40.魔石回収大作戦
早速、魔石の回収を始めることにした。
なにしろこのタウンハウスはバカでかい。灯用の魔石だけで500や600はあると思う。その全部を根こそぎ持っていこうなんて不埒なことは考えてないのよ。新居で必要な灯用魔石は52個(ナリッサが数えてくれた)。だから予備を入れて70~80個もあれば、と思ってる。魔石は使用しなければ基本的に劣化しないから、予備もがっつりもらっちゃう気満々なので。
だからまず、使っていないフロアの廊下や客室にセットしてある灯用魔石の回収から始めていこう。
あ、その前にまたクラウスだ。
カールには悪いけどもう一度、商業ギルドへ走ってもらっちゃった。だって明日には魔石屋さんとリネン屋さんが新居へ来てくれることになってたからね。とりあえず明日の予定はキャンセルしてもらわないと。ごめんクラウス、また迷惑かけちゃって。もうこのさいだからクラウスには顧問料払うよ、いやもうマジで。
回収した灯用魔石は廊下用と室内用に分け、それぞれセットしてあった場所ごとに番号を振って一覧表を作っておくことにした。こうしておけば、新居で魔石をセットするときに迷わなくていいし、もし公爵さまがダメって言った場合もすぐもとに戻せる。
魔石に直接番号を書き込むことはできないから、古いシーツを切って端切れをたくさん用意し、その端切れに番号を書き込んで魔石を1個ずつ包むことにした。
いや、風呂敷包みって、こっちの世界の人は知らないんだね。私が正方形の端切れの真ん中に魔石を置いて、対角にたたんで魔石をくるみ、両端を真ん中で結ぶ包み方をしてみせると、お母さまはもちろん、ヨーゼフもナリッサもシエラも、すごく感心してくれた。
で、回収作戦には食事の準備してくれているマルゴ以外は全員参加。アデルリーナも魔石を端切れで包む作業を、にこにこ笑顔でやってる。お手伝いができて嬉しいのかな、ホントに私の妹はかわいくてかわいくてかわいくてかわ(以下略)。
私とナリッサとハンスで手分けして魔石を回収して居間へ運び、お母さまがリストを作成して、ヨーゼフが端切れに番号を振ってる。その端切れはシエラが古いシーツを鋏でカットして作ってくれてる。
カールも帰ってきたら、回収班に入ってもらうか、それともアデルリーナと一緒に包む班に入ってもらうかな。
灯用魔石が回収できたら、次はお風呂用と暖炉用、それにはばかり(トイレ)用も回収しないと。
ちなみにこの世界のトイレってすごいのよ……個室に、用を足すための大きな陶器のツボみたいなの(蓋付き)が置いてあるんだけどね、その中にはばかり用の魔石が入れてあるの。その魔石、なんと排泄物をすべてサラッサラの白い砂みたいなのに変えてくれちゃうんだよー。
しかもその白い砂みたいなの、そのまんま処理砂っていうんだけど、作物の肥料として使えるというね。
その上、このはばかり用の魔石はわりと安価な魔鉱石でまかなえちゃうの。おかげで、この世界の衛生事情はかなりいい。下水がないのに、下町でも汚物があふれてるようなことなんてないからね。平民でも各家庭に魔鉱石が1~2個あれば2~3年はもつし、街中には共同トイレみたいな設備もあるし。
もちろん、江戸時代のし尿屋さんみたいに、処理砂を回収するお仕事もあったりする。回収した処理砂を、地方の農場に売ってるんだって。ある意味完璧なリサイクルかも。
灯用の魔石は78個集めたところで終了した。
ヨーゼフが番号を書いてくれた端切れの上に1個ずつ魔石を置いて並べていくと、あまりにも数が多くて床の上にも置くしかなくて、足の踏み場がなくなってしまった。
包む班のアデルリーナが焦っているようすに、私は声をかける。
「リーナ、ゆっくりで大丈夫よ。ひとつひとつ、解けてしまわないようきちんと結んでね」
「はい、ルーディお姉さま」
真剣にうなずくリーナが本当にかわいくてかわいくてかわいく(以下略)。
「暖炉用とお風呂用はそれほど数がないですけど、灯用を包んでしまってから集めてきたほうがよさそうですね」
「ええ、そのほうがわかりやすくていいと思うわ」
私の言葉にお母さまはリストを書きながら返事をしてくれる。
包む班にはカールとハンスも参加してくれたので、ペースが上がってきた。
「ではこの間に、わたくしはナリッサと一緒にリネン類の運び出しをしようと思います。衣装箱に詰めて玄関ホールへ降ろしますね」
そう言って私はナリッサとともにリネン庫へ向かった。
「ええと、わたくしたち3人に、ナリッサ、ヨーゼフ、カール、ハンス、シエラ……ヨアンナたちが一家で来てくれるとしてあと3人だから11人分? どれくらいシーツやタオルが要るのかしら?」
リネン庫を開けてその量の多さに茫然としちゃった私とは違い、ナリッサはさくさくと運び出しを始めてくれた。
「枚数は気にせず、持ち出せるだけ持ち出しましょう。余ったシーツやタオルの使い道はいくらでもありますから」
確かに。
いまだって魔石を包むのに使ってるしね。
私たちはとにかく、衣装箱に詰められるだけ詰め込むことにした。
そしてリネン類をぎゅうぎゅうに詰め込んだ衣装箱に縄をかけてもらい、私は筋力強化をして担ぎ上げる。まったく、私の固有魔力が引越し作業にこれだけ役立つとは。
そう思いながら、私はその衣装箱を玄関ホールへと運び降ろした。
うむ、順調であーる。
って、公爵さまがダメだって言ってくれちゃったら、全部戻さなきゃならないんだけどさ。まあ、そのときはそのときだ。
私はリネン類のおかわり、じゃなくて衣装箱2つめを取りに行こうと階段へ足を向けた。と同時に、その階段からヨーゼフが降りてきた。
「お客さまがいらしたようです」
襟元を正しながら玄関へと向かうヨーゼフに、私は思いっきり困惑した。公爵さまがいらしたことも驚きだったけど、そもそも我が家を訪れるお客さんがそんなにいるはずがない。
いったい誰が来たっていうの?
あ、でも公爵さまは早めに連絡するって……でも早すぎない?
「お客さまって、もしかして公爵さまのお使いのかたとか……?」
「いえ、貸馬車のようですから、公爵さまとはご関係のないかたではないかと……」
さらりと答えたヨーゼフに、私は目を丸くした。
だって、まだ玄関も開けてないし馬車も見えてないのよ?
「えっ、なぜ貸馬車だとわかるの?」
「王都の貸馬車の馬が使っている蹄鉄の音がしておりますから。それに、車輪のがたつき具合からも貸馬車だと思われます」
またさらりとヨーゼフは答えたけど、私の目はさらに丸くなってしまう。
だってだって、確かに言われてみればかすかに馬車の音……馬の蹄が石畳を蹴っているような音と車輪が転がっているような音が聞こえてきたけど、それで蹄鉄の音を聞き分けちゃうの? それに車輪のがたつき具合?
え? ええ? もしかしてヨーゼフ、お母さまと同じ固有魔力を……いや、いやいや、ヨーゼフって平民だよね? でも平民でも魔力の強い人はいるし……。
私が混乱している横で、ヨーゼフが眉を寄せた。
「正門を閉めておくべきだったかもしれません」
我が家はすでに門番がいないので、ふだん正門は閉めたままにしてる。必要に応じて開けるんだけど、今日はツェルニック商会が来ることになっていたので開けてあった。
そして続けて公爵さまも来られた。その流れで、公爵さまから早めに連絡がある、つまり公爵さまのお使いがすぐ来られるかもしれないということで、ヨーゼフは正門を開けておいたのだと思う。
馬の蹄が石畳を蹴る音が近づいてくる。
その貸馬車は我が家の玄関前、車寄せへと入ってきたようだった。
またもやお客さまです。次話からしばらく不穏な流れになっていきます。





