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第2話弐 エミリオ王子の研究結果


柱時計が鳴る音が聞こえてきて、話はそこで中断となった。

エミリオ先生は顔を上げ、時計を見る。


「もうこんな時間か。すっかり話し込んでしまった」


先生が言い、会長たちも音の出処を追って時計に視線を向けた。


「すみません、殿下――いえ、先生。俺たちも生徒会の仕事があるので、今日はこれで……」

「こちらこそ、引き留めてすまなかったね。挨拶も僕のほうから行くべきだったのに、研究室までわざわざ足を運んでもらって申し訳ない」


生徒会室へ戻ろうとする生徒会のメンバーを、先生は労う。


「話したいことは僕もまだたくさんあるけれど、今日はこれぐらいにしよう。話す機会はこれからいくらでもあるし、生徒会の顧問なったのだから、基本的には、君たちが生徒会活動をする時間には僕も生徒会室にいるようにするよ。その時にでも、少しずつ話していこう――」


先生も、今日はまだ研究室の荷解きと片付けが残っているのだろう。部屋を出ていこうとする生徒たちを見送るだけで、自分はついて来ようとはしていない。


六花たちも、今日はここでエミリオ先生と別れようとして……。


「ああ、そうだ。肝心なことを話し忘れていた」


全員を見送って扉を閉める直前で、エミリオ先生がそう言って引き留める。


「実は僕の独断で学院側には頼んだのだけど、来週、生徒会は僕とのオリエンテーションということで校外学習をすることになってる。朝早くから、少し遠出をして。明日、正式に予定表は渡すね」

「校外学習?」


まったくの初耳なのだろう。会長が目を丸くしているので、六花はエミリオ先生よりも会長のほうを見てしまった。


「うん――校外学習というのは建前。ルチルが神樹の影響で前世の夢を見ると話していただろう。竜が襲ってくる時も、必ず予知のように前世の夢を見せてきたって。だから一度、王都にある神樹をみんなで見に行こう。以前から僕もワダツミの神樹には興味があって、帝国に来たら一番に実物を見に行くつもりだったから、丁度良い機会だ」


結局、エミリオ先生は多忙続きだったようで、校外学習の日まで六花たちが話す機会もなく、校外学習の予定と計画も、すでに先生と打ち合わせ済みだった教頭先生が説明しに来るという有様だった。

……本来は立ち入り禁止の特別地域を訪ねるということで、エミリオ先生はそれらの手続きに奔走していたらしい。王子の自分一人ならともかく、ルミナス学院の生徒たち――それもワダツミ人まで連れて行くということで、なかなか複雑な手続きをする羽目になったそうだ。




そうして、校外学習当日。


「堂々と授業をサボって遊びに出かけるのって、ワクワクするねー」


目的の場所まで車で向かうため、六花たちは早起きして送迎の車が来る正門前へと移動中である。

大河の言い様に、六花はくすくす笑った。


「先生側の申請だから、サボりじゃなくちゃんと授業にカウントされるっていうのは有難いね」


勇仁が言った。風花はまだ目が覚め切っておらず、寝ぼけていて、彼らの話が聞こえているのかも謎だ。


「結局、あれからディオ様と話す機会なかったなぁ」

「今日、話せばいいじゃねえか。積もる話があり過ぎて、俺なんかあいつを前にしたら何話すかが思いつかなかったぜ」


六花お手製のカバンに詰め込まれたアミル、スヴェンがのんびりとお喋りしている。ラズは道中で読むための本を器用に前足で抱えており、鞄に振り回されて落とさないように気を付けていた。


「ワダツミの神樹というのは、全国に根を広げる巨大な大木なのですね。根から新たな枝が生え、あちこちに木として形成されている、と」

「根を追ってみれば、地中深くですべて繋がっているそうよ。その一本が神代にも生えていて、私が持っているお守りはその木から自然に落ちた枝で作られたもの――どうやって確かめたのかしらね。そんな壮大な大樹の根っこなんて」


神樹から作られた木彫りのお守りは、ラズたちの入る鞄に紐で括りつけられてぶら下がっている。

六花が生まれた時に父が名前と共に与えてくれたものだが、神代に住む人なら誰でも持っているような代物だったりする。縁起ものだから、六花も大切にはしているが。


「神樹って呼ばれるだけあって、それなりに霊力を持ってるんだよ。ガラテア人が欲しがる紋章石としての能力はないみたいだけど」


大河が言った。

ワダツミでは霊力と呼ばれるものが西洋では紋章に相当するようなのだが、やはり色々と勝手は異なっていそうだ。


正門前には生徒会長、副会長がすでに到着していて……なぜか会長の弟のシルバーもいた。

なんで、と六花、大河、勇仁が目を丸くする。風花はまだ寝ぼけていた。


「おはようございます、会長、副会長。それと……どうしてシルバーが?」

「俺が聞きたい」


不機嫌丸出しで生意気にも腕組し、シルバーは険しい表情で言った。会長も困ったように笑っている。


「シルバーもエミリオ先生からの指名なんだ。今日、タイテニアを用意しているそうで……その人数合わせに欲しいと」

「え、もっと意味が分かんなくなっちゃったんだけど」


大河が思わず口を挟んだが、六花たちも同意であった。

副会長も沈黙したままではあるものの、六花たちと同じことを考えているのはその表情からも明白だ。


会長と副会長は一人でタイテニアに乗れるし、一年生も二人一組になれば十分。大河、勇仁も、アミルとスヴェンがいれば一人で乗れるようになっていた。

どういう意図での人数合わせなのかは分からないが……それよりも、事情を何も知らない部外者のシルバーを巻き込むほうが話がややこしくなりそうなのに……。


生徒会のみなが首を傾げているところに、エミリオ先生が急いでこちらへ向かってくるのが見えた。


「遅くなった。君たちと話す機会を設けると言ってたのに、当日まで顔を合わせることもできなくなってしまって……」


駆けてきたエミリオ先生は息を整えるのに必死で、そう話すのが精いっぱいだ。

落ち着いて、と六花は先生の背をさすった。


「向こうに着いてからも色々とやりたいことがあるから……とりあえず車に乗ろうか。えっと……前に僕とグランヴェリー会長、ルチル……ミクモ姉弟が乗って、後ろがオールストン副会長、ミソノジ、ジョーガサキと中等部のグランヴェリーでいいかな?大きめの車を頼んではあるが、ちょっと狭くなっちゃうかな」


後部座席に三人で座ることになるので、たしかにちょっと狭い。でも、男だらけの後ろの車よりはきっとマシだと思う。


全員が乗り込むと運転手は車を出発させ、助手席から振り返ってエミリオ先生が顔を覗かせた。


「移動している間に少しお喋りができたら……と思ったけど、いまだと後ろの車の子たちとは話せなくなっちゃったね」

「学院から支給された耳飾りがあるので、向こうも俺たちの会話を聞くことはできますよ」


会長が、紋章石が組み込まれた耳飾りを見せる。

体育祭の時に、教頭から支給されたもの。その後も回収される様子もないので、生徒会のみんなで行動するときは利用させてもらっている。

この耳飾りがあれば、ある程度の距離までは互いの声が聞こえるのだ。


「なるほど。じゃあ、遠慮なく話をさせてもらおうかな」


納得したように先生が笑う。


「実は、本国では僕も紋章石に関する研究をしていてね。僕の場合はディオ絡みのことがあるから、オールストン博士とは別視点での研究になっているのと、ディオとしての知識を利用しているものだから根拠や証拠の提示ができなくて、公には認められていないことのほうが多いのだが……」


それは六花でも理解できる。

一万年前の経験や知識を持ち出しての研究は、独自の推測や結論を生み出しはしても、まともな学者から受け入れられるわけがない。前世の記憶……などと言われても、失笑されて終わりだ。


「そういうわけで、僕も紋章やタイテニアには強い関心があるんだ。本国でもこっそり作らせていて……神樹への立ち入り許可を取ると同時に、新型のタイテニアを運ばせた。神樹の調査と共に、君たちにそのタイテニアを試乗してもらおうというのが今回の目的だったりする」

「それは構わないのですが、なぜ俺の弟まで?」


会長が尋ねる。後ろの車で、きっとシルバーも同じことを言いたくてたまらないでいるだろうな、と六花は思った。

うーん、と先生が意味ありげに唸る。


「全部で六体用意したんだが、きっとアッシュは試乗を拒否するだろうなと思って。それで誰か別の人を……と考えた時、グランヴェリー公爵の下の息子は火の紋章使いで、彼もタイテニアの訓練は受けていることを知った」

「六体のタイテニア……」


六、という数字に六花が反応してしまうのは当然だと思う。

アッシュ……風花が嫌がって、火の紋章使いなら六花もそうなのに、それをわざわざ別の紋章使いをもう一人用意して。前世の記憶がある彼が作らせたもの……。


「色々と想像を巡らせているだろうが、答え合わせは現地ですることにしようか。僕ばかり話していたから、君たちの話も聞きたいな」


エミリオ先生が笑顔で言った。


それからは六花たちのことを話すことになり――と言っても、話すのは六花ばかりで、神代領のことやワダツミ帝国のことをちょっと話題にした程度だった。大河がいれば、もっとお喋りが弾んだかもしれない。

……何も知らない運転手やシルバーが聞いていると思うと、なんでも気軽に話すわけにはいかなかったのだ。


そうしている間にも車は目的地へと着いたのか、山の入り口っぽいところで停まった。


「ここから先は許可を取った人間しか入れないから、車や運転手の彼らは入れないんだ。徒歩になっちゃうけど、さほど距離はないはず」


エミリオ先生が言い、みんな、車を降りた。巻き込まれてついてくる羽目になったはずなのに、シルバーは不機嫌丸出しの表情ながらも大人しくついてくる――ガラテア王国の王子が相手では、彼も表立っては逆らえないのかもしれない。


一行はゆるやかな坂道を登り、大河はため息を吐く。


「前から思ってたけど、リッカちゃんたち、足腰強いねぇ」

「神代に住んでたらこの程度、日常の道だぞ」


すでにちょっと疲れ気味の大河に対し、風花は事も無げに言った。勇仁が笑っている。


「帝都は平地だからね。タイガ、頑張りなよ」

「頑張る……うう、アミルに替わってもらおうかな……」

「別にいいけど、体力と身体能力はおまえのものだぞ」


六花お手製のカバンに入っているアヒルのぬいぐるみが、やれやれと首を振った。


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