第35話 始まり
西暦2000年1月1日時点の日本の領土、勢力、国力、人口。
人口1億2700万人(海外から転移した日本人300万人含む。史実では1億2600万人)。
経済レベル・・・GDP810兆円。
技術レベル・・・史実2010年代後半。
領土・・・日本列島、千島列島、樺太、台湾、パラオ、トラック諸島、マリアナ諸島、マーシャル諸島、ウェーク、ミッドウェー、アリューシャン列島、ギルバート諸島、ナウル、ハワイ、ソロモン諸島。
西暦2000年 1月1日
西暦2000年。
それは20世紀最後の年でもある。
だが、この日、日本は海外との通信が一切途絶してしまった。
また海外でも日本の通信は一切捉える事が出来なかった。
それもその筈である。
日本はこの日の午前0時を持って、異世界に転移したのだから。
海外に滞在していた日本人を巻き添えにして。
◇西暦2000年 1月8日 大日本帝国 帝都
日本が異世界に転移するという異常事態が起きてから約1週間。
ようやく状況を把握した転移メンバー達は会合を開いていた。
逆に言えば1週間状況把握の為になんら行動しなかったとも言えるが、それは仕方ないだろう。
日本が異世界に転移する事など、予測する方が無理なのだから。
「まさか、日本が異世界に転移するとは思いもしませんでしたね」
青木が開口一番そう言う。
「そうだな」
「ええ、私も予想外でした。取り敢えず、一旦状況を整理しましょう」
岡辺の言葉に転移メンバー達は頷いた。
ちなみに今の日本の状況はこうなる。
・日本はネットを含む海外との通信が全て途絶えた。
・領土は樺太や台湾などを含めて、全ての日本領土がやって来ている。
・転移前に海外に居た邦人や資産が一緒に転移してきて、日本各地に出現した。
・反対に日本滞在の外国人や資産が転移と同時に全て消えた。
・海外に居た日本軍は兵器や基地と共に日本領のあちこちに出現した。
・転移メンバーの体にも変化があり、夕季を除く転移メンバーの頭の中には転生前の知識にすら無かった技術の情報が、そして、夕季には新たに自分が使えるようになった超能力(魔法とは別)の扱い方などが何故か頭の中に刷り込まれたように入っていた。
大雑把に言うと、こんなものだった。
「しかし、何が起こっているんでしょうね?どう見ても、小説とかで見たようなただの異世界転移じゃありません」
「まあ、難しい事を考えるのは後だ。取り敢えず、付近を探索する為に、調査船を派遣しよう」
有村が調査船の派遣を進言した。
この手の事は何かしらの情報を得てからでないと始まらないからだ。
「そうですね。もし我々に近い文明の国家が有るなら早めに国交を結んで、一刻も早く経済状況を復活させなければなりませんから」
当たり前だが、日本は異世界に転移した為、地球世界の各国との国交は途絶えている。
故に、貿易などで多大な利益を得ていた日本経済は、大変不味い状況にあった。
これを回復する為にも、一刻も早く他の国と国交を結び、貿易を行わなければならない。
食料の問題もあった。
転移メンバーによって、史実より日本の食料自給率は上がっていたが、それでも70パーセントにすぎない。
一年やそこらですぐに餓死する数字では無かったが、国民が満足に食っていく為には、最低でも不足分の30パーセントを何処からか輸入しなければならない。
まあ、最悪、食料自給率を無理矢理上げる手もあるが、出来ればやりたくは無かった。
「では、周辺の調査を行うという事で皆さん、宜しいですか?」
「「「「異議無し」」」」
かくして、日本は動き出した。
そして、この数週間後、レンティス共和国という国に接触し、更にその数ヶ月後に国交を結ぶ事となる。
◇西暦2001年 11月24日 レンティス共和国 首都ラストア
レンティス共和国。
それは日本が転移してきた時、初めて国交を結んだ国の名前である。
日本が初めて発見した東大陸──ラトヴィア大陸の東端に存在する国家の1つであり、この国も日本とそう変わらない時期に転移してきた転移国家である。
技術レベルは史実の1980年代レベル、人口は9800万人。
地球では数十年前ならば、間違いなく先進国レベルの国であった。
そして、今、この大陸では数ヶ月前に、新たにラトヴィア大陸の北東1000キロ程に現れた国家に悩まされていた。
「では、会議を始めよう」
閣僚会議の場で、レンティス共和国首相、アルトア=ポールはそう発言する。
「まず、エリストア帝国の事だが、我が軍での対処は可能かね?」
アルトアの言葉に答えたのは、軍務大臣のエルトン=シールだった。
ちなみにエリストア帝国とは、レンティス共和国に対峙しようとしている国の名前である。
「可能かと思われます。かの国は我が国、いや、我が大陸の文明より数十年遅れており、スパイを送り込んだところ、ミサイルすら無いようです。戦艦などの保有数は多いようですが、戦艦が時代遅れの代物なのは、皆様もお分かりでしょう?」
会議の場に失笑が漏れた。
実際、レンティス共和国が過去に居た世界でも、結局は戦艦などの大型艦船は航空機の前に平伏してしまっていた。
「加えて、空母も持っているようですが、これは我が国のアルファードシステムによって無力化出来ます」
アルファードシステムとは、日本で言うところのアマテラスシステム、元の世界で言えばイージスシステムの事である。
ただし、技術レベルが史実1980年代である為か、日本と比べると何世代も遅れていたが。
「では、迎撃には問題ないのだね?」
「はい、自信を持って言えます」
アルトアの質問に、エルトンは自信を持って答えていた。
だが、彼は知らない。
確かに彼の考察は正しかったのだが、それが意外な形で覆されるという事を。
◇転移歴1年(西暦2001年) 11月27日 大日本帝国 帝都
転移歴。
それはこの世界に来た事で西暦が意味を成さなくなった為に、新たに設定された年号である。
そして、日本の東京ではレンティス共和国とは別の問題で頭を悩まされていた。
「1ヶ月程前に併合した氷島では、現在伝染病が流行っているようですね」
青木が状況を説明する。
ちなみに氷島とは、今年の2月に日本の南方、丁度小笠原諸島と南西諸島との間に出現した元の世界のアイスランド島程の大きさの島である。
その形状がアイスランドにそっくりである事から、氷島と呼ばれている。
この島には、元の世界では見たことの無いような鉱山などが確認されていて、現地人は500人と少なく、また国という概念が存在していなかった事から、すったもんだの末に併合していた。
勿論、かつての北米大陸でのインディアンのような迫害をすることがなく、住民達に日本政府から生活支援を与える事で、比較的穏便に併合できた。
そして、この島の開拓や鉱山などは日本に多大な利益をもたらそうとしていたが、ここに来てこの地での伝染病が発生してしまったのだ。
しかも、元の世界では見たことのない。
「幸い、現時点では被害は氷島内部だけに留まっています。パンデミックを防ぐ為にも隔離が適当ですね」
「国内での防疫もだな」
「それと念のためにレベル4の細菌研究所の稼働もだ。パンデミックが起こる可能性がある以上、この際、形振り構っていられん」
有村がレベル4の細菌研究所の稼働を進言した。
レベル4の細菌研究所の稼働は普段は危険だということでしていないのだが、こうなった以上、稼働させるしか無かった。
「それと現地へ調査団を送り込みましょう。早く結果が分かると良いんですがね」
青木が切にそう願っていた。
そう言えば、と夕季は思い出したかのように発言した。
「そう言えば、情報局の報告では、レンティス共和国がエリストア帝国とやり合うらしいな」
日本中央情報局は、転移当初は混乱して国内の大半を除いて全く稼働していなかったものの、流石に転移から2年近く経ってくると、元の機能を取り戻していた。
とは言ったものの、数ヶ月前に現れたばかりのエリストア帝国の事など殆ど分からず、こちらはもっぱら人工衛星に頼った情報収集だった。
ちなみにエリストア帝国とは、日本も国交を結ぼうとしたものの、向こうが日本に対する不平等条約締結を要求してきた事から、国交の締結を諦めていた。
「あくまで概算だが、技術レベルは史実の1930年代レベル、一部は40年代に突入しているかもしれないが、どちらにせよ史実80年代の実力を持つレンティスの敵ではないな」
春川が冷静に、そう推測していた。
実際、これは正しい。
日本より旧式とは言え、イージスシステムが存在するレンティスと大鑑巨砲主義から抜け出しているかどうかも怪しい国。
どちらが勝つかなど、言うまでもない。
「しかし、あの戦艦の数は気になりますね」
衛星で確認したところ、エリストア帝国の各港をモンタナ級擬きの戦艦がそれこそ20隻近く存在しており、更には旧式らしき戦艦を含めると、50隻近い戦艦が存在していた。
空母も3万トンクラスが4隻程、2万トンクラスが6隻程、1万トンクラスが10隻程と、なかなか多い数字だった。
もっとも、大きさからジェット機は運用できないと考えられるので、然程脅威とは思っていなかったが。
そして、巡洋艦は80隻程、駆逐艦に至っては、どう見ても200隻は越えていた。
これから察するに、エリストア帝国は元の世界では大帝国だったのだろうと推測された。
「確かに戦艦はな。現代兵器と相性が悪いからな」
現代の対艦ミサイルは高性能炸薬を積んでいたが、基本的には榴弾であり、そういった打撃に強い戦艦とは相性が悪いと言われている。
もっとも、言われている、というだけであって転移メンバーは太平洋戦争での戦訓から対艦ミサイルが有効なのは知っている。
だだし、モンタナクラスの大きさとなると、どうなるかは分からなかったが。
「まあ、その辺はレンティスがなんとかするでしょう」
その青木の言葉でこの話題は打ち切られ、次の議題として昨年から確認されている国内の超能力者の赤ん坊についての議題が会合の場に挙げられた。
転移メンバーはこの時期では楽観視していた。
半世紀近く遅れているエリストアがレンティスに勝てる訳がないと。
だが、事態は誰もが予想もしなかった方向に進んでいくのである。
◇転移歴1年(西暦2001年) 12月2日 エリストア帝国 帝都エルヴィス
一方、レンティス共和国やラトヴィア大陸各国に敵対国扱いされ、日本では半ば仮想敵国扱いされているエリストア帝国の動きはというと、一言で言えば侵略戦争の準備中であった。
「海軍大臣、レンティス共和国への侵攻準備はどうか?」
エリストア帝国皇帝、サンドラ=ジョーシンはエリストア帝国海軍大臣ドリア=エートスに尋ねた。
「はい、既にマトリア級戦艦6隻、イリトリア級戦艦10隻、アカミア級戦艦10隻が出動態勢に入っています。空母もマサリア級2隻、カミア級4隻、シリア級5隻を向かわせる予定です。それに加えて巡洋艦は30隻、駆逐艦は80隻。これだけ向かわせれば問題ないでしょう。なんせ、向こうの艦艇は砲が一門か二門、それも小口径しか有りません」
そう言ってドリアはラトヴィア大陸国家、特にレンティス共和国の事を嘲笑っていた。
「そうか。陸軍の方はどうだ?」
今度は陸軍大臣、エル=カルバスに聞いた。
「兵力は30万人を予定していますが、敵の陸上兵力が未知数ですので、よく分かりません」
海軍大臣のドリアと比べて、エルの方はシビアな考え方をしていた。
「ふん!陸軍は腑抜けの集まりか!」
「・・・」
エルをも嘲笑い始めたドリアに対して、エルの方は侮蔑の籠った目でドリアを見ていた。
(この馬鹿が!!まともに情報収集もしないうちから、戦争を始めるように陛下を促しおって!!)
まあ、当然だろう。
海軍の方が弱そうだからと言って、陸軍が弱いという証明にはならないのだから。
しかも、転移から数ヶ月しか経っておらず、情報機関は殆ど機能していない中で、まともな情報が先程の海軍の“アレ”だけでは、信用するに値しない。
にも関わらず、何故ラトヴィア大陸への侵攻が計画されたかというと、ラトヴィア大陸の技術を脅威に感じていたからと、向こうの海軍の砲が一門しか無かった為、あまり軍事力はあまり強くはないのだろうと推測されたからだ。
要は、危険な芽は早めに摘んでしまおうという事である。
「ふむ。陸軍大臣の言っている事も正しいが・・・我の意見としては向こうの態勢が整わないうちに攻め込みたいと思う」
「おお!!」
「!?」
サンドラの意見にドリアからは歓声が、エルからは声にならない悲鳴が、それぞれ上がった。
「そして、いずれは1ヶ月程前に接触してきたニホンにも攻め込む。かの国も技術大国で、軍事力は大したこと無さそうだからな」
どうやら、サンドラは日本にも攻め込む事を考えているようだった。
もっとも、先にラトヴィア大陸を片付けるつもりであったようだが。
「ということで、両大臣は戦争の準備を始めておけ」
「はっ!」
「・・・承知しました」
ここまで言われると、否やは無かった。
元気よく返答したドリアに続く形で、エルは渋々ながら承知した。
だが、エルの心の中では確かな不安が渦巻いていた。
西暦2000年1月1日時点での大日本帝国海軍在籍艦。
空母・・・翔鳳型(翔鳳)、雲龍型(雲龍、剣龍)、紅龍型(紅龍、洋龍)、鳳龍型(鳳龍)、蒼龍型(蒼龍、飛龍)。
戦艦・・・大和型2隻(大和、武蔵)、加賀型1隻(加賀)、長門型1隻(長門)、金剛型3隻(金剛、比叡、榛名)、扶桑型1隻(山城)。
巡洋艦・・・穂高型(穂高、新高)、鈴谷型(鈴谷、熊野)、伊吹型(伊吹、鞍馬)、愛宕型(愛宕、高雄)、鳥海型(鳥海、摩耶)、足柄型(足柄、妙高)。
駆逐艦・・・島風型6隻(残りは建造中)、秋雲型14隻、雪風型16隻、電型12隻、白雪型12隻、秋月型12隻、朝海型16隻。
潜水艦・・・イ10型3隻、伊600型1隻、ア50型5隻、ア20型15隻、ア0型12隻、伊0型5隻。
備考
潜水艦は1978年より転移メンバーによって、以降の建造艦の内、ア号潜水艦が通常の原潜、イ号潜水艦が戦略原潜と定められた。




