34.本当にいい人なの?
気がついたらブックマークもさくっと200人を超えてました。本当にびっくりです。ありがとうございます!
すっかり魂抜けちゃいました状態の私の横で、お母さまも茫然としてた。
それでもお母さまは、なんとか自分を立て直したようだ。
「それは……わたくしたち、公爵さまに大変な失礼をしておりましたのね。心よりお詫び申し上げます」
そう言ってスカートをつまんで軽く膝を折り、正式な礼であるカーテシーをしながら頭を下げるお母さまに、私も慌てて倣う。
「あ、あの、大変失礼をいたしました。申し訳ございませんでした」
私はブリーチズ履いてるからつまむスカートがなくてすっごい間抜けだったんだけど。
「いや」
公爵さまは咳ばらいをする。「私ももう少し配慮すべきであった。貴女が社交界から長らく遠ざけられていたことも、ある程度、姉から聞いていたのだし」
「過分なお言葉、ありがとう存じます」
再び礼をするお母さまに、私も倣う。
「それで」
眉を寄せた公爵さまが問いかけてきた。「今後どうされるおつもりか? 新居をすでに購入したと、しかも引越しをすでに始めているという話なのだが」
公爵さまの視線が、玄関ホールに積まれている衣装箱へちらりと動く。
お母さまは背筋を伸ばして答えた。
「できることでしたら、このまま引越しをしたいと思っております」
「こちらのタウンハウスは手放すと?」
「はい。ここはわたくしたちには広すぎます。多くの使用人を雇う必要がありますし、維持するのが大変なのです。それに……」
わずかに言いよどみ、でもお母さまは公爵さまに向かってはっきりと言った。
「このタウンハウスには、あまりよい思い出がございませんので」
お母さま、強い!
私が感嘆しちゃった目の前で、公爵さまもわずかに眉を上げた。
その公爵さまに、お母さまはほほ笑みかける。
「新しく購入したタウンハウスは、ここに比べればほんの小さなものですけれど、わたくしたち母娘3人が暮らしていくには十分な家です。これから3人で穏やかに暮らしていけるのであれば、わたくしたちはそれ以上のことは望みません」
公爵さまの不思議な藍色の瞳が、お母さまを見つめている。
そしてその目は、私にも向けられた。
「ゲルトルード嬢、きみの考えはどうなのだ?」
「わたくしも、母と同じ考えです」
この人、私にも訊いてくれるんだ?
ちょっとした驚きとともに、私は答えていた。
そのとき、いつの間に来たのかヨーゼフが声をかけてきた。
「奥さま、ゲルトルードお嬢さま、お茶の準備が整いましてございます」
「まあ。そうですわ、わたくしたち公爵さまをご案内もせず、こんな玄関ホールで」
お母さまに言われて私もちょっと慌てた。なんかもう、これ以上失礼を重ねるのは申し訳なさすぎる。
「あの、公爵さま、よろしければお茶を召し上がりませんか? それに、あの、今日は林檎のパイもございます」
公爵閣下の不思議な色の目が瞬く。
そして、ずっと不機嫌そうに曲げられていたその口角が、わずかに上がった。
「いただこう」
よかった、公爵さまは林檎のパイがお好きのようだ。
公爵さまを客間へと案内する途中、お母さまはそっとナリッサに声をかけた。
「ナリッサ、ありがとう。貴女はルーディを守ろうとしてくれていたわね」
「私は何も」
ナリッサは首を振ったけれど、お母さまはくすくす笑って彼女の手を取る。
「あんなにあからさまに自分の身を盾にしていたのに? 貴女にはいつも本当に感謝しているのよ、ありがとうナリッサ」
「とんでもないことでございます、奥さま」
恐縮しているナリッサの姿に、私の後ろを歩いていた公爵さまがぼそりと言った。
「よい侍女を抱えているな」
とっさに、というかもう反射的に、私は後ろを振り向いて公爵さまを凝視してしまった。
私が立ち止まって振り向いたので、後ろの公爵さまも立ち止まる。そしてわずかに眉を上げて私を見下ろし、やがて苦笑を浮かべた。
「そういう意味で言ったのではない」
とたんに、私の顔に血が上った。
思わず頭を下げる。
「あ、あの、わたくし、また失礼を」
「構わぬ」
公爵さまは苦笑を納めて静かに言った。「きみもいろいろと、大変な思いをしてきたようだな」
えっ? と……私は顔を上げてしまった。
この人……もしかして、わかってるんだろうか? 我が家の当主がどれほどのゲス野郎だったのかを。常に侍女の身の安全を心配するだけでは収まらないような、そんな環境だったということを。
公爵閣下はまったく表情を変えず、私を促すようにあごをわずかに動かした。
再び客間へと歩きだしながら、私は思ってしまった。
私、またなんかすっごい勘違いをしてたんだろうか。
マールロウのお祖父さまのことも、ベアトリスお祖母さまのことも……よく知らないくせにずっと悪い印象を持ってしまってた。
このエクシュタイン公爵さまのことも、貴族名鑑で読んだ内容に自分の勝手な想像を重ねて悪い印象しか持ってなかったんだけど……。
ダメだわ、爵位持ちの貴族男性の身近なサンプルが、私の場合あのゲス野郎しかいないっていうのが致命的だわ。
うーん、公爵さまの意図をこっちが誤解してたのは間違いなさそうだし、基本的に私たちのことを考えてくれてるんだって思っていいみたいなんだけど……そこに何らかの打算はないんだろうかと、勘ぐってしまう自分がちょっと、いや、だいぶ悲しい。
正直、この公爵さまに対してもどう判断していいのかすごく迷うな……。





