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第2話壱 お祭り騒ぎ


前世の記憶を、六花はたびたび夢で見ていた。


物心ついた時から見ていたものだが、この数年は特に頻繁になり、ルミナス学院に入学する頃には夢を見ることになれば必ず前世の記憶のものとなっていて、いつのものが見えるのかはランダム……な気がした。

特に法則性があるようには思えなかったのだが、今回の夢は、このタイミングで見せたかったのかな、となぜかそう思った。


「――やめろ……その人から離れろよ……!」


恐怖で身体を震わせ、声には怯えが見えたが、そう言ってルチルを押し倒す男と対峙するアミルの表情には、強い決意が感じられた。

怖くても、絶対に退かない。逃げない。そんな決意が。


「ああ?いまのは俺に言ったのか?」

「離れろよ!そんなこと、絶対に許さない!」

「許さねえとは、ずいぶん偉そうな口を聞くじゃねえか。てめえみたいなチビの雑魚が!」


アミル、とルチルは驚き、思わず彼の名前を呟いた。


兄に連れられ傭兵団の間を渡り歩いて生きていたルチルは、女であることとその容姿から、こうしてろくでもない男の下卑た対象になるのが珍しくなかった。

幼い頃は兄やロベラにただ守られるしかできなかったが、エンデニル傭兵団を結成する頃には自分の身は自分で守れるようになったし、この男も自分で追い払うつもりでいたのだが。


雑用係の少年は、ルチルを見捨てるという選択ができなかったようだ。心意気はとても立派だが、残念ながら彼にはその実力が追い付いていない。


自分を鼓舞するように大声を上げて男に飛び掛かるも、善戦の余地なくボコボコにやり返されている。押し倒された自分よりも酷い目に遭っているのに、それでもアミルは戦うことを止めなかった。


「止めなさい!アミル、あなたももう――」


野蛮な男もアミルも止めようとしたルチルは、ある異変に気付いた。


非力な少年がまとう雰囲気が変わり、物資を収めるための丈夫なテントの中だというのに、風が吹いている。

風は徐々に強くなり、渦巻いて、無我夢中で戦うアミルは気付いていないが、男のほうは気付いた。何かおかしい、と。


それは、戦う力のないただの雑用係の少年が、紋章の力を覚醒させた瞬間であった。一万年の後には五賢人とまでに呼ばれるほどの男へと成長することを、当の本人もまだ知らなかった。




国内にある異国の学校に入学して一ヵ月ほど。六花、風花の二人はひと月ぶりに故郷の神代領へと帰省していた。

まだ学院は長期休暇に入ったわけではないので翌日には王都へ戻ることになるが、忙しなくなろうとも帰ってきたのには大きな理由があり、今日、神代領では大きな祭りが催されていた。


「あ、本当にみんな来た」


よく晴れた空を見上げた六花は、こちらへ向かってくる翼の生えた馬たちを見つけ、大きく手を振る。

空には翼の生えた馬が四頭――大河たちが乗っているのが見えた。


祭り会場から離れ、馬が降りやすいように開けた場所に六花が移動すると、馬たちはすいーっとそちらへ近寄ってきて、静かに着地する。

天馬から、大河、勇仁、会長のオルフェと副会長のローズが降りてきた。副会長は女の子連れだ。


「来たよー、リッカちゃん。浴衣姿、可愛いね」

「みんな、いらっしゃい。はなちゃん、覚えてる?私の同級生のミソノジくんとジョーガサキくん。それから生徒会の先輩たちと、あの子は副会長の妹さんのマリーよ」


六花と手を握ったままくっついてきた妹に、王都からやって来たお客さんたちのことを紹介する。妹のはなは姉の手をぎゅっと握ったまま、大河たちを見た――特に、自分と同い年っぽい女の子を見ていた。


「マリー。俺の後輩の妹だ。さっき話しただろう。ハナちゃん、だったな」


副会長も自分の妹に六花の妹のことを紹介し、名前についても確認する。はなはマリーのことが気になって仕方がないが、姉にくっついたままもじもじするしかできず、マリーもはなのことを気にしつつも、自分から声をかけることはできないようだ。

……そもそも、二人とも互いにワダツミ語、ガラテア語が話せないし。


言語など気にしない美雲家の愛犬は、とてもフレンドリーに大河たちに愛嬌を振りまいている。


「その子は柴犬のユキです。フーカはもう山車のほうに行ってて――あれ。こっち来た」


間もなく祭りが始まるということで男衆のほうに行ってしまったはずの風花が、六花たちを追いかけてやって来た。空を飛ぶ天馬を見つけて、それで気付いたのだろう。


「本当に来たのか」

「お邪魔している。空から見るだけでも、とてもにぎやかで楽しそうな雰囲気だった」


会長が笑顔で言い、だよね、と大河が同意する。


「やっぱりお祭りのこの雰囲気はたまらないよね!遊びに来てよかった!」

「弟くんは山車引くんだよね。それも空から見えたけど、帝都でやる祭りのものよりも大きくて派手だった」


勇仁が言った。


短い休みを利用して、王都から会長、副会長まで神代領を訪ねてきたのは、もちろん、今日の祭りを見るため。

今日の神代領では、だんじりという祭りが行われていた。


当初は六花、風花が二人だけで神代に帰って祭りに参加する予定だったのが、休みの予定と共に祭りのことを知った大河が目を輝かせ、全員で遊びに来ることになった。




「俺もお祭り行きたい!」

「帝都でも祭りぐらいあるだろ。別に大したもんじゃないぞ」


やたらとはしゃぐ大河を風花が諫める。大河は首を振った。


「帝都でも祭りはあるけど、俺たち、警備とか準備とかで仕事させられることが多くて、純粋にお客さんとして楽しめたことがないんだ。俺も最初から最後まで完全にお客さんの立場でお祭りに参加したい!」

「……言われて見ればそうかも。客として楽しむ時間がないわけじゃないけど……俺の家も、祭りの間は治安取り締まりの仕事に駆り出されるし」


大河も勇仁も大きな名家のようなので、それは容易に想像できる。神代でも、領主の美雲家は客ではなく主催者の側だ。祭りの日は母も忙しいし、六花、風花も主催者として働かなくてはならい。

そういう時間なしに、客として純粋に楽しみたいという大河の気持ちも分からないでもない。


「ワダツミの祭りか……。俺も興味がある。ダンジリというものは本で読んだことはあるが……」


山車と呼ばれる車を引っぱって町中を歩く――特に神代は坂の多い土地なので、男たちは力の限りを尽くし、息を合わせて動かす必要がある。


「車を人力で動かすのか」

「たぶん、副会長が想像するような車とは違うと思いますよ」


副会長も興味は持ったようだが、難色を示していた。


「その日は母が出張で家を不在にするので、俺まで遠出をするとなると、妹を一人にしてしまう」


もちろん、オールストン家には召使いも大勢いて、本当の意味で一人ぼっちになるわけではないのだが。幼い妹に寂しい思いをさせてしまうことを副会長が気にするのはもっともだと思う。


「じゃあ、一緒に連れて行こうよ。天馬で行けば一刻半ぐらいだし、いまは気候もいいし、休憩入れながらなら大丈夫だよ。たぶん。犬飼ってるぐらいだから、副会長さんの妹さんも、動物は好きだよね」

「天馬に乗れるのか。俺たちも」


ワダツミの祭りを見に行くのもさることながら、会長は天馬に乗れるということにも強く心惹かれているらしい。

――こうして、なんとなくの流れで生徒会の皆も神代領へ祭りを見に来るという予定が立ち、四人は本当に神代へとやって来た。幼い女の子も連れて。




「まあ、みんないらっしゃい。りっちゃんとふうちゃんから聞いてたけど、本当に来てくれたのね」


紹介も兼ねて母の蘭花のもとへ連れて行けば、母は六花の学友が訪ねてきたことをにこにこと喜んでくれた。

ふーちゃん、と会長と副会長が呟いて風花を見たが、風花は思いっきり顔を背けていた。


「今日はたくさん楽しんで行ってね。と言っても……私はお祭りのお手伝いで、きっと何もしてあげられないけれど……」

「町の雰囲気だけでも十分楽しんでいます。どうぞ俺たちのことはお気遣いなく。大勢で急に押しかけてきたのはこちらですから」


流ちょうなワダツミ語で生徒会長が礼儀正しく話すので、母は六花たちの先輩をすっかり気に入ったらしい。

紹介と挨拶を済ませると、母は祭りの手伝いに戻るため、婦人会のほうへ行ってしまった。


「――じゃあ俺も。そろそろ宮出の時間だから」

「がんばってね、ふうちゃん」


山車を引く男衆のほうへ戻ろうとする風花に、妹のはなが声をかける。怪我には気を付けてね、と六花も見送った。


「この神社から出発して、町をぐるっと回ったらまたこの神社に戻ってくるんです」


六花が説明した。


話している間にも、最初の地区が自分たちの山車を引いて鳥居のそばまでやって来る。

祭りばやしに人々の掛け声、大きな山車だから、引く音もなかなかのもの。にぎやかな場所に客も集まり、見物している。人混みの頭越しでも、大きな山車の上半分は見えた。


「フーカたちの山車は最後なので、出てくるのはまだまだ先です。出発する山車を見るのも楽しいですけど、屋台もぜひ見ていってくださいね」

「お祭りの醍醐味だよね!今日は俺、お客さんだから、片っ端から回って完全制覇目指すぞー!」


並ぶ屋台を見て目を輝かせながら、大河が言った。珍しく勇仁も幼馴染みを止めず、屋台に熱い視線を送っている。


「時間が惜しいから、山車見ながら食べていこう」


二人揃って屋台へ突撃して行ってしまい、あっという間に人混みの中へと姿を消してしまった。決定から行動までが素早過ぎて、会長が唖然としている。


「魅惑の屋台に惹かれる気持ちはよく分かる。マリー、俺たちもいくつか見て回ろう。気になるものはあるか。ハナチャン、もしよければおすすめを紹介してくれないか」


ガラテア語とワダツミ語を見事に使い分けて切り替えながら、副会長が言った。まだ出会ったばかりの人に話しかけられて妹のはなはドキドキしていたが、自分が教えてあげる、という部分に妙な使命感を抱いたようだ。

愛犬のユキをお供に、りんご飴の屋台へと二人を案内していた。

……思いっきり自分の趣味に行っている。りんご飴はマリーも見た目の可愛さに気に入ったようだが。


「ミクモ」


残された六花は、同じく残る生徒会長に声をかけられる。はい、と返事をして会長を見上げると、会長が笑顔で言った。


「遅くなったが、その衣装、とてもよく似合っている。やはりワダツミ風の装いは、ミクモの良さをよりいっそう引き出している」

「ありがとうございます」


祭りの主催者側なので、六花も法被を羽織った浴衣姿だ。

到着した大河は真っ先に六花の恰好を褒めてくれたが、他の様々なことに気を取られて六花を褒めそこなったことを会長は気にしてくれていたらしい。


「その丸い扇子も可愛い。それもワダツミ独自の扇子だろうか」

「団扇です。会長も、よければおひとつどうぞ」


少しだけ受け取ることを躊躇っていたが、お祭り用に配っているものだと説明すれば、生徒会長は受け取って、興味深げに団扇をくるくると回しながら眺めていた。


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