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第2話参 出会い


およそ千年ほど昔。

人々は紋章石と呼ばれる不思議な動力を秘めた鉱石を様々なことに活用していた。


物に宿すことで人間にとって便利な道具へと変貌させる小紋章。人に宿すことで人知を超えた力を発揮させる大紋章。

当然、人々はそれを求め、紋章石を奪い合い、国同士で争い続けた。


一方でそのような石がなぜ生まれてくるのかは謎のまま――となれば、紋章石には限りがあり、いずれは尽きてしまうものであることも当然の流れであるわけで。


「――大陸では紋章石は採りつくしてしまい、紋章の力も、文化も、技術も、それと同時に廃れてしまった。長い時間の中で、やがて紋章などいう摩訶不思議な力はおとぎ話のものだと認識されるようになり、すっかり忘れられたものとなったというのに……いまから百年前、世界がひっくり返る発見が成されてしまった」


六花たちをどこかへと案内しながら、副会長のアンブローズ・オールストンが語る。


彼がいま語ってくれたことは、六花も学校の世界史で習ったことだ。その迷惑な発見のせいでひっくり返ってしまった世界の中に、ワダツミ帝国も含まれているから。


生徒会長のオルフェリーノが話を引き継ぐ。


「採りつくしてしまったと思われた紋章石が、海を越えた土地にいまもまだ大量に残っていることが発見されてしまった。そして人々は海を出て、長く険しい航海に挑んででも夢の石を手に入れることに躍起となったのだが……大陸の最東に位置する小国に、新大陸にも劣らぬ質の紋章石が放置されたままであることも判明した」

「それがうち――ワダツミ帝国ってことね。放置してたんじゃなくて、御神体として大事に祀って管理はしてたんだけど」


放ったらかしにしてたと言われるのは心外だ、といった様子で大河が言った。


そんなものが世に知られてしまったために、ワダツミ帝国は諸外国から狙われることになり、ついにはガラテア王国との友好条約を結んで、国は大きく様変わりしてしまった。


ワダツミ帝国の東側に広がるガラテア王国直轄領。

もとは閑散とした田舎領地であったが、朝廷は条約締結の際にその土地を王国に差し出し、「王都」などと呼ばれる町が築かれることになってしまった。


王より指名を受けた総督が国王代理として土地を治める場所。六花たちがいまいる――ルミナス学院のある、ここのことである。


直接の支配は免れても、他の領地もガラテア王国の影響から逃れることはできず、侍は消え去って、帝国の至上であったはずの天帝も朝廷も、その力は大きく削がれてしまった……。


「西側の国では紋章石を利用した様々な発明と技術が生まれたが、いま現在、最も注目されているものがこれだ。我が母も、紋章が主題ではあるが直接研究しているものはこれだな」


副会長が案内した場所は、校舎と呼ぶには異質な材質の建物だった。

異国のガラテア文化は多くのものがワダツミのものと異なっているが、これはルミナス学院の中でも異質さを感じさせている。


大きくて頑丈そうな倉庫のような……格納庫、という名称をあとで教えてもらった。


横開きの扉を男子が全員で引っ張り、中へと入る。

室内は外観からの印象以上に広く、天井は高く、部屋の隅には西洋の甲冑が並んでいた。


ただし、並ぶ甲冑は普通の人が入るサイズではない。


「でかい」

「俺、足の部分だけでも膝までないかもしれない」


巨大な甲冑群を近付いて眺め、勇仁、大河がそんな感想を漏らす。六花も似たような感想しか浮かばなかった。

兜だけでも六花ぐらいならすっぽり収まりそう。


「タイテニアだ。武人の家の出身者がいるのなら、名前ぐらいは聞いたことがあるんじゃないか」


副会長が言い、ああ、と勇仁が反応する。

たしかに、勇仁は自分が武家出身であると話していた。


「え、じゃあ、これってガラテア王国にとって軍事機密じゃないの。タイテニアって、西洋の最新兵器じゃなかった?俺らにホイホイ見せていいものじゃなくない?」


そうなんだ、と大河が相槌を打ち、六花も内心で同じ相槌をした。風花も実は同じだったらしく、一年生は全員で副会長を見たが、副会長はフッという意味不明な笑みを浮かべ、会長は苦笑していた。


「間違いなく軍事機密だな」


会長が言った。


「なんでそんなものがここに、という疑問については、俺たち揃って親のコネだ。ローズは母親がタイテニアの研究部門主任という立場なんで、研究の手伝いという名目で自分用のタイテニアをもらった。俺の場合は……来年には総督府の軍部に就職するのが決まっているから、就職前の研修の一環として……。俺も、父親のコネで」


コネを自白するのはさすがに恥ずかしいらしい。少し歯切れ悪く話す会長に、お父様、と六花が言葉を返す。

また苦笑いをし、会長が続けた。


「俺の父はガラテア王国領ワダツミ特別区の総督補佐なんだ。ジョゼフィン王女のことは知っているんだよな。今年度から彼女が総督となったが、その前任者の立場にあったのが父で……。彼女が来たから、補佐という立場に降りることになった」

「ワダツミ帝国内におけるガラテア政府の実質のトップは、あんたの父親ってことか」


風花が察して口を挟む。そうなるな、と会長は否定しなかった。


「父は殿下の権限を脅かすつもりなどはないだろうが、総督として治めるには殿下は若すぎる。やはり、実権は父が持つことになるだろうな……」

「そういう政治的な話は俺も母も興味はない」


副会長がばっさり切り捨て、おまえはもっと関心を持て、と会長は困ったように笑っている。


しかし、副会長は本当に政治的な話には興味がないらしく、さっさと自分の本題に戻ってしまった。


「このタイテニアは紋章石が組み込まれ、紋章の適性がある人間が己の意思で動かすことができるオートマタだ。ワダツミだと、からくり人形という概念に近いか。発明当初は本物の人形師に人形を作らせ、分解した部品を十二倍に拡大したもので組み立てて作り上げたと言われている。ちなみに甲冑姿であることにあまり意味はない。兵器として使うのなら、こういった姿のほうが雰囲気に合うかというだけだ」


副会長が語り続け、へえ、とか、はあ、とか、六花たちはそれぞれ相槌を打つ。


「西洋では紋章石も稀少だが、その紋章の力を自在に操ることのできる紋章の使い手も稀少とされている」

「その言い方はちょっと違うぞ。紋章の力を使うだけなら誰にでもできる。ただ、どれぐらい使いこなせるかの個人差にとんでもなく開きがあるだけだ」


副会長の台詞に、今度は会長が真っ先に言葉を返した。


「なんか色々難しい説明してたけど……副会長さん、要は俺たちがこれ使えるか、試したいの?ここまで連れてきてわざわざ実物見せてくるってことは、そういうことだよね」


理解しているのか微妙な反応を示していた大河だが、いまの言葉はズバリ核心を突いているだろうな、と六花は思った。

副会長の語る言葉は、そういう流れになるんじゃないかな、と感じる話しぶりであった。


副会長はニヤリと笑い、ご明察、と頷く。


「ワダツミ人は優れた紋章使いが多いと聞く。研究者としてはぜひ試したいと思うものだ――オルフェ。おまえだってワダツミ人たちの実態に興味がないとは言わせんぞ」


副会長に鋭くつっこまれ、会長は曖昧に笑って返事はしなかった。こちらもズバリ図星らしい。


「ルミナス学院高等部にはタイテニアの搭乗訓練もあって、初心者用のものも置いてある。俺たちも一応指導できるぐらいの実力はあるつもりだから……もし君たちも興味があるのなら、ぜひ試してみてほしいんだが……」




「男って、どうしてこういうものが好きなのかしら」


ロフトから地上を見降ろし、六花は一人、ため息を吐いて呟く。


会長、副会長の誘いに、男子たちは全員即答してタイテニア試乗を始めてしまった。

初心者用のものを二体持ち出し、片方に生徒会長のオルフェリーノ、もう片方に副会長のローズが乗っている。

初心者用のタイテニアは二人乗りとなっていて、ベテランが一人乗り込み、指導を受けるもう一人に教えつつ暴走を防ぐ仕組みになっているらしい。


そのへんの詳しいことはあんまり興味がないので、六花はロフトに上って聞き流していた。

ちなみにこのロフトはタイテニアを見降ろせるぐらいの高さにあり、巨大な人形の動きに巻き込まれてしまわないようにするための避難所となっている。


ガラテア王国の軍事機密で、一般人がこんなに間近で見る機会などめったにない……という部分はそそられるが、風花たちほど熱心に、自ら乗り込んで動かしてみたいとは思わないかな。


風花を会長が、大河、勇仁を副会長が指導している。


「ミクモ、君も乗ってみないか」


風花の指導を終えた会長が、タイテニア内部――操縦席、と呼ばれる場所からロフトにいる六花を見上げ、呼びかける。

六花は眉を寄せ、返事をしなかったが、会長はなおも誘う。


「タイテニアの腕前というより、紋章の適性があるかが見たいんだ。いまのところ、三人とも標準を余裕でクリアしてる。となれば、やはり君も確かめたい」


興味ない、という返事では納得してもらえなさそうだな、と思い、六花はロフトを降りることにした。


大きな人形は片膝をついて片手を差し出し、跪いて人間が自身に乗り込みやすい姿勢となっている。

差し出された手の上に登って、坂のようになっている腕を落ちないように伝って、操縦席を目指す。途中の肘の部分に風花が立っていて、慎重に登る六花の手をつかんで一気に引っ張り上げてくれた。

おかげさまで操縦席に飛び込むかたちになった六花を、操縦席に乗っている会長が抱きとめる。


「深く腰かけて……背もたれには、頭から背中までぴったりくっつくように……タイテニアが動き出すとよく揺れるから、それでしっかりと支えないと危ないんだ。両手を前に伸ばして……二つのレバーを……届かないなら、こっちの高さを調整する。背もたれからは離れず、前かがみにならないよう気を付けて……」


会長に言われるがまま、六花は座席に座り、両手を伸ばしてそれぞれでレバーとやらを握る。

レバーというが、丸みがあってボールを掴むようなかたちとなり、動いたりはしなかった。


「そこに手を当てることで、タイテニアに組み込まれた紋章石に操縦者が繋がるようになっているそうだ。タイテニアの設計や造形についてはローズの分野で、俺はそういうもの、という部分だけ理解して乗っているだけの人間なんだが」

「私も、知識としてはそれぐらいで十分な人間だと思います」


男子たちほどこれを動かすことにも興味はないが、この巨大精密人形を作る側の人間に回ろうとは微塵も思わない。


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