるんだから。そうなる前にさっさと片付けたかったのよ――これ以上は、私たちも忙しくて彼女に構っていられなくなるわ」


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