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第2話弐 出会い


六花に引きずられるようにして起きてきた風花は、明らかに寝ぼけた様子で朝食を食べていた。

大河と勇仁も朝食を食べながら、寝ぼけててもちゃんと食事はしている風花に注目している。


「寝ぼけてるっていうか半分寝てるよね、これ。寝ながらでも食べれるものなんだ……」

「俺も朝は強くないけど、フーカちゃんは俺でもびっくりするレベル」


厨房へ行っていた六花が戻ってきて、食堂の席に着いている生徒会長に紅茶を出す。

ありがとう、と礼を言ったオルフェリーノは紅茶を一口飲み、困ったように風花を見た。


「改めて説明しようと思うんだが……あの状態の彼は、果たして大丈夫なのだろうか……」

「あの状態でも話は一応聞いているみたいなので……。聞いてなかったら、あとで私が説明しておきます」


六花の答えに、そうか、と相槌を打って生徒会長はまた紅茶を飲む。それから、教会から寮へと戻る道中に六花と勇仁にすでに話してくれたことをまた話し始める。


「ルミナス学院高等部三年生、オルフェリーノ・グランヴェリーだ。生徒会長を務めていて、ワダツミ語が話せるといった点から、今年度の君たちの世話係を任されている。ルミナス学院では、三年生にもなると授業がほとんどないんだ。学業のカリキュラムは終わってて、卒業後の進路に向けて動いてる時期だから」


卒業後の進路……自分たちもいずれは必ず考えなくてはならないものだが、いまはまだ実感のわかない話だ。

なんてことを考えている六花の隣で、会長が話し続ける。


「それで、俺が面倒を見るのなら、君たち全員を生徒会に入れてしまおうということになった。タイガも話していたが、基本はうちも選挙制である一方で、生徒会役員による推薦で入ることもある。今年は生徒会長の俺の権限を思い切り利用させてもらうことにした――ちゃんと、先生方の許可は得ている」


六花たちが何か言う前に、会長が先に説明してしまう。

生徒会長とはそこまで強権を持っているのか、と考えていたのだが、それを先読みされてしまったようだ。


「ワダツミ語を話せる人に面倒見てもらえるのはすごくありがたいけど、授業とかってどうなるの?それもカイチョーさんが見てくれるの?」


大河が質問し、オルフェリーノは首を振る。


「さすがにそれは教師が行う。通常の時間割とは別に、君たち四人だけの少人数制の特別授業を行うそうだ。内部進学じゃない君たちは、学び具合も違っている可能性があるからな。俺が主に見るのは、学業以外の部分――日々の学生生活や、行事のほうだ。わが校は様々なイベントがあるんだが、クラスに所属してないとなると参加が困難になってしまう。生徒会に所属してしまえば、生徒会単位で動くのが基本となって君たちも立場がはっきりする」


異国の学校の行事と言われてもピンと来ないが、クラスで動くとなったら非常に少数派の六花たちは苦労することになるだろう。

この学院で、たった四人しかいない外国人なのだ。一年生の間は、とてもガラテア人だらけのクラスの輪に入っていける気がしない。


「お気遣いありがとうございます。私とフーカは、会長さんの提案に特に異論ありませんが……」

「まあ、俺たちもそれでいいかな」


六花の言葉に大河も同意し、勇仁はため息を吐く。


「ていうか、それ以外の選択肢なんてないんじゃないの」

「……残念ながら、そうだな。君たちは拒否することもできないものだと俺も思う」


会長が苦笑して言った。風花はまだ寝ぼけているようで、食べ終わっているがぼーっとしたまま返事をしなかった。


一学期中の基本方針を教えてもらった後、六花たちは生徒会長に連れられ、校舎内を案内してもらうことになった。

さすがに寮を出る頃には風花も目が覚めたみたいで、ネクタイが結べないと騒ぐ大河と勇仁に手本を見せてあげていた。校舎に入るので、制服は着用しないといけないらしい。


「生徒会に入るのだから、最初はやはり生徒会室を案内しよう。今日は副会長も来ているから、彼のことも紹介したい」

「生徒会は、会長さんと副会長さんと、他にはどなたが?」

「俺と副会長の二人しかいない。上級生で構成されていたものだから、卒業と同時に俺たち二人だけになってしまった。それで丁度良いと思ったんだ」


なるほど、と六花も相槌を打つ。

ルミナス学院の生徒会長というのはずいぶんと力を持っているものなのだな、と思っていたが、いまの生徒会は他に人がいないならオルフェリーノ一人の意思で簡単に決定されるのも納得だ。


校舎に向かう途中で、また教会の前を通り過ぎる。

教会に視線を向ける新入生たちを、オルフェリーノが振り返って立ち止まった。


「我が国で信仰されている、ルチル教の教会だ。町のほうにも教会は建てられてるんだが、ここの教会も王都で一、二を争う立派なものなんだぞ」


生徒会長が教会へと向かうので、六花たちも自然と教会へ入ることになった。

ワダツミの寺とはまったく違う、異国の宗教的建築物。大河は目を丸くして丸い天井を見上げている。

風花は真っすぐに視線を向け、奥の祭壇を見ていた。


「祭壇中央の聖母像。あれがルチル教の象徴でもある聖母ルチル。聖母像の両側に並ぶ二体の像が、左からカルネ、ロベラ。その後ろの少し小さい三体の像がラーザリ、スヴェン、アミル……。あの五人をまとめて、五賢人と呼んでいる」

「あの並びだと、聖母ルチルが最上位なんですか?」


オルフェリーノが説明してくれる祭壇を見ていた六花は、彼に振り返って尋ねる。

ああ、とオルフェリーノが頷いた。


「ルチル教って名前がついてるぐらいだから、聖母ルチルが最上位だ」

「カルネのほうが兄なのに?カルネを差し置いて、ルチルのほうが偉いという扱いなんですか?」

「よく知ってるな」


オルフェリーノも、ワダツミ人が自分たちとは異なる信仰を持っていることは知っていたのだろう。六花がルチル教の聖人についての知識を持っているので、少し驚いている。


六花も、ルチル教の聖人については詳しくない。ただ、この五人のことだけはよく知っているだけだ。

ルチルの兄だったカルネ。そのカルネがリーダーとなって結成した傭兵団に、ロベラ、ラーザリ、スヴェン、アミルの全員が所属していた。ルチルは兄のおまけでくっついていただけなのに、兄を差し置いて自分が――なぜ、という疑問しか浮かばない。


でもきっと、その疑問を答えることができる人間はいない。オルフェリーノも、宗教の成り立ちまで完全に把握しているわけないだろうし……。




校舎に到着すると、先に話していた通り、生徒会長は生徒会室へと案内してくれた。


春休み中ということで校舎は静かで、時々教師とすれ違う以外は誰とも出くわさなかった。

一度だけ、教師に連れられて同じように校舎を案内されている新入生の一団を見かけたが、遠くから見ただけで直接顔を合わすことはなかった。


彼らが案内されているのは授業で利用する移動教室や校庭だろうと生徒会長は話していた。


「ここが生徒会室だ。手前の部屋は執行部となってて、君たちの席ももう用意してある」


会長は当然のように扉を開け、六花たちを室内へと促す。


部屋はなかなか豪華な装いとなっていて、床にはふかふかの絨毯が敷かれていた。奥に存在感のある机が二つ並んでいて、その手前に六花たちの机が左右に分かれて並んでいる。


奥の左の机が、生徒会長の席だろう。右の机にはガラテア人の男子生徒が座っているし。


黙々と書類に挑んでいた男子生徒が、長い髪をさらりとなびかせながら顔を上げ、こちらを見た。


「ローズ、例の新入生たちだ」


そう言った後、会長は六花たちに振り返って生徒会副会長を紹介する。


「彼が副会長のアンブローズ・オールストン。ローズというのは愛称で、たぶん、君たちもそう呼んで構わないと思うが……」


会長がちらりと見て確認すると、副会長は頷いた。


「敬意を込めて呼びかけるのであれば、呼び名など何でもいいものだ。名に劣ることなく、愛称も美しいとなれば悩む必要もない」


副会長も流ちょうなワダツミ語で話しているが、なぜか、何を言っているのかよく分からない、という気分になってしまった。

たぶん、風花たちも同じことを考えたと思う。確認しなくてもなんとなくそれは分かった。


会長は慣れた様子で、副会長に六花たちのことを紹介している。


「女子のミクモから始まって、彼女の弟カザハナ、その横がタイガ、ユージン。名札を置いてあるから、名前を覚えるのは難しくないだろう」


言われて見れば、左右に並ぶ四つの机には六花たちの名前が書かれた名札が置いてある。ガラテア語だが、大河と勇仁も自分の名前ぐらいは認識できているようだった。


書類を放置して立ち上がり、副会長のアンブローズは六花たちのほうへ近付く。長い髪を、いちいちなびかせながら。


「ようこそ我が生徒会へ。新たな風を吹き込む人材を得られて、俺はとても喜ばしく思っている。オルフェの独断にも賛成だった――心から、君たちを歓迎しよう」


生徒会長の一存で六花たち四人を生徒会入りさせることについて、副会長も同意していたらしい。

よく分からない人だが、友好的な態度を示してくれるのはありがたい。


六花は副会長に向かって頭を下げ、ワダツミ流の挨拶をした。


「よろしくお願いします。ローズ副会長も、ワダツミ語がお上手なんですね」

「親の仕事の都合上、俺もワダツミ語を覚えていると何かと便利なものだったのでね。母の仕事を手伝い、ワダツミ文化について調べることもある」


友好的な態度ではあったが、誠実そうな会長に対し、副会長は含みのある言い方をする人だ。

いまの台詞は、六花たちを試すために意図して含みのある言い方をしたのだと、こちらにも伝わった。


「ワダツミ帝国帝都――校長の推薦とは別に、そこからも二名、新入生が来たと聞いているが」

「はいはーい!俺たちのことだね」


大河は元気よく返事をしたが、勇仁は返事をせず、わずかに雰囲気を変えたのを六花は察した。

大河は気付いているのか、いないのか、ニコニコと笑顔で――この空気の読めなさは、天然ではないような気がした。六花の勘でしかないが。


副会長はあえて空気を読まないような態度を貫き、表情を変えることなく長い髪をなびかせて話し続ける。


「ワダツミ帝国の天帝が住まう都。ガラテア宮廷が一切干渉することができぬ禁忌の地からやって来たワダツミの貴族。俺としては、ぜひ親交を深めたい相手だ」

「ローズ」


オルフェリーノ会長が制止するように声をかけたが、副会長は肩をすくめるばかり。


「これから共に学院を盛り立てていく仲間なのだ。最初に話しておかないのはかえって不誠実というものだろう。俺の母はガラテア王国における紋章研究の第一人者で、ワダツミ帝国に存在する紋章石――彼らが御神体として祀るものに強い関心があることを」


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