92.結構な大口契約が決まったようです
本日2話目の更新です。
なんかもう、きょとんとしちゃった私に、公爵さまは説明してくれた。
要するに、蜜蝋布に機能強化系の魔力付与をした製品を作りたいんだそうだ。
「以前から、軽量で丈夫な梱包資材を魔道具部で研究していたのだが、あの布が使えそうだと言っているのだ」
そう言った公爵さまの視線を受けた近侍さんが、さらに説明してくれる。
「以前、私の弟が魔道具部にいることをお話ししましたでしょう。その弟にあの布を見せたところ、ぜひ使ってみたいと言い出しまして」
はいはい、確かにそういうお話は聞いてました。マジックバッグを見せてもらったときですよね。それに、フルーツサンドをお出ししたとき使った蜜蝋布を、公爵さまが見本に1枚欲しいと言われたので渡してあったのよ。
「弟によりますと、布に形状記憶や状態強化、さらには撥水保湿といった機能をすべて加えようとするとかなり複雑な魔術式が必要になるため、費用の面を含め実用化が難しかったようなのです。ところが、あの布を使えば簡単な魔術式で機能強化するだけで十分な梱包資材にすることができ、安価で大量に生産できるとのことで」
はー、そんなことができるんだ?
確かに、魔力付与のための魔術式があるとは学院で教えてもらったけど、実際にその魔術式を習うのは2年生になってからなのよね。
でも、近侍さんが言ってることはわかる。
布にゼロからすべての機能を付与していくのではなく、すでに持ってる機能を強化するだけだからめっちゃコスパがいい、ってことよね?
「つまり、あの布がすでに備えている機能をもう少し引き上げてさらに丈夫にすれば、いろいろなものを梱包するために使える、ということでしょうか?」
「その通りです」
近侍さんがうなずく。「もとが布ですから用途に合わせて大きさは自由に選べますし、たとえば食料品などの梱包に使用しても使用後は薄くたたんでしまうことができます。汚れても水洗いできますし、なにより手で温めるだけで形を整えることができ、ぴったりと密封できる。それでいて空気は通して水分を保ってくれるのですから、本当にすばらしい素材だと、弟は狂喜しておりました」
弟さん、そんなに喜んでくれちゃったのか。
そりゃ私としても、さらに便利な品に改良したいと言っていただけるのであれば、否やはございません。
でもやっぱり、確認は必要よね。
「では、あの布の権利を購入したいとおっしゃるのは、意匠登録購入として、あの布を作る権利を購入されたいという意味なのでしょうか?」
「いや、そうではない」
答えてくれたのは公爵さまだった。「あの布を加工する権利、と考えてもらえばいいだろう。あの布は、平民でも簡単に作ることができるときみは言っていたからな。あの布を作ること自体には制限は設けない、けれどあの布に魔力付与をした製品を作ることは魔法省のみの権利としたい、ということだ」
「それはつまり、魔力付与をしていない状態のあの布であれば、誰でも作れるし販売することもできる、けれどあの布に魔力付与をした特定の品を作って販売できるのは魔法省のみ、ということでしょうか?」
「そうだ。もう少し正確に言うと、魔法省が指定した商会のみが販売できる、ということだな」
私の問いかけに公爵さまはそう答えてくれた。
そういうことなら、全然問題なさそう。
だって、魔力付与した品になると当然プレミアが付くよね? 家で日常的に使う蜜蝋布なんて別に魔力付与した品でなくてもいいだろうし、我が家でも気軽にまた蜜蝋布を作って使うことに支障はないってことなんだから。
私は納得してうなずいた。
「わかりました。公爵さまがおっしゃる通り、魔法省であの布を加工する権利を購入していただいて結構です」
「うむ、ではそれについては後日、魔法省から正式な購入の申し込みをさせよう」
「ありがとうございます、ゲルトルードお嬢さま。弟が喜びます」
公爵さまに続いて、近侍さんが笑顔でお礼を言ってくれた。その笑顔にいつものうさん臭さがないもんだから、近侍さんはどうやら本当に弟さんと仲がよさそうだな、なんて思っちゃった。
うーん、蜜蝋布も意匠登録しないってことにしてたのに、意外なところから収入が得られそうになっちゃったわね。でも、蜜蝋布に魔力付与するって、やっぱファンタジーだわ。どんな魔術式を使うのかとか、そういうのって見学させてもらえないかな? なんかちょっとワクワクしちゃうよね。
あ、そうだ、蜜蝋布の作り方って公爵さまにも伝えてないし、魔道具部の人……近侍さんの弟さんにでも作り方を実演してみせてあげれば、お返しに魔法付与の見学をさせてもらえるかも。
私がそんなことを考えていると、公爵さまが言い出した。
「では、魔法省との売買契約についても、ゲンダッツ弁護士に依頼できるだろうか?」
「謹んでお受けいたします」
ゲンダッツさんズがそろって頭を下げる。
そこに、エグムンドさんがすっと手を挙げた。
「閣下、発言させていただいてよろしいでしょうか」
「うむ」
うなずいた公爵さまに、エグムンドさんは礼をする。
「ありがとうございます。確認なのですが、本日のお話し合いにおきまして、いま閣下がおっしゃった魔法省魔道具部との権利売買契約、それに国軍による『さんどいっち』レシピの購入契約、さらに公爵閣下ご本人さまによる『さんどいっち』レシピの購入が決定したということでよろしいでしょうか」
「その通りだ」
公爵さまは何気にうなずいてくれたけど、なんか結構いろいろ決まっちゃったよね。それに後見人契約もあるから、ゲンダッツさんズ大忙しになっちゃったわ。大丈夫かな?
ちらり、とゲンダッツさんズに視線を送ると、やっぱり2人ともちょっとこわばった表情に見える。
忙しいのももちろんなんだろうけど、なにしろ相手が公爵さまに国軍、魔法省だもんね? 国家機関だもんね? かなり大ごとになっちゃったもんね?
エグムンドさんがさらに言い出した。
「恐れながら閣下、『新年の夜会』にて『さんどいっち』が披露されますと、おそらくご当家にレシピの購入申込が殺到すると思われます。さらに、コード刺繍の申込もツェルニック商会さんへ殺到すると思われます。本日決定されました3件のご契約もかなり大きなものですし、今後のことも考慮いたしますれば、いまのうちに明確な窓口を作っておかれることをお勧めいたします」
「ふむ……」
公爵さまの眉間のシワが深くなった。
そこで私も発言しておくことにした。
「あの、レシピの販売に関してなのですが」
皆の視線が私に集まる。「わたくし、レシピを本にまとめて販売したいと考えております。サンドイッチもそうですし、ほかにも何点か、ご披露できるレシピもございますので」
「なんと、ゲルトルードお嬢さまはそれほど数多くの新しいレシピをお持ちでございますか。しかもそれを、本にまとめて販売されたいと?」
エグムンドさんの感嘆した声に、私はうなずいた。
そりゃあもう、揚げ物っていうレシピの金鉱脈を掘り当てちゃったからね。
「はい、何点かずつレシピを本にまとめておき、それを貴族家のかたがたにご購入いただければと。レシピの購入をお申し込みいただくたびに口頭でお伝えするより、我が家の料理人の負担も減らすことができますし」
だって、もし本当にレシピ購入の申込が殺到しちゃってマルゴの業務に支障がでちゃったら、それがいちばん困るもん。美味しいごはんが食べられなくなっちゃうよ。
「なるほど。ゲルトルードお嬢さまはそこまでお考えでございましたか」
ありゃ、エグムンドさんの眼鏡がまたキラーンしちゃったよ。
その眼鏡キラーンのまま、エグムンドさんは公爵さまにうなずきかける。
「閣下、ここはやはり」
「うむ、そうだな」
公爵さまも重々しくうなずく。「早急に、商会を設立せねばなるまい。商会名は、ゲルトルード商会だ」





