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第2話弐 刺客


会長と風花、大河と勇仁が乗ったタイテニアが到着した時には、すでに六花たちを襲ったタイテニアは影も形もなくなっていた。

――その場で争っていたような形跡と、タイテニアの残骸らしきものは残っていたが。


「……逃がしたのか」


タイテニアから顔を覗かせ、風花が言った。仕方ないでしょ、と自身のタイテニアの操縦席から降りることなく六花が答える。


「捕縛系の能力は私、持ってないんだもん」

「ミクモたちが無事で何よりだ。本当に。大きな怪我がなくてよかった」


会長は六花と王女の無事な姿を見て安堵している。後部座席に座っているので、六花からはちらりと見える程度だったが。

勇仁も操縦席に座ったまま周囲の様子を見回し、争いの形跡をタイテニアの足で踏んで確認している。


「うちの生徒……の仕業じゃないんだよね。ミクモの言葉を信じるなら」

「生徒じゃないと思うんだけど。あの動きは、長年の経験を積んだ、その筋の人のものだったわ。タイテニアに乗らずに襲ってきてたら、私でも負けてたかも」


六花が余裕だったのは、タイテニアに乗っていたからだ。

紋章使いとしての実力は六花のほうが圧倒的に上だったから――紋章石がなければ紋章も使えないような人間に、ルチルの記憶込みで使いこなしている六花が負けるはずがない。


「でもそれだと、そのタイテニアに乗ってたのは外部の人間ってことになっちゃうよ。ルミナス学院に侵入って、そう簡単にできるのかなぁ」


勇仁の背後のほうから、大河の声が聞こえてくる。大河の問いに、誰も答えなかった。

――六花はちらりと二体のタイテニアを見、ワダツミ人とガラテア人で、内心の思惑がはっきり分かれていそうだな、ということを感じていた。


恐らく襲撃者の正体について、ガラテア人の生徒会長とジョゼフィン王女は心当たりがあり、風花や勇仁、大河たちワダツミ人は、二人に心当たりがあることを察している。


少しの間、気まずい沈黙が流れ、副会長の到着でようやく場の雰囲気が変わった。


「俺が最後か。遅くなった」

「俺たちも間に合ってはいない。ミクモが一人で撃退してしまって、俺たちはいいとこなしだ」


会長が少しおどけて言った。


「全員が集まってミクモたちの無事も確認できた。一度校舎に戻り、先生たちに報告に行こう。先生たちも異変にはとうに気付いているだろうが――」


会長のその言葉に、六花たちも校舎へ戻るためにタイテニアを動かそうとして……全員が、一斉にタイテニアの異常に気付いた。


会長と風花が乗るタイテニアはガクッと膝をついてしまったし、大河、勇仁が乗るタイテニアは踏ん張り切れずに両手をついて這いつくばる体勢になってしまっている。

六花も後ろに転倒しそうになったのを、慌てて紋章を使って耐えた――大きな翼でバランスを取り、倒れ込むことは回避した。


副会長も動かしかけたものを歪な体勢で止めている。


「な、なに?どうしたの?」


タイテニアを直接操作しているのは勇仁のほうなので、大河は何が起きたのか分かっていないようだ。会長も、風花の操作ミスに驚いている。


「分からない。急に足を取られて……」

「紋章だ――あの脳筋が、脳筋のくせに使いこなしてた力だ!」


風花が叫んだ。

途端、砂が舞い上がり、六花たちが乗っている四体のタイテニアすべてをすっぽり覆うほどの規模の砂嵐が起きた。急いで口元を覆う六花の耳に、アミルの声が響く。


『全員、口と鼻を覆ってできるだけ息を止めろ!この操縦席の扉みたいなやつ、閉められるならさっさと閉めろ!』


まともに目を開けていることもできないほどの激しい砂嵐は、聴覚も六花たちから奪っていた。大量の砂の舞い上がる音で、外の音もほとんど聞こえてこない。

耳飾りだけが、互いの声を正確に伝えていた。


『ルチル様!ユージン!タイガ!――ダメだ、あのクソ王子ぐらいしかまともに動けねえ……!』


ぬいぐるみの身体を持つアミルは、砂嵐の効果をほとんど受けていなかった。

大河と勇仁も砂塵から呼吸器を守るので精いっぱいで、タイテニアを動かすどころではないらしい。

六花も、呼吸をするたびに砂を吸ってしまうので苦しくて、目を開けると痛みに苛まれて……恐らく、背後のジョゼフィン王女も同様の有様だ。見えてはいないが、副会長も似たような状況だろう。

風花だけが動いているそうだが……何かと戦っている気配だけはかろうじて感じ取れた。


『くっそー……これがスヴェンの仕業だって言うなら、俺が紋章使えばこれ系は無効化できるのに……!ぎゃあっ』


悔しがっていたアミルが突然の悲鳴を上げたと思ったら、何かモゾモゾと揉めるような声を上げた後、急に様子が変わった。

それと同時に砂嵐が止み、ガタガタだった足場も不思議に安定して、耳飾りを通してアミルが再び話しかけてくる――。


『ルチル様!よく分かんないけど、俺が紋章を使えるようになったので、スヴェンの能力を抑え込みます!流砂のせいで安定しなかった足場は、俺がこのでかい人形を浮かせることで解決しましたよ!』


どういうことなのか問いかけたくても、砂でやられた喉はゴホゴホと咳き込むばかりでまともに話すこともできない。

ただ、砂嵐が止んだことで視界も取り戻し、六花の目の前で一体のタイテニアが神代でも見た竜と組み合っているのが見えた。


「あ、アミル……フーカを援護するから……」

『了解です!あいつを助けるというのは癪ですが、あれがスヴェンなんですよね!?』


アミルの確認に、六花は言葉で返事をすることができなかった。まだ喉が痛くて声よりも咳のほうが出てしまう。


六花の乗るタイテニアは大きな白い翼を生やしており、両翼を思い切り開くと、飛び散った羽が白い炎となってあたり一帯に舞う。アミルが風の力を使って白い炎をさらに舞い上がらせれば、炎が鎖のように連なって竜を襲い、風花の乗るタイテニアに組みついていた竜は怯んだ。


『タイテニア使って、一気に弱らせるぞ。体力勝負に持ち込まれたら、俺でも勝てる自信がない』


風花の冷静な声が耳飾りを通して聞こえてくる。

白い炎にまとわりつかれた竜の巨体に、風花のタイテニアから伸びた黒い鎖が次々と絡まっていく。絡まった鎖の先端を、六花は自分が乗るタイテニアを動かしてすぐに拾いに行き、もがく竜ごと思い切り引っ張った――。


『全員、タイテニアの腕を壊す勢いで引っ張れ!今回はほとんど弱らせてないから、抵抗も前回の比じゃないぞ!』


風花が叫び、アミルたちの乗るタイテニアと副会長の乗るタイテニアも即座に動き、それぞれの鎖の先を引っ張る。

それでも抵抗する竜の力はすさまじく、タイテニアのほうが引きずられていた。


『嘘だろ。タイテニアが四体がかりでも力負けするのか――』


絶望する会長の声が耳飾りから聞こえてくる。風花が怒鳴った。


『それでも鎖が絡みついている間は紋章がろくに使えないし、徐々に体力も奪われていく!これを解かれたら、俺も二度目を使う余裕はねえ!』

『砂の力は抑え込めるけど、真っ向勝負になったら俺もまったく歯が立たない!絶対自由にさせちゃダメだ!』


スヴェンの強さを思い知っているアミルも叫んだ。

四体のタイテニアで四方向から全力で引っ張り、必死に竜を抑え込んで……もがいていた竜が、六花たちの乗るタイテニアに振り返った。次の瞬間、急反転して突撃してくる巨体を、六花はかわすことができなくて……。




「ミクモさん……ミクモさん!しっかりして……!」


後部座席から身を乗り出し、ジョゼフィン王女は血まみれでぐったりと目を閉ざす六花に呼びかける。


竜が突進してくる、と判断した六花は急いで防御態勢を取ったのだが、白い翼を盾にしてもダメージを防ぎきることができず、前の座席にいた六花は攻撃をもろに食らってしまった。

清潔な衣服はみるみるうちに真っ赤に染まっていき、六花の身体に伸ばした王女の手も、血がべったり……。


『リッカ!おい、さっさと起きろ!』

「む、無茶を言わないでください!ミクモさん、とても酷い怪我で……」


耳飾りを通して聞こえてくる声に、王女も真っ青になりながら思わず反論した。


「血が止まらない……どうしよう……」

『いますぐリッカを叩き起こして、自分の治療させろ!それから俺の炎を防がせろ!火を消したらスヴェンを抑え込んでいられねえし、かといってこのままじゃ他の連中も焼け死ぬぞ!』


王女が六花の危険な状態を伝えたというのに、風花のこの返答。正気じゃない、と叫び返そうとしたが、別の声が王女の反論を遮った。


『クソ王子の言い方は腹が立つけど、その通りなんだ!怪我が治らないってことは、ルチル様、気絶してるんだろ?そのままの状況のほうがヤバい!ルチル様でも手遅れになっちまう!』


風花よりは幾分か冷静な話しぶりだが、異常であることに変わりはない。オロオロとする王女の前で、耳元――耳飾りから聞こえる大声に六花も目を覚まし、痛みに顔をしかめた。

六花が目を覚ました途端、はた目にも分かるほどであった大怪我が消え去っていく……。


『ルチル様の治癒能力は並外れてるけど、ルチル様自身にだって体力がある。気絶してる間に体力を失ってしまったら、治癒そのものができなくなるんだ。だからルチル様が負傷して意識を失った場合、すぐに目を覚ましてもらって自分の回復をさせないと、かえって取り返しのつかない状況に――』


アミルが声を上ずらせて説明している間にも、六花は自分の治療を終えてしまった。

それでも苦しそうに身体を起こし、苦痛に呻きながら、六花は王女を見た。


「ジョゼフィン……怪我は……?」

「私なら何ともありません。それより、あなたのほうが――」


涙目になって王女が話すが、途中で六花は背を向け、自分の座席に座り直していた。大きくため息をつき……痛みに耐えるように、息を吐き出している。

……傷を消し去ることはできても、ダメージを受けた経験や痛みが消えるわけではない。


六花は改めて自身の紋章を使い、静かに言った。


「フーカ、アミル、私なら大丈夫……。みんなの火傷も回復させるわ」


そう言われて、王女は座席内を包んでいた熱気がすっと消えていくのを感じた。

六花の守りが一時的になくなったことで、自分たちのタイテニアも風花が使う炎の紋章の影響を受けていたらしい。


竜を弱らせるため、巨体に絡みついた黒い鎖。その鎖は黒い炎をまとっていたのだが、鎖を引くタイテニアにはダメージを与えないようにするというような、器用な分け方はできない。

その炎から王女たちを守るのも、六花の役目であった。


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