その参 同じ目線
合宿二日目の午前中は別荘の掃除ということで、各々割り当てられた場所の清掃に励んでいた。
と言っても別荘には管理人がおり、六花たちのやる掃除などたかが知れているが。
それでも、生徒会の皆も手を抜くことなく掃除をしていたのだが、大河がいつの間にか入れ替わっていた。
「ルチル様、俺にお任せください!そこも俺がばっちりやっておきますよ!」
満面の笑顔で廊下の掃除をしていた六花のもとに駆け込んできた大河を見て、アミルのほうだな、と六花は即座に見抜いた。
本人たちも隠すつもりはまったくないので、口調からして異なっている。
「アミル。どうしてミソノジくんになってるの?」
「お願いして身体を借りることにしました。掃除洗濯雑用と言えば俺のほうが得意ですから!掃除道具は一万年経ってもあんまり進化してないんですね」
大河の身体を借りたアミルは腕にアヒルのぬいぐるみを抱えており、俺だよ、と翼をばっさばっさ動かしてぬいぐるみがアピールしている。
「ミソノジくんが、いまはアヒルのぬいぐるみに入ってるの?」
「実際には違うよ。俺の意識も俺の身体の中のまま。でもその状態だとアミル以外は誰とも話せなくなっちゃうから、アヒルのぬいぐるみを自分の身体みたいに動かせるようにしてみたんだ」
不思議な状態だが、大河は順応してアミル並みにアヒルになりきっている。
……アヒルになりきる必要性はないのでは、とつっこむ人間は誰もいなかった。
「タイガの厚意に甘えてホイホイ入れ替わるのもどうかとは思ったんですが、掃除に関しては俺のほうが絶対上だと思ったので、見かねて交替してもらいました。さ、俺がやりますからルチル様は休んでいてください!」
そう言ってアミルは六花の分まで掃除をしようとするので、六花は苦笑する。
「そうはいかないわよ。みんなでやることに意味があるんだから。アミルったら……昔から本当に変わらないんだから」
出会った頃からずっと、アミルはルチルとカルネのことを崇拝しまくっていて――慕ってくれるのは嬉しいのだが、慕い方が過剰過ぎて兄と二人でちょっと引いていた。
ルチルがやろうとしてた雑用まで率先して自分が引き受けようとする癖は、いまも健在なようだ。
「一緒にやりましょう。こういう時はそう言うの」
六花がたしなめれば、アミルはきょとんとなって目を瞬かせた後、ちょっと照れくさそうに笑って目を逸らしていた。
巻き込まれて汚れないよう少し距離を取るアヒルのぬいぐるみに見守られつつ、六花はアミルと共に掃除を再開する。
掃除は得意という自負に違わず、やはりアミルは手際が良く、二人でやればあっという間だ。
掃除を終えた六花はため息を吐き、笑顔でアミルに振り返った。
「ありがとう。おかげでもう終わったわ」
どういたしまして、と言いつつも、アミルは黙り込んでしまって妙な沈黙の間が生まれてしまう。
アミルをじっと見つめて首を傾げれば、アミルがまた目を逸らした。
「……ルチル様が可愛すぎて辛い」
ついには手で顔を覆い、自ら視界を遮ってそんなことを言い出した。
「急にどうしたの……?」
ぽかんとなってしまう。
自分と兄のことを崇拝しまくっていることは知っていたが、いまさら過ぎるこの反応は何だろう。
六花の言葉に、もごもごと顔を覆ったままのアミルが言い訳を始める。
「ルチル様が美しくお可愛らしいことは昔からもちろん知っていました!再会した時だって何も変わっていらっしゃらないと思っていましたが……タイガの身体を借りて同じ高さの目線でルチル様を見ていたら、また改めて思い知らされてしまって……!」
「大げさよ」
正直、容姿を褒められるのはいつものことだし、世間一般の基準で言えば自分が並より上という自覚はある。
でも、ここまで大仰に褒められると六花も受け入れづらかった。
「アミルって、リッカちゃん……ルチルのことが好きなの?」
その後、自分の身体に戻って大河も自分の部屋を掃除しながら、アヒルのぬいぐるみに戻ったアミルにそんなことを問いかけた。
この部屋の掃除も自分がやってやるよ、とアミルは申し出てくれたのだが、みんなでやることに意味があると話した六花の言葉に大河も思うところがあって、アミルに助言をもらいながら自分も掃除をすることにしたのだ。
「好きか嫌いかで答えるならもちろん好きではあるが……俗っぽい意味はないぞ!?ルチル様は、俺なんかがそんな邪な感情を抱いていい御方ではないからな!」
力いっぱい否定しているが、慌てたような、焦ったようなアミルの態度に大河も意味深に笑う。
なんだよ、とアミルは少し後ずさった。
「俺はリッカちゃん好きだよ。可愛いし、優しいし、強くて良い子で、好きになる理由しかないよね」
「……それはどういう意味の好きなんだ……?おい、タイガ!」
大河の言い方が気になってアミルが問い詰めるが、大河は知らん顔で掃除に勤しむ。
わざとらしい大河にアミルはガーガー吠えたが、すっかりアミルの扱いを理解した大河には一切通じなかった。




