55.でもその前にもうひとつ
蜜蝋ラップを作るための布を、シエラに頼んで持ってきてもらった。
布を持ってきてくれたシエラによると、お母さまもアデルリーナも起きてきたとのことで、じゃあもうお昼近くになっちゃってるしこのまま厨房で2人にも食事を摂ってもらおうということになった。
厨房のテーブルに着いたお母さまの顔色が、ずいぶんよくなっている。
それにアデルリーナも、なんだか嬉しそうに座っている。やっぱり、みなで一緒にこうしておしゃべりをしながら食事をするのは楽しいんだろうね。
「この『さんどいっち』、とっても美味しいわ」
お母さまが上品にサンドイッチをつまんでいる。
「とっても美味しいです」
アデルリーナもにこにこで、本当に、本当に私の妹はどうしてこんなにかわいくてかわいくてかわいい(以下略)。
私はマルゴがカットしていたパンを示して説明した。
「このサンドイッチのパンは、マルゴの息子たちが焼いてくれたそうです」
「まあ、そうなの?」
「はい。あたしの息子たちはパン屋を営んでおりまして」
お母さまにマルゴが答えてる。
私も続けて言い添えた。
「それで、マルゴの息子たちのお店で、サンドイッチを売ってもらおうと思っているのです」
「それはすてきね」
お母さまはにっこりと笑った。「この『さんどいっち』は本当に美味しくて、しかも手軽に食べられるのですもの、街の人たちもきっと喜んで食べてくれると思うわ」
「ありがとうございます、奥さま」
感激したようにマルゴが頭を下げる。
そこでまた、私が説明しちゃう。
「でも、問題があるのです。サンドイッチは崩れやすいので、ふつうのパンのようにかごに入れて持ち帰ってもらうのが難しいのです」
お母さまの眉が上がった。
「あら、確かに言われてみるとその通りだわ。お皿や容れものを持って、買いに来てもらうしかないのかしら?」
私はうふふふと笑って、シエラに持ってきてもらった端切れをお母さまに見せた。
「だからこの布で、容れものの代わりになるものを作ることにしたのです」
私の言葉にお母さまは不思議そうな顔で、私とマルゴを見比べた。
「ええと、レティキュール(手提げ袋)のような袋を作るのではないのよね?」
「あたしもよくわからないのですが」
マルゴもちょっと不思議そうな顔だ。「なんでも、布に蜜蝋をしみ込ませると、ゲルトルードお嬢さまはおっしゃっておられますです」
「蜜蝋を?」
お母さまも、それにアデルリーナもなんだかきょとんとしちゃってる。
「では、いまからそれを作ってみますね」
私はなんだかすっかり楽しくなっちゃってた。だって、厨房にみんなで集まってこんなに気楽にごはんを食べて、しかもこれからハンドメイドな講座なんてしちゃうのよ?
だからちょっとおおげさに、くるっと回って手を打ってみせる。
「でもその前に! ちょっと違ったサンドイッチを作ってみようと思います!」
「はい、果物とクリームを使った、おやつの『さんどいっち』でございますね」
マルゴがさっと答えてくれたんだけど、私はにんまりと笑って言った。
「それもだけど、もうひとつ別に考えているものがあるの」
「もうひとつ別に、でございますか?」
驚くマルゴに、私は問いかけた。
「マルゴの息子たちのお店って、お願いすればすぐパンを焼いてもらえるのかしら?」
「そりゃあ、ゲルトルードお嬢さまのお願いを断るなんざ、できるわけがございません」
マルゴが大真面目にうなずいてくれたので、私はお願いすることにした。
「あのね、こういう、ちょっと細長くて、真ん中に切れ目を入れられるようなパンが欲しいの」
私が手でジェスチャーをしながらパンの形を伝えると、マルゴはまた不思議そうな顔をした。
「細長くて、真ん中に切れ目、でございますか?」
「そうよ。それでね、真ん中の切れ目のところに、ソーセージを1本丸ごとはさんじゃおうって思ってるの」
「へぇー! そりゃあまた!」
マルゴはすぐに想像できたようだった。さすが料理人。
「そりゃあ、おもしろうございますね。ソーセージを丸ごと1本でございますか」
「ええ、それでパンにはこのサンドイッチのようなトマトソースを塗って」
私は朝ごはん用にマルゴが作ってくれていたサンドイッチを示す。ケチャップがないから、代わりにトマトソースを使おう。
「はさんだソーセージの上に粒辛子をちょっと塗ると美味しいと思うの」
「よございます、ぜひやってみましょう!」
マルゴによると、息子さんたちのお店はいまちょうど夕食用のパン種を仕込んでいる時間帯になるので、おそらくすぐに必要なパンを焼いてくれるだろうとのことだった。
そこで、お店の場所をマルゴに説明してもらい、カールとハンスにお使いに行ってもらうことにした。パンとソーセージをたくさん持って帰ってくる必要があるからね、2人で行ってきてってことになったのよ。
その段になって、ナリッサがおもむろに口を開いた。
「ゲルトルードお嬢さま、僭越ではございますが、カールとハンスには、面会を希望しているゲンダッツ弁護士とクラウスへ返事を持たせていただければと思うのですが」
「あっ、そうね、それがあったわね!」
私は慌ててお母さまに向き直る。「お母さま、ゲンダッツさんとクラウスから面会依頼が来ているそうです。いかがいたしましょう?」
「そうねえ……明日か明後日でどうかしら?」
お母さまは、もう今日はお客さまを迎える気はないらしい。
もちろん私もだ。
とりあえず今日1日くらいは、のんびりゆったり穏やかに楽しく過ごしたい。引越し作業も今日は一時中断だ。
ホンット、昨日は1日中怒涛だったからねえ。
だから私もうなずいた。
「そうですね、では明日ということにしましょう。ゲンダッツさんもクラウスも、一緒に来てもらって大丈夫でしょうか?」
お母さまはクスっと、微妙に苦笑のような表情を浮かべた。
「ええ、おそらく2人とも訊きたいことは同じでしょうからね。同じお時間を指定しておきましょう」
今回は面会の承諾だけなので手紙は必要なく、カールとハンスに口頭で伝えてもらえばいい。
カールとハンスは、まずマルゴの息子たちのパン屋さんでパンを注文し、パンを焼いている間にゲンダッツさんの事務所と商業ギルドを回り、それから市場でソーセージを買ってパン屋に戻り、パンを受け取って帰ってくる、という結構なお使いになってしまった。
それでも、新しい料理を試食させてもらえる、それもパン1個につきソーセージがまるまる1本ついてくると聞いて、2人はすごく嬉しそうに出かけて行った。





