330.床払い
たいへんお待たせしました。更新再開です。
本日1話更新、明日も1話更新できるかな?(;^ω^)
しばらくぼんやりとしていた。
私はただ眠り、目が覚めると何か食べさせてもらった。
ときどきグリークロウ先生が往診に来てくださって……どうやら私が眠っているときは起こさずに診察していただいていたようなんだけど、とにかくいまの私には養生が必要だと言ってくださっていた。
意識が戻ってすぐは、考えなきゃいけないことがいっぱいあるって、自分でもどこか焦っているような感じがしてた。
でも、なんていうか、毎日毎日うんと甘やかしてもらっていて……文字通り上げ膳据え膳で、マルゴの作ってくれた美味しいお料理を食べて、あとはひたすら眠るだけ。ナリッサとマルレーネさんが本当に何から何まで世話をしてくれる。
だからもう、このまましばらくは、考えることも放棄しちゃっていいんじゃないかと思うようになった。
それでまあ、本当にしばらくの間はぼんやりと寝たり起きたりするだけだったんだけど……それでもだんだん頭がはっきりしてきて、やっぱりいろいろ考えるようになった。
最初に思ったのは、私ってこの世界に転生してきてからこっち、こんなにも安心してぼーっとしていられる時間を、こんなにも確保してもらったのって初めてかも、だった。
まあ、たいがいひどいよね。
子どもって基本的に自分が置かれた環境しか知らないから、それをそのまま受け取って育っていくしかないからね。私は前世の記憶が戻った時点で、自分が置かれている環境があきらかに異常だとは気が付いたけど、文字通り『家の外』の状況がまったくわからなかったので、どうしようもなかった。
だから今世の私も置かれた環境のままに、ずっとずっと自分の身を守ること、そしてお母さまとリーナを守ることに必死だったんだ。
我ながら、よく頑張って生きてきたと思うわ。
それは確かに……公爵さまみたいに、常に命を狙われているような過酷さとは違うけど……それでも私も、常に自分の側に『死』があった。
あのゲス野郎に殺されてしまわないよう、ずっと気を張って生きてきたんだ。
固有魔力が……【筋力強化】じゃなくて【全身防御】らしいんだけど、そういう能力が顕現していろいろ楽になったのは事実だけど、でも餓死や凍死からは、その能力では逃れられないからね。
いやもう、寒くてひもじいって、人間にとって最悪よ。
実際に体力を奪われるだけでなく、気力もどんどん削られていく。もうね、闇落ちしちゃいそうなことしか考えられなくなっちゃうの。
ホンットに、気持ちが落ち込んで後ろ向きにしかなれないときは、とりあえず美味しいものを食べてあったかくして寝ろ、っていうのは真実だと思うわ。
で、その通り、いま私は、公爵さまのおかげでこうやってふっかふかのお布団にくるまって、マルゴの作ってくれた美味しいお料理を食べて、何よりも安心して横になっていられる。
それが本当にありがたくて……でも、それをありがたいと感じてしまう自分が、ひどくかわいそうで……私は、この世界に生まれてきて初めて、自分をあわれんでしまった。
それは、自分でもかなりしんどかったけれど、自分自身のいちばん底にまで沈む作業だったんだと思う。だからその後、ゆっくりと確実に浮上していく感覚を味わうこともできた。
浮上しながら私は、だんだんと、決意を固めていった。
自分で起き上がって食事ができるようになったところで、私はナリッサに確認した。どうやら私は4日間も寝ていたらしい。
うわー、連休がつぶれちゃっただけでなく、学院も2日休んじゃったよ。
と、思ってしまうあたりが、我ながら貧乏性だと思わずにいられないんだけど。
それでも起き上がれるようになったことで、私はお風呂にも入れてもらった。それまでもずっとナリッサとマルレーネさんが私の体を拭いてくれて、着替えもさせてもらってたんだけどね。
ただ、私が着せてもらってる寝間着……絹製のつるっつるな高級品なのよ。うーん、なんか考えると怖いんだけど、私は思い切ってマルレーネさんに訊いてみた。
「あの、わたくしが着せていただいているこちらのお衣裳なのですが……」
「レオポルディーネお嬢さまがお召しになっていたお衣裳でございますよ」
うわーん、やっぱりあっさり言われてしまったー。
でも、まだレオさまのなら、って思っちゃうのはレオさまに失礼だけど、さすがに、ねえ?
と思ってたのに、マルレーネさんはとってもイイ笑顔で言ってくれちゃった。
「では、本日はこちらのお衣裳にお着替えくださいませ。こちらは、ベルゼルディーネお嬢さまがお召しになっていたお衣裳でございます」
だから、王妃さまのお下がりなんて恐れ多すぎますってばー!
それにしても、貴族女性って結婚するときに、自分の衣裳やらなんやらを全部嫁ぎ先に持っていく、っていう話だったよね? なんでこの公爵邸に、レオさまや王妃さまのお衣裳が残してあるんだろう?
嫁ぎ先が王家とか公爵家とか、最上位貴族だと全部は持って行かないとか? でもレオさまは、お母さまが自分の衣裳を何ひとつ持ち出すことが許されずに嫁がされたことに、すごく憤ってたし……うーん、ナゾ。
ということで、お風呂上りに着せてもらったのが、白地に紺色のピンストライプが入っているっていう、薄いモスリンを何枚も重ねたふんわりドレス。
王妃さま、こんなドレスもお召しになってたのね。
って、どこからどう見ても、子ども用のドレスなんですが。それなのに、サイズ的にまったく問題なく着てしまえる自分がちょっと悲しい。ええ、さっきまで着せてもらってた寝間着もやっぱり子ども用でした。
「まだコルセットをお締めになるのはおつらいでしょう。でもこちらのお衣裳にショールをお合わせになれば、殿方の前にお出になられても大丈夫でございますよ」
着せてくれたマルレーネさんが笑顔で言ってくれて……うん、私もいい加減、公爵さまに直接お礼を言わなきゃって思ってたの。
だから私は、マルレーネさんにうなずいてみせた。
マルレーネさんも、うなずき返してくれた。
「それでは、ゲルトルードお嬢さまが床払いをされたと、ヴォルフガング坊ちゃまにお伝えしてまいります」
寝室から出ていくマルレーネさんを見送り、ナリッサが小声で私に訊いてきた。
「本当によろしいのですか? その、まだ横になっておられても……」
「大丈夫よ」
私は、笑顔というよりはちょっと苦笑になっちゃったけど、それでも答えた。
「もう十分、公爵さまには甘えさせていただいたもの。それに……どのみち、わたくしが逃げたままでいられるようなことではないのだから」
ナリッサはもうそれ以上は何も言わず、私の洗い髪を布でていねいに乾かしてひとつに結ってくれた。
マルレーネさんが開けてくれた扉を通り、私は公爵家の居間へと移動した。
「ルーディちゃん!」
公爵さまが、すぐに私の目の前に来てくれる。
「起きて大丈夫なの? ああ、とにかく座りなさい」
ソファーへ案内してくれようとする公爵さまに、私は深くカーテシーをして頭を下げた。
「公爵さま、本当にいろいろとありがとうございます」
「いいのよ。とにかく座りなさい」
なんだかちょっと困ったような顔をして、公爵さまは私をソファーに座らせてくれた。
居間の中には……公爵さまのほかに、アーティバルトさんとトラヴィスさんとヒューバルトさんと……あ、スヴェイが固まってる。どうやら、スヴェイはこのおネェさんモードの公爵さまを見せてもらったのは初めてらしい。
それでも……公爵さまは自分の秘密を知る人間を増やすというリスクを承知で、スヴェイをこの居間に入れてくれたんだ。
それに、室内にいる誰もがホッとした顔をして私を見てくれてるんだけど……全員に隠しようもなく疲労感が漂ってる。みんなずっと、この居間に詰めていてくれたんだわ。
公爵さまも上着を脱いでいて、クラバットも締めていないシャツにウエストコートっていう恰好だし、ほかの男性陣もだいたいそういう感じ。さすがトラヴィスさんは、ちゃんと上着も羽織ってクラバットも締めているけど。
そのトラヴィスさんが、用意してあったワゴンからお茶を……いや、これお茶じゃないわ。ホットミルクだ。
「ゲルトルードお嬢さまには、まだこちらのほうがよろしいでしょう。はちみつも少し加えてございます」
「ありがとうございます、トラヴィスさん」
トラヴィスさんが笑顔でうなずいてくれて、ほかの人たちにはお茶を配っていく。
「ルーディちゃん、貴女の料理人から、新しいおやつが届いているのよ」
公爵さまがそう言うと、トラヴィスさんのワゴンからアーティバルトさんが何か取り出した。
明るい黄色と黄緑色のチェック柄の布の包み……これ、硬化布?
テーブルの上に置いたその布の包みに、アーティバルトさんが指を当てて魔力を通すと、ぱらりと包みが開く。
中から出てきたのは……たくさんのかわいい小さな布包み。カラフルな薄い蜜蝋布で、ひとつひとつキャンディーを包むように両端をねじってある。
えっと、なんだろ、ホントにキャンディー? 私が喉を傷めてたから、マルゴが飴か何か作ってくれたのかな?
その小さな包みをひとつ、小皿にのせてアーティバルトさんが私に渡してくれる。
受け取った私は、その包みを開いてみて……。
「キャラメル!」
どこからどう見てもキャラメル! 甘い匂いも間違いなくキャラメル!
すごい、マルゴってばキャラメルを作ってくれたんだ! 私は、ざっと一通りの説明しかしてなかったのに! ちゃんとひと口サイズにカットして、1個ずつ包んであるし!
私はそのキャラメルを口に入れた。
ああ、本当にキャラメル!
甘くて硬すぎず柔らかすぎず、お口の中で転がしながらたっぷりと味わえる。喉の痛みはもう治まってるけど、まろやかな甘さが喉に沁みわたっちゃう。
美味しい。美味しいよ、マルゴ。やだもう、泣けちゃうくらい美味しい。
「ルーディちゃん、わたくしたちもいただいてもよくて?」
「はい、あの、どうぞ」
公爵さまの問いかけに、私は手で口元を覆いながら答えた。
いや、お口に食べものを入れたまま、もごもごしゃべるのってお行儀悪いんだけど、こればっかりはしょうがない。
「噛んでも大丈夫ですけれど、できれば噛まずに、お口の中で溶かすように召し上がっていただければ」
みなさんいっせいに、キャラメルに手を伸ばしました。
そんでもって包みを開いて、中から出てきた小さな茶色いカタマリを口に入れて……うふふふ、みんな目を丸くしてる。美味しいでしょー? マルゴのキャラメル、めっちゃ美味しいでしょ!
で、やっぱりお行儀の問題で全員無言なのが、ちょっと笑える。
「ルーディちゃん、貴女が薄くて小さい、状態保存だけを付与した布が大量に欲しいと言っていたのは、このおやつのためだったのね?」
キャラメル1個を食べ終えた公爵さまが言い出した。
「そうです。状態保存を付与した布で1個ずつ包んでおけば、その1個ずつをポケットに入れて持ち歩くことができると思ったのです」
と、私も口の中にあったキャラメルを食べ終えて答えちゃう。
「ポケットに1個ずつ、ですか。確かにそれはいいな。屋外でも手軽に食べられる」
アーティバルトさんが嬉しそうに言って、マルレーネさんもすごく熱心に言い出した。
「本当にそうですわ。ポケットに1個、このおやつでしたら仕事や作業の合間に、さっと口に入れることができるではありませんか」
「仕事の合間に、完全に手を止めてお茶を淹れるほどではなくとも、少しだけ休憩したいときなどにさっと口にできるというのは、非常にありがたいですな」
トラヴィスさんもなんかウキウキしちゃってる。
「そうなのです。わたくしもその、先日集中的に勉強をしたさいに、お茶をいただくほどではないのだけれど、何かちょっと甘いものを口にしたいと思うことがあったので」
私は笑顔で言った。「それに母も、執筆の合間に何か少し甘いものが欲しいときが……」
そう言って、私はお母さまの顔を思い浮かべて……ダメだ、お母さまのことが思い浮かんじゃったとたん、喉がぎゅーっと詰まっちゃった。
小説5巻とコミックス2巻が11月15日(金)に同時発売されますヽ( ´ ∇ ` )ノ
それにおかげさまで6巻の発売も確定いたしました。
詳しいことは活動報告に書きましたのでどうぞ。





