71.私たちは間違っていた
ハンスの呼びかけに、まずナリッサが玄関へと超速で向かった。
私とお母さまも急いで玄関へと向かう。
玄関ホールへ入ると、ナリッサがゲンダッツさんズを出迎えていた。
そう、ゲンダッツさんズだったの。若いほうのゲンダッツさんだけじゃなく、おじいちゃんのほうのゲンダッツさんも一緒にやって来てくれたんだ。
「まあ、小父さまもいらしてくださったのね」
お母さまの声に、おじいちゃんのゲンダッツさんが答える。
「はい、コーデリアさま。久々の王都だということで、少々のんびり観光などしておりまして。まだこちらに残っておりました」
「それはよかったですわ」
お母さまは笑顔でゲンダッツさんズを案内する。「ご相談しなければならないことがいろいろありますの。お知恵を貸してもらえると助かります」
客間に入ったところで、ゲンダッツさんズはさっそく切り出してきた。もう少し詳しく状況を説明していただけませんか、って。まあ、昨日送った手紙で一通りの説明はしたけれど、それだけじゃ理解が追い付かないのは当然だよね。
だから私とお母さまは、交互に話しながら説明していった。
まず、公爵さまは私たちをこのタウンハウスから追い出す気はまったくなかったということ。私たちの今後について、最初から相談に乗って力になってくれる気であったこと。公爵さまのその意図が、なぜ私たちに伝わっていなかったのか、その理由。
さすがにゲンダッツさんズも、『期日は設けない』という貴族の慣例的な言い回しについては、すっかり眉を寄せちゃってる。
さらに、『クルゼライヒの真珠』の顛末について。
まさか、貴族家が個人的に所有している宝飾品を、特定の品に限るとはいえ勝手に売買してはいけないことになっていたなんて、それについてもゲンダッツさんズはやっぱり眉を寄せた。
「『クルゼライヒの真珠』に関しては、公爵さまがすべて引き受けてくださいました。すでに相手の商会とも話がついていて、買い戻すことができるようですわ」
お母さまの説明に、私が付け加える。
「相手の商会は、買い戻しの代金のほかに、我が家の蒐集品をいくつか希望してきましたが、それについても公爵さまにご相談させていただき、お任せしました」
そして私はお母さまと顔を見合わせる。
やっぱ、支払いについても言っておかないとダメだよね?
「実は、買い戻すための代金についても、公爵さまが全額お支払いするとおっしゃってくださいました。それでわたくしたちは、今回は公爵さまのご厚意に甘えさせていただくことにしたのです」
私の説明に、ゲンダッツさんズはそろって眉をわずかに上げ、それからその眉を寄せた。
若いほうのゲンダッツさんは養子だから、おじいちゃんのほうのゲンダッツさんとは顔立ちや体型なんか全然似てないんだけど、どこか雰囲気が似てるのはさすが義理親子ってことかしらね。
などと思いつつ、私はそこから公爵さまが私の後見人にって話につなげようとしたんだけど、いきなりゲンダッツさんズが立ち上がった。
「まことに申し訳ございませんでした」
そろって深々と頭を下げるゲンダッツさんズに、私もお母さまもぽかんとしちゃう。
なのに、若いほうのゲンダッツさんは本当に沈痛な顔つきで言うんだ。
「このたびの私どもの失態は、顧問契約を解除されても致し方ないことだと存じております。伯爵家ご夫人とご令嬢におかれましては、どのようにでもご処断くださいませ」
は、い?
一拍置いて、私もお母さまもすっかり慌てちゃった。
「え、あの、失態って……」
なんかもう私は素で言ってしまう。「あの、ゲンダッツさんと契約させていただいたのは、ついこの間ですよね? 証文のことも『クルゼライヒの真珠』のことも、あの、ゲンダッツさんにはご相談もしてなかったですよね? だからゲンダッツさんが知らなかったのは当然のことで、それで失態とか、あの、契約を解除とか」
だけど、おじいちゃんのほうのゲンダッツさんも、沈痛な顔で言ってくれちゃうんだ。
「貴族家の顧問を務めさせていただくとご契約いただいた時点で、私ども弁護士はご当家のすべてを把握しておく責務がございます。その上でわずかでも懸念事項がございますれば、それを的確にお伝えしなければなりません。私どもの力不足によって、ご当家には多大なご迷惑をおかけしてしまいました。まったくもってお詫びのしようもございません」
私はお母さまと顔を見合わせちゃう。
お母さまも困惑したようすで言った。
「ゲンダッツさん、わたくしたちは迷惑などとはまったく考えてもおりませんわ」
「そうです、そもそも公爵さまの意図を理解できなかったのも、『クルゼライヒの真珠』を売却してしまったのも、わたくしたち自身の責任なのですし」
私たちには、ゲンダッツさんズを責める気持ちなんてこれっぽっちもない。
それを伝えようとしたのだけれど、若いほうのゲンダッツさんはますます沈痛な顔つきになり、おじいちゃんのほうのゲンダッツさんは困ったような表情を浮かべ、さらにその顔に苦い笑みを浮かべた。
「コーデリアさま、それにゲルトルードお嬢さま」
おじいちゃんゲンダッツさんは静かに、ゆっくりと口を開いた。「貴女さまがたが、どれほどお優しく情け深いご性情でいらっしゃるのか、私どもはよく存じております。けれど、これはまったく別の問題なのです」
そしておじいちゃんゲンダッツさんは、きっぱりと言った。
「これは、私どもの、弁護士としての矜持なのでございます」
その言葉に私は、ぎゅっと、心臓をつかまれたような気がした。
そうだ、この人たちはプロの弁護士なんだ。
そのプロに向かって私たちはいま、責任は問わないと言った。それは、あなたたちには期待していません、仕事をしてくれなくても別に構いません、と言ったも同然じゃないの?
おじいちゃんゲンダッツさんが顧問をしていたのは地方男爵家なので、我が家のような中央の上位貴族家とはいろいろ勝手が違うのだと思う。それに、若いほうのゲンダッツさんは、貴族家相手の仕事をしたことがあっても、顧問になるのは初めてだと言ってた。
だけど、プロの弁護士である以上、彼らはそれを言い訳にはできないんだ。
言い訳にしないことが、彼らのプロとしての矜持なんだ。
伯爵家の顧問弁護士になった以上、上位貴族家の所有する宝飾品についての事情を把握しておく必要があった。貴族同士で賭け事の証文を作った場合、そこにどのようなルールが存在するのか調べておく必要があった。
それを、知らなかったのだからしょうがない、などと弁護士自身が言ってはいけないし、また雇い主である私たちも、言ってはいけない。
それを口にするということは、弁護士自身が自分を貶めてしまうことになり、そして私たちは彼らを侮辱することになってしまうから。
そこで私は思い至った。
おじいちゃんゲンダッツさん、観光のために王都に残ってたって言ってたけど、本当はそういう事柄を若いゲンダッツさんと一緒に、大急ぎで調べてたからまだ王都に居たんじゃ……。
いや、そうだわ。
だって話の途中でゲンダッツさんズが何度も眉を寄せて顔をしかめてたのも、話の内容に驚いたんじゃなくて、自分たちの懸念が当たってしまった、っていう状態だったんだと思うわ。
うわー!
私は自分のやらかしたことに、文字通り穴があったら入りたいって気持ちになっちゃった。
もう正直に、ごめんなさいごめんなさいゲンダッツさんごめんなさい、って気持ちだったけど、それでもなんとか踏みとどまった。
だって、ここで私が謝罪を口にしちゃったら、ますます傷口を広げちゃうだけだもん。せっかくおじいちゃんゲンダッツさんが、わざわざ私たちに他意がないことまで指摘してくれたのに。
となりを見ると、お母さまも顔色を失ってる。
お母さまと視線を交わし、私たちはうなずきあった。
そして私は、背筋を伸ばして言ったんだ。
「わかりました、ゲンダッツさん。わたくしたちは、貴方がたの謝罪を受け入れます。その上で、改めて本日より顧問契約を結んでもらえますか?」
そろって目を見開いたゲンダッツさんズに、お母さまも言った。
「わたくしたちは、いますぐに弁護士に相談しなければならないことがあります。貴方がたがこれまでのことを失態と考えているのなら、ぜひそれを挽回してもらいたいですわ」
私もお母さまの言葉にうなずいて続ける。
「そしてその結果で、さらに顧問を続けていただくかどうか判断させてもらいます。それでどうでしょうか?」
ゲンダッツさんズはそろって深々と頭を下げた。
「ご配慮、心より感謝申し上げます。ぜひ、改めてクルゼライヒ伯爵家の顧問弁護士として務めさせてくださいませ」
感想、コメント、ご質問など、いつもありがとうございます!
もちろんすべて拝読しております。
ただ、このところまったくお返事が書けていませんで、本当に申し訳ありません。
活動報告を書かせていただきましたので、ぜひそちらをご覧ください。





