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第3話弐 影でコソコソ


六花たちが寮に戻ると、談話室には大河と勇仁がいた。


「あ、戻ってきた。会長さんたちも一緒なんだね。丁度よかった」

「起きてて大丈夫なの?」


六花が心配すると、うん、といつもの元気いっぱいの笑顔で大河が頷く。


「俺は紋章の使い過ぎで疲れてただけだから。アミルが予想以上に強くて、俺のほうが追い付けなかったや」

「そろそろ質問してもよさそうな雰囲気だから改めて聞くけど、あれ、なんだったんだ?俺、タイガになってなかったか?」


大河、勇仁が腰かけるソファーの前のテーブルに座り込んだまま、アミルが言った。


「その認識で間違いじゃないないよ。あの時、俺、アミルに自分のこと乗っ取らせてた」


大河が答える。


「式神との契約にも色々種類があって、そのうちのひとつ。式神に自分の身体を貸して、力を使ってもらうっていう契約をしたんだ。アミルが、自分ならスヴェンって人の能力を抑えられるって言うから」

「それで俺が自分の紋章が使えるようになってたのか。ぬいぐるみのこの身体じゃ無理だけど、タイガの身体に乗り移ればできると」

「うん。俺の身体に乗り移れば本来の力が使えるだけじゃなくて、俺の身体を使って感覚を得ることもできるよ。ぬいぐるみだと物を食べたりできないし、触った感覚とかよく分かんないでしょ。人間の身体じゃないから」


まあな、とアミルが相槌を打った。


「デメリットもあるんだけどね。身体能力は俺のものだし、本来の自分よりずっと早く疲れちゃうんじゃないかな。契約した俺のほうにも大きな問題点があって、式神のほうが俺より強い場合、制御しきれなくなって身体を乗っ取られちゃう危険がある。アミルは俺よりずっと強いっぽいから、その気になれば俺を抑え込んで俺の身体をずっと自分のものにすることもできると思うよ」

「……んな危ないもの、簡単に使っちゃダメだろ」


アミルは心から大河を心配している。大河は笑った。


「本当は叔父さんからも使用を禁じられてた術なんだ。過程として覚えておかないと次の術が学びにくくなるから教えておくけど、よほどのことがない限りは使わないようにって。でも……俺はアミルなら大丈夫だって信じてるよ。スヴェンって人も、絶対に封印したかったし」


ぬいぐるみのため、アミルの表情は見た目では変わらないものとなっている。

でも、アミルは大河に強い感謝の気持ちを抱いているのではないかな、と六花は思った。六花も、大河の思いやりに感謝している――スヴェンを封印するのは、六花やアミルがスヴェンと再会できるようにするためだ。大河には何の利もないことなのに……。


「もう契約しちゃったから、今後はアミルの意思でも俺と交替できるよ。アミルが俺の身体に憑依してる間、俺自身の意識もちゃんとあるんだけど、アミル以外の誰とも話せなくなるのは不便だね。それを何とかする術もあったはずだから、後で調べておかないと」


最後はブツブツと独り言を喋っていたが、いまはいいや、と自ら打ち切り、大河が六花を見た。


「それより、今回もするんでしょ?スヴェンって人と契約。この人用のぬいぐるみ、持ってきてくれればやるよ」

「気持ちはとてもありがたいけど、紋章の使い過ぎで疲れてるのに……」

「大丈夫。それはあんまり力を使わないから。説得できないような式神相手だとさすがにまずいけど、リッカちゃんとアミルが揃ってるなら、この人も問題ないよね」


少し悩んだが、大河の厚意に甘え、六花は自分の部屋からクマのぬいぐるみと裁縫道具を持って談話室に戻ってきた。


風花の隣に座り、クマのぬいぐるみの背中部分の縫い目を丁寧に切る。切ったところから紋章石を中に押し込んで、手早く切れ目を縫い合わせた。

六花のその作業を、ソファーに座って会長たちもじっと見守っている。アミルは、テーブルに座って六花を見上げていた。


アミルの隣に、クマのぬいぐるみを並べて。

アミルの時と同じように、大河はぬいぐるみに向かって両手をかざし、目を瞑る。ぬいぐるみを取り囲むように机の上に五芒星が浮かび上がって光を放ち、もぞ、とぬいぐるみが動いた。


もぞもぞと緩やかに動き始めたアミルとは違い、クマのぬいぐるみはガバッと起き上がってモフモフの身体で戦闘態勢を取る。

可愛らしい姿で勇ましく構え、見た目に似合わぬ野太い声で叫んだ。


「おら、来いやぁ!まだ俺は戦えるぞ!手足ちぎれても、てめーらを地獄に道連れにしてやらぁ!」


アミルの話から、スヴェンは戦いの中で命を落としたと聞いている。死の直前までしか覚えていなかったアミル同様、スヴェンも、記憶がそこで途切れてしまっているのだ。


「スヴェン、落ち着いて。私が誰か分かる?」


六花が言った。

スヴェンが振り返り、六花を見て文字通り飛び跳ねた。


「ルチル!?戻って来たのか!すまねえ、俺たちがいながらまんまとカルネをやられちまって……あ?なんで俺、おまえを見上げてんだ?」


スヴェンは五人の中でも一番背が高く、体格が良かったので、ルチルは出会った時から常に彼を見上げていた。

それがいまは、テーブルの上の彼を見下ろしていて。

……前世ではありえなかった構図だな、と六花もちょっとだけ笑ってしまった。


「スヴェェェエエエンン!」

「うおっ!?俺はあひるに泣きつかれる覚えはないぞ!ていうかなんで喋ってんだこいつ!」


感動の再会にアミルが飛びつき、スヴェンは抵抗していた。アミルの話が正しければ、彼らははっきりと死に別れている。

ぬいぐるみだから涙は出ないけれど、心の中では号泣していることだろう……。


「スヴェン、あのね……私たち、一度命を落としてしまっているの。私たちのいた時代から一万年ぐらい時間が経ってしまっていて、私は生まれ変わったけれど、あなたたちは生まれ変わることもないまま、現代に現れてしまったの」


アミルの時と同じような説明を繰り返し、スヴェンは黙って聞いていた。

突拍子もないような部分もかなり多かったはずだが、死んだ自覚だけはスヴェンもある。だから、六花の話を信じるしかない、と割り切っている様子だった。


「……なるほどな。そっちの坊やが俺たちの自我を取り戻してくれたおかげで、俺やアミルはぬいぐるみになっておまえらと話ができる状態になってるってわけか。なんで俺たちが竜になってたのかは誰にも分からねえが」

「操ってる人間が必ずいるはずなんだけど、そこまでは俺たちもまだ分からないんだ」


大河が言った。ふんふん、とスヴェンが頷いている。


「よく見てみれば、ルチル、おまえもずいぶん変わってたんだな。髪も目の色も全然違うのに、直感的にルチルだって思っちまった」

「どうもそういうものみたいね。容姿は変わったはずなのに、アミルもフーカも一目見た時から私がルチルだって見抜いてたわ」

「フーカ?」


スヴェンが首を傾げ、六花の隣にいる男に視線を向けた。じっと見つめた後、おお、と声を上げる。


「一瞬ロベラかと思ったが、おまえ、アッシュ王子のほうか。おまえのほうがルチルと一緒に生まれ変わってんのかよ」

「ロベラとフーカはそんなに似ているのか。似たような力を使うというだけではなくて」


生徒会長が口を挟み、そりゃそうだろ、とスヴェンが言った。


「ロベラとアッシュ王子は双子なんだから。顔を覆う兜が取れて素顔が見えた時は、俺たちも驚愕したもんだぜ。懐かしい話だ」


スヴェンはさらっと答えたが、会長たちが目を丸くし、六花と風花が目を逸らすのを見て、自分が爆弾を落としてしまったことに気付いた。

まさか、と綿の詰まった腕を組む。


「……こいつらに話してなかったのか。言っちゃまずかったか?」

「そういうわけじゃないけど……。フーカがロベラの話をするとすぐ不機嫌になるものだから、話題にしづらくて」


六花は歯切れ悪く言い訳する。風花は黙り込んだまま眉間に皺を寄せており、不機嫌そうなオーラを発していた。

会長と副会長は風花をまじまじと見つめており、ルチル教に疎い大河と勇仁は反応に困っている様子だ。


「それにしても……一万年前か……。そんなに時間が経っちまって……カルネや他のみんなはどうなったんだ?エンデニル傭兵団は……」

「俺も分かんないだよ。たぶん、時系列で言えば俺たちの中で一番最初に死んだのがスヴェンで、その次が俺っぽい。スヴェンのおかげで逃げれたけど、俺も拠点に戻ってすぐに……」

「ああ?!おまえ、なに死んでんだよ!なんのために俺が残ったと思ってんだ!」


大声を出して凄むスヴェンに、アミルも必死で弁解する。


「悪かったよ!致命傷は避けたつもりだったけど、武器に毒が仕込まれてて!それで……瀕死だったからまともに確認できてないけど、俺以外にもかなりの戦死者が出てるはずだ。ルチル様がいれば治癒できたのにってラズが話してたのは覚えてる」

「チッ、やっぱり俺たち、罠にかけられたんだろうな」


スヴェンの言葉に、そうだと思う、と六花も言った。


「私がいれば解毒ぐらいできたのに、最悪のタイミングで私とロベラは傭兵団を離れることになってしまった。ゴットフリートが笑っていたわ――私たちはサンクブルムに裏切られ、売られたんだって」


言葉を切り、六花は黙り込む。アミルやスヴェンは六花の話の続きを待っているようにも見えたが、六花は顔を上げ、会長たちを見た。


「以前にも話したように、私たちエンデニル傭兵団は、エルドラドという大国と主に戦っていたんですが、それは、エンデニル傭兵団の支援者となったサンクブルム神聖国のためだったんです。あの国は王の他に大きな教会があって……教皇というもう一人の君主を仰いでいたんですが、当時の教皇は大神官の傀儡で」


自分たちばかりで話し込み、置いてけぼりにしてしまっている生徒会長たちに向かって、六花は説明する。


サンクブルム神聖国――エンデニル傭兵団が手を組んだ国。

エルドラド王国の戦力はすさまじく、諸外国がなすすべなく支配されていく中で、エンデニル傭兵団だけは対等以上の戦果を挙げ続けていた。

となれば当然、エンデニル傭兵団に対する民衆の人気は高まり、国の上層部に君臨する連中は面白くない。


エルドラド国王ゴットフリートに対抗するためにはエンデニル傭兵団の力が必要だが、ゴットフリートを倒した後は、強くなり過ぎた傭兵団は厄介な存在に――。


「お兄様も大神官が必ず傭兵団を潰しにかかるはずだと危惧はしていたけれど……まさか、エルドラド国王と手を組むとまでは予想しきれず……。私はエルドラドに売り飛ばされ、そこで命を落としました。お兄様や傭兵団のみんながどうなっているか、知る由もないまま」


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