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第3話参 真夏の夜の夢


ざっくざっくと豪快な音を立て、スイカが切り落とされていく。乱雑に切り落としたスイカは適当に皿に並べられ、風花はまだまな板の上に残っているスイカに視線を落としたまま、顔を上げることもなく言った。


「野郎どもはそれで食え。はなたちはこっちだ」


豪快に切り落とされたものとは対照的に、妹たちにはちゃんと一口サイズに切り分けたスイカを差し出す。女の子たちはフォークでお行儀よく食べ、大河と勇仁はスイカにかぶりついていた。

ガラテア人の男性陣も、大河たちを真似て恐るおそるスイカにかぶりついてみている。


「マリー、種は食べちゃダメよ」


ワダツミ語は完ぺきではないが、フォークで種を避ける仕草もあって、マリーにもちゃんとはなの注意は伝わっているらしい。

よく冷えた甘いスイカを、みな満足そうに食べている。


「んー、美味しい!やっぱり夏はスイカだね!」

「しっかり冷えてるから特に美味しい。川で冷やしてきたんでしょ?時間がかかったんじゃないの」


勇仁の言葉に、控えめにスイカにかぶりついていたシルバーが静かに答えた。

――話しかけられて、素直に彼が答えるのを初めて見たかもしれない。


「今日は川の水が異様に冷たかった。兄貴たち、何かやってたのか?」


会長は苦しい笑い方で誤魔化し、副会長は涼しい顔でスイカを食べている。

と思ったら、大河の雰囲気が急に変わった。


「――ん?あれ?急になんで俺?」


アミルに入れ替わったのか、ということは六花たちにはすぐに分かった。はなやマリーはスイカを食べるのに夢中で、大河の変化には気付いていない。

シルバーは気付いているのかどうか分からなかった。


「せっかくだから、アミルも食べてみてよ、スイカ。美味しいよ。ぬいぐるみのままじゃ感覚は何もないし、食べることもできないから食べ物の美味しさもずっと分からないままでしょ」


アヒルのぬいぐるみが両翼をばっさばっさ動かしながら喋る。声も喋り方も大河そのもので、クマのぬいぐるみとカワウソのぬいぐるみがじっとアヒルのぬいぐるみを見つめている。


「ああ、なるほど。じゃあ俺も」

「気にしなくていいっての、そんなこと」


勇仁とスヴェンがそんなやり取りをした直後、勇仁のほうもスヴェンと入れ替わったようだ。

スイカを持ったままだったので、勇仁の姿をしたスヴェンはスイカをじっと見下ろしている――のではなく、スイカを持つ勇仁自身の手を見ていた。


「やっぱり俺が思いっきり使ったもんだから、おまえの身体、えらいことになってんな」

「筋肉痛ばきばき」


勇仁の声で、クマのぬいぐるみが言った。

ぬいぐるみなので表情は変わらないはずなのに、クマの顔つきまで勇仁に見えてくるのだから不思議だ。


「ミクモの治癒のおかげで早い段階で筋肉痛も終わりそうだけど」

「私の治癒能力はダメージや苦痛を取り除けるものではないから……」


六花は申し訳なく言った。


ルチルの時代から、この治癒能力は負傷をなかったことにするものではなく、相手がもともと持っている回復能力を高め、治癒を早めていくだけのものである。

だからすでに回復能力を失ってしまったもの――完全に死んでしまったものを治癒させることはできないし、筋肉痛のような、回復の過程で苦痛が伴うようなものは治癒期間を早め、短縮させることしかできない。


勇仁は、それでも十分過ぎるけどね、とフォローした。


「筋肉痛程度ならミクモにわざわざ力を使わせなくてもいいようなものだし。俺の鍛錬不足が原因なんだから。次までに俺ももっと鍛えておく」


つぎ、と六花が思わず呟けば、勇仁が言った。


「五賢人の内、三人が襲ってきた。なら、あとの二人も絶対に戦うことになるでしょ。しかもあとの二人はスヴェン並みに強いって」


勇仁の指摘に、六花は返事に困ってしまった。

風花はわざとらしくスイカにかぶりついて話に混ざろうとしないし、アミルとスヴェンはスイカを実際に食べてみたら、その美味しさに夢中になっている。

勇仁も返事は求めていないようで、美味しそうに食べているスヴェンたちを見上げていた。


――そしてスイカを食べると、大河の強い提案で、なぜかみんなで別荘の外に出ることになってしまった。




「夏の夜と言えば、やっぱりこれだよね!」


自分の身体に戻り、大河がニコニコの満面の笑みで言った。


「肝試し――と言っても、別荘の外をちょっと歩き回るだけだけど。でも昨日のうちに霊場が強めのところを見つけたんだ。二人一組でぐるっと腹ごなしのお散歩しよう!霊感の強い人間……紋章使いなら何か見えちゃうかも」

「昨日の昼の探検は、これが目的だったのか」


会長が苦笑する。


「会長さんからもらった地図にちゃんと道を書き込んだし、危険がないか俺も何度も確認したから、たぶん大丈夫……。ゆっくり歩いても四半刻もかからないはず」

「でもさすがに心配だから、はなちゃんとマリーは二人で一人扱いで、一番土地勘のある会長さんとペアっていうのは固定で。他はくじ引き!」


勇仁が説明し終わる前に大河がお手製のくじを持ってみんなの前に差し出し、くじひもを持つ大河の手を風花はじっと見つめて眉を寄せた。


「うちにはそういうのがめちゃくちゃ苦手なやつがいるぞ」

「あー……やっぱりはなちゃん、すごく怖がりな感じ?」


大河がちょっと心配そうに言った。実際、はなは風花の腰あたりにしがみつき、不安そうにくじを持つ大河を見上げている。

いや、と風花が言った。


「はなも大して得意じゃないが、こっちのほうがさらに苦手にしてる」


風花の腕には、六花がしがみついていた。三体のぬいぐるみもぎゅうぎゅうに抱きしめている。


「そういや、おまえ、こういうの苦手だったな。夜の戦場も平気な顔して、普段はグロい死体にも動じねえくせに」


クマのぬいぐるみが、ぎゅうぎゅうに抱きしめられて身動き取れずに言った。


「ルチル……あなた、まだそんなものを怖がっているんですか」


カワウソのぬいぐるみが、やれやれと言いたげな雰囲気で言った。

だって、と六花が言い訳する。


「幽霊って、恨みや未練を残した人間の成れの果てなのよ。私たち、人から恨まれたり憎まれたりする心当たりしかないじゃない」

「大丈夫ですよ、ルチル様!俺たちがついています!」


アヒルのぬいぐるみが励ますが、私たちはぬいぐるみですけどね、とラズが無情な事実を突きつける。


「紋章も使えないぬいぐるみが、いざという時、助けになるとは思えないのですが」

「未練を残して死んだ人間の成れの果てって考えると、俺たちも幽霊みたいなもんか。幽霊はいるって、他ならぬ俺たちが証明しちまってるな」

「ラズ!スヴェン!シッ!余計なこと言わない!」


アミルはフォローするが、二人の余計な発言で六花はますます顔を青くしている。

さらにぎゅうぎゅうと締め上げられて、ラズはため息を吐いた。


「いいですか、ルチル。恨みや憎しみで人が殺せるなら、生前の我々はあれほど苦労しなかったのですよ」

「それもまたすげえ説得力だな」


風花の腕にしがみついてどんどん不安そうに縮こまっていく六花に、大丈夫?とさすがの大河も心配している。


「本当にきついなら、無理しなくていいからね?」

「うん……。二人一組なのよね?なら相手にくっついていくから……歩くだけなら」


……なんて。

六花の希望はあっさりと打ち砕かれた。


全員でくじを引き、ペアとなる相手が決まって。

誰と組んでも、六花がしがみついてくるのを許容してくれる男ばかりだったのだ。一人を除いて。


「……露骨に絶望するんじゃねえ」


額に青筋を浮かべ、シルバーが低い声でつぶやく。自分の引いたくじを見つめ、六花はさらに顔を青くしていた。

お化けへの不安と恐怖と……よりにもよって、唯一頼れない相手に当たってしまったという絶望感で。


「うう……だって……しがみついててもいい?」

「却下だ。うざい」


自分の反応に文句を言うくせに、やっぱり拒否してくるではないか。六花は恨みがましく唸り、三体のぬいぐるみをさらに強く抱きしめる。


「じゃあせめて、三人は私が連れていくもん……」


周囲も、あちゃー、という反応である。シルバー以外なら、誰でも六花をフォローしてあげられるのに。


シルバーのほうも、なんで俺まで、とくじ引き前から不機嫌な状態であった。

はなとマリーが二人セットになってしまう以上、ペアを作る人数合わせのためにシルバーも強制的に参加させられたのである。彼も不本意な状況なので、責めることはできないが……。


ため息を吐き、風花が言った。


「俺がリッカと行く。替われ」

「はあ?」


風花の申し出に、シルバーがさらに顔を険しくする。

風花はお構いなしに言葉を続けた。


「別に構わないだろ。おまえはリッカのお守りするのが面倒くさいって言ってるんだし、兄貴じゃなきゃ誰とでも同じだろ、どうせ」


風花の提案は異論もないほど正しく、シルバーも内心ではそれを分かっていた……と思う。

ただ、すでに機嫌がよろしくない状態だったのと、風花のことを嫌っていたことが合わさって……残念ながら、シルバーの反発心を煽ってしまった。たぶん、風花の上からの物言いも良くなかった。


「……嫌だ。こいつのお守りもする気はねえが、そいつももっと面倒くさそうだ」


風花のペアになった大河をじろりと睨み、シルバーが言った。

ひどーい、と言いながらも、大河も自覚はあるような言い方だった。


シルバーの態度に風花もぴくりとこめかみが反応し、不快と怒りのオーラを発している。


「無駄に逆らってんじゃねえぞ。どうせ、俺に提案されたのが嫌なくせに」

「分かってるなら俺に指図するな」


似た者同士過ぎて相性最悪だなぁ、と大河、勇仁、副会長は思い、生徒会長は弟をフォローできずオロオロしている。

結局、六花が仲裁に入ることになった。


「アミルたちもついてくれてるから、私なら大丈夫。会長、はなちゃんたちをお願いしますね。会長が出発したら、私たちも……。フーカ、私の心配してくれてありがとう」


まだ顔は青いままだが、六花も腹は括った。ルチルだった頃は、こんなものに怯えている場合じゃない時だらけだった。

その時を思い出して、気合で乗り切るだけ――前世では、怯える自分を気遣って兄のカルネやロベラがさり気なく付き添ってくれたな、ということはあまり思い出さないようにして。


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