43.救援
暴力に関わる話が続きます。ちょっと短めです。
「お前のような礼儀知らずの使用人には、しつけが必要だな!」
勝ち誇ったような笑いを含んだ声が聞こえ、再び鞭が振り下ろされた音が響く。
私はそこでようやく声を上げることができた。
「ヨ、ヨーゼフ!」
床に倒れ込んだヨーゼフに駆け寄り、必死に呼びかけた。「ヨーゼフ、しっかりして、ヨーゼフ!」
とっさに腕を上げて頭を守ったのだろう、ヨーゼフの袖が裂けて血が流れている。それだけじゃない、倒れ込んだヨーゼフに追い打ちをかけた鞭の痕が、肩から背中にかけはっきりと残っていた。
私の体が震えている。
本当に、冗談抜きで、わなわなと震えている。
怒りで体が震えるって、本当だったんだ。
「出て行け」
顔を上げ、鞭を構えたままのクズ野郎に向かって言った私の声も、怒りで震えている。
「出て行け。二度と来るな」
一瞬、気圧されたようにひるんだクズ野郎は、それでもなおその手を上げた。
「な、なんだその顔は! 慈悲深くも妻に迎えてやるとまで言っている私によくもそのような……!」
「ゲルトルードお嬢さま!」
ナリッサが血相を変えて駆け寄ってくる。
私は、振り下ろされた鞭を片手で薙ぎ払った。筋力強化した私の手には、痛みも痕も何ひとつ残らない。ブラウスの袖はちょっと裂けちゃったけど。
「なっ……!」
さすがにぎょっとした表情を浮かべ、クズ野郎がひるむ。
たぶん、そのとき私の全身から殺気が噴き出してたんだと思う。だって本気で、コイツぶっ殺してやるって思ってたもの。
でも、私が立ち上がりかけた瞬間、大きな声が響いた。
「何をしている!」
玄関から入ってきたのは、エクシュタイン公爵さまだった。
「其方、何をしている! これはいったい何の騒ぎだ!」
私はとっさに言葉が出なかった。ただもう怒りに体を震わせていた。
その私の横に、さっとナリッサが控える。
「エクシュタイン公爵さま、その男が当家の執事に無体を働きました。それどころかその男は、ゲルトルードお嬢さまに鞭をふるったのでございます」
ナリッサの声も震えていた。たぶん私と同じように、怒りに震えているんだ。
公爵さまは倒れているヨーゼフと私の裂けた袖を見、そして、じろり、と菜っ葉をにらみつけた。
とたんに棒出る菜っ葉はキョドり始める。
「い、いや、私は……私は別に……」
「其方、名は?」
もう圧倒的に格が違う。公爵さまの威圧感ときたら。
それでも、棒出る菜っ葉はなけなしの見栄を振り絞ったようだ。
「わ、私はバウヘルム・ボーデルナッハだ。そ、そう、私はこのクルゼライヒ伯爵家当主の血縁者で、いずれ伯爵位を継ぐことになっている者だ!」
眉を寄せた公爵さまの視線が、私に向く。
私はまだ怒りに震えている自分のあごに、ぎゅっと力を込めた。
「そのような予定は、いっさいございません」
「な、何を……!」
棒出る菜っ葉が慌てたように言い募る。「お前のような不細工な女を妻に迎えてやろうなどという慈悲深い男は私くらいなものだ! いや、そもそもお前など妻に迎えなくとも、6年後には私がクルゼライヒ伯爵位を賜ることになっているのだぞ!」
「黙れ!」
公爵さまの一喝が響き渡った。
「貴様、何を勘違いしている。貴様のような屑にくれてやる爵位など、我が国にはひとつだとてあるわけがない!」
茫然とした表情になったクズ野郎の顔が、カーッと赤くなっていく。
けれど公爵さまはもはや有無を言わせなかった。
「出て行け。そして二度と当クルゼライヒ伯爵家に近づくな。もしその禁を犯すようであれば貴様の息の根を止めることなど、私にはたやすいということを忘れるな」
赤くなっていたクズ野郎の顔が、今度はみるみる青くなっていく。
「行け」
公爵さまがあごをしゃくると、クズ野郎はじりっと後ずさりし、そしてそのまま身を返して玄関から逃げ出していった。





