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役者が揃い、幕が上がった日


太陽暦1915年――ワダツミ帝国では太照と呼ばれた時代。

およそ五十年前に国を開いたワダツミ帝国は西側の文化を取り込み、一気に様変わりした。


侍は消え去り東には「王都」と名づけられた異国の都が生まれ、人も生き方も目まぐるしく変わっていく中で、変わることのできないものも多く残る狭間の時代。

王都に設立されたルミナス学院では、異国の王族たちによる様々な思惑が陰で飛び交っていた。




「ジョゼフィン!我が妹よ!貴様の愚かな振る舞いは、ガラテア本国にも伝わっている!我らが父上もお怒りだ!」


華やかなダンスホールの傍らで、ガラテア王国の王子スチュアートがそう叫ぶ。

ホール中の人間が振り返り、中心人物たちに注目が集まっている。


その光景に、ルミナス学院高等部二年生の美雲六花(みくもりっか)は盛大なため息を吐いた。


ガラテア本国より王族を迎えてのパーティー。誰もが緊張しながらも厳かに準備を進め、パーティーの成功に尽力してきたというのに、突然始まった茶番のせいですべて台無しだ。

六花も今日この日のために準備に奔走させられた側であるため、王子の行動には嫌悪感しかない。


「聖母ルチルの加護を受けし本物の聖女は、ここにいるアドレイドである!王女ジョゼフィンは聖女を騙る大罪人だ!」

「――おまえ、他の女にも力を与えてたのかよ」


声を落として、青年――美雲風花(みくもかざはな)が話しかけてくる。

片隅にひっそりとたたずむ六花たちのことなどホールの誰も気に留める様子もないが、六花も周囲の注意を引くことのないよう小声で返した。


「そんなわけないでしょ。私が加護を与えたのはジョゼフだけよ。あのバカ王子、どういうつもりで私の名を使ってあんな女を担ぎ上げてきたのかしら」

「焦っているんだろう。不遇の王女が、聖母ルチルの加護を受けた聖女となったことで、ガラテア本国では民衆からの人気が高まっている」


六花の隣に立つエミリオ王子は静かに言った。

スチュアート王子もジョゼフィン王女も彼の兄妹なのだが、落ち着き払った彼の態度は、まるで他人事のようでもあった。


「ここに来て、ガラテア宮廷における後継者争いが急激に不利になってきた。視野にもなかったはずの人間が突如として台頭し、自分のほうが日陰者に追いやられようとしている――逆転の一手として、自分たちの側に聖母ルチルの加護を受けた聖女がいると主張することにした」

「聖母ルチルは六花の前世だ。その六花が加護を与えたのはジョゼフィンだけと言っている以上、間違いなくあの女はまがいものだが……」


風花が呟く。


「すでにルチルの力を見せてるジョゼフィンを偽物扱いできるほどの自信と根拠が、あのボンクラには何かあるのか?こんな公の場で騒いで、後戻りはできないぞ」

「……あれの過剰な自信は、いま入ってきた男が理由かもしれないな」


王子が言い、六花も王子がさり気なく視線を向けた先を目で追う。途端、血の気が引き、手に持っていた乾杯のグラスを落としかけた。

なんであの男が、という絶望的な思いを声に出すこともできず、思わず後ずさる。


「風花、エミリオの警護をお願い。私……お兄様を探してくる」


風花の返事も待たずに駆け出していく様は、兄を探しに行ったというより、耐えきれずに逃げ出したようにも見えた。

――前世であの男にどんな目に遭わされたかを考えれば、無理もない反応なのだが。


「あのクソったれもこの時代にいたのか」


吐き捨てるように風花が言い、王子が否定する。


「違う。彼は君たちのように前世の記憶を持ったまま生まれ変わったのではなく、いまも生き続けているんだ。一万年前から今日まで、ずっと」




スチュアート王子が繰り広げる茶番劇は無視して、六花たちと同じ腕章をつけた男子生徒――御園寺大河(みそのじたいが)は人を探していた。

パーティーホールは人でごった返してはいるが、同じ腕章をつけてるワダツミ人はよく目立つ。探し始めて五分と経たないうちに、目的の相手見つけて急いで声をかけた。


「勇仁、大変だよ。あの大男、六花ちゃんたちの前世とめちゃくちゃ関りのある人間だって!」


客の注意を引かないように気を付けながら駆け寄る大河に、城ケ前勇仁(じょうがさきゆうじん)が振り向いて頷く。


「こっちもいまその話をしてたところ。一万年前、エンデニル傭兵団が戦い続けてきた大国の王で、とんでもなく強かったらしい」

「――あの大男、六花ちゃんたちと雰囲気が違う。死者のアミルたちとも。俺の勘でしかなくて、上手く説明できないけど……」


ヒソヒソと話し合う二人に、ガラテア人の男子生徒が近付く。長い髪のガラテア人は、ワダツミ語で二人に話しかけた。

――ホールの客のほとんどはガラテア人であるため、ワダツミ語ならば、自分たちの会話は聞き取られにくいと判断したのだ。


「美雲はどこにいる?すぐに保護しないと危険だ――俺も、恐らくはいまお前たちとまったく同じ話を聞かされた」


大河、勇仁が所属する生徒会の先輩でもあるアンブローズ・オールストンは、驚きながらも何かを訴えようとしかけた後輩の様子から、すべてを察したように言った。


「あの大男の名はゴットフリート。一万年前、大陸最強を誇る覇者だったが、エンデニル傭兵団との戦いでリーダーのカルネに深手を負わされ、以来、復讐の対象としてカルネを、カルネにつけられた傷を治療させるために人並外れた治癒能力を持つ妹ルチルを、執拗なまでに狙い続けてきた」


そんな男がいまになってこんな遠い異国に姿を現したのは、この国にルチルの生まれ変わりがいることに気付いたから。

前世の記憶だけでなく、その強大な力もそっくり受け継いで――ゴットフリートは、いまもルチルの治癒能力を必要としている。




六花も人を探していたが、いまも件の相手を見つけられずにいた。

パーティーホールを離れた彼を追えば、当然、六花も当然のように人のいないほうへと自ら移動することになるというのに、その危険性に考えも及ばないほど混乱していて。


それでも、取り乱す自分をゴットフリートがあっさり捕まえてきても、六花は動揺を一瞬のうちに抑え込んで因縁の相手と向き合った。


「相変わらずイイ女だ。人種は変わったが、一目でお前だと分かった」


六花の片腕をつかんで引き寄せ、ゴットフリートが低く笑う。


本気を出さずとも、この男ならば六花の細腕など簡単にへし折れる。腕どころか、首でも片手で余裕だろう。

腕力では勝ち目はない。実力差は嫌というほど思い知っていたが、六花は前世で対峙した時とも変わらぬ嫌悪感と敵意もあらわに自分を見下ろす男を冷ややかに見つめた。


「一万年も経って変わらないってのは、果たして褒め言葉なのかしらね。あなたも前に会った時から変わらぬ目障りさだこと」

「この俺と一対一になっても平然と蔑んでくるその目が堪らねえな。俺の息子たちも、相変わらずおまえに誑かされ続けてるらしい」


ゴットフリートはもう一方の手で六花の顎をつかみ、自分のほうに顔を近づけさせる。


媚びへつらって泣きながら命乞いでもすれば、いっそこの男の執着心も消え失せるだろうか。

……打算でもそんな真似ができない自分のプライドの高さも、たいがいだと思う。


「スチュアート王子のあの茶番、あなたが仕組んだの?」

「仕組んだって言えるほどのものか?あの王子はたしかに便利な操り人形ではあるが、踊りが下手くそ過ぎて、操ってる側が失笑するレベルだ」


ゴットフリートが嗤う。


問いかけに対して肯定するような答えだったのに、六花はなぜか違和感を抱いた。

だがそのかすかな違和感の正体を突き止める前にゴットフリートから引き離され、誰かの背に六花は庇われた。


六花とゴットフリートの間に、二人の青年が立ちふさがっている。

六花から引き離されたゴットフリートは愛想のよい笑顔を浮かべ、殺意と憎悪に満ちた眼差しで青年たちを見ながら言った。


「これはこれは。グランヴェリー公爵のご子息、オルフェリーノ殿とシルヴェリオ殿。今宵はよい夜ですな」

「白々しい挨拶はやめよう。私たちが誰なのか、おまえはすべて分かっているのだろう」


オルフェリーノが言えば、ゴットフリートは不気味なぐらい愛想のよかった笑顔は引っ込めた。


「一万年ぶりだな、ゴットフリート。死んでもなお、おまえとの縁が切れないとは。私はよほど神に嫌われているらしい」

「地獄に落ちることもできないほどの嫌われ者になり下がったとは気の毒な。この俺が神に代わって地獄への執行人になってやるから、安心して消え去るがいい」

「それは頼もしい言葉だ。私も、おまえを道連れにして地獄へ行くことができるのなら、この世への未練も今度こそ断ち切れる」


オルフェリーノとゴットフリートの会話を、六花はシルヴェリオに庇われながら聞いていた。自分を庇うシルヴェリオの腕を、六花もぎゅっと握る。

ゴットフリートが、六花を見た。


「――今夜は顔見せで満足しておいてやる。俺も、一万年待ち続けてようやく巡ってきた再会だ。すぐに終わらせるのはもったいない」


そう言ってゴットフリートは去っていったが、オルフェリーノもシルヴェリオもしばらくは男の背中を睨んだまま動かず、六花もシルヴェリオの腕をつかんで俯いていた。


「ルチル」


重苦しい沈黙の中で、シルヴェリオが呼びかけてくる。六花は顔を上げた。


「大丈夫だ。今度こそ俺が守る。おまえも、カルネも。二度と奪われてなるものか」


自分を抱きしめるシルヴェリオに、六花もぎこちなく手を伸ばして抱きしめ返す。オルフェリーノも優しく笑い、シルヴェリオの腕に顔をうずめる六花の頭を撫でた。




「割り込まなくていいのかい」


エミリオ王子に声をかけられても、風花は微動だにしなかった。

いまの六花たちのやり取りを物陰から見ていて――エミリオ王子もやって来たことにも気付いていたが、風花は反応することなく影に徹していた。


「前世の記憶があるというのは、厄介なことのほうが多いね。今世の彼女は君と互いに想い合う仲だというのに、ルチルは別の男と想い合っている。おかげで、六花は自分の気持ちに板挟み状態だ」

「――いつかは決着をつける。いまは、そんなことも些細なもんと思えるぐらいの大問題が向こうからやって来たところだ。ぐだぐだ争ってる場合じゃない」


まるで自分に言い聞かせているみたいだな、という言葉は飲み込んで、エミリオ王子は立ち去る風花を黙って見送った。

六花も、オルフェリーノ、シルヴェリオ兄弟と共にパーティーホールへ戻っていく。


エミリオ王子はしばらくその場に残って一人、ため息を吐き……。


「……本当に。前世の記憶など、厄介なものを生み出すだけだ」




史実に残ることのなかった激動の歴史。

一万年前に中断された物語が再開されたのは、六花たちが入学したあの日から。


時は遡って二年前。生まれ育った地を離れ、六花は義理の弟・風花と共に、列車に乗ってルミナス学院へと向かっていた。



ワダツミ帝国は日本風の国、ガラテア王国は西欧の色んな国がモデル

歴史、文化は独自設定につき真面目考察は非推奨


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