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その肆 好きな子をいじめる心理


合宿最終日。前日は竜の姿になったラズとも再会し、無事に彼とも合流できた次の日のことである。


「ぬいぐるみの修繕ができるからってことで、夏休みの間はアミルもスヴェンも私と一緒に神代に帰ることになってるの。契約のこととか、いろいろ気になることはあるからミソノジくんと一緒のほうが本当は良いのかもしれないけど……ミソノジくんも、帝都からなら神代とも近いから大丈夫って言ってくれて」


夏休みの過ごし方についてラズにも説明し、彼も一緒に連れて帰るつもりで帰り支度を進めていたのだが……。


「そのスヴェンはどこに行ったんです?大して動くこともできないでしょうに一人で勝手にフラフラと……置いて行かれたいんですかね、彼は」


相変わらず、ラズは勝手な単独行動に厳しい人だ。昔と変わらない彼に六花がクスクス笑っていると、片手にクマのぬいぐるみを抱えた勇仁が六花の部屋を訪ねてきた。


「ジョーガサキくん。スヴェンを連れてきてくれたの?」


ありがとう、とお礼を言ってぬいぐるみを受け取ろうとしたが、クマのぬいぐるみが反応する。


「いまはこっちが俺。神代に帰る前に、ちょっとだけ俺の身体を使ってみたいってスヴェンに頼まれて」


クマのぬいぐるみは勇仁の口調で話す。いま目の前にいる勇仁は、彼の身体を借りているスヴェンのほうだったらしい。


「あんまりユージンの厚意に甘えるのもどうかとは思ったが、やっぱ俺も思いっきり動いてみたくなってな。あと、ついでにこいつに俺がやってる日々の修行内容を教えてきた」


夏休みの間にしっかりやって来いよ、という激励付きでスヴェンが言い、頑張る、と勇仁はため息交じりに言った。


「俺も武家の跡取りとしてめちゃくちゃ扱かれてるつもりだったけど、スヴェンを前にすると自信なくす」

「俺が並外れた体質なのは事実だが、それ以上に年齢差がでかいって。おまえはまだ発展途上のガキなんだぜ。それで全盛期を迎えてる俺と同レベルになられちゃ堪らねえよ」


勇仁は自分の未熟さに落ち込んでいるようだが、スヴェンは勇仁をフォローしている。

スヴェンは、勇仁のことを認めているのだろう。それはとても良いことだと思う。


「ジョーガサキくんも帰り支度をしなくちゃいけない時間だから、スヴェンはこっちに戻ってらっしゃい。帰りは、荷物は送ってもらって、私たちは天馬に乗ろうかって話になってるから、あなたたちがちゃんと入る鞄も作り直してみて――」


天馬に乗っている間、落としてしまわないようにぬいぐるみが三体きっちり入るよう作り直してみた鞄を取り出していたら、ぐいっと抱き寄せられた。

何気ない仕草のように見えても、長い腕は六花ではビクともせず、その力強さには身に覚えがあった。


「スヴェン、またいたずらして」

「久しぶりにこういうことができる状態になったからな。あー、身体借りると、色んな感覚も戻るから癖になりそうだな。ぬいぐるみの時だとあんま感じなかったが、やっぱあちこちやわらかくて触り心地良いよなーおまえ」


背後から片手で自分を抱き寄せてくるのは、勇仁の身体を借りたままのスヴェンだ。

六花の目の前の足元に立っているカワウソのぬいぐるみはやれやれと首を振っていたし、もう片方の手でスヴェンに抱えられている勇仁は焦ったような声で訴えた。


「スヴェン……俺の身体でそういうことしないで欲しいんだけど……。というか、俺の身体じゃなくてもやっちゃだめだと思う」

「減るもんじゃねえし、いいだろ」

「スヴェンへの信頼はゴリゴリ減ってる。そういうことするなら、もう身体貸さないよ」


ぬいぐるみの勇仁が諫めても、スヴェンは構わず六花をぎゅうぎゅうと抱きしめ、後ろから頬すりまでしてくる。

六花はいつものことなので特に抵抗しなかったが……身体の持ち主が迷惑がっているなら、六花も止めるべきだろうか。


「スヴェン――」

「痛っ!」


呼びかける声は、スヴェンの短い悲鳴にかき消された。

何事かと目を丸くしていると、スヴェン……が入っていたはずの勇仁が六花を見、パッと手を離した。表情が変わり、心なしか、顔つきまで変わっている。勇仁と入れ替わったのだ。


「いってーな……」

「スヴェン!またルチル様にそんな不埒な真似をして!」


怒るアヒルのぬいぐるみは、六花と勇仁の背後に立つ風花の足元にいた。

どうやら、風花が後ろから勇仁……の身体を借りたスヴェンを殴ったらしい。クマのぬいぐるみは勇仁の足元にポトリと落とされ、駆け寄ってきたアヒルのぬいぐるみを無視して風花を見上げていた。


「容赦なくぶん殴りやがって。俺の身体じゃねーんだぞ。ユージンがパーになったらどうしてくれんだ」

「スヴェンがふざけたことするからだろ……」


痛む頭をおさえ、勇仁が恨みがましそうに言った。

悪かった、と風花は勇仁に素直に謝罪したが、他ならぬ勇仁が首を振る。


「弟くんのおかげでスヴェンから身体を取り戻せた。俺のほうこそ……ミクモ、ごめん。スヴェンがあんな真似するとは思ってもなくて……」

「ジョーガサキくんは何も悪くないわ。気にしてないから――スヴェンのことは許してあげてよ、フーカ」


何やら怒りの収まらない風花は、クマのぬいぐるみを頭から鷲づかみにして鬼の形相で睨んでいる。

燃えてる!とスヴェンもわめき散らしてジタバタと抵抗し、やっちまえ、とアミルは風花を焚きつけていた。


「コラ、アミル!てめえ、どっちの味方してんだ!?」

「俺だってクソ王子を応援するなんて不本意なことはしたくないけど、今回ばっかりはスヴェンが悪い!」

「あなたという人は……塵芥になってしまいなさい。どうせ、ロベラが戻ってきたら同じことされますよ」

「ロベラには言うんじゃねえ!カルネと寄ってたかって俺をボコってくるじゃねえか、あいつ!」




罰として、スヴェンは当分の間、六花から一人引き離されることになってしまった。

というか、塵芥は回避できたものの風花の怒りが収まらず、六花に寄ると本当に火を点けようとしてくるものだから、しばらく避難するしかなかった。


そういう訳でとばっちりの匿い先となってしまった勇仁は、自分の客室で自分も帰り支度を進めながら、呆れたようにスヴェンに言った。


「昔もああいうことしてたの?俺は良くないことだと思うから、俺の身体ではやらないで」


勇仁の説教に、スヴェンはクッションにお行儀悪く座って不貞腐れている。


「別にいいじゃねえか。ルチルは気にしねえんだから――あいつは、ロベラ以外の男は男だと認識してねえ。昔からロベラのことしか目に入らないから、本当に気にしてないんだよ」


その言葉に色々と察しながらも、勇仁は何も言わなかった。

……ほんのりと同情心がわき上がってくるが、それと自分の身体で痴漢行為を働くのは別問題だ。


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