349.飛び入り参加?
本日1話更新です。
お昼休みになって私は個室棟へと戻り、スヴェイにその旨を伝えた。
「ああ、それはよかったです。ゲルトルードお嬢さまがドロテアさま、ドラガンさまとご一緒に勉強をされるのであれば、むしろ奥さまもご安心なさいますでしょう」
スヴェイは笑顔で答えてくれて、いつものごとく私を個室棟まで送ってくれた2人にも頭を下げてくれる。
「ドロテアさま、ドラガンさま、ゲルトルードお嬢さまをよろしくお願い申し上げます」
「わたくしたちも授業の復習になりますから」
「ルーディ嬢が姉の相手をしてくれて、私としても大助かりです。姉はいままで学内に、一緒に勉強ができるような友だちがいなかったので、ルーディ嬢と机を並べられるのが嬉しくてしょうがないんですよ」
ソツなく答えたテアちゃんに、さりげなくストレートのデッドボールを投げてくれちゃうガンくんよ。で、その弟くんの脇腹にお姉さまが肘鉄をくらわすところまでがお約束。
そんでもまあ、とにかくお昼休みが終わったらテアちゃんは乗馬服に着替えて、またこの個室棟まで来てくれることになった。
「乗馬の授業のある馬場までは、従者である私も同行できます。授業が終わるまで馬場でお待ちすることもできますので、ドロテアさまもご一緒に私が図書館までご案内しますよ」
スヴェイの申し出にガンくんは素で大喜びだ。
「ああ、それは本当に助かります。では私は姉をここまで送ってきたら、そのまま講義棟へ行かせていただきます」
うん、ガンくんはもうそのまんま、大好きな算術選抜クラスに飛んでいきたいんだよね。
なんかビミョーに納得がいってない感じのテアちゃんと、やたら上機嫌のガンくんを見送り、私が個室のある3階に上がろうとすると、スヴェイが言ってきた。
「本日はゲルトルードお嬢さまが学院で初めてアレクサに騎乗されるということで、念のためゲオルグも馬場に向かいます」
おおう、ゲオルグさんってば、そこまでしてくださるんですか。
そしてスヴェイはさらに、笑顔で言ってきた。
「それに、今日はハンスが学院の厩舎に来ています」
「えっ、ハンスが?」
目を丸くしちゃった私に、スヴェイはにこにこと教えてくれる。
「ゲルトルードお嬢さまがお乗りになるアレクサを、ハンスも覚えておくほうがいいからとゲオルグがお屋敷から急遽連れてきてくれたのです。ゲオルグは、ハンスのことが結構気に入ってるようですよ」
そりゃまた、なんていうか、めちゃくちゃ光栄なことだわ。
なんせゲオルグさんって国家一級御者だもんね。国王陛下の儀装馬車の御者だってできちゃうような人が、我が家の厩番の男の子を気に入ってくださるなんて……ハンス、やるじゃん!
それに私が乗る馬だからって、わざわざウチの厩番に覚えさせるために学院厩舎まで連れてきてくれるっていうだけでも、すごく配慮してもらってるのがわかってとってもありがたい。
と、思いつつ、私は自分の個室へ入り、ナリッサが用意してくれたお昼ごはんのホットドッグにかぶりついたんだけど。
そう言えば、ゲオルグさんにもいっぱいごはん、あげてたわ……。
ゲオルグさん、もう当然のごとく朝食は我が家の厨房で食べてるし、お昼だってお弁当持たせてあげてるし、お夕食もスヴェイだけにお持ち帰りを渡すのもアレだからってゲオルグさんにも渡してあげてるんだよね……。
まあ、そのぶんサービスしてくれてるのであっても、それはそれでありがたいからいいかー。
お昼ごはんを食べ終え、私は乗馬服に着替えた。
そしていそいそと個室棟のロビーへ下りると、テアちゃんガンくんがすでに来てくれていた。
「それではスヴェイさん、ドロテアのことをよろしくお願いします」
って、ガンくんってば私の顔を見るなりダッシュでロビーから出ていった。そうか、そんなに行きたいのか、算術選抜クラスへ。
そんな弟くんのようすに、呆れ顔のテアお姉さまが謝ってくれちゃう。
「ごめんなさい。本当にガンときたら……ルーディにも失礼だわ」
スヴェイが笑いを含んだ目を私に向ける。私がうなずくと、スヴェイは朗らかに答えた。
「どうぞお気になさらず、ドロテアさま。ドラガンさまが本当に算術がお好きだということは、私も聞き及んでおりますので」
私もちょっと笑いを堪えながら答えちゃった。
「ええ、気にしないで、テア。ガン君も、たまには男子だけのお付き合いもしたいんでしょう。算術選抜クラスの上級生のみなさまにも、ガン君は本当にかわいがってもらっているようだし」
「ええまあ、それは確かにそうなのだけれど……」
テアお姉さま、それでもやっぱり渋い顔しちゃってます。
そんなこんなで、私たちは学院の厩舎に向かって歩き出した。
でもホンットにテアちゃん、乗馬服がめちゃくちゃ似合うわー。キャラメルみたいな色のショートジャケットに紺色の乗馬スカートなんだけど、しゃきっと背筋が伸びていて堂々としたテアちゃんのたたずまいがすごく引き立ってるのよね。
でも、本人はかなりうんざりした顔してるんだ。
「本当にこの横鞍用の乗馬スカートって、もうちょっとどうにかならないのかしらね」
私は笑いながら答えちゃった。
「わたくし、スカートを引きずるんじゃなくて、スカートに引きずられそうよ」
「ルーディは小柄ですものね。特に大変そうだわ」
そうなのよね、馬の背に横座りして斜めに投げ出した足が見えないよう、乗馬用スカートってフレアたっぷりでしかも裾がすっごく長いの。おまけに生地は厚手で丈夫なウール。歩くときはボタンやフックを使って、その長くて広い裾をたくしあげているのよね。もうホンットに重くて歩きにくいんだ。
うんざり顔のテアちゃんが言う。
「わたくしは、領地ではずっと男装で鞍にまたがって騎乗していたの。学院入学前に、初めて横鞍の練習をしたのだけれど、本当にどうしてわざわざこんな面倒な乗り方をしなければいけないの、って本気で頭を抱えてしまったわ」
いやー男装で騎乗してるテアちゃん、めちゃくちゃりりしくてカッコいいだろうな。
「ご領地には、自分の馬がいるって言ってたものね」
「そうなの、我が家の厩舎で生まれた馬よ。わたくしが自分でずっと世話をしてきたの。学院に連れてこられなかったのが本当に残念だわ」
そう言ってから、テアちゃんがちょっと声を落とした。
「正直に言って、ルーディと一緒にこうして補習授業を受けられるのは、わたくしにとってもすごくありがたいことなのよ。学院の厩舎にもお気に入りの馬がいるのだけれど、なかなか授業で乗ることができなくて」
学院へ自分の馬を連れてきていない生徒は、学院の厩舎で飼われている馬を借りて乗馬の授業を受ける。私もずっとそうだった。
そのさいに、学院で飼われている馬の中でどの馬に乗りたいか、リクエストできるんだよね。私はどの馬がいいとか全然わからなかったので、リクエストなしの完全おまかせだったんだけど。
確か、リクエストが重なったときは抽選だって聞いたような気がする。
「それは……抽選になるような人気の馬なの?」
何気なく問いかけた私に、テアちゃんは苦笑した。
「全然人気のない馬よ」
「えっと、じゃあどうして……」
「本当にどうしてかしらね。単なる嫌がらせだと思うのだけれど」
肩をすくめるテアちゃんに、私は愕然としちゃった。
マジで? 本当に? テアちゃんが希望する馬にはわざと乗せてあげないって……そういう幼稚な嫌がらせしてくる人がいるの?
「わたくしも最初は、抽選で外れたのだと思っていたの」
テアちゃんは淡々と言った。「けれど、授業では誰もその馬に乗っていなくて。乗馬の授業の後に厩舎へ行ってみると、その馬には誰も騎乗の希望を出されていませんでした、って馬丁に言われて……それ以降も、授業で何度希望を出しても乗せてもらえなくて、どうやらこれは誰かの嫌がらせなのねって思ったのよ」
私は本気でめまいがしそうになった。
テアちゃんは、苦笑しながらも明るい声で続ける。
「でも、さすがにこういう補習授業にまでは、その誰かさんも嫌がらせしてこないでしょ? もし何かしてきたとしても、わたくしとルーディしかいない補習授業で、わたくしが希望する馬を出してもらえないのなら堂々と抗議できるわ」
なんだかもう、テアちゃんの苦労がしのばれちゃうわよ。
そんな些細なことにいたるまで、嫌がらせされちゃうんだ。
しかも、女子の乗馬授業ってことは、嫌がらせしてる人も女子だよね? なんでわざわざ、同じ女子生徒の足を引っ張ろうとするのか……本当に理解不能だわ。
そんな話をしているうちに、私たちは厩舎に到着した。
厩舎の前に、馬が数頭引き出されている。
その中に、ちゃんとアレクサもいる。しかもアレクサの口を取っているのは……。
「ハンス!」
「ゲルトルードお嬢さま!」
ハンスが、いつもと同じにこにこ顔で答えてくれた。
「さっき、このアレクサにブラシをかけさせてもらいました。アレクサ、本当にいい仔ですよ。すごく素直で、乗り手のいうことをよく聞いてくれる馬だと思います」
そう言いながらハンスがアレクサの首をぽんぽんと手でたたいてやると、アレクサちゃんはその鼻面をハンスの頭に押し当てて、まるで髪を食べるかのように口をもしゃもしゃと動かした。
「あ、こら、アレクサ」
ハンスは笑いながら、アレクサの顔を自分の頭から押しのけようとしてる。うん、アレクサちゃんってば、すっかりハンスになついちゃってる感じだわ。
そこへゲオルグさんがやってきた。いつもの御者服ではなくて、テイルコートにブリーチズとロングブーツっていう乗馬スタイルだ。
「ゲオルグさん、ありがとうございます。ハンスをここへ連れてきてくださって」
「いえ」
いつも通り愛想のカケラもないゲオルグさんが、それでもぼそりと答えてくれた。
「ハンスはよい御者になるでしょう。本人も馬が本当に好きですが、馬のほうもハンスのことはたいてい好きになりますから」
おおおお、ゲオルグさんがハンスを褒めてくれちゃってる!
ハンスってば、国家トップレベル人材の御者さんに、よい御者になるでしょうってお墨付きをもらっちゃったよ!
「ありがとうございます。ハンスは我が家の自慢の厩番ですから」
私も満面の笑顔でお答えしちゃったわよ。
そして横を見ると、テアちゃんも嬉しそうに一頭の馬の鼻面を撫でてやってた。
えっと、この毛色は知ってるぞ。確か芦毛っていうんだ。白い毛にグレーのまだら模様みたいな感じで。それで年をとると、真っ白になるんだよね?
「その馬が、テアのお気に入りの馬なのね?」
私が声をかけると、テアちゃんが笑顔で答えてくれた。
「そうなの、レダっていうの。少々気が荒いのだけれど、わたくしのいうことはよく聞いてくれるのよ」
名前を呼ばれたと思ったのか、レダちゃんはその鼻面をテアちゃんの頬にぐいぐいと押し当ててきた。テアちゃんは笑って、その鼻面を押し返してる。なんか結構大きな馬なんだけど、テアちゃんは乗りこなせちゃうんだ?
「ふむ」
私の横でゲオルグさんがつぶやいた。「あのレダがあれだけ気を許しているとは……ドロテア嬢はかなりの乗り手のようですね」
おおう、テアちゃん、ゲオルグさんが褒めてくれちゃってますよ、このゲオルグさんは国家トップレベル人材だからね! それにまず間違いなく、馬の専門家だと思うし!
そのとき、パンパンと手をたたく音が響いた。
「それでは本日の1年生女子乗馬補習授業を受けるみなさんは、こちらに集まってください」
乗馬の先生がきびきびとした足取りでやってこられた。
確か、お名前はコンスタンツェ・オードウェル先生。きゅっとひとつにまとめられた茶色い髪が半白になっているところから、それなりのご年齢になっておられると思うのだけれど……すらりとした長身で、なんかこう王妃さまと同じように男装が似合いそうなカッコいい感じの先生だ。
そのオードウェル先生が、私たちの前で言われた。
「本日の参加者は、申し込み順にドロテア・シュリーゲル嬢、ゲルトルード・オルデベルグ嬢、そしてデズデモーナ・ヴィットマン嬢、以上3名ですね?」
ええええええ、デズデモーナ・ヴィットマン嬢?
私もテアちゃんもびっくりして慌てて振り向くと……確かにあの金髪碧眼ドリルヘア、いや縦巻きロールヘアがとびきりお似合いの完璧悪役令嬢ルックスなデズデモーナさまが、とっても不機嫌そうな顔でそこにいた。
ついに、あのデズデモーナ嬢が登場でーす!
(それもでっかいフラグを背負って?)





