361.ブーメランは返ってくる
本日1話更新です。
はい、私たち女子3名、ようやく腰を落ち着けました。
当初の予定通り、図書館の談話室の一角で、テアちゃんはまだぷんすかしており、デズデモーナさまは魂が抜けちゃったような顔をしておられます。
私?
ええ、私はなんだかあまりにもイロイロありすぎて、すっかり無の境地です。
それでもなんとか、この場を収めねばならぬ。
そもそも、事の発端は、デズデモーナさまが私を王太子妃候補、というか、もう王太子殿下の婚約者に決まってるんだって、誤解してたことなんだよね?
とりあえず、その点についての誤解は解けたと思う。
いや、新たな疑惑が生まれてしまった……ということは、いまは横に置いておいて。
ご本人はいまだにぷんすかしてるのでアレなんだけどね。
「まったく、王太子殿下はあのようなかたでしたのね。我が国の先が思いやられるわ」
そのぷんすかテアちゃんの言葉に、デズデモーナさまがいまさら驚愕しちゃってる。
「貴女、またそのようなことを……先ほどの発言にしても、不敬だとは思わないの?」
「不敬も何も、最初にわたくしたちに失礼なことをしてこられたのは、あちらだったでしょう」
「相手は王太子殿下でいらっしゃるのよ? わたくしたちを下に見ておられるのは、当然なのではなくて?」
「下に見るのが当然ですって?」
はいはい、ブレイクブレイク。
私は慌てて遮音の魔道具を取り出した。図書館に入る前にスヴェイが渡してくれたヤツね。
「テア、それにデズデモーナさまも。この魔道具に魔力を通してもらえるかしら? そうすれば、わたくしたちの声は周囲に聞こえなくなるらしいから」
「遮音の魔道具ね」
テアがすぐに受け取って魔力を通してくれる。
「これで言いたいことが言えるわね」
うん、テアちゃんに言いたいことが山ほどあるのは私もわかってます。てか、私も言いたいことだらけだわよ。
デズデモーナさまも魔道具に魔力を通し、返してもらったその魔道具を私はしっかりにぎった。
はい、再開です。
私から口火を切らせてもらいましょう。
「デズデモーナさま。たとえどのようなご身分のかたであっても、人を一方的に見下したり、ご自分のいいように愚弄されたりするなどということは、許されることではありませんわ」
「ええ、ルーディが先ほども言っていたものね。身分差や階級差があることと、相手を尊重しないことには、なんの関係もない、と」
テアちゃんがうなずいて言ってくれる。「王太子殿下も、それに侯爵家の側近のかたも、あまりにも失礼だったわ。ご身分が高くていらっしゃるからといって、わたくしたちに何をしても許されると思うのは大間違いよ」
そしてテアちゃんは、デズデモーナさまに向かってはっきりと言った。
「デズデモーナさまご自身は、たかがお相手のご身分が上だからという程度の理由で、どれほどご自分が見下され馬鹿にされても、それを受け入れるのが当然だと思っていらっしゃるのかしら?」
「それは……!」
言葉に詰まったデズデモーナさまが、それでも言い返してくる。
「それはでも、そういうものではなくて? ほかの方がたも、みなさまそうやって我慢していらっしゃるではないの」
「我慢、などとおっしゃったということは、デズデモーナさまご自身も納得はされていないということですわよね?」
テアちゃんのツッコミが絶好調です。
私も思わず、うんうんってうなずいて念押ししちゃう。
「納得はしていない、つまり、身分が上だからという、自分ではどうしようもない理由で人から見下されたり馬鹿にされたりするのは、デズデモーナさまご自身も嫌だと思ってらっしゃるということですわよね?」
ぐっ、と詰まったデズデモーナさまが、それでもやっぱり反論してくる。
「それは……でも、そういう個人の気持ちなど抑えて、我慢して従うのが身分というものではなくて? そうしなければ、身分制度というもの自体が崩れてしまいますわ。不敬であるというのは、そういうことではありませんこと?」
いや、そうやって臣下が一方的に我慢して王の横暴を許したら国が亡ぶのよ。
私は思いっきりわざとらしく肩をすくめてみせた。
「あら、それはおかしいですわね? 先ほど、キッテンバウム宮廷伯爵家のペテルヴァンスさまがおっしゃっていませんでしたかしら? 宮廷伯爵家の方がたには、王家の方がたを諫める役割がある、と」
すぐさま、テアちゃんも言ってくれちゃう。
「ええ、そのようにおっしゃっていたわよね。それにアルトゥースさまによると、王家、つまり我が国で最も身分が高い方がたであっても臣下からの諫言を受けなければならないということは、明確に法律に定められているのだとか」
ねー? と、ばかりに私とテアちゃんは、顔を見合わせてうなずきあっちゃった。
「でも、それは……宮廷伯爵家だとか、そういう特別な地位にいらっしゃるかただから……!」
デズデモーナさまは、自分の考えをどうあっても曲げたくないらしい。
考えを巡らせるように首を振り、デズデモーナさまはまくしたててきた。
「そうよ、ゲルトルードさまだって、王家に四公家というたいへんな後ろ盾をお持ちだから、侯爵家嫡男のフリードヘルムさまに対してあのような態度がとれたのでしょう? ドロテアさまだって……何か切り札をお持ちだと言われていたではないの、そういう強いお立場だからこそ、そのようなことが言えるのであって……! 地位もなく、そのような後ろ盾も切り札もないのであれば、たとえ嫌だと思うようなことがあっても、耐えるしかないではないの!」
うん、まあ、私にはオールスターズな後ろ盾があるから強気に出たっていう事実は否定しない。
それにテアちゃんだって、何か本当に切り札があるから、あそこで勇者になれちゃったんだというのもあるんだと思う。
でもねえ……。
私とテアちゃんは、また顔を見合わせちゃったんだけど。
デズデモーナさまは、なんだかもう涙目になって唇を震わせちゃってる。
「わたくしだって……そうよ、わたくしだってもし、王太子妃に選ばれていたのであれば……あのフリードヘルムさまだって堂々と見下して差し上げたわ! それにヒルデライナさまや、ほかの侯爵家のご令嬢がたに馬鹿にされることもなくなって……でも、実際には王太子殿下の婚約者でもないわたくしには、ただ我慢する以外、できることなんて何もないのだもの……!」
いや、王太子殿下の婚約者でもないから我慢するしかないとか……え、ええっと、ドコから突っ込めばいいの?
またまた顔を見合わせちゃった私とテアちゃんは、思いっきり眉を寄せまくっちゃったわよ。
そんでもって、やっぱりテアちゃんが勇者っぷりを発揮してくれました。
「呆れた……デズデモーナさま、貴女は王太子妃になればほかの人を見下したり馬鹿にしたりできるからって、そんな理由で王太子妃になりたいと思っていたのね?」
うん、すばらしい超ストレートの剛速球です。
なのに、デズデモーナさまにはその剛速球すらも通じないらしい。
「そんなことは言っていないわ! 人を見下したり馬鹿にしたりできるからとか……そういうことではなくて、逆よ、王太子妃、ひいては王妃になれば、誰にも馬鹿にされたり見下されたりしなくなるでしょう? だから……!」
いや、全然逆じゃないですってば。そのまんまですってば。
要するに、デズデモーナさまは自分がそういう発想をしてるという自覚すらない、と。
私は盛大に頭を抱えちゃったんだけど、テアちゃんも同じく頭を抱えちゃってます。
いやー、コレってたぶん、ほかの……その塩侯爵家のヒルデライナさまやほかの侯爵家のご令嬢がたも、こういう発想なんだよね? だって、このデズデモーナさまがほかの侯爵家のご令嬢がたに馬鹿にされてるって、そういうことだもんね?
ああ、でも……つまり、そういうことだったんだ。
私は本気で頭を抱えたまま、デズデモーナさまに言った。
「デズデモーナさま、貴女がわたくしを王太子妃にと望まれたのは……わたくしが王太子妃になれば、貴女と同格の侯爵家のご令嬢がたも、格下である伯爵家のわたくしに対して頭を下げなければならなくなるから……ご自分が王太子妃に、つまりほかの方がたを見下せる立場になれないのであれば、いっそほかのご令嬢がたもそろって格下のわたくしから見下されればいい、と……そう思われたからなのね?」
テアちゃんは私の言葉に『あー!』という納得の顔をしてくれたんだけど、当事者のデズデモーナさまは頬をふくらませてそっぽ向いちゃってます。
どうやら図星だったようです。
よくもまあ、そんな幼稚な思いつきで他人を……まったく関係のない私を、勝手に王太子妃になるだなんて決めつけてくれちゃったわね。
そりゃあの賢明な王妃さまが、王太子妃をお決めにならない……お決めになれないわけだわ。王太子妃候補になりそうな上位貴族家……侯爵家のご令嬢がそろいもそろってこういうレベルなんだとしたら。
私だって嫌だもん、こんな……ほかの人を馬鹿にしたり見下したりし放題になれるから王太子妃になりたい、なんて考えてるご令嬢が本当に王太子妃、ひいては王妃になっちゃうなんて。
学院に通ってる上位貴族家の男子もたいがいひどいと思ってたけど……上位貴族家の女子のひどさもまた半端ないな?
いや、上位貴族家であっても、男子も女子もまっとうな人もいるんだけどねえ。
うーん、でも、こういう状況なのであれば……その、王太子殿下が本当に勇者テアちゃんのナニかに刺されちゃったとかいうのであれば、むしろめちゃくちゃOKなのでは?
いや王太子殿下、冗談抜きで見る目あるよね?
王太子殿下がまかり間違って、王太子妃や王妃という地位にふんぞり返りたいだけのご令嬢なんぞをお妃さまに選んでくれちゃったりなんかしちゃったら、我が国の未来がなくなっちゃうわよ。
だけど、もし本当にこの賢くて率直で誠実なテアちゃんがお妃さまになってくれるのなら、我が国の未来が一気に明るくなるわ。
ただ、最大の問題は……テアちゃんのほうにその気がまったくない、ってことなんだけど。
それどころか、テアちゃんの王太子殿下に対する好感度って、大暴落してるよね?
う、うーん……王太子殿下、健闘をお祈り申し上げます……。
で、いまのテアちゃん、とりあえず心底呆れたって顔してる。
そのテアちゃんの視線も、デズデモーナさまは気に入らないらしい。
「何? 何かおっしゃりたいの? ええ、ドロテアさま、貴女にはわからないのだわ。ほかのご令嬢がたから見下されて馬鹿にされるわたくしの気持ちなんて……!」
いや、貴女がソレを言う?
と、私以上に、テアちゃん自身がそう思ったと思う。
「あら、わたくし、つい先ほど、貴女から思いっきり馬鹿にされ見下されましたけれど? デズデモーナさま、貴女はおっしゃったじゃないの。わたくしに向かって、子爵家ごときの、それも非嫡出子ごときが、と」
「それは、わたくし、そういうことではなくて……ただ事実を申し上げただけですわ!」
デズデモーナさまは、盛大にブーメランが返ってきてもまだ言い訳しようとしてる。
うん、テアちゃん、もうキレちゃっていいよ。
「そうでしたの? では、わたくしも同じく事実を、申し上げますわね」
にっこり笑うテアちゃんの笑顔が最恐だ。
「デズデモーナさまは、侯爵家のご令嬢にあるまじき魔力量の少なさで王太子妃候補からも早々に外されていらっしゃるのよね。かといって、弟君がお生まれになったことで爵位持ち娘としてお家をお継ぎになることもできなくなってしまわれて、いまから嫁ぎ先をお探しになるのだとか。本当にたいへんでいらっしゃいますこと」
「なっ……!」
デズデモーナさまの顔が、みるみる赤くなっていっちゃう。
「あ、貴女、言っていいことと悪いことがあると――」
「ええ、言っていいことと悪いことがあるわね、たとえそれが事実でも」
テアちゃんが冷たく言い放つ。
「デズデモーナさま、貴女はわたくしに向かって、言ってはいけないことを言った。だからわたくしは、貴女に謝罪を求めているの」
顔を真っ赤にしたまま、デズデモーナさまが黙り込んだ。
そして……やっぱり泣いちゃうのね、デズデモーナさまってば。
「どうして……どうして、わたくしばっかり、こんな……わたくしだけが責め立てられて、わたくしばかり悪者にされて……!」
私もテアちゃんもやっぱり顔を見合わせて、もう遠慮することもなく大きく息を吐いちゃった。
もうね、ここまで言ってあげるのは大サービスよ?
と、思いつつ、私は口を開いた。
「デズデモーナさま、貴女はご自分がどれほどおかしなことを言っているのか、わかっておられます?」
「おかしなことですって? わたくしが?」
泣きながら洟をすすっちゃってるデズデモーナさまが、それでも怒りの顔を上げた。
私は言葉を続ける。
「オードウェル先生も指摘してくださいましたよね? 貴女は、利のない相手は切り捨てるのが当然だと言いながら、ご自分は利がないと切り捨てられたくないのでしょう? それに、ご自分がほかのかたから見下され馬鹿にされることが嫌だと言いながら、ご自分がほかの人を見下して馬鹿にすることは当然だとおっしゃっているわけですよね。そういうご自分にとって都合のいいことばかり並べ立てておいて、それなのに自分に非がない、自分は悪くないと主張されるのは、どう考えても無理がありますわね」
テアちゃんも肩をすくめて言い出した。
「貴女は、ご自分が人からされて嫌なことを、ご自分もまた人にしていらっしゃるのよ。だからいつまで経っても貴女は人から見下され続け、馬鹿にされ続けるしかないのよ」
「そんな……そんなこと……」
デズデモーナさまの目が泳ぐ。
もうこの際だから、ぜんぶ言って差し上げちゃいましょう。
私はテアちゃんと目を見かわせ、そしてまた口を開く。
「貴女の周りには、そういう人たち……地位や身分で相手を見下したり馬鹿にしたりする人たちしかいなかったのだとしたら、それは不運だったと思うわ。でも……たとえば王太子妃、王妃になれたとして、そこから先はどうするおつもりなの?」
「そこから先、って……?」
「王妃であろうと、女性だからというだけで見下して、馬鹿にしてくる殿方なんて掃いて捨てるほどいるわよ」
テアちゃんの、やっぱり超ストレートな剛速球に、デズデモーナさまも今度はハッとした表情を浮かべた。
私も言葉を続ける。
「そもそも国王陛下であっても、各領地の領主に対して支配権をお持ちではないのよ。領主の中には、平然と陛下をないがしろにしている者だっているの。王妃になったからといって、すべての人が無条件に貴女を尊ぶわけではないわ。人から尊ばれるだけのことを成さなければ、王妃であっても……国王であっても、馬鹿にして見下してくる人たちなんていくらでも湧いて出てくるわよ? たとえ、その地位に対してうわべだけは媚びへつらっていても、ね」
いや、そこまで愕然とした顔をしてくれなくても、デズデモーナさま。
てかホンットに、そういうことをまったく考えてもいなかったのね?
テアちゃんもまた肩をすくめてる。
「王妃になったとしても、貴女が人を見下し馬鹿にし続ける限り、貴女もまた人に見下され馬鹿にされ続けることにしかならなくてよ。こういうことの本質は、地位の問題ではないのだから」
「そんな……」
いやもう、本気で愕然としちゃってるデズデモーナさまが、途方に暮れた顔で訊いてきちゃう。
「それならば、いったいどうすれば……?」
私とテアちゃんはやっぱり顔を見合わせる。
「人から尊ばれたいと思うのであれば、まず自分が人を尊ぶことよね」
「そうよね、相手の地位や身分に関係なく敬意を払い、たとえ事実であっても言ってはいけないことは言わない」
うん、テアちゃん根に持ってます。まあ、当然のことだけどね。
そしてテアちゃんはビシッと言い切った。
「要は、貴女が人を見下したり馬鹿にしたりしている限り、どのような地位や身分を手に入れようが、貴女自身もずっと人から見下されたり馬鹿にされたりし続ける、ということよ」
と、テアちゃんが決めたところで、書架の向こうからガン君が顔を出した。
ガン君は手をひらひらと振りながら言う。
「スヴェイさんが迎えにきた」
次の8巻発売が決まりましたので、ただいまその8巻のための書き下ろしをもりもりと進めております( *˙ω˙*)و グッ!
そのぶん、こちらの更新がなかなか進まないのが自分でも歯がゆいのですが、ぼちぼちとでも更新してまいりますので、よろしくお願いいたします<(_ _)>





