73.ツェルニック商会の3人目と意匠登録
本日2話目の更新です。
客間に入ってきたツェルニック商会のロベルト兄とリヒャルト弟は、いつものごとく片膝を突き、恭しく私たちに礼をした。
「クルゼライヒ伯爵家未亡人コーデリアさま、ならびにご令嬢ゲルトルードさまにはお急ぎのご用件と伺い、我らツェルニック商会、はせ参じましてございます」
うん、キャラ濃い兄弟、通常運転だね。
ツェルニック兄弟はもう1人、年配の女性を同行してきていたんだけど、クラウスに先を譲った。そこでクラウスが、自分と同行してきた男性を紹介する。
「私ども王都商業ギルドで、意匠登録を専門に担当している者です」
紹介された男性は、折り目正しくきっちりと礼をした。
「クルゼライヒ伯爵家未亡人コーデリアさま、ならびにご令嬢ゲルトルードさまには初めてお目にかかります。王都リンツデール商業ギルド意匠登録部門にて部門長を務めさせていただいております、エグムンド・ベゼルバッハと申します」
やせぎすで眼鏡をかけていて、きれいな銀髪をぴっちりとなでつけているという、なんかこう、見るからに仕事のできそうな感じの人だ。年齢は40代前半くらいだろうか。
しかしクラウス、いきなり部門長を連れてきてくれるなんて、さすがと言うしかないかも。
商業ギルドの意匠登録部門の部門長が来てくれていると知って、ツェルニック兄弟の顔つきが変わってる。そして、彼らは同行していた年配の女性を紹介してくれた。
「本日は、我が商会の服飾部門で製作を担当しております者を紹介させていただきたく、同道させましてございます」
半白の髪をきゅっとひっつめにし、すっと背筋が伸びたその年配のご婦人は、見るからに職業婦人というきびきびとした動作で私たちの前に出た。
「ツェルニック商会で服飾の製作を担当しております、ベルタ・ツェルニックと申します。ここにおります愚息たちの母にございます」
ありゃま、ツェルニック兄弟のお母さんですか。
ベルタさんは私とお母さまに対し、丁寧な礼をした。
「このたび、ご当家ゲルトルードお嬢さまより大変すばらしい意匠を授けていただき、ぜひ一言なりともお礼申し上げたく、失礼を承知で本日お伺いさせていただきました」
ベルタお母さんの、意匠を授けていただき、という言葉で、今度はギルドのエグムンドさんが眼鏡の奥の目をすっと細めた。
うん、役者はそろいましたって感じね。
って、ゲンダッツさんズを紹介しなきゃ。
とういうことで、私は彼らにゲンダッツさんズを紹介する。
ゲンダッツさんズが弁護士だと知って、ツェルニック商会一行もギルドのエグムンド意匠登録部門部門長も、なんかさらに顔が引き締まった。
その引き締まった顔で、リヒャルト弟は自分の荷物から小さな包みを取り出す。
「では早速でございますが、こちらをどうぞお納めくださいませ。今回試作いたしましたものの中でも特に出来がよかったものを、取り急ぎレティキュール(手提げ袋)に仕上げさせていただきました」
リヒャルト弟が、取り出したレティキュールをテーブルの上に置いてくれた。
「まあ!」
お母さまが思わず声を上げ、私も目を見張って息を飲んじゃった。
だって、いや、ちょっと待って、私のあの落書きからどうやってこんなすごいデザインができちゃったのー?
レティキュールというのは、ポケットのないドレスを身にまとっている女性が、ハンカチや口紅などちょっとしたものを入れて持ち歩くための、小さな手提げ袋だ。貴族女性はたいていお茶会や夜会に持っていく。
そしてもちろん、その小さな手提げ袋にもさまざまな意匠を凝らし、ドレスと同じようにデザインや質を競い合っちゃったりする。
リヒャルト弟が出してくれたレティキュールも、私の掌よりちょっと大きいくらいのほんの小さな巾着袋なんだけど、よくぞここまでおしゃれに仕上げてくれたと思わずにいられない。
生地は光沢のあるブロンズ色。そこに、淡い金色の細いコードがあしらわれている。四角い巾着の裾角の部分に花のような凝った模様が、コードを使って対になって描かれており、真珠色の小さなビーズがさりげなく散らしてある。そしてその花の模様をつなぐように、蔓草のような繊細な模様が生地全体に広がっている。それも、裏も表も絞り口を除いてびっしりだ。
なんかもう、すごい。ホント、すごいとしか言葉が出てこない。
だって、もとをただせば私のあの落書きよ? それに、そもそも昨日の話だったんですけど? それをたった1日で試作して、しかもその試作の中で出来がよかったものとか……おまけにちゃんとレティキュールに仕上げて持ってきてくれちゃうなんて、どんだけがんばってくれちゃったんですか、ベルタお母さんは。
そのベルタお母さんに顔を向けると、張り詰めた表情ながらしっかりと私を見返してくれる。その目元にはうっすらとくまができているのが見て取れた。
「すばらしいです」
私が一言告げると、ベルタさんの全身がわずかに緩んだ。
「ありがとうございます」
礼をするベルタさんに、私はさらに声をかけた。
「わたくしのあの簡単な絵から、こんなすばらしい意匠に仕上げてもらえるとは思いもよりませんでした。この模様も色合いも、それにビーズをあしらってさりげなく華やかさを加えてあるところも、本当に申し分ない出来です」
「過分なお言葉、まことにありがとうございます」
ベルタさんの表情が、ようやくホッとばかりに緩んだ。
私は手に取っていたレティキュールを、お母さまに渡した。
お母さまも感心したように、そして本当に嬉しそうに、しげしげとレティキュールを見つめ、触って確かめている。
「本当にすてきだわ。ルーディの説明を聞いていても、わたくしはよくわからなかったのだけれど……こんなふうになるのね。模様が浮き上がって見えるし、ふつうの刺繍とは違って手触りも不思議な感じで楽しいわ」
「わたくしも、ここまですてきな意匠にしてもらえるとは思っておりませんでした」
私がそう言うと、お母さまはうふふふっと笑う。
「さすが、本職のかたよね。こちらは、ベルタさんがご自分でお縫いになったのかしら?」
お母さまの問いかけに、ベルタさんはちょっと驚いたような表情を浮かべたけれど、すぐに返事をしてくれた。
「はい、奥さま。愚息たちが帰宅してすぐ、詳しく説明をしてくれましたので、とにかく縫ってみようと、我が家のお針子たちと一緒に試作してみたのでございます」
「たった1日でここまで仕上げてくれるなんて、本当にすごいです」
私も素直に感心を伝えると、ベルタさんはさらに表情を緩めてくれた。
「ありがとうございます。幸いにも我が家に、モールにする前の細いコードが何本かございましたのです。それを使って試作してみたところ、本当に楽しくて止まらなくなってしまいまして。すぐに愚息たちを問屋に走らせ、細いコードを何種類も取り寄せました」
「あら、では無理をさせてしまったのではなくて、楽しんで縫ってもらえたのね?」
お母さまの問いかけに、ベルタさんは力強くうなずいた。
「もちろんでございます、奥さま。無理などとんでもございません。とにかくこれも試してみよう、あれも試してみようと、お針子たちと夢中になって縫わせていただきましてございます。本当に、この意匠を授けてくださったゲルトルードお嬢さまには感謝に堪えません」
なんか、うん、よかったです。そんなに喜んでもらえたのなら。
ベルタお母さん、マジで目がキラキラしちゃってます。服飾関係の人たちって、本当にみなさんこういうノリなのね?
だって、ベルタお母さん、止まらなくなってきちゃったよ?
「試作してわかったことなのですが、こちらのコードを使った刺繍の場合、薄い色のコードのほうが陰影がはっきりと出るようでして、より立体的に感じられます。色数も抑えたほうが上品な印象になり、さらにこうしてビーズを散らすことでより」「母さん、説明はそのくらいで」
語り始めちゃったベルタお母さんを、ロベルト兄が笑顔でぶった切った。
そしてロベルト兄はその笑顔をくるりと私たちに向ける。
「それでは、本日私どもにお声がけいただきましたのは、意匠登録の件に関して、でよろしゅうございますか?」
うん、相変わらずいい仕事してくれるね、ロベルト兄。





