『後日談』の20
「よし。そろそろ帰ろうぜ……」
特に成長した様子もなく、くたびれもうけだった気持ちの反面、道場での訓練は思い返せば楽しいものであった。体を清めがてらにひとっぷろ浴びてから、携帯で母さんに今から帰ると連絡しておく。道場の入り口の辺りから、山の周囲を広く見渡してみる。
「照也……ここ、どこなんだ?」
「山」
俺の質問を受け、照也が見たまんまの感想を述べている。街からは遠く離れているようだけど、かろうじて秘密ビルの長い形が彼方にうかがえた。自転車も学校に置いてきたし、歩いて帰れば恐らくは、明日の体育祭の開始と同時に家に着く。道場へ来た時と同様、俺と照也はヤチャに学校まで送ってもらうこととなった。
「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!」
「もしかして、ヤチャは叫ばないと空を飛べないのか?」
「……」
「叫んでもらっていいぞ……」
無言で空をギュンギュンと飛ばれたら、そのヤチャの顔が仏像さんのような無の顔であって、まことに違和感があった次第。やっぱり叫んでもらうことにした。まだ学校にはブルーシートがかけてあり、その校門の近くには俺の愛車が残っていた。ほぼ半日も置いたままなのに撤去されていなかった奇跡。学校の所有物に擬態して置いてあったのが勝因か。
「……」
俺を校門前に降ろし、照也は再びヤチャに乗り込んでいる。なぜ……。
「照也。どっか行くのか?」
「ヤチャは明日、冷凍マグロ投げに参加するだろ?その仕込みをしに行くんだ」
「……なにを?」
「冷凍マグロだけど……今って平成か?行くなら築地?」
「照也……今は令和で、行くなら豊洲かもしれないぞ」
この作品が始まった時は平成だったようだから、照也の中では平成で認識が止まっているのだ。まさか年号が変わるまで長々と続くとは誰も思わなんだ。
「明日が勝負だ。しっかり休んでおいてくれよ」
「ラジャ」
そう俺に告げて、照也はヤチャと一緒に夕陽の中へと飛んで消えていった。俺も不安だった気持ちを特訓と入浴でリフレッシュでき、明日への英気をやしなうことができた。あとは帰って寝れば万全だ。
「……?」
自転車を勢いよくこいで、ぐんぐんと街の中を進む。家への帰り道、その途中にある神社の前を通った際に人影が見えた。神社に誰かいる。見覚えのあるキラキラとした髪が見え、ふと俺は自転車を止めた。適当な場所に駐輪し、低い石段を登って境内をのぞく。
「……あ」
あそこにいるのは……エリザベス先輩だ。神社の中央には仏教に不似合いな女神像が立っていて、その御前で先輩は両手を組み合わせ、じっと目を閉じたまま祈りを捧げている。木に隠れながら近づいてみると、その小さな声がかすかに耳に入る。
「神様……どうか。お救いください。明日、みんなを……私を」
「……」
「心野君……」
……今、俺の名前が聞こえた。やっぱり、明日の体育祭には何か秘密があるのか?周囲に親衛隊がいないのを確かめた後、俺はエリザベス先輩の横顔に声をかけた。
「先輩!あの……」
「……あっ!」
泣いている。涙が見えた。そのせいで戸惑ってしまい、俺は声の続きが出なかった。先輩は俺に気づくと、すぐにしげみの中へと逃げ去ってしまった。
「ま……待ってください!」
木々やしげみを超えた先には狭い路地があって、先輩の姿はなくなっていた。葉脈のように続く街の中へ逃げられてしまったら、もう見つけるのは難しい。そして、もう一つ。俺が心配になったのは……。
「エリザベス先輩……足、はえぇ」
明日のリレー……大丈夫かな。
『後日談』の21へ続く






