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第3話壱 エンデニル傭兵団


神樹だけは不思議な力に守られているかのように炎から逃れているものの、あたりは完全に火に包まれ、熱気はタイテニアに乗る者たちにも少しずつダメージを与えていた。

タイテニアの頑丈な装甲に守られてはいるが、装甲をもってしても防ぐことのできない熱が、息をするたびに搭乗者の肺をじりじりと焼いていく。


『スヴェン!その身体はユージンのもので、生前のあんたほど頑丈じゃないんだぞ!』

『んなことは分かってる!でも俺ぐらいしかできねえだろ!こいつ相手に、ガンガン距離詰めていくの!下手に距離取ったら、火の海をさらに凶悪にしてきやがる――』


竜のロベラに真正面から突撃し、取っ組み合って離れないスヴェンに対し、アミルが警告を飛ばす。

スヴェンのほうも、アミルが警告するようなことは承知の上での特攻だ。


スヴェンの言う通り、竜に近付くことは炎の中心地――熱源に接近するようなもので、タイテニアの装甲も少しずつ、確実に焼かれていっている。

それでも、スヴェンに攻撃が集中しているおかげで周囲の火は多少マシになっているのだ。竜は、その気になれば広範囲を一気に焼き尽くすことのできる能力を持っている……。


『――こうなっては仕方がない。アンブローズ、私と替わりなさい。無謀と勇敢をはき違えた特攻作戦は好きではありませんが、いまはスヴェンしか有効打がないことも事実――あの脳筋を私の能力でサポートします』

『もとより俺はそのつもりだった。好きに使え』


竜の襲撃を予期して副会長もラズとは契約済みだったのが、ラズのほうが、リスクや副会長側の負担を心配してずっと控えていたこと。ついに、ラズを決心させるに至ったらしい。


そのような会話が耳飾りから聞こえた直後、炎……は相変わらずだが、六花たちを苛む熱気が和らいだ。

やはり、紋章使いとしてのラズの実力は同じ紋章使いでも副会長より数段上だ。


『クソ王子!おまえの鎖、もっとしっかりロベラを捕まえておけないのかよ!数秒で焼かれてるじゃねえか!』


アミルの怒鳴り声が聞こえてくるが、カルネ――会長が動かすタイテニアに庇われながら何度か竜の捕縛を試みている風花も、負けじと怒鳴り返した。


『前から俺の能力がこいつには効かないって、おまえらも知ってただろ!俺みたいに変則的な使い方ができない分、こいつは単純な火力勝負させたら俺に勝ちやがるんだよ!何度も言わせんな、クソが!』


ロベラと風花――エルドラドの王子アッシュの火は、もとは同じ性質だったのだろうが、敵を弱体化させる能力を付随させてきたアッシュと、ただひたすら敵を焼き尽くす方向で成長させてきたロベラは、使い方がずいぶん違っていた。

そのせいで、ロベラはアッシュのような使い方ができない……わけではないのだが、アッシュほど凶悪な使い方はできない。

その一方で、アッシュの炎がもととなった黒い鎖は、ロベラなら容赦なく焼き尽くすことができた。


仲間だった時は、そのおかげでアッシュの捕縛から何度も逃れることができたのだが……。


「スヴェン、あんまり無茶しないで。あなたのことは回復できるけど、物でしかないタイテニアは私の能力じゃ回復できないのよ。そのせいで、あなたのタイテニアがボロボロになってきて、ジョーガサキくんの身体がダメージと回復の酷い繰り返しになってきちゃってる!」


六花の能力で人並み外れた治癒と回復を発揮できるが、回復した途端にまた火に焼かれ始めて、それを回復して……を短期間で何回――何十回も繰り返すのは、やはり人体に良いと思えない。ましてや、もとが飛びぬけて頑丈だったスヴェンの肉体ではなく、まだ成長途中にある少年のものなのに……。


『分かってるつってるだろ……短期決戦しかねえっていうのに……!』

『俺のことは気にしないで。ここでスヴェンが退いたら他のみんなが一気にやられるってのは、傍で見てるだけでも理解できるよ。俺の体力が尽きても下がらなくていいから、スヴェン、思い切りやって!』


勇仁は覚悟が決まっているようで、自分の身体がどうなろうともスヴェンが竜を抑えるべきという意見は一致しているらしい。

……反対すべきなのに、他に手がない。


『みんな、必死に戦ってるところごめん。竜の動き……というか、立ち位置をよく観察してみて。ロベラ、一定範囲から動かないようにしているのが分かる?』


エミリオ先生の声が耳飾りから聞こえてきて、六花は周囲を見回した。

タイテニアに乗れないし、紋章もなくて自分の身を守る術もない先生は、離れたところに隠れているはずなのに……。


『いま、アッシュ王子の近く――カルネの足元にいる。足手まといにしかなれない僕は引っ込んでるべきなんだろうが……離れて見ていた僕だからこそ、見えたものがあって――』


言われてみれば、いつの間にか風花の隣にエミリオ先生が戻って来ていた。先生は、風花の耳飾りを借りている。


『いままで、竜はアッシュ王子を優先して狙っていたと話していただろう。でも、今回は特定の誰かを狙っている様子はなくて、むしろ、自分に人を近付かせないよう――特定の場所に近付かせまいとしているように見える。ロベラは君たちを攻撃しにきたのではなく、何かを守りに来たんじゃないだろうか』

『何かって、何を』


風花が即座に反論したが、六花は奇妙な予感に襲われた。

――たしかに、ロベラが戦う理由はいつだって、誰かを守るためだった。守るために戦って、強くなって……口癖のように、いつだって守ると言ってくれて……。


『ロベラが動かない場所――背後を探ってくる。巨大なタイテニアに意識を奪われているから、小さな人間でしかない僕のことは、いまならロベラも気付かないはず』

『無茶です!』


生徒会長が止めたが、先生は止まらない。

駆け出していく先生を、水の紋章でラズが慌てて守り、それでも怒れる竜の攻撃に巻き込まれそうになるのを、会長が自らのタイテニアで止めて――。


『ミクモ、俺は先生を追いかける。いくらなんでも紋章も使えないのに一人じゃ危険だ――俺のタイテニアが攻撃されないようにフォローを頼む』

『属性が違うから俺じゃ動かせないぞ』


会長と風花の会話が聞こえてくる。会長の弟――シルバーが乗っているタイテニアが素早く動き、会長が降りてしまったタイテニアを庇うような挙動を見せていた。

シルバーは耳飾りを持っていないので、六花たちのように会話を聞くことができないのだ。

それでも、兄を守るために咄嗟に動いてくれたのだろう。


竜の背後はただの林が広がっているだけに見えたが、先生は姿を消し、会長がそんな先生を追って……ほんの数分が経った後。

耳飾りから、途切れ気味に会長の声が聞こえてきた。


『……ガ……タイガ、すぐに来てくれ……!君じゃないと……』

『なに?よく聞こえない!』


大河が困ったように叫び返すが、耳飾りに組み込まれた紋章石でも拾い取れないほど離れてしまったのか、会長の声はやはり聞き取りづらい。

アミルが叫んだ。


『何が起きてるかはさっぱりだが、行くぞ、タイガ!どうせ俺は、いまここに居てもあんまり役に立てないからな!』


アミルたちの乗っているタイテニアから、アヒルのぬいぐるみを抱えた大河――大河の身体を借りているアミルが飛び降り、竜に気付かれぬよう素早く移動する姿が見えた。

風の紋章も利用して、アミルはあっという間に駆けて行く。


――主戦力がスヴェンとは言え、動かないタイテニアが二体もあっては竜もそれを放置するはずがなく。


『こっちへの攻撃はやめろっての!俺と戦え、コラ!おまえとは、まだ決着がついてないんだからな!』

『むしろその二体を囮にして、おまえは一旦離れろ!タイテニアも中で動かしてるおまえの身体も、もう限界だろ!』


スヴェンを諫める風花に、ラズも同調している。


『アッシュ王子の鎖も焼き切れなくなるほどに、ロベラを消耗させればいいのでしょう。紋章の相性は私のほうが上です。そろそろ無謀な突撃も、ロベラには効かなくなってきている。一度、回復に専念しなさい!』

『それでおまえがやられたら、火への対抗策がマジでなくなるんだぞ!俺を回復したって、タイテニアは回復しねえ――こいつが動いている限りは、俺が――』


言い合う男たちの会話を、六花は距離を取った場所で聞いていることしかできない。

一万年前からそうだった――回復が自分の仕事である以上、ルチルは倒れることは許されないし、倒されないように努めなくてはならない。回復のために必要になる以外で前線に加わることはできない。

自分がやられてしまったら、本当に皆に後がなくなってしまうから。


だから……いつも、こうして彼らがボロボロになっている後ろ姿を見ていることしかできなくて……。


『その通りだ。スヴェンが動ける内に決着をつける。長引けば我々はロベラを討つ機会を永久に失うだろう』


会長の声だ。

と、思いかけて、六花はヒュッと息が止まりそうになった。先ほどまで言い合っていたスヴェン、ラズ、風花も、一瞬で沈黙する。

……声をはっきり聞き取って、思考が停止してしまった。


『スヴェン、今度は私に合わせて正面からロベラに突撃しろ。君を陽動に私が背後に回り、ロベラを共にかく乱する――あれがタイテニアというやつか……なるほど……』


彼は六花たち以外の誰かとも会話をしているようだった。

耳飾りからは何も聞こえてこない――彼自身の中にいる人物と話をしているのだろう。


『ディオ、君はアミルと共に乗れ。アミル、ディオの警護は任せたよ』

『了解です!』


返事をするアミルの声は喜びと感激で溢れており、ちょっと涙まじりになっていた。

林の中から先生と大河の身体を借りたままのアミルと……会長が飛び出してきて、それぞれ置き去りにしたタイテニアに乗り込んでいく。


カルネの姿を模したタイテニアは、会長が乗り込んでもすぐには動かなかった。


『……うん。なんとかなりそうだ。分からないところの助言を頼むよ、オルフェ。では――』


雷の紋章でしか動かすことのできないタイテニアが、ゆっくりと立ち上がる。竜は、敵が足を踏み入れるべきではない場所へ侵入していることに気付き、立ち上がるタイテニアに振り返ってさらに炎を燃え上がらせた。


『まさか、君と共闘する日が来るとは思わなかった――アッシュ王子。スヴェンと私でロベラを攻撃する。十分に弱ったと判断したら捕縛を。タイガという少年にも、封印について打ち合わせ済みだ』


ルチル、と耳飾り越しに兄の声が呼びかけてくる。

……一万年経っていようと、彼の声を聞き間違えるはずがなかった。


『一旦、他は捨て置き、スヴェン一人の回復に力を集中させろ。心配するな。私が来たからには、ロベラが相手であろうと負けないさ』


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